「今の力は――」
戦いが終わった後、プリムは呆然と俺を見つめていた。
「人間が扱える力の上限を超えています――」
「ええと、これは……」
彼女には、俺が『魔竜王の力』を持っていることを完全に見抜かれているだろう。
だけど……なんとか誤魔化せないだろうか?
俺は頭の中をフル回転させて言い訳を考えた。
「マグレ! そう、マグレだから!」
「マグレ……」
プリムがうなる。
お、意外と説得力があったか、今の言い訳。
「たまたま実力以上のものが出て、空間を砕いたり、高位魔族を吹っ飛ばしたりできたんだよ! いやー、あんな戦いぶり、もう二度とできないだろうなぁ」
「なるほど、コンディションなどがよくて実力以上のものを発揮できることってありますよね」
「だろ?」
「――って、そんなわけあるかーい!」
うお、ノリツッコミ!?
「やはり『魔竜王の力』ですね」
ベタベタなノリツッコミを決めた後、プリムはキリッとした顔に戻り、冷静に指摘した。
「スキルや武器の名前にいちいち『竜』がついてますし、バレバレです。むしろ、なぜバレないと思ったのか不思議なレベルです」
……まあ、バレるよなぁ。
プリムの指摘に俺は苦笑した。
圧倒的な力――それもすべてが竜に由来するもの、となれば、まあバレるのは当たり前だよな。
「で、でも『魔竜王』の力とは限らないだろ。他の竜かもしれないじゃん」
「こんな禍々しい気配を持つ力は、『魔竜王』以外にありえません。はい論破」
「あっさり論破されたー!?」
「私は『聖女機関』で『論破女王』の異名を持ってたんです。論破は得意です」
ドヤ顔するプリム。
「……なあ、魔竜王の力を持っているのは、そんなに危険なことなのか」
「当然でしょう」
俺の問いにプリムは険しい表情を浮かべた。
「魔竜王はかつて神々と敵対し、世界を滅ぼそうとした最悪の敵です……!」
言いながら、プリムがふらふらと立ち上がる。
「今は動かない方がいいぞ。さっきの戦いで、聖力をほとんど使い果たしてるんじゃないか?」
俺は彼女を気遣った。
そう、さっきの魔族との激闘で、彼女はまだ消耗したままだ。
俺を論破したりツッコミを入れたりノリツッコミしたりで、さらに体力を消耗させてしまったのかもしれない。
「ごめん、プリム」
「何を謝るのです?」
「いや、疲れさせたかと」
「……こんな状況でも私を心配するのですか」
プリムは驚いた様子だ。
「いや、まあ……」
「お優しいのですね」
プリムが微笑んだ。
「けれど、魔竜王の力を持つ者は、確実に世界の敵となるでしょう。今ここで私が倒さなければ……【神の雷鳴】――」
「よせ!」
攻撃しようとした彼女を俺は慌てて制止した。
「……しませんよ。というか、もう撃てません」
ふう、とため息をついてプリムはその場に座り込んだ。
「さっきの戦いで聖力使い果たしてますから」
「あ、それもそうか……」
俺はちょっと気が抜けてしまった。
少なくとも、今この場で彼女と事を構える事態にはならなさそうだ。
もちろん、その先は……不安ではあるけれど。
「あなたこそ、私をどうするつもりですか?」
プリムがたずねた。
「この通り、私は抵抗できません」
「何もしないって」
「……いやらしいことも?」
上目遣いで俺を見上げるプリム。
……っ!
その視線が妙に艶っぽくてドギマギしてしまった。
「お、おう」
「今、ちょっと気持ちが揺らぎませんでした?」
「揺らいでないよ!?」
「エロエロ魔竜王ですね」
「誤解だーっ!」
俺は思わず頭を抱えた。
「……ふふっ」
プリムが噴き出した。
「とりあえず休んでくれ。俺は村を見て回ってくる。被害が出てると思うから……」
「……すみません。私は歩くのがやっとなので、お言葉に甘えさせていただきます」
プリムが頭を下げた。
「回復次第、私もお手伝いを」
「無理するなって。じゃあ、俺は行くよ」
「あ、ゼルさん――」
歩き出した俺に、プリムが背中から声をかけた。
「あなたはその力を、どう使っていくつもりですか?」
「えっ」
「高位魔族二体すら問題なく圧倒した力……はっきり言って破格すぎます。その力を使えば、一国を手に入れることすらたやすいでしょう」
「国を手に入れるって……」
俺は苦笑した。
「考えたこともないよ」
「強大な力を得た者が、己の欲望のままにそれを使う――歴史を見れば、そんな者はいくらでもいます」
「俺はのんびり気楽に過ごせればそれでいいよ」
俺はますます苦笑した。
「当面の目標は、この村を住みやすい場所にすること。そこでのんびりまったり暮らすことだ」
「ゼルさん……」
「じゃあ、そろそろ行くよ」
俺は背中越しにプリムに手を振り、去っていく。
背後の彼女がどんな顔をしているのかは、分からない。
なんとなく……見ることができなかった。
※
「はあ……」
プリムはため息をつきながら歩いていた。
ゼルが去ってから三十分あまり。
ようやく聖力が少し回復し、強烈な脱力感も薄れてきた。
激しく動き回るのは無理だが、こうして歩く分には問題ない。
「私、どうすればいいんだろう……」
彼女は『聖女』である。
この世のあらゆる邪悪から人々を守り、戦うことを宿命づけられた存在だ。
世界の敵の筆頭ともいうべき魔竜王――その力を受け継ぐ者が現れた以上、『聖女機関』に報告する義務がある。
そうすれば『聖女機関』は彼にしかるべき措置をとるだろう。
「世界の敵に対する『しかるべき措置』……きっと、それは」
プリムがうめく。
「ゼルさんは、処刑されてしまう――」
その可能性が非常に高い、とプリムは考えていた。
自分が報告すれば、彼の運命は終わる。
自分が、報告すれば。
「報告するべきなのか、それとも……」
つぶやきながら、プリムは自分が発した言葉に驚いた。
報告するべき、に決まっている。
そもそも『報告するか』『しないか』という二択を考えている時点でおかしいのだ。
「そうよ、私は聖女プリム。そして彼は世界の敵である『魔竜王』の力を継ぐ者……ならば、私がやるべきことは一つ」
つぶやきながら、プリムは胸の内に暗い気持ちがたまっていった。
周りの人々は、こんなにも楽しそうなのに。
そう、おそらくはゼルの貢献によって彼らの笑顔は増えたのだ。
なのに自分は、そんなゼルを――。