スキルが芽生えたので復讐したいと思います~ スライムにされてしまいました。意外と快適です。困らないので、困っています ~


”キング!クイーン!お待たせ”

 キングとクイーンが、オーガたちにスキルを浴びせかける。

”ライ!”

『はい。タイミングはマスターがお願いします』

”わかった。キング。クイーン。離脱!”

 二人から、了承が伝えられる。

”テネシーとクーラーは、キングとクイーンが抜けた場所にスキルを!”

『マスター。サポートに、フィズを!』

”お願い。皆。キングとクイーンの離脱をサポート。行くよ!”

 キングとクイーンを追撃しようとしていたオーガがスキルを受けて、立ち止まる。離脱が成功したのを見て、ライから作戦が伝えられる。

『マスター。掃討作戦が終了。剥ぎ取り班の作業は続行中。意識のある者たちを、後方に搬送。結界に異常なし』

 ライから、戦況が伝えられる。
 私たちが、オーガと正面から戦う必要はない。解っている。でも、気分が悪いと感じたのも間違いではないが、なぜか私たちが戦った方がいいと感じていた。理由は解らない。戦いを決めた時には、赤字覚悟だったけど、ライの報告からは、収支は黒字になりそうだ。使った魔石は回収が出来そうだ。大物からは、素材も取れているようだ。家を守ってくれている者たちへのお土産もできた。

 キングとクリーンが、上がってくる。

 オーガたちが、追撃を止めて元の位置に戻ろうとしている。

”追撃は必要ない。持ち場に戻って”

 フィズたちが、当初の作戦の位置まで下がる。

 私がいる位置まで、テネシーとクーラーとピコンとグレナデンが上がってくる。

 ライを乗せたアドニスが戻ってくれば、作戦が開始できる。

『マスター!』

”アドニス!ライ!大丈夫?”

『大丈夫です。返り血です』

 どうやら、魔物になってしまった動物が意識を芽生えさせて、野良ゴブリンと戦闘をしていた所を発見して、アドニスとライで撃破してきたようだ。スキルは、動物が居たので使えなかった。

”それで、助けた動物は?”

『パロットと同種で、話をしたら、”是非”と言って居ます』

”わかった。オーガを倒したら、連れて行こう”

『はい』

 さすがに、パロットと同種だと猫だと思う。アドニスだけでは難しいだろう。ライが乗っていなければ可能なのかもしれないけど・・・。

 今は、帰りの心配をする時ではない。まずは、こちらを睨んでいる(だろう)オーガたちを殲滅することが最優先だ。

”それで、猫は?”

『ドーンとジャックが保護しています』

”わかった”

 オーガは、7体。キングとクイーンの攻撃で多少は体力を消耗している。

”作戦の変更はなし。オーガたちが最後だよ。無理しないで、全力を出そう。大丈夫。作戦は考えてある。大丈夫。私たちは勝てる!行くよ!”

 キングとクイーンが、オーガの上位種にスキルを浴びせる。
 オーガの一体が釣れたことを確認すると、距離をとる。開いた場所にテネシーとクーラーが楔を打ち込むために、スキルを発動する。楔を基点として、射程範囲から土のスキルが使える者が、壁を作る。壁に、ダークたちが結界の魔石を埋め込んで発動する。弱い結界だけど、これでオーガの上位種の一体が隔離できた。

 あとは、同じ事を6回繰り返すだけだ。

 同じように繰り返した。上位種はこれで隔離できたが、色違いは・・・。

『マスター。色違いはダメです』

”そうだね。プランBに移行”

 陣形を変更する。
 キングとクイーンが中心となって、隔離したオーガの上位種を倒す。アイズやドーンが遠隔攻撃を行う。
 上位種のオーガたちは耐えているが、体力を削っていけば倒せる。

 プランBは、色違いがオーガ・キング(仮名)から離れなかった時の作戦だ。
 色違いは、スキル攻撃ができる。オーガ・キングから離れない可能性を考えていた。実際に、キングとクイーンが攻撃をしている時にも、オーガ・キングから離れなかった。

 プランBは、離れない事を積極的に利用する。
 時間がかかるが、安全は絶対だ。

”ライ。準備は?”

『終わっています』

”ピコンとグレナデンは、キングとクイーンをサポート。残りは、射程距離のギリギリから、スキルで攻撃!開始!”

 カーディナルと私は、オーガ・キングの正面まで移動する。至近距離ではない。まだ武器もスキルも届かない。相手も同じだ。違うのは、オーガ・キングの後ろ側には、アドニスとライが位置している。

 これで、私とライでオーガ・キングを挟んだ形になる。
 上位種は、順調に削れている。まだ倒れるのには時間がかかりそうだけど、時間だけが問題になりそうだけど、大丈夫だ。

 色違いは、まだ動いていない。
 スキルが被弾した者は、スキルが打たれた方向に咆哮をあげている。徐々にだけど、オーガ・キングと色違いのいる場所に距離ができ始めている。色違いやオーガ・キングの動きから、2メートルくらいは引き離したい。

 しかし・・・。戦ってみた感じだと、1メートルが限界だ。

 あと少しだけ・・・。

”今!ライ!”

『はい』

”行くよ。カーディナル!アドニス!”

 返事は必要ない。行動がすべてだ。

 カーディナルとアドニスは、スキルを使って、全速で開いた隙間に突っ込む。

 オーガ・キングも私には気が付いている。
 武器を構えるが、一瞬だけ早くライが後ろからオーガ・キングに攻撃する。スキルは使わない。物理攻撃だ。オーガ・キングが私から視線を一瞬だけ外す。目を離された瞬間に、カーディナルに指示を飛ばす。ライが攻撃した場所とは、反対に攻撃を加える。

”硬い!”

『大丈夫です』

 硬いが、攻撃が入った。
 オーガ・キングから紫の体液が流れです。

 ”釣り野伏せ”が使えないと解ってから考えた作戦だ。
 動かないのなら、動かさなければいい。上位種と色違いとの距離が開けば、オーガ・キングをその場所から動かさないことが、私とライの役目だ。そのために、ヒットアンドアウェイを繰り返す。最大戦力による、ゲリラ戦だ。すれ違いざまに攻撃を加える。ほぼ、同時に攻撃を加える事で、オーガ・キングの動きを封じる目的がある。

 私とライは、オーガ・キングを倒せなくても、他の上位種や色違いが倒されるまで、ヒットアンドアウェイを繰り返す。ダメージは蓄積されていく、自然回復の能力を持っているようで、ダメージは回復されてしまうが、連続で繰り返す攻撃のダメージはゼロにはならない。
 ごくわずかな違いだが、オーガ・キングの動きが悪くなる。

『マスター!テネシーとクーラーが来ました』

”テネシーとクーラーは、上空からスキル攻撃”

 テネシーとクーラーが、オーガ・キングの頭上からスキル攻撃を行う。
 私とライへの攻撃の圧力が減って、ヒットアンドアウェイのヒットの攻撃が1撃だったものが2撃に変更できた。

 攻撃している回数から比べると、オーガ・キングが受けているダメージは、それほど深くはなさそうだ。

”ライ!”

 ライが乗るアドニスが、オーガ・キングのスキルに攻撃をされる。衝撃を刃にして飛ばすスキルを使ってくる。

『大丈夫です。結界が間に合いました』

 元気そうな声だし、実際にダメージはなさそうだ。
 勝ち戦になりつつあると言っても、まだ勝ち切れていない。上位種も色違いもまだ健在だ。ここで、合流されてしまったら、撤退を考えなければならない。それ以上に、アドニスやカーディナルが・・・。誰かが怪我をしたら、撤退を考えなければならない。

”やれる?無理は”『大丈夫です。アドニスは被弾していません』

 アドニスは・・・。が、気になるが、集中しろ。私が折れたら、終わりだ。

 キングとクイーンが、上位種を倒した。

 残るは、色違いとオーガ・キングだ。

 今?恐れるな。自分たちを、家族を信じよう。そう・・・。大丈夫。大丈夫。

”行くよ!総攻撃!狙いは、色違いの、黄色!”

 了承の声が聞こえる。
 黄色の色違いが倒れた。それから、青と赤を倒した。

 そして、オーガ・キングだけになってから、さらに全員で遠距離攻撃に切り替える。

 オーガ・キングが倒れたのは、東の空が明るくなりかけた時だ。

 オーガ・キング(仮称)が倒れた。
 ラストアタックは、私がもらってしまった。別に、ラストアタックだから、特典があるわけではない。多分。

”ライ!”

『ダークとフィズの一部がオーガの範囲攻撃で怪我をしましたが、かすり傷です。命にも、移動にも、問題はありません』

”よかった。他は?”

『疲れは出ていますが、問題はありません』

”わかった。一度、拠点で休んでから、家に戻ろう”

『はい。結界に使った魔石は、回収しますか?』

”うーん。回収をしておいたほうがいいとは思うけど、難しいよね?”

『いえ、人と接している場所は、フィズとアイズとドーンが確保して、一斉に飛び立てば・・・』

”それ以外の場所は?”

『数は多くはありませんが、大きめの魔石を利用している場所は、現地スカウト組に対応を頼めるかと思います。回収ではなくなってしまいますが・・・』

”ん?回収じゃない?”

『マスターの懸念が、人に渡ってしまうことなら、現地スカウトした者たちに、吸収させて、力の底上げに使うのもよいかと思います』

”あぁ・・・。確かに、スキルを持っている子が少ないって話だよね?”

『ほとんどが、スキルの獲得ができていません』

”わかった。結界の魔石は、消耗品のつもりだったし、吸収していいよ。やり方がわからない子もいるだろうから、教えてあげて”

『はい』

 ライが、指示を出している。
 周りにいた、フィズとアイズとドーンが、各所に散らばっていく、ダークは、戦利品を持って拠点に移動を開始する。大物は、ライが持っていくようだ。持っていくというよりも、飲み込んでいく、私もできるが、ライだけじゃなくて、アドニスやカーディナルも、私が飲み込むのに反対した。誰が持っても同じだとは思うけど、皆から反対されてまで持ちたいとは思わない。
 理由を教えてくれたから納得しておく・・・。私は、皆の”主”だ。だから、”主”が従者のようなことはしないで欲しい。らしい。

”皆の準備ができたら教えて!”

 私もライも、本体は家だ。
 ここには、分体が来ている。

 今更の話だけど、本体は分体に意識を移していて、どっちが分体だって話だけど、本体は”家”だ。説明が難しい。
 簡単に言えば、スキルが認識できるのは、”本体”のみだ。今まで、分体で戦ってきたからわかっている。本体から分離した時点のスキルしか分体には備わっていない。そして、分体の”経験値”?は、本体にのみ反映される。よくわからない事象だけど、私とライの経験から、”そういうもの”だと理解している。
 何が言いたいのか・・・。
 オーガ・キングを倒したときに、本体側で”なに”かを感じた。多分、新しいスキルを得た。ライも同じだ。

 それから、カーディナルたちも新しいスキルを得ているようだ。
 仕組みがよくわからないが、戦闘の度に”経験値”を得ているはずなのに、一連の戦闘が終了しないと、”経験値”が反映されない。

 拠点よりは、家で確認したほうがいいだろう。
 留守番組へのお土産もある。新たに家族に加わる者たちもいる。飛べない者もいるから、ライが案内をするのだろう・・・。どのくらいだろう?2日くらいで到着するかな?

『マスター!準備ができました』

”魔石の吸収は、先に行って!”

『わかりました』

”吸収が終わったら、教えて”

『はい』

 キングとクイーンが地上に降りて、オーガ・キングのドロップ品をまとめている。

『マスター。人間の遺体があります』

”ん?骨?”

『いえ、綺麗な状態で残されています』

 カーディナルに地上に降りてもらって、遺体がある場所に移動してもらう。
 自分でも移動はできるのだが、カーディナルが降りるのを許してくれない。分体なのに、過保護すぎる。

 遺体は、成人の男性だ。
 裸ではないが、それに近い状態になっている。このくらいの男性なら、持っているはずの物が近くに落ちていたら・・・。身元がわかるかもしれないが、何も落ちていない。違った。

”手になにか持っているようだけど?”

『マスター!』

”どうしたの?”

『マスター!鑑定できますか?』

”え?”

 そうだった。鑑定が使えるのを忘れていた。
 右手をよく見る。手帳だと思える。”黒革の手帖”だ。外には出せない秘密でも書かれているのか?

 手帳を鑑定で見てみる。

// 手帳
// スキルが付与されている

”ライ。スキルが付与されているらしい”

『はい。そのスキルが問題です』

”スキル?”

 手帳のスキルを鑑定する。

// (鑑定失敗)

”ライ。鑑定が失敗するよ”

『そうですか・・・。いやな感じがします。カーディナルもアドニスも同じ意見です』

”わかった。どうしても、って感じじゃないし、気持ちが悪いのなら無視すればいいよね”

『はい』

 手帳を放置するのは、なんとなく気持ちが悪いけど、ライとカーディナルとアドニスが警戒をしている状況で、持って帰るという選択肢は選べない。

 手帳以外には、何もなさそうだ。
 誰なのだろう?知らない人だ。綺麗な状態で遺体が残されているから、身元はすぐにわかるよね。骨だけになっている人間が多い中で、この人だけが綺麗な状態なのは気になるけど・・・。気にしてもしょうがない。難しいことは、偉い人や立場がある人が考えればいい。そのために、沢山のお金と地位をもらっているのだ。それができないのなら、地位を返上すればいい。お金だけもらって、何もしないのなら、そんな人はいなくなってしまえばいい。

『マスター?』

”ごめん。嫌なことを思い出しちゃった。準備は?”

『整いました。あっ。オーガ・キングから出た魔石は、マスターが吸収してください』

”いいの?”

『はい。皆、同じ見解です』

”わかった。家に戻ったら吸収するね”

『はい!』

 キングとクイーンとテネシーとクーラーとピコンとグレナデンが、カーディナルとアドニスの前に来る。
 私とライの前に集まってきた。

 オーガ・キングの魔石を私がもらう。

 空を見上げると、すっかりと明るくなっている。
 時計がないから時間はわからないが、7時くらいにはなっているのだろう。

”よし。カーディナル。アドニス。キング。クイーン。テネシー。クーラー。ピコン。グレナデン。拠点に帰るよ”

 呼ばれた者たちが、羽ばたいて舞い上がる。

”フィズ。アイズ。ドーン。ジャック。回収した物よりも、ナップ。ディック。キール。グラッド。コペン。を、お願い。皆!拠点に戻るよ!”

 フィズとアイズとドーンとジャックが一斉に舞い上がる。人が驚いた声を上げている。上を見上げている様子がわかる。でも、かなりの上空にいるカーディナルとアドニスを捉えられる者はいないだろう。もし、見られたとしても、私とライが見られなければいい。体積をできる限り小さくしているから、見られることはないだろう。

 結界はすぐには解除されないとは思うけど、数分後には結界の効果がなくなってしまう。
 その前に、離脱をしなければならない。

”急ぐよ!ライ!カランとキャロルが、黙って来ているでしょ!帰るように、指示を出して!”

 気が付かれないようにしていただろうけど、川をつたって来た者がいるのは知っている。そうじゃなければ、湖からの人の侵入が防がれた理由がわからない。結界の展開は間に合ったけど、水際には展開できていない。しかし、人が侵入してこなかったのは、川から見張りを・・・。スキルを使用した者がいたのだろう。

 ライは、何も返してこないが、明らかに水面が動いているから、カランとキャロルが来ているのだろう。それだけではなく、現地でスカウトした者もいるのかもしれない。家の近くを流れる川では大型の魚は住めない。改良が必要なら、相談をしないとだめだな。

 まずは、帰ろう。

 私が乗っているカーディナルを先頭にしているが、カーディナルとアドニスは高い場所を飛んでいて、高度が低い場所を、他の者たちが群れで飛んでいる。これなら、私たちが補足される心配はない。と、いいな。

 バレても、困らないから、大丈夫だけど、平穏に暮らしていきたい。
 なるべくなら・・・。

 透明な壁の中に充満していた煙?が消えた。
 その後で、ムクドリ?スズメ?種類までは分からないが、鳥が一斉に飛び立った。

 どこに、これほどの鳥がいたのか・・・。
 それだけでも不思議なことだが、透明な壁の中にいた魔物たちが・・・。倒されている?

 なぜだ?何があった?戦闘音だけではない。”何も”音がしなかった。

「円香!」

 隣にいる円香も、俺と同じように、魔物たちがいた場所を見つめている。

「孔明」

「円香。何が見えた!」

「・・・。聞きたいか?」

「俺も聞きたい」

 蒼も俺と同じ考えのようだ。
 俺には、何も見えなかった。煙の動きから、何かが動いている様子は伝わってきた。だが、中は見えなかった。円香の言葉から、円香には何かが見えていたのだろう。

「蒼。透明な壁を確認する。”何も”見えなかった。見えたのは、お前たちと変わりがない。と、思う」

 円香の様子からなにかを隠しているのはわかるが、この態度では話してはくれないだろう。

「わかった」

 円香を先頭にして、俺と蒼で透明な壁を確認する。
 マスコミたちは、警官と自衛官が抑えている。

「は?」

 蒼の言葉は、俺たちの感情を過不足なく表現している。
 透明な壁が消えている。

 魔物が居ない・・・。とは、言えない。

「孔明。あれ?」

 円香が指している方向を見ると、人骨のような物や、カメラや機材がまとめられている。

「ん?あれがどうした?」

「不思議に思わないか?」

「なにが?」

「あの人骨とカメラの残骸だ」

「ん?」

 円香が何を言いたいのかわからない。
 人骨になるのは早いと思うが、魔物たちが食べたのなら理解ができる。確か、メキシコあたりで似たような事例が報告されている。他の荷物も魔物には必要がないものだ。まとめられていても不思議ではない。

「孔明。円香。カメラのメモリが抜かれている。バッテリも外されている。スマホが見当たらない」

 人が関係している?
 俺たちの目をごまかして、透明な壁・・・。結界を展開して、鳥を使役?して、魔物を駆逐した?狂っている。何が目的だ!

「蒼。その機材の中に、キャンプ場の備品はあるか?」

「あ!」「ない」

 そうか、円香が言っていた”不思議”なことはそれだ。
 違和感がある光景だ。戦闘があった。それは、間違いではない。なのに、備品の破壊が最小限に抑えられている。備品を避けている?違うな。備品に考慮した戦いをしている。極力、備品を壊さないように戦ったように思える。
 遺体が置かれた場所も、積まれているのではない。まとめられている。骨になってしまってわからなくなったものは、重ねられているが、確実に人だとわかる遺体は重ねられていない。

「蒼。見た感じで構わない。人以外の死体や骨はあるか?」

「ん?調べてみないと、正しいことは言えないけど、見た感じだと、人だけだな。それがなんだ?」

「孔明。蒼。魔物になってしまった動物の話は?」

 もちろん、知っている。
 魔石に触ってしまったり、魔物を倒してスキルを得たりした動物は、魔物と同等の力を得てしまう。動物を倒しても、スキルは得られない。だが、魔石が身体の中に顕現している。人には、同じように魔石が生まれることはないと言われている。動物にだけ発生する事象だ。
 そして、魔物になった動物は、通常の魔物と違って倒されたあとで霧散しない。

「そうか、野良犬が一緒に・・・。ん?円香?」

 円香が、何を拾った。
 魔石か?確かに、魔物が居たのだから・・・。少なすぎる?確かに、魔物が存在していた。魔物を誰かが倒したのなら、その誰かは魔石とメモリカードとスマホを持ち去った?どうやって?

「おい。円香。それは?」

「魔石・・・。の、ような物だな」

「ん?魔石じゃないのか?」

「あぁ純粋な魔石ではない。だが・・・」

 魔石を”電池”代わり・・・。以外の使い道があるのか?魔石にスキルを書き込む実験は各国で行っている。”成功した”と、いう話は聞いていない。

「円香?」

「多分だが、これが”透明な壁”の正体だ」

「え?」「はぁ?魔石が?」

「正確には、この魔石には、スキルが付与されている」

「おいおい」

 蒼の軽い言葉だが、同じ感想だ。
 スキルの付与。実験は行われている。ただ、魔石への付与は、不可能だと言われている。誰がやったのか知らないが、そいつは世界で唯一の技術を持っていることになる。

 魔石の大きさから、ゴブリン程度だろう。それなら・・・。ん?

「円香。魔石に、スキルが付与されているのだよな?」

「あぁ分析は、ラボに送る必要があるが、間違いない」

「なぁその魔石が一つで、あれだけ大きな透明な壁。結界が張れると思うか?」

「!!」「無理だろうな」

 そうだ。
 違和感の正体。それは、魔石が一つしか見つからないことだ。
 あれだけの規模で、発動していた結界が一斉に解除された。それだけなら、術者が居たと思うのだが、中には魔物が溢れていた。スキルの発動は、同時にはできない。ダブル以上のスキルホルダーの中では有名な話だ。俺も、トリプルだが同時には使えない。結界がスキルだとして、結界を維持しながら戦闘ができるだろうか?
 難しい・・・。違うな、不可能だろう。そうなると、魔石にスキルを付与して、同時に使うことができれば、戦略の幅が格段に広がる。

 円香も蒼も、その可能性に気がついたのだろう。

 そして、ここで魔物を殲滅した奴は、すでに魔石にスキルを付与する技術を・・・。方法を、確立している。

「孔明。マスコミを抑えるのは、警官に任せるとして、この遺体や遺品はどうする?今なら、魔物に関係するとして、ギルドが優先権を主張できる・・・。はずだよな?」

「止めておこう。マスコミとの交渉は、面倒だ。どうせ、メモリやスマホがないから得られる情報は、ないだろう。警察に任せよう」

 円香の(おとこ)らしい決断を、承諾する。
 実際に、マスコミをいつまでも抑えられているとは思えない。それに、俺たちは”魔物”に関しての考察を行う必要がある。

「孔明。蒼!」

「どうした?」

「すまん。遅かった」

「ん?」

 円香が見ている方向を見る。
 言っていることがわかった。これから向かおうと思っていた山小屋にマスコミが殺到していた。

 確かに、”絵”になるのは山小屋だろう。
 こちらと同じなら、大した情報は得られないだろう。

「戻るか?」

 蒼の提案ではないが、俺たちが出張るような状況ではない。
 それに、円香が見つけた、”スキルが付与された魔石”だけでも大事だ。

 そして・・・。

「なぁ円香?」

「なんだ?」

「ファントムは、本当に人か?」

「どういう意味だ?」

 地面を指差す。
 円香は、地面を見るがわからないようだ。遺体がまとめられていたことも、遺品がまとめられていたことも、魔物が一体も見つけられないことも、魔石が落ちていないことも、素材が落ちていないことも、全てが不思議な状況だが、俺には、それ以上に不気味なことがある。

「孔明?」

「すまん。円香。俺たちは・・・。蒼の部隊で、樹海に入ったときに・・・」

「なんだ?」

「まずは、足跡を探す。魔物の足跡は特徴的でわかりやすい。動物の足跡とは違う。二足歩行の特有の跡が残る」

「そうか・・・」「ん?孔明。なんだ?」

 円香は、気がついたようだ。
 地面を見ている。特に、水が合ったのだろう。ぬかるんでいる場所はわかりやすい。

「蒼。現場を離れて感が鈍ったか?」

「ん?足跡は・・・。あぁぁぁ!魔物の足跡しかない。正確には、足跡が消えている場所もあるが、戦闘が行われたのなら、足跡が残る。でも、人の足跡。靴を履いている者の足跡がない?ないよな?」

 確かに、不思議な状況だ。
 魔物同士で戦った?それも違うように思える。特に、円香が見ている場所・・・。ぬかるんでいる場所は、はっきりと足跡が残っている。ゴブリン種が3体。同じ方向に移動している。そして、倒されている。足跡からの判断だが、間違っていないだろう。
 スキルで攻撃した?
 ぬかるみに居たのが、ゴブリンの上位種や変異種でなかったとして・・・。それでも異常なことだ。一撃で倒している?ゴブリンがバランスを崩した様子は、足跡からは確認ができない。いきなり倒せるだけの強力なスキルを使った?

 円香が、千明嬢を呼び寄せて、できる限りの足跡を撮影させている。
 あとで解析を行うのだろう。

 ファントムか・・・。
 本当に、存在していると思えてくる。それなら、偶然・・・。なのか?でも、それなら?わからないことだらけだな。

 天子湖から魔物が消えれば、問題は解決すると思っていたが、気持ちが悪い疑問が残った。
 表面上は平穏を取り戻した。

 そう・・・。平穏だ。

 でも・・・。

 天子湖に吹いている風は、魔物が現れる前と何も変わっていない。

 新しい子たちが、我が家の庭と裏庭に揃うまで3週間もかかった。
 しょうがないのだろうけど、”転移”のスキルとか無いのかな?移動が面倒だ。私とライだけなら、カーディナルやアドニスに乗っていくこともできるけど、家族で移動を考えると、難しい。
 高校を卒業したあとな、免許も取れていただろうけど・・・。今は、免許は無理だ。人の姿になれる。確認したけど、指紋もある。声は出せるようになった。遠征で新しいスキルが沢山芽生えた。まだ、ライや家族たちが検証中だ。私が得たスキルで、一つだけは私だけが得たスキルのようだ。
 私が得たスキルは、”擬態”。魔物になってしまった、動物から得たスキルだ。ペットが逃げ出して・・・(もしかして、捨てられた?)。野生化して、魔物になってしまったのだろう。どの動物から得たスキルなのかわからないけど、有効活用させてもらう。

 鏡の前で、ライの分体に意識を移動させる。
 本体で、元の私に”擬態”する。

 スキルを発動すると、選択肢が現れた。
 選択肢の一つは、私の名前だ。

 あと2つの選択肢は、多分だけど、ライが取り込んだ男の子と女の子なのだろう。
 名前が解ったから検索をした。50年前の新聞に誘拐されたまま、行方不明と記事になっていた。ご家族は、当時は日本海側の県に住まわれていた。

 擬態を発動すると、やっぱり・・・。全裸だ。わかっていた。スライムだから、全裸なのだろうとは思っていた。でも・・・。私だ。髪の毛の長さも、貧素な顔も、ちっぱいも私だ。懐かしく思えてくる。

 下着を身につけて服を着る。
 うん。これなら、大丈夫かな?

「あぁーあぁーあぁーいうえお」

 声が出せる!

 分体を作って、”擬態”を発動する。
 同じ選択肢は出ない。今度は、私の名前と女の子の名前だけだ。理由はわからないけど、そういうものだろう。ただ、私の部分がグレーになっていて選択ができない。多分、私は一人しか存在できないのだろう。私同士で身体を洗うとか・・・。してみたかったけど、無理だ。すごく、残念だ。ライが作った分体に私が意識を移しても声は出せなかったけど、私の分体が”擬態”すれば声が出せる。深く考えない。感じろ。スキルは不思議な現象を引き起こす。今は、都合がいいと考えておこう。

「ライ」

 近くに控えていたライに声をかける。

『はい』

 そうか、ライは私の分身じゃないから、スキルが使えないのか・・・。

「普通に声は出せる?」

『分体で、人になれば可能です』

「よかった。それなら、買い物に行くときには、ライの分体と私の本体で行こう」

『はい』

 ここで、ライが皆に話を回したのが間違いだった。
 過保護な皆は、私がライだけを連れて街に行くのに反対してきた。

 そこから、天子湖で戦ったとき以上に真剣な会議が行われた。
 ”皆が付いてくる”と言い出して、必死に止めた。パロットだけなら、変わった女子高校生で解決・・・。ん?私、学校に・・・。だめだ。学校には、スキルの判定がある。そういえば、ライが取得した、”隠蔽”を使えば・・・。

 うーん。でも、今更・・・。学校って、なにかおかしな気分だよな。
 勉強をしたくなったら、どこかの通信制の学校に入ろうかな。高校中退だけど・・・。普通の生活は、もう無理だ・・・。よね。

 ギルドに務めるとかならチャンスはありそう?

『マスター!』

「え?あっごめん。やっぱり、無理だよ。ライが一緒に行くのも、かなりのリスクだよ?そこに、カーディナルやアドニスは、猛禽類だよ。ギリギリ、パロットをキャリーケースに入れて連れて行くのが限界だよ」

 皆が黙ってしまう。
 わかっているのだろう。

 私は気がついてしまった。
 側での護衛は無理だけど、街でも護衛ができる方法を・・・。

 ふぅ・・・。
 ライが、私を見ている。そうだよね。ライには、考えが伝わるよね。
 その上で黙っているのは、私が言い出すのを待っているのだろう。

「カーディナル・・・。滞空時間は?キングとクイーンと交代で、私とライを上空から監視して、なるべく高くから見ていれば、死角が潰せるでしょ?」

 ライが分体を作って、ライとカーディナルとキングとクイーンで話を始める。上空からの監視組は、3人に任せる。

「アドニスとテネシーとクーラーとピコンとグレナデンは、家の周りと新人たちの教育」

 ワシやタカは、街に居るのは珍しいけど、見ることもある。でも、ふくろうは見たことがなかった。悪いけど、留守番だ。家を守るのは重要な役目だ。

「フィズとアイズとドーンは、群れで行動して街の電線に止まっていても不思議じゃないからね。お店の中までは無理だけど、外なら近距離で護衛ができるよね?」

 フィズとアイズとドーンは、百舌鳥とムクドリとスズメだ。群れで街にいれば違和感はない。アオサギのフリップやカワセミのジャックは、ダメだろう。街中で見かけない。”絶対に、居ない”とは言えない。けど、見かけないから、目立ってしまう。

 他は、無理だ。どうしても、目立ってしまう。誰かに見つかってしまえば、捕縛対象だ。ナップくらいは見逃してもらえるかもしれないけど、それでも、殺そうとする可能性は残る。益虫だと思われていても、店に蜘蛛が居たら殺すだろう?
 ダークは昼間に活動はできるけど、一般的な蝙蝠は昼間に街で見かける事は少ない。夕方以降の護衛なら、ダークが行うことになるだろう。でも、私が夜に街中を出歩くとは考えにくい。

 新しく家族になった子たちは、まだスキルが安定していない。最低でも、ライとの意思疎通が完全にできるようになって、意識が混濁する時間を無くす必要がある。これは、ライが方法を確立しているので、訓練中だ。
 訓練が終わったら、名前を与えてほしいと言われた。

 イワナやニジマスやブラックバスが増えた。
 全となる種族は、現在、意識の混濁がなくなれば、群れとして”全”に組み込まれる。これは、カラントが行っているので、方法はわかっている。個性がなくなるのではない、名を共通の名前として認識するのだ。その上で、”個”が存在する。ライに、何度か説明してもらったけど、理解ができない。でも、個別に名前をつけなくていいのは、よかった。そんなに名前が思い浮かばない。

 どうやら、皆も納得してくれたようだ。

 やっと、街に向かえる。
 ライの服と下着を買って、あとは、足りなくなってきている調味料を購入しないと・・・。

 あと、情報が欲しいけど・・・。
 ギルドには行けないよね。

 あとは、私をスライムにした人の情報が欲しい。

 さて、どうしよう・・・。
 今日までのことを文章にして、ギルドに送ってみる?

 相手が、それで興味を示してきたら、会ってもいいかもしれない。家族の誰かを実験体にしようとしたら、全員で暴れればいい。天子湖に張った結界を自衛隊も警察も破れなかった。
 屋内じゃなくて、パルコやパルシェや松坂屋の屋上で会えばいい。森下公園でもいいかも・・・。伝馬公園なら小学校が近いから下手なことはしないだろう。それに、最悪の場合には、スライムの姿になって逃げる事ができる。

 いいかもしれない。
 ギルドの交渉ができれば、私をスライムにした人の情報が手に入る。
 それだけじゃなくて、死蔵している物が売れるかもしれない。それに、仕事が手に入る可能性もある。

 ダメだったら、家の周りに結界を張って引きこもればいい。
 魔物を狩って、魔石を得ていれば、生命活動は維持できる。そのうち、分体をカーディナルやキングやクイーンに遠くまで・・・。大阪とかそれこそ海外に運んでもらって、買い物をしてもいいだろう。人類が、私を排除するのなら、私は私たちのルールで生活をするだけだ。
 魔物になってから刻まれた感情は、”弱肉強食”人類が私たちの手を払って排除するのなら・・・。

 よし、まずは街に行こう。
 今度は、市内だ。買い物を久しぶりにしよう。

 私の本体(元の姿)と私の分体(女の子)とライの分体(男の子)で行こう。

 カーディナルとキングとクイーンが上空から私たちを護衛する。ライの分体を載せていく、ライの本体は家に居てもらう。

 うん。いい感じだ・・・。と、思いたい。

 服は・・・。さすがに、制服はダメだろう。
 でも、困った。平日の昼間に、街に行ったら、間違いなく怪しまれる。最悪は、警察の厄介になってしまう。

 学校を辞めているから、補導されても困らない。でも、身元を証明するもの・・・。あ!

(マイナンバーカード!)

 良かった。作っておいて・・・。
 写真も入っている。身分証明書として使える。親も親戚も居ないから、補導されたら・・・。うーん。

 補導されない様にすればいいのか?
 学校がある時間はダメだ。

 夕方は、移動を考えると、難しい。まず、過保護な家族から許可が出ないだろう。

 そうなると、学校が休みになる時を狙うしかない。

 スライムになってから、曜日を意識していなかった。
 スマホを見ると、今日は水曜日だ。完全に曜日の感覚が無くなってしまっている。

 学校のサイトを除くと、休日が書かれている。
 やっぱり、土曜日かな?

 天気予報も、晴れになっている。大丈夫だろう。

 そうだ!
 擬態で、身体がどこまで再現しているのか確認しておこう!

 ライに分体を作ってもらって、意識を移して女の子になる。自分の分体で偽装する。

 うん。見た目は、自分自身だ。
 ここでチェックするのは恥ずかしから、お風呂場に行く。アニメなら、”光さん”が頑張ってくれる所まで確認する。自分の身体だけど、恥ずかしかったとだけ覚えておこう。
 そして、解ったことがある。私は、女の子だ。意味が解らないけど、女の子だった。意識を移した女の子は、”年齢の関係だから”と、いう理由が考えられるが、私も女の子と同じだ。人間だった時には、確かに存在していた。面倒でも、手入れをしていた。誰に見せるでもなかったが、下も上もしっかりと手入れをしていた。これからは、手入れの必要はなさそうだ。
 でも、髪の毛は・・・。あっ!もしかして!

 擬態をする時に、髪の毛の長さとか調整できるのでは?と、考えて実践してみた。見事に、髪の毛の長さの調整ができた。便利だ。一度、ベリーショートにしてみたかった。ちなみに、脇や下も生やすことができた。やらないけど・・・。
 マイナンバーの写真と雰囲気が変わってしまうと問題だから、外に出る時には、セミロングにするけど、家の中なら問題はないよね?

 髪の毛の色も変えられる。
 なんか、ゲーム?のキャラクターを作っているみたいな感じだ。でも、色は変えられるのに、おっぱいのサイズが変えられないのは謎だ。どんなに頑張っても、巨乳にはなれないようだ。身長も伸ばせない。目の色が変えられるのに・・・。

 ヘテロクロミアとか興味があってやってみたけど、似合わない。肌の色も変えてみたけど、私の顔はどう頑張っても、日本人以外にはならないようだ。

 ベリーショートは、楽だけど・・・。
 うーん。やっぱり、見慣れたセミロングかな。あっ!ロングにしてみよう。

 ロングはいい感じだ。
 毛先を茶色にして・・・。うん。違和感が少ない。

 でも、邪魔だな。セミロングに戻そう。

 結局、お風呂場で鏡を見ると、いつもの私が居る。
 スライムの内臓ってどうなっているのだろう?

 上も下も見える所は、女の子と同じようになっている。子宮とかあるのかな?あると、生理があるよね?それが嫌だな。スライムだから、子供は無理だろうし、欲しいとも思わない。私には、大切な家族ができた。それで十分だ。

 そして、素敵スライムボディは、お風呂に入ったあとで、身体を拭かなくても大丈夫。人の状態から、スライムに戻って、水分を吸収すれば、渇いた状態になる。お風呂は、人の姿で入ったほうが、断然、気持ちがいい。

 そうだ。今度、裏山の頂上付近に、露天風呂でも作ろう。

 そのためにも、いろいろ買い物をしないと・・・。
 土曜日に、街に行くとして、それまでどうしよう?

 そうだ。
 ギルドに、送るかどうかは別にして、今までの経緯をまとめておこう。

 あと、人だった時の家族の情報も集めておこう。
 持ち歩けば、補導されても、情状酌量で許してもらえるよね?

 確か、戸籍とかはコンビニで取れたよね?

 コンビニは遠いけど・・・。あっスマホ!
 調べたら、私のスマホは対応している。クレジットカードはデビットカードだけど大丈夫だよね?
 やってダメなら、コンビニに行けばいいか・・・。

 結果、スマホに戸籍謄本と住民票が取得できた。
 よかった。これで、私が天涯孤独なのが証明される。

”にゃぁ”

 パロットが私の足下で鳴いてから丸くなる。

 そうね。私は、天涯孤独じゃない。
 沢山の家族に囲まれている。

 スマホでちまちま文章をかくのは苦手だ。
 人の姿になって、パソコンで文章にしよう。私のパソコンで、入力すればいいよね。

 夏休みから書けば・・・。

・・・ポク・・・ポク・・・チン

 やってしまった。
 水曜日から、金曜日の夜まで徹夜で・・・。登校日からのことを書いていたら、小説になってしまった。

 高校生の時に、この寝なくてもいい身体が欲しかった。
 多少の疲れもあるが、眠くならなかった。若いからという理由ではない。スライムになる前は、すぐに眠くなってしまった。

 そして、作られた文章をどうしようか悩んでいる。
 ギルドに送っても信じてもらえるとは思わない。

 PDFにして、スマホに送っておこう。超大作のスペクタクル小説・・・。あっ誤字発見。

「ライ」

『はい』

「皆のスキルは?」

『まだ、把握が終わっていません』

「わかった。急がなくてもいいからね」

『はい』

「そうだ。天使湖からの子たちは?」

『全員、揃っています。途中で、増えたので、カーディナルとアドニスが割り振りを行っています』

「割り振り?」

『はい。マスターの領地を守る為に、分布を行う必要があると考えました』

 領地?裏山の事だけじゃないよね?
 私が、結界を設置した場所を、領地だと思っている?

「え?あっライ。私が守るべき場所は、私たちが住んでいる家の周りと、裏山だけだよ?」

『・・・。はい』

 あっ裏山以外も領地に含めていたな。
 でも、裏山は完全に私の持ち物だけど、他の山も別に問題にはならない・・・。よね?元々、居た動物たちが、魔物が出てこないようにするだけだよね?

「ライ。裏山は認識している?」

 何度も、行っている。
 それに、認識阻害の結界を張っているのは、裏山と自分の家だ。

『もちろんです』

「それ以外の場所は、結界だけだよね?」

『はい』

 よかった。
 私の認識と同じだ。それなら、共通認識として話ができる。

「魔物が発生しないように、あと、人が迷い込まないように、割り振れる?」

 人が迷い込んでも、問題ではないけど、何日も過ごされると、ライたちが巡回しているのを知られてしまう可能性がある。

『魔物は、駆除で、動物は保護で、人はどうしますか?』

 うん。魔物は、駆除で大丈夫。
 動物は保護して、裏山に連れて来る。魔物になっていないのなら、裏山で過ごしてもらえば、安全は守られるだろう。

「裏山以外は、基本は、監視だけにして、何か目的がありそうなら、追跡かな?」

 問題は人だな。
 天使湖の様になってしまうのは困る。

 だから、発生した魔物は、さっさと駆除する。魔物になりそうな動物は確保する。

 昆虫が問題だけど・・・。これから、寒くなっていくから、昆虫は大丈夫だろう。黒い奴とか、アブラギッシュな奴は駆除対象だ。
 他は出現した時に考えよう。

『わかりました。追跡は、山から出ても行いますか?』

「可能な範囲で、やってみて・・・。無理をする必要はない」

『わかりました。カーディナルとアドニスと相談します』

「うん」

 そうだ。
 ギルドに売ってもいい物の一覧を作ろう。
 魔石とか魔石とか、魔石はかなりの数が入手出来ている。あっでも、魔石は使い道があるから、魔物の素材かな・・・。優秀なスライムボディで確保しているから、腐っては居ないけど、使い道がない物が多すぎる。

 オーガの角とかどうするの?
 皮や肉は使い道があるから、嬉しいけど、角とか骨とかなんだか解らない金属とか処理に困る。ライに確認したけど、家族で欲しがる者が居なかった。

 宝石っぽい物もある。魔石ではない。なんだか”綺麗な石だな”程度の物で、売れるのか解らないけど、ドロップした物だから拾ってある。
 まだまだ入りそうだから、邪魔にはなっていないけど、一覧で表示した時に、大量に表示されて・・・。

 やっぱり、なんとかギルドに連絡したいな。
 まだ貯金は大丈夫だけど、現金収入が欲しい。

「お姉ちゃん」

「うん」

 ライが、男の子の姿になって、私を”お姉ちゃん”と呼ぶ。
 外では、マスター呼びは目立つうえに不審者に見えてしまう。似ては居ないが、”姉”という設定だ。名前は、”ライ”のままだ。本名は”雷太(らいた)”とでもしておけば不自然ではない。と、思う。ちなみに、女の子(私の分体)は、”フウ”だ。本名も、”(ふう)”だ。とある、漫画の好きなキャラクターの名前だ。設定をマルパくした。誕生日は12月12日。射手座のA型。身長だけは、156cmには出来なかったのが心残りだ。

”にゃ!”

「パロット。どうしたの?」

 ライの通訳では、どうやらパロットは山の方ではなく、人里?の方にパトロールに向かいたいようだ。上空からの偵察や、キルシュたちによる偵察はしているが、パロットなら首輪をしていれば、飼い猫だと思われる。それに、車に轢かれるような心配もない。パロットだと、轢いた車の方が心配になってしまう。

「いいよ。でも、ライの分身と一緒に、あと首輪をして行くこと。あと、出来れば、ナップも一緒に・・・。あと・・・」

「マスター。大丈夫です。森よりも、人里の方が安全です」

 ライからの指摘を受けて考える。
 たしかに、人里で心配なのは、駆除対象になっている事だけど、飼い猫なら大丈夫だろう。ギブソンやノックやラスカルは、ダメだろうけど・・・。パロットなら、ごまかせる。山の中では、魔物との戦闘が想定される。天使湖のような場面には出くわさないとは思うけど、危険度では山の方が高い。特に、パロットなら・・・。それに・・・。
 パロットは、天使湖でも留守番していた。
 山にも殆ど出かけない。家に家族が増え始めている状況なら、パロットが散歩(偵察)に出かけても大丈夫だろう。

 毎日、帰ってくることを条件に、パロットの散歩(偵察)に許可を出した。
 私も、近所の情報は欲しい。主に、スキルを得ている人が居るかどうかだ・・・。パロットには、スキルを感じたら戻ってくるように伝えてある。家まで戻ってくれば、安全だ。

 家族からの要望に答えながら、必要な物を通販で購入して、学校が休みになる日を待っていた。

「明日か・・・」

 休日ではなく、学校が休みになるのを待っていた。

 スマホで時間を確認する。明日のために充電も確認する。
 40%あるから問題はない。どうせ、外ではあまり使わない。そういえば、学校に行っていた頃には、知り合いが月の半ばには、”ギガが足りない”とか騒いでいたけど、私は2ギガでも余ってしまう。
 パパやママが居た時には、家族でまとめてだからどのくらいなのか解らなかったが、一人になってみて契約を見直した。最初は、知り合いの”ギガが足りない”という言葉から、5ギガで契約したけど、今月は使ったと思った時でも、1.5ギガ程度だったので、2ギガに契約を変更した。パパが選んだ格安SIMで契約名の変更も終わっている。料金は、チャージ式で十数万円が入っている。一生は無理でも、かなりの期間は使えそうだ。今月の利用料から、1ギガに減らそうと思っている。
 ライにもスマホを持たせて、使い方を教えた。端末は、パパが仕事で使っていた物があった。

 念話があるから必要は無いのだが、持っているといろいろ便利だろうという判断だ。

 ライが、私から離れて行動しないことから、必要はない。もし誘拐されても、ライならスライムになれば抜け出せるだろう。

 そう考えると、スマホは必要ないのだけど、人が居る街に行くのなら持っていた方が良いだろうと判断した。
 ライが買い物をする場面は限られるが、お金を使うシチュエーションも考えられる。その時のために、電子マネーをチャージして渡しておけばいいと思った。お金を持ち歩くよりはマシだ。おつりを意識してお金を出すよりは、使えるマークを覚えて、電子マネーを起動させる方が、覚えることが少ない。

 寝なくても大丈夫になったが、目を閉じる。
 いろいろ考えると不安になるが、パロットやギブソンやラスカルが私の周りで丸くなって寝ている。寝ているよね?

「うん。大丈夫。なんとかなる」

 ダメだったら逃げればいい。
 何度も言い聞かせて、それでも不安になってしまう。スライムになってしまった。人から魔物になってしまった。そして、魔物は駆除対象で、異物だ。私をこんな姿にした奴が存在する。そして、私がこんなに不安な思いで”街に出向く”必要はなかった。でも、今は・・・。

 スキルが芽生えた。
 スキルを使えば、魔物でも生活ができる。
 スキルを使って、私を魔物にした奴にお礼(復讐)を考えてしまう。私が、生きている事が復讐になるのでは?

 ライの記憶から、生き物をスライムにするスキルなのだろう。そんなスキルを持っている、実行している奴が居る。私の気持ちは、この際は忘れよう。でも、ライに関しては、復讐させてあげたい。あんな殺され方をして、何のために殺されたのか?何のために、スライムにされて、無残にも殺されたのか?

 ダメだ。どんどん、考えが物騒になる。

 スライムに姿を変えて、窓辺に移動する。
 カーテンの隙間から外を・・・。シャッターを少しだけ開けて、外を見る。晴れている。私の使っている部屋からは、星空が見える。街の灯りや街頭がない場所だ。星空が綺麗だ。よく見ると、アフネスが警戒する為か、大きくなった(何か解らない)木の枝に止まっている。よく見ると、ダークたちも木々に止まっている。休んでもいいのに、皆が順番で警戒をしている。多分、地上でも・・・。水中でも・・・。
 家族の皆は、私が過保護だというけど、皆も過保護だ。家族を守る為に、皆が全力を出している。新しく家族になった者たちも、意識の混濁が無くなったのか、来週にも家に来るようだ。また、騒がしくなる。嬉しい。

 余計な事を考えない。
 まずは、家族との生活を安定させないと・・・。

---

「お姉ちゃん」

「うん。ライ。まだ早いよ」

 時計を見ると、朝の7時だ。
 学校に行くのなら、遅いくらいだけど、今日は学校ではない。街を散策して、買い物をして帰ってくる。そのミッションが無事に達成できるかだ。街の中にスキルを見分ける物があるか?魔物だとバレないか?
 そして、補導されないか?これらの確認だ。あと、ギルドの位置を確認したい。パソコンで、ギルドのサイトを見て、事務所の情報を確認してある。何度か歩いたことがある場所だから、想像が出来ているけど、しっかりと認識しておきたい。

「お姉ちゃん。どうやって、行くの?」

 うーん。
 カーディナルに運んでもらうのはダメだ。駅までの移動手段を考えていなかった。

 自転車・・・。かな?
 二人乗りは目立つな。考えていなかった。

「僕、スライムになって、お姉ちゃんに張り付こうか?お姉ちゃん一人で、自転車で移動して・・・」

「そうだね。地下の駐輪場なら、人が居ないタイミングがあるだろう。それなら、少しだけ早めに出ようか?」

「うん」

 自転車は、後2年は地下駐輪場に止めても怒られない。料金は支払い済みだ。最寄り駅には、いくつかの駐輪場があるが、地下駐輪場は入口が不便なことからあまり人気がない。早い時間たちの人か、帰ってくるのが遅い人が使うだけで、昼間は地上の駐輪場を使う人が殆どだ。

 予定では、10時くらいに町に到着予定だから、9時に出発しようと思っていたけど、1時間早めることにする。
 街に先行する家族も、1時間前なら問題はない。

「ライ。先行組をお願い」

「はい」

 男の子になっている時の口調は、年相応になってきている。まだ、機械的な反応になってしまうことがある。大分よくなってきている。可愛い弟ができたようで嬉しい。あと、ライの横には無口な私そっくりな女の子が寄り添っている。私の分体だ。

 いろいろ考えて、考えて、考えた結果、女子高校生が一人で街を歩いているよりも、小学生っぽい双子に見えなくもない兄妹を連れて歩いていた方が、怪しく見えない。と、いう結論に達した。ライや家族が心配したのが最初だったが、今にして考えれば、周りを警戒する意味でも3人で行動した方がよい。

「お姉ちゃん。街に向かったよ」

「ありがとう」

 時計を見ると、少しだけ早い。8時前だけど、出発しよう。

 ライには、スマホを持たせている。電子マネーもチャージしてある。私の分体には、ポシェットを持たせている。中身は、交通系のカードが入っているだけだ。
 私もスマホを確認する。お金も確認する。交通系カードのチャージも確認した。大丈夫だ。3人が往復しても余る位には入っている。

「よし。行こう」

「はい」

 ライと女の子がスライムになって、私に張り付く。これで、自転車に乗って最寄り駅まで向かう。

 久しぶりの街だ。
 あるか解らないけど、心臓がドキドキしている。

「行ってくるね。皆。家をお願いね!」

 皆の鳴き声を聞きながら、玄関から出る。

 早く駅に到達する方法は、カーディナルに送ってもらうか、人の姿で、スキルを使って走り抜ける方法だ。
 しかし、目立つので、その考えは、頭から追い出して、素直に自転車を使う。

 通いなれた下り坂を、いつも以上の速度で降りていく、カーディナルに乗って移動していたときに比べれば、遅く感じてしまう。

 駅について、ホームに移動する。
 誰にも怪しまれていない。地下の自転車が置いてある場所から、ライも一緒だ。ライは、交通系カードを持っていないから、二人分の切符を購入した。

『お姉ちゃん!お姉ちゃん!』

「ライ。声を出していいよ?」

 ライも、街中で言葉を発する練習を始める。
 平日の9時前なら、電車は空いている。座らなくても疲れる事はないのだが、空いているので、ライと並んで座る。不思議な感覚だ。

 窓の外を流れる景色は、変わらない。
 高校に通っていた時と同じはずなのに、私が変わったのだろう。新鮮に感じる。見慣れた景色のはずなのに、座ってみているから?流れる景色は同じなのだ、変わったのは私だ。なのに、景色で変わった場所を探してしまう。

 景色を眺めていて、時折ライが質問をしてくるので、答えていると、4つ目の駅に到着した。街に、行くのなら、もう一つ先まで乗っていくのだが、一つ前の駅で降りる。ギルドの本部として登録されている住所には、街中を歩いていくよりも、この駅から住宅街と商業地区を避けながら空いていく方法がある。

 駅を降りる。南側には、大きな展示場が存在している。北側には、後援スペースと商業施設が立っている。

 商業施設の近くには、JRではない鉄道が走っている。乗り換えても良かったのだが、せっかくなのでライと一緒に歩くことにした。頭上を見ると、過保護な家族たちが見守っているのが解る。線路沿いを10分程度歩いていると、国道から西北西に入る道がある。角には、床屋?がある。調べてきた通りだ。脇道を進んで、最初の信号を右折する。踏切を渡って、少しだけ歩くと右手に公園が見えて来る。
 細い道を北進して、北街道を横切って、神社方面に向かえばギルド本部が見えて来る。

 結構歩いたな。前よりも疲れにくくなっている。スライムなので、汗は出ていない。疲れが出ないのは、基礎体力が上がったからかな?

 ギルドの確認もできた。開けた場所にあるし、神社も近いから、監視を行うことも出来そうだ。

 さて、ギルドも確認したし、神社も回った。
 魔物が入っても大丈夫だった。神様に願う事はないけど、家族の安全くらいは祈っておこう。14枚の5円玉を持ってきている。半分をライに渡して、順番に社を巡る。

「お姉ちゃん」

 ライが、私の服を引っ張る。

「どうした?」

「この山。気持ちがいいね」

 そこは、”麓山神社”。確かに、神社に入ってから感じていた。人だった頃にも何度も来たが、スライムになってから初めて訪れて感じた。雰囲気が、裏山に似ている。

「ねぇライ。社を中心に、微弱な結界が張られている?」

「うーん。結界とは違うみたい。どちらかというと、お姉ちゃんの近くと一緒!」

「えぇぇぇ?そうなの?」

「うん。ドーンやアイズも気に入っている」

 近くの木々に、ドーンやアイズが止まっている。
 もしかして、神社があれば魔物が湧かないのか?そんな情報は無かったと思う。帰ってから調べてみよう。あっでも、海外で、ミサが繰り返されている教会の近くには魔物が居ないとか言っていた。日本でも、富士山の山頂付近では、魔物は確認されていない。

 参拝を終えて、鳥居で一礼してから、敷地外に出る。

 参道を街に向かって歩き始める。
 途中で、おでんの販売が始まっていたので、ライと一緒に食べた。食べ歩きは、楽しい。それに、”なぜか”わからないけど、食べ歩きはいつもよりもおいしく感じる。道にゴミを捨てるのは論外だ。私たちなら・・・。ライが、ゴミを吸収した。本当に、便利な身体になった。

 時計を見ると、予定よりも30分くらい遅れているけど気にしない。

 参道を歩いて、大鳥居で一度振り返って、頭を下げる。両親がやっていた意味は解らなかったが、今なら解る。大鳥居が守っている。うっすらだけど、結界のような物を感じる。スライムになってしまった私だけど、不快には感じない。

 大通りに出て、そのまま駅の方面に向かう。
 最初の信号が、丁度青信号になったので、反対側に渡る。そのまま繁華街の方面に抜ける道に入る。高校にいっていた時には、あまり使わない道だけど、どこに繋がっているのか理解している。病院の横を抜けて、”おまち”に到着する。

 まずは、蔦屋だ。
 買いそびれていた本や、魔物やスキル関係の本を探そう。

 魔物やスキルに関しての本は有ったけど、新しい情報は見つからなかった。パラパラ見ただけなので、情報が読めなかった可能性もあるが、知っている情報やそれは違うと思える情報しかなかった。スキルの情報も、ギルドに見に行けば得られる物ばかりで、本を買う必要性はない。
 買いそびれていた本も、1冊だけ見つかったので購入する。街中には、マンガやアニメを専門に扱う本屋が1店舗。大きな書店が二つ。足を伸ばせば、あと3店舗ほど本屋がある。駅ビル?にある大きな本屋には寄ろう。

「お姉ちゃん?」

「ん?ごめん。移動しよう」

「ううん」『ドーンたちが、魔物を発見しました』

『え?どこで?』

『電車を降りて最初の公園の山の中です』

『清水山公園?』

『公園名は解りません。踏切を渡った近くにあった公園です』

『それなら、清水山公園だね。魔物の種類と数は?』

『ゴブリンが1体です』

『わかった。駆除して、近くに人が居るようなら、ゴブリンを誘導してから駆除』

『指示を伝えました』

 それにしても、富士山からの距離は、知らないけど、裏山からだいたい10キロ位?魔物がポップした?それとも、魔物が移動してきた?どうやって?

 考えても解らないから、ひとまずは1体だけなら駆除していれば大丈夫だろう。

『ライ。家に居る、ドーンとアイズに、街中にある公園や丘や山や林に魔物が居ないか確認させて、居たら、場所をいつもの方法で教えて』

『わかりました。家の周りから離れた場所も、探索させます』

『わかった。ライの分体が足りなくなりそうなら、言ってね。私も協力する』

『はい』

 場所の認識には、パパが使っていた、GPSロガーを使っている。その場所まで移動してから、ライがロガーのスイッチを押せば、場所が把握できる。後で、パソコンに取り込んで地図に印をつけておけば、魔物が居た場所が解る。
 経験則として、一度でも魔物が居た場所には、また現れる可能性がある。移動して来た場合には、現れなくなるので、何度か確認して現れなくなったらチェックを外している。魔物が出現する場所に、魔石(結界)を埋め込めば魔物は出現しなくなる。正しい対処なのか解らないけど、魔物による被害を減らすには、この方法しか思いつかない。人が立ち入らない場所に、わざと結界を展開していない場所を作っている。ここに湧けば、私たちが対処できる。

 蔦屋を出て、伊勢丹の一階にある”とらや”に向かう。
 ここで、ライの下着や肌着を購入する。あと、日用品で安い物が有れば買っておく。留守番していてくれる者にもなにか買っていこう。

 あっ私も少しだけ下着を買っていこう。妹バージョンの下着が無かった。服は、私のおさがりがあるからいいけど、下着くらいは新しい物を買っておきたい。女の子の服は、うーん。パルシェにユニクロがあったな。それとも、元109に行こうかな。たしか、”しまむら”が入っていた。
 時間もあるし、適当に回ってみよう。

 荷物の心配をしなくて済む買い物は楽でいい。
 無くなりかけていた調味料も補充できた。ライから、家族の欲しいと言っている物を購入できた。

 あとは、ライと街をブラブラしよう。

 銀行に寄って、残高の確認もできた。
 怪しまれないで、通帳の記入とカードでの残高確認ができた。市役所に寄ってみたけど、何も言われなかった。

 銀行で、大丈夫だとは思っていたけど、タッチパネルの操作ができたのは嬉しかった。
 コンビニのATMも大丈夫だった。コンビニでの買い物も大丈夫。ライが少しだけ人見知りなことを除けば問題はなかった。

 スライムでも街中や商業施設なら問題はなさそうだ。
 スキルチェッカーのような物が設置されているけど、反応がしなかったから、電源が入っていなかったのだろう。ライも私も無反応だった。

 帰りは、セノバから電車に乗って、清水まで移動して、市場(河岸の市)に行こう。留守番をしてくれている子たちにお土産を買っていきたい。肉よりも、魚系が好きな子が多い。街中で買ってもいいけど、しっかりした物を買うのなら、河岸の市が便利だ。

「ライ。他に、何か欲しい物はある?」

「お姉ちゃん。文字や言葉が学べる本ってある?」

「ん?文字や言葉?」

「うん。僕は、読めるけど、カーディナルやアドニスたちも、文字が読みたいみたい」

「え?カーディナルたち?」

「うん。他の者たちも!」

「そう?わかった。セノバの上に本屋があるから、寄ってみよう」

「うん!」

 河岸の市なら、パルシェから行った方が近いけど・・・。久しぶりに清水の街も歩きたい。一人になってから、清水には近づかなかった。銀座を家族で歩いた。皆で七夕の時に銀座を回った。忘れられない。でも、今なら・・・。横を歩いているライの頭を撫でる。

「なに?」

「何でもない。少しだけブラブラしてから帰ろう」

「うん!」

 ライが、上を見つめる。
 上空には、心配性な家族が私とライを見守っている。

 ライと、パルシェまで移動してから、セノバに戻る。途中まで地下を使おうかと思ったけど、ライから反対された。地下では逃げ場がないと言われてしまった。誰かと戦うことは想定していないから大丈夫だとは思うけど、地上で移動するルートを考える。
 心配性な家族が、私とライの姿が見えないと不安になってしまうようだ。建物の中は諦めているようだけど、外を歩いているのなら、できるだけ地上を歩いて欲しいと訴えてきた。

 ホテルの横から、松坂屋の横を通ってセノバに抜けるのがコースとしては早い。車道が近いから、自転車が来るとすれ違いのタイミングで少しだけ危ないと思う事はある。

「ライ!」

 ライの手を握って、パルシェから郵便局に向かう。派出所の前を通る。悪い事はなにもしていないのに、少しだけドキドキしてしまった。人の姿になると、心臓がしっかりと定位置に来るのか、胸がドキドキしているのが解る。そういえば、血液とかどうなっているのだろう?指紋は、なぜかスマホで認証できたから大丈夫だった。あっ!

「ライ。また、銀行に寄っていい?」

 財布の中を見て、銀行のカードを持ってきているのを確認する。静脈認証ができるようになっているはずだ。確か、セキュリティを高めるために登録した。ダメだったら、怖いけど・・・。

 信号を渡って、葵ビルの横を抜けて、銀行に向かう。
 銀行にも、スキルの検知を行うシステムが入っているが、検知されなかった?ATMには誰も居なかった。そのまま、カードを入れて、静脈認証を行う。

 え?
 できた?

 うん。深く考えても解らない。ようするに、擬態している身体は私だということだ。機械が認めて、認証してくれたのだ。

 なんか、スライムにされてから、いろいろ有ったけど・・・。
 私が私だと言われたみたいで嬉しい。認められた。

「お姉ちゃん?」

「あっ。何でもないよ。行こう」

「うん」

 涙は出なかったが泣きそうな表情をしていたのだろう。ライが心配そうに覗き込んできた。
 警備員と銀行員の人も心配そうな表情をしていたので、会釈をしてから銀行から速足で出た。

 街なかでも自由に行動ができる。
 スキルの検知は、銀行では動いていた。私の後に入ってきた人は、スキルを持っていたようで反応していた。警備員が近寄って確認していた。ギルドに登録しているカードを提出していた。スキルを持っていても、ギルドに登録していれば、カードが発行されると聞いた事がある。そのカードには、所持しているスキルが書かれていて、スキルに該当する事象が発生した場合には、スキル保持者が疑われるが、カードを提示しないと、入店を断られる場合が多い。

 私とライが反応しなかった理由が解らないけど、反応しなかったのは事実だ。私もライもスキルを所持している。いや、そもそも、スキルを使って、人の姿になっている。

 服や下着は、購入した。
 家族から要望された物も購入できた。パパやママが居た時なら、ジャンボエンチョーに行けたのに、今は・・・。
 あっ!今度、カーディナルに運んで貰おう。ベイドリームなら・・・。近くに、移動できるよね?三保まで行っちゃうと歩きでは難しいけど、人が居ない場所なら大丈夫だよね?休日なら、港湾部は管理人だけで、人は少ないよね?

 一時的に地下を通るけど、スクランブル交差点まで歩いてから、セノバに向かう。
 銀行の前を通って、地下道に入る。心配性な家族は、ナップを派遣してきた。そんなに心配しなくても大丈夫だと思うけど・・・。

『マスター。カーディナルやアドニスは、パロットやキルシュから、”車”はマスターを襲ってくる可能性があると・・・』

 過保護な理由が少しだけ理解できた。
 確かに、パロットやキルシュなら、車を知っている可能性がある。カーディナルたちは、”車”を見たことがあっても、”何”かまでは理解ができていなかった。確かに、家でDVDやBDを見ても、車に轢かれるようなシーンがある。

『わかった。車が危険だと認識していたのね?』

『はい。地下道も、車が襲ってきたら、逃げられないと考えたようです』

 笑っちゃわるけど、なんとなくシュールな映像だ。
 今の私なら、車に轢かれそうになった瞬間に、スライムになれば大丈夫なような・・・。きがしない・・・。でも、ない。

『わかった。それは、家で話そう』

『はい』

 地下から、セノバに向かう。

 過保護の理由もわかったから、車は注意していれば大丈夫だと認識させて、いざとなったらスライムになって逃げると説明しよう。
 本屋で、必要な物を購入して、1階に移動して、電車に乗る。

 ライに、来た時と違う電車に乗せたかった。それだけが理由ではないけど、たまの贅沢はいいよね。
 家族が増えたけど、食費が殆どかからないのは嬉しい。

 買った本を読む。
 魔物とスキルの関係・・・。は、いい本が無かった。ギルドに関する本と、ショッピングサイトを立ち上げる本だ。あと、まさかパパが著者の一人として名前が書かれた本があるとは思わなかった。よくわからない本だけど、買ってしまった。家の中を探せばあるかもしれないけど・・・。

 パラパラ、ショッピングサイトを立ち上げる方法を読んでみる。
 うん。よくわからない。パルが作っているハチミツは売ってもいいのかな?そもそもが解らないことだらけだ。今日の確認で、貯金はまだ大丈夫だ。今の状態なら、10年以上は大丈夫だ。慎ましく暮らすのなら、多分もっと過ごせる。電気は無理だけど、水道はスキルで代用できる。ガスを使う物も代用が可能だ。電気だけは難しいけど、ソーラパネルで軽減されている。

 ライからの質問に答えながら、本を読んでいたら、新清水に到着していた。
 港の方向に歩いて、市場を目指す。空を見上げれば、心配性な家族が集結していた。見たことがない個体が居るから、現地でスカウトしたのかな?また、家族が増えるの?裏山ならまだまだ住めるから問題はないけど、食糧とか問題にならないといいな。

 市場に入って、質を優先して、買い物を行う。
 ここでしか手に入らない調味料もあるので、購入する。食事の必要が無くなったから、完全に趣味であり娯楽であり嗜好品だから、質を求めてみようと考えた。街中でも手に入るけど、市場は質がよくて、買い物がしやすい。魚も捌けるけど、捌いてもらってから持って帰る。量が多くなって、心配されたけど大丈夫。

 駐車場を抜けて、コンコースに繋がる道に上がると、人が居なくなる。市場には、車で来る人が多い。マリナートでイベントが行われていたら人は多いけど、今日は何も行われていないようだ。人から見えない場所で、持っていた荷物をライに持ってもらう。

 身軽になってから、清水駅に向かう。

「ライ。清水駅を抜けて、銀座で何か食べてから、帰ろう」

「うん!」

 珍しい物は何もないけど・・・。
 家ではあまり作らない。おでんでも食べようかな。それなら、テンジンヤでおでんを買って、家で食べよう。皆で食べた方がおいしいよね。

 必要な物は揃えられたと思う。買い忘れが有っても困らないけど、もう一度だけ確認しておこう。
 ライに持ってもらっている物もあるけど、不思議な事にスキルのレベルが上がったのか、私とライの”アイテムボックス”に共有の部分が出来ている。買った物を共有の場所に入れておけば、二人で取り出しができる。今度、距離の問題があるのかとか検証をしてみようと思う。

 今は、買い物の確認をしておこう。

「ライ。買い忘れはない?」

「うん。あっ!」

「どうした?」

「お姉ちゃん。あのね」

「うん?」

「パロットが、”ちゅーる”が欲しいらしい・・・」

「ふふふ。そうね。皆へのご褒美は必要だね」

 市場に戻れば、たしか売っていたと思う。
 戻れない距離ではないし、買って帰ろう。他にも、ご褒美になりそうな物を買って帰ろう。

 スライムの身体になってから、食費が少なくなったから、少しくらい贅沢をしても大丈夫だ。

「ライ。カーディナルとアドニスは?」

「??」

「港からなら、乗って帰られるよね?」

「うん」

「それじゃ、カーディナルとアドニスに来てもらおうか?」

「あっ・・・」

「どうしたの?」

「アドニスは、公園の山を探索している。カーディナルも一緒。だから、キングとクイーンが来る」

「わかった。どこに行けばいい?」

「駅の近くの公園でいいと思う」

「わかった」

 ライと二人で、駅の南口公園に移動する。
 人が少ない・・・。正確には、一人しか居ない。ベンチに座ってスマホを見ている。誰かを待っている様子で、車が通る度に顔を上げている。

 キングとクイーンは、すぐに到着した。
 ベンチに座っている人が、スマホを見ては、辺りを見ているので、あの人が居なくなるまで私とライもベンチに座って待っていることにした。

 10分程したら、白い車が来て、ベンチに座った人を乗せた。
 これで、公園には誰もいなくなった。

 一応、認識阻害と結界を展開してから、キングとクイーンに降りてきてもらった。
 私とライは、スライムの形状に戻って、ライはキングに、私がクイーンに乗った。

『マスター』

「うん。家に帰ろう」

『はい!』

 キングとクイーンが空に上がる。同時に、結界と認識阻害を解除する。もう見られても、中の良い夫婦(めおと)鷹が空に居るだけに見えるだろう。私やライは小さくなっているので、下からは見えない。上空からなら見えるかもしれないが・・・。見られて困るようなことではないと考えて、気にしないことにした。それに、キングとクイーンの速度を上空から捕えるのは難しいだろう。

『ライ。海岸線を、富士川まで飛んで』

『はい。わかりました』

『うん。お願い。少しだけ確認したいことがある』

『確認ですか?』

『うん。海には、魔物が居ないよね?』

『そうですね。先ほど見た書籍にも、海の魔物は紹介されていませんでした』

『そうだよね・・・。でも、カラントやキャロルの例もあるから、魔物になってしまった海の生き物はいると思う』

『はい』

 そう。私が魔物図鑑を見ていて不思議だと思ったのは、海に”魔物”居ない。正確には、”魔物”が海で見つかっていない。
 他にも、”動物”と同じ姿をした”魔物”が存在していないことだ。動物が魔物になってしまうことは、私の家族の例から確認されている。書籍にも、似たような例が報告されていると書かれている。

 不思議に思ったのは、その部分だ。
 なぜ、魔物は”魔物”だと解る姿をしているのか?

 ゴブリンやオークやオーガは、誰が見ても魔物だ。人間にも動物にも見えない。スライムも同じだ。

 だが、海の魔物で最初に思いつくのは、クラーケンではないだろうか?
 そして、クラーケンは巨大イカだ。海の魔物は、ゴブリンやオークやオーガの様に、解りやすい魔物が思い浮かばない。もしかしたら、居るのかもしれないが、”魔物”だと言えるような魔物は出てこない。あるとしたら、シーサーペント辺りが対象になるのかもしれないけど、大きさが段違いに大きくなってしまう。ラスボス級の魔物が、沿岸部には居ないだろう。それに、シーサーペントが出たら対処は銃器では無理だ。戦車や戦闘機が必要だ。

 本当に居ないのか確認したいわけではない。海沿いを見ておきたかったのは、『砂浜に魔物が存在しているのか?』だけだ。書籍はパラパラと見て、流し読みを行っただけなので、記述が見つけられなかっただけの可能性もあるが、海や海岸線で魔物が見つかったという表示はなかった。
 山の中や、湖近く、洞窟は魔物がいると言われている場所だ。
 たまに、街中に降りて来る魔物もいるらしいが、ごく少数だと考えられている。

 魔物に関する研究は、始まったばかりでこれからいろいろ解ってくる分野だ。

『マスター?』

『ん?なに?』

『海岸線を富士川まで来ました』

『え?もう?』

 考え事をしていたら、目的地についてしまった。
 ライが魔物の反応を探ってくれていたから、見つからなかったのだろう。

『はい。魔物の気配は感じません。海も確認しましたが索敵の範囲内に魔物は存在しません』

 ライの索敵で見つからなければ、海には魔物が居ないのだろう。深海まで移動したら、魔物ではないが、見た目が魔物な生き物も多くなってくるだろう。

 フェンリルのような魔物が居ないのが不思議だ。
 狼系列の魔物は存在していない。昆虫型も居ない。あと、異世界物では定番に出て来る、”エント”の存在も確認されていない。魔物図鑑を見ていて不思議に思った。沼や池を少しだけ調べてみようかな?リザードマンとかいるかもしれない。やはり、最前線の樹海に行かないとダメかな?私たちなら、空からいきなり奥地に行けるだろう。自衛隊が戦っている場所を避けることもできるだろう。
 無理に戦いたいわけじゃない。私たちの平穏が崩されない限りは、無視していてもいいかもしれない。

 魔物じゃないけど、スケルトンとかゾンビと言われる、アンデット系の魔物も存在が確認されていない。

『ライ。帰ろう』

『はい』

 キングとクイーンに指示を出して、家に向かってもらう。
 難しい事は、ギルドやえらい人が考えてくれる。私は、家族を守る事を考えよう。そして、私やライを・・・。見つけて、復讐を・・・。殺して”おしまい”にはしない。どんなスキルか解らないけど、今の私たちなら、簡単に殺せると思う。天使湖での戦いで解った。私たちは、警察や消防で訓練を受けた人たちと同じくらいには強い。対魔物に限って言えば、私たちのほうが強いかもしれない。訓練を受けた最前線で戦っている自衛隊の人たちには及ばないだろうけど、訓練を受けていない一般の人がスキルを得ても、戦えば私たちの方が強いと思える。
 でも、私は私の気持ち(復讐)に家族を付き合ってほしいとは思わない。ライは、一緒にと言い出すだろう。他の家族も同じだろうけど、私と・・・。ライだけで、決着が付けられればいいと思っている。そのためには、知らない事が多すぎる。

 やはり、ギルドに協力を求めた方がいいかもしれない。
 スキルを取得しているけど、十全に使えているとは思えない。もっとスキルを使いこなせば、いろいろなことができるだろう。

 天使湖で戦ったオーガは強かった。
 でも、スキルを使ってくる様子がなかった。格段に強い個体が存在していた。見た目には、色が違うだけで同じなのに、力が10倍くらい違う。多分、肉体強化とかのスキルがあるのだろう。かよわい女子高校生だった私には必要なスキルだ。
 スキルも使えば、権能が増えるのが解った。それなら、スキルを極めれば、もっといろいろな事ができるはずだ。オーガやオークの色違いが強いのは、色違いだから強いのではなく、スキルを使いこなせるようになっているから強いのかもしれない。

 もし、スキルを使いこなせるようになったら?
 私や家族は、もっともっと強くなれる。強くなれば、もっと安全に過ごせるようになる?