「あ、プリムさん、どうも~」
と、前方から快活そうな美少女が歩いてきた。
村娘のソフィアだ。
彼女はゼルがこの村に来る際に知り合ったらしく、それ以来ゼルと親しくしているんだとか。
ソフィアなら、他の村人よりもゼルのことを深く知っているかもしれない。
「少し――よろしいですか?」
「プリムさん……」
ソフィアが驚いたように振り返る。
「彼について聞きたいことが」
「彼?」
言って、ソフィアの表情が険しくなった。
警戒、されたのだろうか?
プリムも表情を引き締める。
「まさかプリムさんも……ゼル狙いなの!?」
「…………………………へっ」
プリムは目を丸くした。
「い、いえいえいえ、そんなわけないじゃないですかっ」
とんでもない誤解に彼女は思わず両手を振った。
胸の鼓動が我知らず高まっている。
頬が、熱い。
「な、なーんだ、びっくりした。てっきりプリムさんもゼルが好きなのかと」
「……プリムさん『も』ということは、もしかしてソフィアさん――」
「あーっ! うっかり言っちゃった! い、今のはゼルに言わないでね……あわわ」
顔を赤くするソフィアは可愛らしかった。
「べ、別に恋とか、そういうのはよく分からないけど……なんか、ちょっといいなって……あと、村のために戦う姿が格好良かった……なんて、あー! 言っちゃった言っちゃった! 恥ずかしいぃぃぃぃ……」
照れまくるソフィアは初々しくて、ますます可愛らしい。
プリムは微笑ましい気持ちになった。
年頃の娘らしい恋心――。
自分はこういった青春を送ってこなかった……といっても、彼女自身もまだ十代ではあるが。
世間一般の十代とは、過ごしてきた年月の密度が違う。
文字通り『世界を救う』ため、戦ってきたのだ。
幼いころに聖女として覚醒し、様々な邪悪な種族との戦いに明け暮れ、今は魔族との戦いに奔走している。
「私はただ……ゼルさんについて知りたいだけです。特にあのすさまじい力について」
「ゼルの力……か。彼、あんまり話したがらないのよねー」
ソフィアが言った。
「だから、あたしも聞かないようにしてる。何か事情があるのかもしれないし、ね」
「事情……」
それはやはりゼルの力が『魔竜王に起因するもの』だからなのか。
「ん? 気になるの?」
「ええ、まあ……」
「彼のことが、やっぱり気になる?」
「ええ、まあ……」
「それって――もしかして恋!?」
「違います」
ソフィアの指摘にプリムは即答した。
プリムはソフィアだけでなく、他の人間にもゼルのことを聞いてみようと考えた。
やはり、判断がつかないのだ。
『聖女機関』にゼルのことをすぐ報告すべきか、否か。
その答えを得るために――。
村を回りながら、住人に話しかけてみる。
「ゼルくんかい? いい子だねぇ。優しいし、礼儀正しいし、よく働いてくれるし」
「ゼルのことが知りたい? ああ、この前はうちの畑仕事を手伝ってくれたんだよ。いまどき珍しいくらいの好青年じゃないか」
「おとなしそうに見えて意外と気骨があるんだよな、あいつ」
「そうそう」
「村の危機にも体を張ってくれたし……」
「うん。いい奴だよ」
村人たちに聞いて回ると、評判は上々だ。
というか、彼を悪く言う者が誰もいなかった。
もちろん、村を守った人間なのだから、評価が高いのは分かるが――。
「人格的な部分でもかなり評価を受けているわね……」
プリムはつぶやいた。
究極的に彼女が判断したいのは、ゼルが『悪』かどうか……である。
彼女が王族や貴族なら、あるいは政治的な判断がそこに加わるかもしれない。
だが聖女である自分が判断するのは、ゼルが『善』か『悪』か――シンプルなその一点のみ。
「あなたの本質はどちらなの、ゼルさん――」
どうしても、答えが出ない。
「どうしたんだ、プリム。なんか暗いぞ?」
前方からゼルが近づいてきた。
「っ……!」
プリムの中で緊張感が一気に高まる。
なのに、そんな彼女の気持ちにまったく気づいていないのか、ゼルは気楽な表情だった。
――状況を理解していないの? いえ、そんなはずないわよね。
ゼルだって分かっているはずだ。
プリムが『聖女機関』に彼のことを報告すれば、自分の身が危うくなるかもしれないということは。
なのに、なぜ……。
なぜ、こんなにも気楽な顔をしていられるのか。
――もしかして。
プリムはハッと気づく。
彼は、プリムのことを信頼してくれているのだろうか。
ゼルのことを一方的に世界の敵だと断じるような報告はしない――と。
信じて、くれているのだろうか。
出会って間もない自分を。
だとしたら、随分とお人よしだ。
(だとしたら……)
やはり、悪人には思えない。
だから、
――知りたい。この人のことをもっと。
プリムは一歩踏み出した。
「ゼルさん」
「うえっ!?」
近づきすぎて、ゼルの顔がすぐ至近距離にある。
相手はびっくりしているようだった。
「あ、近づきすぎました……」
というか、プリムもびっくりして後ずさる。
「はあ、ふう」
「だ、大丈夫か?」
「近づきすぎて心臓がバクバクしました」
深呼吸で息を整え、仕切り直し。
「あなたはこの村にとどまるのですか?」
これから先、彼が何を為すのかを知りたい。
もし村にとどまるなら――それを見届けたい。
そして、判断を下す。
彼が世界の敵になり得るかどうか。
『聖女機関』にゼルのことをどう報告するのか。
それらすべてを――。
※
「あなたはこの村にとどまるのですか?」
プリムの問いに俺はしばし黙考した。
うーん、これから先か。
「そうだな……まだ考えてないけど、どのみち他に行く場所もないからな」
苦笑交じりに答えた。
「たぶん、このまま村にいさせてもらうと思うよ」
「なるほど……少なくとも大々的な侵略に乗り出すわけではない、と……」
「へっ?」
「あわわ……なんでもないですっ」
ぶつぶつ言ってたプリムにキョトンとすると、彼女は慌てたように両手を振った。
さっきの……どういう意味だろう。
「プリムこそ、どうするんだ? 『聖女機関』に戻るのか?」
「いえ……私もここにとどまる予定です」
プリムが言った。
「その……魔族が新たに現れるかもしれませんし。わざわざこの辺境に幹部級が二体も現れた理由を調査しようかと」
「なるほど……確かに、そこは気になるよな」
「そうです。決してあなたを調査しようとか警戒しているとかではありませんので」
「ん? ん?」
さっきから、ちょくちょく話がズレてないか、プリム?
「具体的には、ゼルさんはここで何をするつもりですか?」
「そうだな……この村って以前から戦争に巻き込まれたり、モンスターに襲われたりして、かなり困窮しているみたいなんだ。そこをまず改善したい」
俺はプリムに言った。
「改善するための、手伝いをしたいんだ」
「経済状況を、ということですか」
「ああ。そのためにはまず――作物だな」
俺は以前から考えていたことをプリムに説明した。
「他国を侵略したり征服したり、そういう手法じゃないんですね」
「いや、しないよ!?」
「世界を手に入れれば、必然的にこの村も豊かになる――くらいのことまで考えているかも、と思いまして」
「世界征服とか企んでないから!?」
プリム、俺のことをどういう目で見てるんだ……?
と、前方から快活そうな美少女が歩いてきた。
村娘のソフィアだ。
彼女はゼルがこの村に来る際に知り合ったらしく、それ以来ゼルと親しくしているんだとか。
ソフィアなら、他の村人よりもゼルのことを深く知っているかもしれない。
「少し――よろしいですか?」
「プリムさん……」
ソフィアが驚いたように振り返る。
「彼について聞きたいことが」
「彼?」
言って、ソフィアの表情が険しくなった。
警戒、されたのだろうか?
プリムも表情を引き締める。
「まさかプリムさんも……ゼル狙いなの!?」
「…………………………へっ」
プリムは目を丸くした。
「い、いえいえいえ、そんなわけないじゃないですかっ」
とんでもない誤解に彼女は思わず両手を振った。
胸の鼓動が我知らず高まっている。
頬が、熱い。
「な、なーんだ、びっくりした。てっきりプリムさんもゼルが好きなのかと」
「……プリムさん『も』ということは、もしかしてソフィアさん――」
「あーっ! うっかり言っちゃった! い、今のはゼルに言わないでね……あわわ」
顔を赤くするソフィアは可愛らしかった。
「べ、別に恋とか、そういうのはよく分からないけど……なんか、ちょっといいなって……あと、村のために戦う姿が格好良かった……なんて、あー! 言っちゃった言っちゃった! 恥ずかしいぃぃぃぃ……」
照れまくるソフィアは初々しくて、ますます可愛らしい。
プリムは微笑ましい気持ちになった。
年頃の娘らしい恋心――。
自分はこういった青春を送ってこなかった……といっても、彼女自身もまだ十代ではあるが。
世間一般の十代とは、過ごしてきた年月の密度が違う。
文字通り『世界を救う』ため、戦ってきたのだ。
幼いころに聖女として覚醒し、様々な邪悪な種族との戦いに明け暮れ、今は魔族との戦いに奔走している。
「私はただ……ゼルさんについて知りたいだけです。特にあのすさまじい力について」
「ゼルの力……か。彼、あんまり話したがらないのよねー」
ソフィアが言った。
「だから、あたしも聞かないようにしてる。何か事情があるのかもしれないし、ね」
「事情……」
それはやはりゼルの力が『魔竜王に起因するもの』だからなのか。
「ん? 気になるの?」
「ええ、まあ……」
「彼のことが、やっぱり気になる?」
「ええ、まあ……」
「それって――もしかして恋!?」
「違います」
ソフィアの指摘にプリムは即答した。
プリムはソフィアだけでなく、他の人間にもゼルのことを聞いてみようと考えた。
やはり、判断がつかないのだ。
『聖女機関』にゼルのことをすぐ報告すべきか、否か。
その答えを得るために――。
村を回りながら、住人に話しかけてみる。
「ゼルくんかい? いい子だねぇ。優しいし、礼儀正しいし、よく働いてくれるし」
「ゼルのことが知りたい? ああ、この前はうちの畑仕事を手伝ってくれたんだよ。いまどき珍しいくらいの好青年じゃないか」
「おとなしそうに見えて意外と気骨があるんだよな、あいつ」
「そうそう」
「村の危機にも体を張ってくれたし……」
「うん。いい奴だよ」
村人たちに聞いて回ると、評判は上々だ。
というか、彼を悪く言う者が誰もいなかった。
もちろん、村を守った人間なのだから、評価が高いのは分かるが――。
「人格的な部分でもかなり評価を受けているわね……」
プリムはつぶやいた。
究極的に彼女が判断したいのは、ゼルが『悪』かどうか……である。
彼女が王族や貴族なら、あるいは政治的な判断がそこに加わるかもしれない。
だが聖女である自分が判断するのは、ゼルが『善』か『悪』か――シンプルなその一点のみ。
「あなたの本質はどちらなの、ゼルさん――」
どうしても、答えが出ない。
「どうしたんだ、プリム。なんか暗いぞ?」
前方からゼルが近づいてきた。
「っ……!」
プリムの中で緊張感が一気に高まる。
なのに、そんな彼女の気持ちにまったく気づいていないのか、ゼルは気楽な表情だった。
――状況を理解していないの? いえ、そんなはずないわよね。
ゼルだって分かっているはずだ。
プリムが『聖女機関』に彼のことを報告すれば、自分の身が危うくなるかもしれないということは。
なのに、なぜ……。
なぜ、こんなにも気楽な顔をしていられるのか。
――もしかして。
プリムはハッと気づく。
彼は、プリムのことを信頼してくれているのだろうか。
ゼルのことを一方的に世界の敵だと断じるような報告はしない――と。
信じて、くれているのだろうか。
出会って間もない自分を。
だとしたら、随分とお人よしだ。
(だとしたら……)
やはり、悪人には思えない。
だから、
――知りたい。この人のことをもっと。
プリムは一歩踏み出した。
「ゼルさん」
「うえっ!?」
近づきすぎて、ゼルの顔がすぐ至近距離にある。
相手はびっくりしているようだった。
「あ、近づきすぎました……」
というか、プリムもびっくりして後ずさる。
「はあ、ふう」
「だ、大丈夫か?」
「近づきすぎて心臓がバクバクしました」
深呼吸で息を整え、仕切り直し。
「あなたはこの村にとどまるのですか?」
これから先、彼が何を為すのかを知りたい。
もし村にとどまるなら――それを見届けたい。
そして、判断を下す。
彼が世界の敵になり得るかどうか。
『聖女機関』にゼルのことをどう報告するのか。
それらすべてを――。
※
「あなたはこの村にとどまるのですか?」
プリムの問いに俺はしばし黙考した。
うーん、これから先か。
「そうだな……まだ考えてないけど、どのみち他に行く場所もないからな」
苦笑交じりに答えた。
「たぶん、このまま村にいさせてもらうと思うよ」
「なるほど……少なくとも大々的な侵略に乗り出すわけではない、と……」
「へっ?」
「あわわ……なんでもないですっ」
ぶつぶつ言ってたプリムにキョトンとすると、彼女は慌てたように両手を振った。
さっきの……どういう意味だろう。
「プリムこそ、どうするんだ? 『聖女機関』に戻るのか?」
「いえ……私もここにとどまる予定です」
プリムが言った。
「その……魔族が新たに現れるかもしれませんし。わざわざこの辺境に幹部級が二体も現れた理由を調査しようかと」
「なるほど……確かに、そこは気になるよな」
「そうです。決してあなたを調査しようとか警戒しているとかではありませんので」
「ん? ん?」
さっきから、ちょくちょく話がズレてないか、プリム?
「具体的には、ゼルさんはここで何をするつもりですか?」
「そうだな……この村って以前から戦争に巻き込まれたり、モンスターに襲われたりして、かなり困窮しているみたいなんだ。そこをまず改善したい」
俺はプリムに言った。
「改善するための、手伝いをしたいんだ」
「経済状況を、ということですか」
「ああ。そのためにはまず――作物だな」
俺は以前から考えていたことをプリムに説明した。
「他国を侵略したり征服したり、そういう手法じゃないんですね」
「いや、しないよ!?」
「世界を手に入れれば、必然的にこの村も豊かになる――くらいのことまで考えているかも、と思いまして」
「世界征服とか企んでないから!?」
プリム、俺のことをどういう目で見てるんだ……?