「ねぇ聞いた?」
「なに?なんの話?」
「ほら、中央厨の・・・」
「あぁ」
「また、やらかしたみたいなの?」
「え?また?この前は、市内にゴブリンが出現したとか言って、ロケ隊を引っ掻き回しのでしょう?」
「そうそう、それでニュースで使う画が撮れなくて大変だった」
「ご愁傷さま。それで、今回も?」
「ううん。今回は、視聴者からの情報とか言って、スライムの動画をニュースで流して、スライムの捕縛に懸賞金を賭けたの・・・」
「え?あれって、中央厨の仕業なの?」
「そうなの!私が担当している番組のSNSまで大炎上!いい加減にしてほしい」
「え?繋がりや関係はないよね?番組も違うよね?」
「そうだけど、視聴者から見たら、関係がないよね。放送局の名前が付いているアカウントだし・・・。はぁ・・・」
「それは・・。そうそう、それでね。ギルドと自衛隊から苦情が来たみたいなの!」
「え!本当!」
「うん。今、それで・・・。ほら、あれ」
視線の先には、二人が話している渦中の人が苦虫を噛み潰したような表情で、企画室に入っていくのが見えた。
ギルドからは協定違反の疑いがあり、査閲を行う通知が来た。これが、山本の懇意にしている営業からの通知なら、なんとかなったかもしれないが、日本支部ではなく、ギルド本部からの通知だったのが大きな問題になっている。ギルド本部は世界規模の組織だ。魔物に関する情報を甘く見た報いを受けることになってしまった。
そして、自衛隊からもっときつい通知が来た。
自衛隊は、国民の生活を守るために活動を行っている。そのために、特措法まで作って魔物の封じ込めを行っている。魔物の情報を公開したのは、”国民に情報を伝える上で必要なこと”と、理解を示しているが、懸賞金を賭けて捕縛を行わせようとした事は、マスコミの活動から逸脱している行為だと抗議をしてきた。それだけではなく、責任者の出頭を求めてきたのだ。国民を危険に晒す行為を公共電波に乗せたのが大きな問題になっている。スライムでも、魔物は魔物だ。子供でも勝てるが、必ず勝てる保証はない。
警察からも控えめながら抗議が来たが、静岡県警からの抗議だけで、局長が謝罪に行くだけで済んだ。謝罪も大事なのだが、ギルド本部からの通知や自衛隊からの出頭依頼よりは、対応ができるだけ処理は簡単だった。
山本は、呼び出された、自分の責任ではないと言い続けた。
後日、山本は局から出入り禁止を言い渡された。丁寧に、キー局との連盟での通知だ。
山本は最後まで抵抗をしていた。しかし、ギルド本部からの査閲が始まると、状況は一変した。社員ではない山本を局が守ることはない。中央に居た時の人脈を使ったが、擁護する者は出てこなかった。それだけではなく、どこから流れたのか、山本の過去に行った悪行が週刊誌に掲載された。今まで、泣き寝入りしていた者たちが一斉に牙を向いたのだ。その中に自殺した芸人が含まれていたことから、世論が激しく反応した。
東京に残していた、妻からは判が押された離婚届と、娘の親権を争う訴状が届けられた。妻と娘は、弁護士に代理人を依頼して、自分たちは実家がある福島に移り住んだ。
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なぜ、俺が責められなければならない。
皆が望んだのだろう?だから、視聴率も上がった。使い潰した?違うだろう。売れない者たちに、俺が一時の幸せを提供してやったのだろう?それを見て、笑った奴ら・・・。
俺は、奴らの為に動いた。今回もそうだ。奴らが、ギルド支部の権力闘争を煽って、ストローを差し込みたがった。それに、古巣と官僚が乗っかった。
そうだ。俺は、何も悪くない。悪くない。
悪いのは、こんな資料を俺に流した奴だ。だから、俺は悪くない。
俺は、こんな場所で終わる人間ではない。巨悪を暴いて、世間から認められる。
娘も妻も泣いて謝ってくる。間違いない。俺は、今まで間違えていない。
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おかしい。
野良犬をスライムにして倒しても、スキルが得られない。
虫や魚ではダメだ。
危険を覚悟で、小学校に忍び込んで、鶏や兎をスライムにした。
だけど、スキルを得るどころか、何も変わらない。
小学校の動物が”居なくなった”ことが問題になって、TVでも取り上げられたが、偉そうな奴が、数日前に見つけられた”スライム”の仕業だと結論づけていた。魔物が動物を捕食する可能性に言及していた。捕食したのが、動物たちが消えた理由だと偉そうに語っていた。
やはり、世間なんて愚か者の集まりだ。僕が、しっかりと導いてやらないとダメだ。
スライムの情報を報道したことが問題になっている?
ネットニュースで話題になっている。あのスライムは、僕が魔物化した中の一匹かもしれない。この前、公園で昆虫を魔物化しているときに、警報音に驚いて2-3匹逃したのがまずかったか?
でも、僕の偉大なスキルで作られたスライムだとは気が付かれていない。
これから、魔物化するときには注意しよう。僕のミスではなく、他のスライムの可能性もあるけど、スキルが知られた時に、過去の事件まで僕の責任にされたらたまらない。
ママは、家に帰ってきているみたいだけど、すぐに出かけてしまう。パパも家に帰ってこない。
そうだ!
スマホの検索履歴を消しておかないと・・・。ギルドが、優秀なスキルを得た可能性がある者を、見つけ出す方法に、ギルドの検索履歴を使うようだ。僕も検索を使ってしまっている。情報は渡していないので大丈夫だとは思うが、ギルドなんかに僕のスキルを知られたくない。
ギルドは情報を独占している。ギルドは、秘密結社だと僕も考えている。
僕のように優秀な奴を囲い込んで、実験をしているに決まっている。そんな裏組織に、スライムを量産出来るスキルを持つ、頭脳も優秀な僕が見つかってしまえば、強制労働は当たり前だ。僕も抵抗はするし、やられるとは思っていないが、相手は世界規模の組織だ。力を貯めるまでは敵対しないほうが良いし、見つからないほうがいいに決まっている。ギルドの連中が、自分たちの間違いに気がついて、僕の前に平伏すのは決まっているが、まだその時ではない。
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彼は、毎日。”自分は優秀”だと言い続けている。
そして、同じ作戦を”毎日”思いついている。
彼の精神は既に限界に来ている。
彼は、同級生を魔物にしたことを忘れたかった。
彼の母親は、彼を恐れた。変わっていく息子に手を差し伸べるのではなく、”逃げる”という選択肢を選んだ。彼の父親は、壊れゆく家族を見捨てた。
彼は、被害者だ。これは、紛れもない事実だ。しかし、彼は同級生を魔物に変えている。彼は、事実から逃げ出したかった。彼は、彼を認めて、彼だけを暖かく守ってくれる世界の存在を信じて疑っていない。
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(俺は・・・。俺は間違っていない)
(そうだ、間違っているのは、奴らだ。俺ではない。俺が正しい)
山本は、住んでいた場所を失った。
局に無理を言って用意させた場所だ。局は、山本を切り捨てることで、健全な組織であるとアピールしたかった。
山本が頼りにしていた中央との繋がりは、”利”で繋がっているだけだ。山本に、”利”が無くなれば切り捨てられるだけだ。今までは、山本が”切り捨ててきた”者たちと同じ立場になっただけだ。
なにも間違っていない。
間違っているのは、自分が切り捨てられる立場に居たことを認識しなかったことだ。
山本は、世間の目から逃れるように、52号を上がっていく、469号に入って更に上がっていく、以前に撮影で訪れた、天子湖に向けて車を走らせる。
自殺をしようとは思っていない。
世間の関心事は、1週間もしたら些細なことだと忘れられると知っているからだ。世間から隠れる場所を考えていた。車の中で、1週間の寝泊まりは若い頃に経験している。少ない食料で、寝泊まりをして、権力者を張り込んだことも有った。
山本も、昔は”ペンは剣よりも強い”を信じて疑わなかった。
自分が持っている”ペン”は不正を行う権力者を打倒するために振るわれると信じていた。権力者から渡される蜜を舐めてしまうまでは・・・。
天子湖は、ダム湖だ。周りを山に囲まれていて、一見”川”にも見える。キャンプ場なども作られている場所だ。山本は、キャンプ場とは離れた場所に車を停めた。撮影で訪れた時に教えられた山小屋を目指すためだ。
停泊しているクルーザーに近づく、甲板を見ると見知った顔が手を振っている。
「孔明!」
「円香。俺の名前は、孔明だ」
「おっしっかりと、蒼を連れてきてくれたようだな」
円香は、俺の話しをスルーして、上村を見つけて、にこやかに話しかける。円香が載っているクルーザーは俺たちが載ってきたクルーザーよりも、1.5倍ほど大きな船だ。上村が横付けして、円香たちのクルーザーに乗り込む。
「円香。こんな面倒なことをしなくても・・・」
「悪いな。でも、問題が多すぎて、孔明のところでは話せないだろう?私のところでも無理だ。それに、新たな問題も出ただろう?」
円香が言っているのは、今朝の報道番組で取り上げられたスライムの話だ。
上村が乗り移ってきたところで、円香と握手をして、船内に移動する。
船内には、広めの会議室が用意されている。
「蒼も久しぶりだな」
「そうだな。それで?」
「ん?孔明。蒼には、どこまで話してある?」
「何も・・・。奴が、スキルホルダーの可能性が高いとだけ説明した」
「そうか・・・。わかった。蒼も座ってくれ」
俺と上村は、円香に誘導されて、腰掛けた。机には、プロジェクターが置かれている資料を投影するつもりなのだろう。大型のスクリーンも用意されている。
「まずは、ファントムの事からでいいな?」
「あぁ」「待ってくれ、円香も孔明も、ファントムとは誰だ?簡単でいいから説明してくれ」
確かに、上村への説明はしていない。
円香は、資料を持ち出して、上村と俺に渡してきた。資料は、後で回収すると付け加えられた。
資料をパラパラと眺める。よくまとまった資料で読みやすい。
上村への説明は、円香が行ってくれる。
「ファントムと名付けたが、納得したか?」
「・・・。円香。その名前の是非は置いておくが、俺を騙していないか?」
上村が”騙されている”と、考えるのは、俺も理解ができる。
”全部が小説の話”だと言われたほうが、面白い話として聞くことが出来る。
「騙す?私が、蒼を騙しても得る物はないぞ?」
「そうだな。質問を変えよう。その分析を、お前は正しいと考えるのか?」
俺も、分析の可否は気になるが、それを論じても意味がない。
ギルドが、円香が”ファントム”の存在を信じているのだ。”存在している”と考えて、話をしなければ意味がない。
「正直に言えば、わからない。わからないから、お前たちに、特に、前線で活躍していた、蒼に聞きたい」
「俺に?」
「そうだ。オークの進化種と思われる魔物が、市内をふらつく可能性があると思うか?」
”ない”と、断言できない。
スライムの進化種が居たとして、市内をふらつくかと言われても、”ない”と考えるが、絶対に”ない”のか?と言われて、断言が出来るとは・・・。思えない。
「ないとは・・・。いや、ほぼ無いな。魔物の進化には、魔物が必要だ。進化となると、同種か同種以上の力を持つ魔物が必要だ」
「オークの同種を倒して進化したとして、市内には居たら・・・」
オークが進化する条件がわからないが、進化の為には同種か多くの魔物を倒さなければならない。
市内で、進化できるとは、考えにくい。それなら、進化した魔物が市内まで移動したのか?それも、無理がある。
自衛隊の防衛ラインやギルドの情報網を知らなければ、意味がわからない言い方だが、上村の言っていることは理解ができる。
「オークが町中に居たら目立つだろうな」
オークと名付けた魔物は、2メートルに到達する魔物だ。ゴブリンやスライムと違って目立つ。
「進化種は、知性も兼ね備えると聞いたが?」
パラメータがあると言っている者も存在するが、スキル鑑定が出た時に、期待されたが、パラメータの存在は否定された。
ギルドでも、魔物やスキルや能力の数値化が行われていると聞いたが、実際にどうなっているのかは、円香に聞いたほうが早いだろう。
「わからない。俺は、進化種に会ったことがない。円香、ファントムは本当に単独なのか?」
「どういう意味だ?」
俺も、最初にそれを考えた。
ファントムが国家機関なら、まだ納得が出来る。ただ、国家機関だと考えれば、今度は”ギルドのサイト”を使っている意味がわからない。自衛隊にしろ、他国の機関にしろ、ギルドへのアクセスは別にアクセスラインがあり、わざわざ”サイトの検索”を使う必要はない。そして、自衛隊で、上村たちを上回るチームがあるとは聞いていない。
「円香の話では、ファントムはスキルを3-4個。もしかしたら、それ以上のスキルを持っている。そして、オークの進化種を単独で撃破している。国宝級の魔石を持っている可能性すらある。俺は、自衛官だ。そして最前線で戦っていた。だからこそ、ファントムが異常な存在だと思える。全部、誰かの妄想だと言ってくれたほうが納得できる。もし、ファントムが実在するとしたら・・・」
「するとしたら?」
「米軍や南米の最前線で戦っているチームだ」
「蒼の考えは、すごく正しいと思う。しかし、ファントムは”ギルド日本支部”の検索を使っている。偽装を施されているが、日本人だ」
「ん?円香。なぜ、ファントムが日本人だと断言できる?」
「まず、見てもらいたい物がある」
円香が操作して表示された、情報は、何かのログだろう。
「円香?」
「これは、ファントムと思われるアクセスと行動ログだ」
「え?」
「円香。本当か?」
「あぁ。孔明。蒼。何かあるか?」
ダメだ。
円香は、完全に自衛隊を疑っている。清水教授がやっている実験に関係しそうな事柄まで存在している。確かに、海外の情報にもアクセスをしているが、日本語で表示させている。和訳と英訳を両方の参照を行っている。日本語がメインで、他の言語もある程度は理解ができるのだろう。
「円香。ファントムは、自衛官ではない。確かに、魔物の近くには居るが、魔石を溜め込むのは不可能だ。スキルもチェックされる体制になっている」
「ハハハ。孔明。解っている。自衛隊なら、得たスキルを、わざわざギルドのサイトで検索しなくても、ギルド本部から提供されるデータで照合すればいい。表に出ている情報よりも詳しい内容が表示される」
「ふぅ・・・。円香は、何を知りたい?」
「二人の感想を聞きたい。ファントムが、魔石を使って、スライムの進化を試している。動物を魔物にしようとしている。スキル結界を持っているのは、ほぼ間違いはないだろう。魔石も100個とかふざけた数を所有している。人が、魔石を吸収する方法を探しているようにも見える」
「それは・・・」
「孔明。”賢者”を知っているか?」
「ギルドが作成したAIだろう?」
「そうだ。そして、その”賢者”が、『ファントムがスキル結界と錬金と鑑定を持っている。そして”こぶし大の魔石”を所有している。所有している魔石の数は、20を越えている』と予測している。それも、高い確率だ」
「ちょっと待て、円香!ファントムが、どっかの部隊だと仮定できなくなる。”こぶし大の魔石”だと!そんな物が・・・」
「孔明。”賢者”の解析だ。それに、ファントムはオークの進化種を倒している。魔石も得ている。そして、新しく検索された言葉を繋げると、ファントムが得たオークの進化種から出た魔石は、4色の可能性が出てきた」
「何がなんだか・・・。まぁ孔明。俺、帰っていいか?お前は、円香に送ってもらえよ」
「ダメだ。蒼。ファントムの話は、情報共有としては意味があるが、今日の本命は別だ」
「本命?」
「お前さんのところの困った奴と、ギルドの困った役員と、東京に居る状況が読めない人たちの話だ」
「・・・」
流石に、円香からそう言われてしまうと、先に帰るとは言えない。
そもそも、上村にも関係してくる話だ。
「なぁ円香。興味本位で聞くけど、”こぶし大の魔石”が実在したとして、ギルドで買い取る時には、いくらになる?」
「使い途が限られた、今の状態で、1,400億。属性が付いていたら、6,500億でも安いだろう。エネルギーの取り出しに成功したら、値段はそれこそ、天井知らずになる」
「・・・。そうだよな。爪の先ほどの魔石でも、数万から数十万になる。上位種の魔石だと、跳ね上がる」
聞かなければよかった。
これからの話は、間違いなく重い話になる。その前の余興と考えれば、上出来だろう。上村が聞いた時に、円香が躊躇しないで答えたのも、この後の話が胸糞悪い物になるのが解っていて、気分を変えたかったのだろう。
よし、今日は裏山の探索を行おう。
先日から、魔石の増え方が遅くなった。すごく嬉しい。魔石は命だ(多分)。小さいかもしれないが、一つ一つが大切な命だ(多分)。
(おはよう。パロット)
”にゃ!”
うん。
挨拶が帰ってくるのは嬉しい。言葉が通じたら、もっと嬉しいのだけど、出来ないものは、考えても無駄だ。今、意思の疎通が可能になったことを喜ぼう。
外の巣箱には、カーディナルもアドニスも揃っている。
昼間だから、お願いするのなら、カーディナルがいいかな?
(カーディナル!)
私の呼びかけに、カーディナルが小さい状態で窓まで近づいてきてくれた。2階の窓から呼びかけても聞こえるようだ。
(今日、東側を廻りたいけどいい?)
私の話を聞いて、カーディナルはアドニスのところに移動した。二人で、何かを話し合ってから、カーディナルが戻ってきた。私の前で、元の大きさに戻ってから大きく翼を広げる。
(よかった。カーディナルが一緒に行ってくれるの?)
うん。意味は解る。
カーディナルだけではなくて、ナップも付いてきてくれるようだ。
さて、本当なら、装備を整えて、食料を持って、さらに野営の道具を持ってとかになるけど、スライムでは必要がない。そもそも、武器なんて持てない。カーディナルやナップも武器は必要としない。食料も、アイテムボックスにオーク肉が残っている。それに、庭で行ったバーベキューもどきの時に気がついたが、うちの子たちは魔法を使う。攻撃手段を持っている。多彩なスキルを使ってみせた。
考えても無駄だ。
東側から北側に抜けてから帰ってこよう。
(行くよ!)
庭に居る子たちに行ってきますと伝えてから、触手を伸ばして立体機動を始める。
カーディナルは、ナップを背中に乗せて、上空から付いてくる。時折、急降下してきて、確認してから上空に戻っていく、私の移動速度も上がっているように思える。以前よりも、触手の収縮が早い。気の所為では説明がつかない速度だ。スライムボディもしっかりと成長してくれる。
この前、オークを倒した場所に来た。
洞窟と言ってもそれほど深くはない。洞穴よりは少しだけ深いくらいだ。
用心して中を覗き込む。
え?
(カーディナル!ナップ!)
洞窟の入口付近を警戒するようにしていた、二人を呼び込む。
(この子・・・。助けられる?)
洞窟では、丸まって小さくなっているアライグマが居た。子供だろうか?親は?
カーディナルは、私の問に頷いてくれる。大丈夫。助けられる。この辺りに、アライグマが生息しているはずがない。ペットとして飼っていたものが野生化したのだろう。身勝手な人間の犠牲者だ。私が、保護するには十分な理由だ。
やせ細っているから、食料も無かったのだろう。どうしよう。持っている物は、肉は食べられるか微妙だ。食べられても、消化が出来るかわからない。そうだ!ダメ元で・・・。
小指の爪ほどの魔石を取り出す。
アライグマさんに舐めさせる。カーディナルが、アライグマさんの近くで鳴き始めると、アライグマさんは、まだ警戒の姿勢は崩していないが、顔を上げてくれた。私から魔石を受け取ったナップが、アライグマさんに渡す。困ったような表情をアライグマさんはしているが、魔石を手で弄んでから、舐め始める。
(ありがとう)
アライグマさんは、まだ体調が悪いだろう。
足も怪我をしている。治してあげたい。家族になってくれなくてもいいから、体調が戻るまでは、裏庭で養生してほしい。
カーディナルとナップに私の考えを伝えると、解ってくれた。
カーディナルが、ギブソンとノックを呼びに行く。二人に、アライグマさんを家まで連れて行くようにお願いをする。そのときに、ナップが一緒に来るので、護衛を務める。らしい。
なんとなく、カーディナルの言っている内容が理解できた。
動物と魔物では、何かが違うのかわからないけど、何かに邪魔をされている感じがして、意思が繋がらない。気持ちは、繋がっているか。私を大切に思ってくれているのはよく分かる。恥ずかしいくらいに、私を大切に思ってくれている。こんなに、直球で思いをぶつけられたことがない。でも、心が暖かくなる。スライムになったから、感じられる感動なのかもしれない。
ギブソンとノックが、やってきた。
二人に付き添われて、アライグマさんは洞窟から、裏庭に移動してくれることになった。素直に従ってくれたのが嬉しかった。
(あっアライグマさん。名前を付けていい?)
アライグマさんに名前を付けたい。一時期かもしれないけど、家族になるのだ。アライグマさんだけ名前が無いのは可愛そうだ。
アライグマさんは、私の言葉が解るのか、ギブソンとノックに何かを訴えている。ギブソンとノックは、アライグマさんに大丈夫と伝えている。二人に礼を伝えた、アライグマさんは私の前まで、歩いてきて、頭を下げる。
この子も賢い。
触手を伸ばして、頭を触る。左足の怪我も気になる。何か、治す方法を探してあげよう。
(君の名は、ラスカル)
アライグマと言えば、ラスカルしか名前が浮かばなかった。ダメかもしれないけど、他の名前は却下だ。アライグマはラスカルだ。ラスカルと言えば、アライグマだ。
ラスカルは、私に頭を下げるようにしてから、ギブソンとノックと一緒に裏庭に向かった。
さて、一つの命は救えた。
でも・・・。
洞窟の奥には、動物の骨が大量に存在している。自然の摂理といえば、そうなのだろう。でも、オークは間違いなく外来種だ。私もだけど・・・。
疑問が湧いた。
ギルドで調べた時には、”魔物は食事をしない”と説明されていた。しかし、ここにある骨の量から考えると、オークは食事をしていた。頭に突起物みたいな物がある頭蓋骨がある。魔物も混じっている。1体や2体ではない。見た感じでは、20体以上はあるだろう。革もあるが、噛みちぎったような感じだ。
(ごめん。私がもっと・・・。ううん。違うね。君たちを、まとめて供養するけど、許してね)
動物や魔物の骨をまとめてアイテムボックスにしまう。小さな小さな魔石も有った。鳥の骨も有ったようだ。本当に、オークは雑食だったようだ。魔石は全部で3つ。誰の魔石なのかわからないけど、一緒に葬ろう。
近くに、動物の骨がないか探しながら帰ろう。オークがこの辺りを根城にしていたのなら、まだ他にも供養しなければならない者たちがいる可能性がある。それに、他に魔物が居る可能性だってある。
カーディナルが、私の前に降りてきた。
(ん?そうね。それ・・・。でも、危ないよね?本当に?大丈夫?無理はしてほしくないよ)
カーディナルは、アイズとフィズを使って、東側を散策させてみてはどうかと提案してきた。カーディナルが上空から監視をして、アドニスが木の上から監視をする。アイズとフィズには、ナップも一緒に探索するから大丈夫だと言われた。
たしかに、アイズやフィズなら木々の間を飛ぶのも大丈夫だろうし、発見も早いだろう。
悩んでいてもダメだな。カーディナルとアドニスという裏山の支配階級が見張りに付くので大丈夫だ。多分。やってみよう。
(わかった。お願い。弱き者を助けたい。力を貸して)
骨さんたちいは、供養が少しだけ遅くなることを侘びた。救えるかもしれない命がある。なら、まずは私ができることをやろう。
カーディナルが、頭を下げてから飛翔する。
ナップが私と一緒に洞窟に残ってくれることになった。
皆が集まった。そうだ!せっかく手に入れた洞窟だし、拠点にしよう。
結界を付与した魔石を設定しよう。
ここから、安全を確保した場所を、結界で覆っていけば、私も安全になるし、裏山の皆も安全になる。
ナップが、手を上げて知らせてくれる。
どうやら、洞窟の前に探索チームが揃ったようだ。
私が洞窟から出ると、皆が綺麗に並んでいる。
え?すごくない?本当に、電線に止まっているムクドリを見たことがあるけど・・・。地面の綺麗に並んでいる。左右には、カーディナルとアドニスが居る。私が出てくるのを待っていた?
アイズとフィズの横には、ナップが居る。一緒に探索を行うチームなのだろう。フォーメーションなの?4組ごとに綺麗に分かれている。
うん。難しく考えない。
私の家族は優秀なのだ!
(皆。私のわがままでごめんね。弱き者を助けたい。力を貸して!危なかったら逃げてね。私は、皆が、家族が、傷つくのはイヤ!無理を言っているけど・・・。皆、安全に探索をお願い。弱っている者を見つけたら、裏庭に運んで!悪い奴が居たら、教えて、私とカーディナルとアドニスでおしおきをする!)
皆が鳴き始める!
カーディナルが大きな鳴き声を上げると、ナップが一斉にパートナーの背中に飛び乗った。
アイズとフェズは、組になって空に飛び立った。
(無事に帰ってきてね!)
私は、声は出ないけど、大きな思いを乗せて、飛び立った皆を見送った。
本題だと言って渡された資料に目を落とした孔明と蒼だが、最初の数ページを読んで頭を抱えだした。
常識派だと言ってもいい孔明は解るが、破天荒な性格をしていて、破滅主義な蒼まで資料に書かれている内容には眉を顰める。
「おい。円香?」
「なんだ?」
蒼は、資料を引きつった表情で丸めて、テーブルを叩いている。
「気に食わないか?」
「違う!円香!この情報は正しいのか?違うな、どこから持ってきた!」
蒼は激高して立ち上がる。
孔明は、二人のやり取りを眺めているが、明らかに円香を睨んでいる。
「ふたりとも、少しだけ落ち着いてくれ、”説明をしない”とは言っていない。まず、私が掴んだ情報と、二人が持っている情報に齟齬がないか知りたい」
円香は、コーヒーサーバから自分のカップに黒い液体を注ぎ込む。飲みきったのだろう。孔明もカップを円香に突き出す。円香もそのままコーヒーを注いだ。自分の前にあった、砂糖が入っている壺を孔明の方に滑らせる。
二人は、黙って資料の続きを読み始める。
円香は立ち上がって、空になったコーヒーサーバを軽く洗ってから、新しいコーヒーを作り始める。
二人は、円香の動きから、今日は長くなりそうな予感を持ち始める。
「そうだ。二人は、何か食べるか?と、言っても、スナック菓子しか用意していないけどな。お!優秀な部下が、おにぎりを用意してくれたようだ。おにぎりは・・・。気が利いているな。サンドイッチもあるぞ」
円香は、コンビニ袋の中身をテーブルの上に広げて、たまごサンドを手に取って食べ始める。
二人は、円香の様子を見て、何かを諦めた表情をして、おにぎりを取り、食べ始める。飲み物として、ペットボトルに入ったお茶も袋に入っていた。おにぎりにコーヒーは合わないと思い、お茶を飲み始める。
「円香?」
「ん?孔明。読み終わったのか?」
「あぁ」
「それで?」
「俺が知らない内容が含まれているから、全部が正しいとは言えないが、俺が掴んでいる情報との齟齬は・・・。ない。状況も一致している」
「そうか・・・。残念だ。それで、この情報だけど、推測も混じっているけど、君たちの同僚から得た。おっと、孔明。”誰なのか”は聞かないでくれよ」
立ち上がりそうになった孔明を円香が手で制した。
情報漏えいが、自衛隊の隊員からだとしたら、大きな問題だ。
「正確には、君たちの身内じゃないから、安心して欲しい」
「円香!」
「そうだね。自衛隊は、米軍を同盟”軍”だと思っているのか?」
「え?あっ!ギルド本部からか!米軍を通して!」
「さぁどんなルートなのか、把握はしていない。米軍も、米国の情報は出し渋るけど、同盟国の情報なら、結構簡単に教えてくれる。特に、魔物やギルドに関すことは、隠すと世界規模の組織に恨まれるからね」
円香は、一つのUSBが刺さった状態の端末のディスプレイを孔明に見せる。所謂2in1のパソコンだ。
表示されている情報は、たしかに米軍からギルドに渡った情報だ。
孔明は目眩がする頭で、ディスプレイに表示されている内容を読む。
「ふぅ・・・。確かに、自衛隊の情報だな」
蒼は、覗き込んだディスプレイを見て呟いた。孔明も、蒼の呟きを肯定するように頷いた。
「そうか、米軍からの欺瞞情報じゃないのだな」
蒼は、同僚を疑わなくて済んでホッとしている。
「そうだな。俺には、正しいか判断は出来ないが、これは?」
円香は、孔明の前にSDカードを指で弾いた。
「誰が漏らしたか解る資料だ。それと、魔物の素材や魔石を横流ししている奴のリストだ。孔明には必要な物だろう?」
「何が目的だ?」
「そんなに怖い目で睨むなよ。義憤」「円香!」
「そうだな。魔物に関する情報管理をしっかりして欲しい。特に、魔石だな」
「魔石?」
「あぁお前のところの・・・。いや、お前らが使う用語だと、”白”な者たちが、魔石をマーケットに流している。いろいろ偽装はしているけどな」
「なっ!本当なのか?!」
「あぁ特措法は、魔物の情報と魔物の取り扱いだけだ」
「それなら、魔石も」「含まれないそうだ。私も、特措法を確認して驚いた。上手い言い回しを使っている。さすがは、優秀な官僚だな」
「奴らの資金源は、魔石の売却か?」
「それは知らないけど、かなりの金額になっているぞ、研究で使ったことにすれば、横流しなんて簡単だろうな。ギルド本部でも問題になっている。日本の情報リテラシーの低さと、モラルの崩壊だけどな」
「情報?リテラシーを含めて、庁があるだろう?」
「本気か?孔明?組織の毒にやられたのか?」
「・・・」
「あの組織は、ITやデジタル資産に関する利権の割り振りしか出来ない。確かに、優秀な旗振りだよ。新しい利権を作って、分配をしているからな」
円香の言葉を聞いた二人は何も言えない。
「”これ”は、預かっておく」
孔明は、SDカードをつまんでポケットにしまう。
「あぁ。お前たちを毛嫌いしている奴に繋がる情報もある。好きに使ってくれ」
「おい」
「ギルドは、スキルと魔物の情報と素材と魔石が、しっかりと管理されて、しっかりと共有されることを望んでいる。それを阻害する組織や人物は、全て排除する。これは、ギルド全体の考えだ」
二人は、円香を黙って見つめることしか出来ない。二人も、薄々気がついていた。魔石を横流ししている連中が居ることを・・・。そして、それが上層部と繋がっている事や、霞が関に居る連中や議員連中やマスコミを巻き込んだ勢力になっていることを・・・。
「円香?あのスライムの件は?」
「あれは、優秀な官僚から推薦された、我がギルド支部に来ている奴がしでかしたことだ。既に、処理を行っている」
「処理?」
「あぁギルド支部の広報課は、解散だ」
「は?」
「ギルドに広報が必要か?」
「え?」
「ギルドが広報を設置したのは、”支援金”が必要だったからだ」
「あぁ。そうだな。広報が企業から寄付金を募っていたのだろう?」
「そうだ。”寄付金”が問題だ。寄付する側の思惑が入り込む。何が欲しいのかをはっきり言わないから、余計に忖度する感情が働く」
「・・・。そうは、言うが円香。組織を運営する上で金は必要だろう?」
「そうだな。”霞を食べて”生活は出来ないからな。でも、紐付きの金は足かせにしかならない」
「円香。それは・・・」
「間違っては居ないだろう?自衛隊の活動資金は、税金だ」
「はぁ・・・。わかった。それで?」
孔明は、円香との議論を打ち切る。このまま進めば、間違いなく、自衛官として問題になる発言をしてしまう。円香も、蒼も、信頼はしているが、発した言葉を自分で許せる自信がなかった。
「ギルドの粛清は、すすめる。自衛隊は、孔明に任せる。議員先生までは届かないが、手足を失えば、おとなしくなるだろう?」
「そうだな。この情報だけで、俺たちを自分の手駒にしようとしている”連中を黙らせる”ことはできそうだ」
「それは重畳」
孔明は持ってきていた端末にSDカードを差し込んで、情報を斜め読みしている。暗号化されているが、円香から復号の方法は提供されている。
「なぁ円香。孔明とお前で、自衛隊とギルドを抑えるのは解ったけど、マスコミはどうする?アイツらを黙らせないと、結局は虫たちが湧いてくるぞ?」
「マスコミは、ギルド本部が抑えてくれる。あと、今回の張本人と関係者にも、ギルド本部から苦情が届く、張本人の情報は、自然な形で流れるようになっている」
「怖い。怖い。孔明!俺たちも苦情を入れる理由はあるよな?」
「ある。円香。構わないよな?」
「もちろんだ。是非、お願いしたい」
3人は、膝を突き合わせて、今後の動きを話し合った。
”悪巧み”に思える話し合いは、夕方と呼ばれる時間になるまで続いた。
円香が持つスマホに着信があり、密談は次のステップに進んだ。
どうやら、カーディナルたちは裏山の東側を、徹底的に調査を行うようだ。
ドーンやフリップやジャックだけではなく、ダークまで呼んでいる。
実際に、ゴブリンが2体と、色が違うゴブリンが1体と角が生え犬のような生き物が居た。
アドニスが誘導して、私が岩を落として仕留めた。
最初は、カーディナルたちが戦おうとしたけど、家族が傷つくのがイヤで私が安全に倒せると説明して、対応した。
どうやら、捜索部隊は、他の山にも分け入って魔物?を探してきている。確かに、裏山だけが安全でも意味がない。救える命が散らされるのは、私の本意ではない。カーディナルや捜索部隊には、苦労をかけるけど、近くの山を捜索してもらうことにした。富士川までの山の捜索を行ったかなりの広い範囲になったが、カーディナルたちは私の考えを尊重してくれて、私の指示に従ってくれた。
ゴブリンは、ギルドでも紹介されていた。身体は緑が基本となっている。一体だけ居たゴブリンは、緑ではなくピンク色をしていた。何かのスキルを使っていた。角(が生えた)犬は、全部で3匹だ。1匹は角が2本も生えていた。ドロップアイテムというのかわからないけど、角と魔石が残された。
ゴブリンの色違いは、他にも3体ほど見つかった。
裏山と近くの山は、かなりの数の魔物が生息していたようだ。
魔物を倒して、いくつかのスキルが芽生えた。その中で、嬉しかったのは、”回復”が使えるようになったことだ。所謂”ヒール”だ。怪我をした、動物の治療が出来た。”ホーリースライム”の誕生だ!
人の姿なら、”聖女”とか言われていたのかな?いやいや聖女はないな。ガラじゃない。
結局、裏山には5日ほど滞在した。
元女子高校生が野宿をして、山を駆け巡っていた。それも全裸で・・・。スライムボディじゃなければ、変態の認定を受けていただろう。食べなくてもいいし、排泄もないのは、華の元女子高校生としてはありがたかった。
色違いのゴブリンと、2本角の犬を、倒した時には、スキルが芽生えた。
属性のスキルだ。”風”・”水”・”火”・”土”だ。魔法のようなことが出来る。多分上位属性なのだろう、”雷”・”氷”・”炎”を、スキルを試している間に芽生えた。土の上位属性だけが芽生えていない。どうせ、攻撃は岩を落とすのが有効だし、気にしては居ない。
いろいろ、カーディナルやアドニスたちとスキルの実験を行った。
属性は、皆も持っているので、使い方を研究するのが面白かった。
裏山ではなくが、途中から参加したディックたちが、他の山から、魔石を集めてきた。集められた魔石は、見つけた動物の骨と一緒に裏山に安置した。
アイテムボックスに送られてきた魔石を結界に使っている。結界は、この魔石以外は使う気持ちにはならない。
裏山の全てが結界で覆うことが出来そうだ。あとは西側と頂上付近だ。
カーディナルやアドニスだけではなく、フィズやダークやアイズやドーンやフリップやジャックたちに、近隣の山々を周ってもらって、魔物から逃げる時には、逃げてきてくれてもいいと宣伝してもらった。最初に、オークを倒した洞窟は、治癒の力を込めた魔石を配置した。怪我をした動物を癒せればと考えた。他にも、水のスキルを付与して、魔石から水が湧き出るようにした。排水は、しっかりと川に繋がるように水路を作った。沢の様になった。石垣を越えた場所を流れるようにしたので、裏山に住んでいない動物の水場にもなるだろう。
皆が戻ってきた。
近隣の山には、もう魔物は存在しないようだ。
(ん?どうしたの?)
アドニスが慌てている。
(え?スライムが居る?私と同じ?)
どういうこと?
アドニスに、西側を先行して見に行ってもらった。攻撃を仕掛けてくる魔物は居ないと言っていたのだが、どうやら、スライムがやってきたようだ。私以外のスライム?
スライムは、私を探している?
アドニスの雰囲気を感じて、接触してきた?
(え?あれは、強い?)
アドニスが、見つけたスライムは強いと言っている。
1体だけど、雰囲気が全然違うと言っている。それだけではない。今までの魔物で、アドニスとカーディナルが警戒したのは、二本角犬と治癒のスキルを獲得した時の白い(アルビノ?の)ゴブリンだ。岩を落として瞬殺したけど、あの時には、カーディナルもアドニスも臨戦態勢を崩さなかった。
(心配は嬉しいけど、私を探しているのだよね?)
どうやら、私を探しているのは間違いではないようだ。
西側から来ているのが気になる。
川があり、低い山が連なっているが、西側は東側と違って、人の手が入った場所が近い。そのために、野生動物は少ない。この辺りに居る魔物は、私のような例外を除けば、富士山で産まれる。
(わかった。行こう。アドニス。案内をして!カーディナル。先行して、スライムに説明をお願い)
二人が勢いよく飛び立つ。
アドニスは、廻りを少しだけ旋回してから戻ってきた。
近くに居た、他の者に指示を飛ばした。
アドニスがゆっくりした速度で移動を開始した。
私の速度ではなく、後ろから付いてきている、ギブソンやノックの速度に合わせているのだろう。
頂上に向っているので、スライム君は頂上で待っているのかな?
確かに、数日前に全体を確認するために、久しぶりに頂上に移動した。その時には、居なかったから、それから移動してきたのか?
やっぱり、スライムは”立体機動”が出来るのだね。私以外のスライムに会うので、少しだけドキドキしている。もしかしたら、言葉が通じるかもしれない。友達に慣れたら嬉しいな。戦うために、私を探していたのでなければいいな。
でも、強敵と書いて、”親友”と読むみたいな展開も胸熱だけど、自分がやるとなると嫌だな。平和主義バンザイだ。
頂上が見えてきた。
流石に、麓から登ると時間が必要だ。
この辺りはまだ結界を配置していない。ん?そうだ。結界で思い出したけど、西側も麓には結界を配置したよな?
それで、魔物は最初から居た者以外は、結界に入ってこられない。
例外は、私(家族も?人は?)だけだ。そうなると、その結界を越えてきたのだから、今から会うスライムは私なの?でも、アドニスの反応から見ると、私とは違う個体のようだ。どういうことだろう?結界に問題が発生した?それとも、結界を越えられるくらい強いの?結界を配置する前に、裏山に入り込んでいたの?
先行していた、カーディナルが頂上付近で旋回を行っている。
スライムとの接触に成功して、友好的な話が出来たのだろう。
頂上は、祖父が作った石造りの塔が設置されている。
最後に、まとめて、どんな条件なのかわからないけど、今までで一番大きくなった魔石を設置する。魔石には、家がある位置まで覆うくらいの広い結界を作られるようにする。近くに、魔石を設置すると、継続期間が伸びるのも実験で解ったことだ。
確かに、スライムだ。私と同じ色をしている。
でも、たしかに、私ではない。
(主様!)
(え?誰?)
(私たちです!)
スライムと話が出来る!同族だから!それとも、違う理由があるの?
私が、触手を使って頂上に跳躍する。
え?なに?
スライムが、私、目掛けて突っ込んでくる。
なに?どうした?感動の再会なのか?私は、君を知らないよ?
そして、私のスライムボディに飛び込んできた。
え?あっ・・・。
カーディナルやアドニスが、近づいてくる。ギブソンもノックも・・・・。え?ラスカルも居るの?
(大丈夫。大丈夫だから・・・。あぁぁぁ。ふ彩ん具3443クァ@43た34んあぁんくぉくぁ)
頭は無いけど、頭が割れそうに痛い。
心が・・・。全てを理解した。
そう・・・。君たちは、私と同じなのだね。
そう・・・。この人だね。
そう・・・。やっぱり、魔石は君たちの命。
そう・・・。私と一つになるため。
そう・・・。私もわかったよ。
そう・・・。頑張ったね。
そう・・・。千にも届く命が散ったのね。
そう・・・。無残に、残酷に、無慈悲だね。
そう・・・。怖かったね。
そう・・・。痛かったね。
そう・・・。悔しかったね。
そう・・・。悲しかったね。
そう・・・。辛かったね。
そう・・・。君たちは私なのだね。
そう・・・。私は君たちなのだね。
もう、大丈夫。これからは、私と一緒だよ。家族も居る。一人じゃないよ。
”固有スキル 再生を獲得”
”固有スキル 分体を獲得”
”固有スキル 吸収を獲得”
”称号 統べる者を獲得”
ギルドの日本支部は荒れていた。
本部からの発表で、”情報管理部”と”スキル管理部”と”登録者管理部”だけが残されて、他が解体されることになった。主な理由は、企業からの献金を着服していた事実と、魔石の横流しの事実と、情報漏えいの事実が見つかった。特に、スキル保持者の情報や魔物の情報をプロトコル以外の方法で流出させたのが問題になった。
解体された部署を仕切っていた者たちは、多くの者が横領で当局に告発された。
それだけではなく、ギルド本部にて査問に掛けられた。日本での法律では、”白”に出来る権力を持っていても、ギルドが存在している(日本以外の)国では有罪になる可能性があり、渡航が事実上不可能な状況になっている。
50名もの人間が、査問に呼ばれた。ギルド日本支部の役員だけではなく、自衛官や現役の国会議員や大手マスコミの関係者が含まれていた。
”スライムの情報をマスコミに流した”件は、一大スキャンダルに発展した。
最初は小さな火が点火しただけだと、考えていた。
地方局に出入りしている。制作会社が出禁になり、廃業に追いやられた。畳み掛けるように、制作会社を仕切っていたプロデューサーの悪行が週刊誌に暴露された。これで、幕引きになると思われたが、止まらなかった。
ギルドは絶対に必要な組織だが、営利目的ではない。営業は必要ない。企業からの協賛も必要ない。日本の税金も必要ないと、断った。
ギルドも魔物素材や魔石を扱う財団を設立して、ギルドの運営資金の捻出を行うと発表した。国に依存しない形での運営が可能になった。日本支部の小さな問題から、世界規模の動きになった。
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ギルド日本支部の支部長室に備え付けている電話が鳴った。スキル・登録者管理部の部長室からの内線だ。
支部長の椅子に座っていた女性が受話器を取る。
「スキル・登録者管理部の里見部長」
『・・・。支部長』
「悪かった。茜。横領の資料はまとまったのか?期限までは、まだ時間があるが、早ければ、それだけ本部が喜ぶ」
本来の業務とは違うが、情報管理部と一緒に、解体された営業課が行っていた内容の整理を行っている。実際には、企業から協賛金を受け取って、
『はい。概ねは・・・。まとまりました。それで、あのクズを殺しに行っていいですか?』
「どうした?殺す必要はないぞ?日本から出られなくなったからな。お仲間たちと、何やら動いているが無駄な努力だ」
『わかっていますが・・・。酷いです。協賛金にまで手を突っ込んでいました』
「金額は?」
『いま、千明がまとめていますが、多分数千万の桁ではなく、その上です』
「わかった。マスコミに発表する。情報管理部の部長に伝えてくれ、資料をまとめておいてくれ」
『わかりました。千明に殺されないように、円香さんの名前を出します』
「わかった。資料がまとまったら、送ってくれ」
『はい』
榑谷円香は、受話器を戻して、大きく息を吐き出す。
自衛官であり、友人の桐元孔明と上村蒼との密談を思い出す。自衛隊の腐敗に関係していた一部を粛清する。同時に、ギルドを本来の形に戻す。マスコミの一部を粛清して、ギルドに手を出せなくする。それに伴い、議員たちにも、ギルドに手を出すと火傷をすると教え込む。一度の不祥事で、ギルドをアンタッチャブルな存在にしてしまおうと考えた。
そして悪巧みは実行された。
実行された結果、自分たちが忙しくなったのだから、ある意味では自業自得だ。
部下であった里見茜の友人であり、TV局に務めていた、柚木千明を引き抜いて、情報管理部の部長に抜擢した。
さらに、ギルド日本支部や規模を縮小した。現在、兼任になっている”スキル・登録者管理部”を、2つにわける計画をしている。登録者管理部を、自衛隊の下部組織に移行する計画で進んでいる。ギルド本部からも推奨されている。登録者の個人情報は、国内で取り扱うべきだと話が進んだ。また、米軍が強く推し進めたこともあり、登録者情報は国が管理を行う。ただし、ギルドの下部組織として”登録者管理部”が設立されることに決まった。
スキル管理部は、魔石とスキルに関するパテントの管理を行う。
魔物と魔石とスキルは、ギルドで取り扱うことが国際ルールとなり、関連するパテントも同様に扱われる。
ギルドの日本支部は、元々は、営業課が多くの人員を占めていた。解散に伴い、空いた人員は、各地のギルドに転属となった。ギルド日本支部も、10名程度が働くだけになり、事務所を移転した。
『支部長。自衛隊の桐元さんが、お越しです』
「わかった。会議室・・・。黒の間に通しておいてくれ」
『わかりました』
榑谷円香は、見ていた書類にサインをした。
ギルド本部に送る書類だ。
端末を閉じて、黒の間に向かった。
「孔明。呼び出して、悪いな」
「いいさ。円香の話を聞く前に、俺から報告がある」
円香は、孔明を座らせてから、カップを2つ取り出して、珈琲を入れる。
「報告?」
孔明の正面に座りながら、持ってきた資料を孔明にわたす。
「お。これに関することだ」
円香が持ってきたのは、登録者管理部に関することだ。
「ん?通ったのか?」
「あぁ」
「早いな。議員立法じゃ無理だろう?特措法の改定か?」
「いや”解釈”で大丈夫だと言っていた。正式には、明日の閣議で決定される。草案を渡しておく、問題があれば言ってくれと・・・」
「わかった。怖いな。いくらでも解釈が成り立ってしまう」
「そうだな。この資料はFIX版か?」
孔明は、円香から渡された資料に目を落とす。
そこには、魔物の出現場所が封鎖できたときの対処が書かれている。
「本部の了承は得ている。”地域の実情に合わせて、柔軟に対処せよ”と、ありがたい言葉を貰った」
”登録制ハンター資格精度”に関する資料だ。
「円香。でも、いいのか?」
「ん?どうせ、反対しても、流れは、”狩場”としての認識になっていくのだろう?」
「そうだな。魔石の利用は、まだ限られているが、素材の利用は始まっているからな」
「あぁ封鎖は終わったのだろう?」
「終わった。しかし・・・」
「孔明の心配は解る。わかるが、流れを止められないぞ?」
円香の指摘は、孔明にも理解が出来る。
世間的に、”魔物を狩る者”を”ハンター”と呼ぶようになった。
従って、ギルドは自然と、”ハンターギルド”と呼ばれるようになる。
魔物を狩って、素材を持ち帰れば、”金”になる。魔物は、はっきりと解る”悪”なのだ。外来種(?)で在来種を駆逐してしまう。自衛官だけでは、手に負えなくなってしまった。
スキルを得た者たちを、”ハンター”として登録して、魔物を積極的に狩らせる場所も現れ始めた。
日本は、武器の携帯が不可能な国だ。ナイフなどは辛うじて携帯が出来るが、他の国ほど簡単ではない。
「そうだな。ギルドとしても、自衛隊としても、狩場を解放するのはしょうがないのか・・・」
ギルドの研究と観測の結果、魔物が産まれる場所は、3,000メートルを超える火山/休火山の火口から20キロ圏内で、人工物が少ない場所だと解った。”少ない”がどの程度なのかわか、はっきりとはしていない。自衛隊が演習を行う場所では、魔物は発見されていない。
自衛隊は、該当する場所を封鎖した。しかし、範囲が広く、山間部などは道を封鎖するだけになってしまった。
ギルドが管理する形で、狩場が開放される。強力な魔物は、火口付近で産まれる。距離が離れれば、弱くなっていく。
危険が伴う行為だが、”ハンター”たちは”狩人”と同等だとみなされた。ハンティングトロフィーを掲げる者が現れて、状況が変わった。
ハンターは、魔物を狩る者だ。狩った魔物の素材をギルドで売ることで、金銭を得る。
「でも、よく許可が降りたな?」
「俺たちか?」
「そっちもだけど、ハンター制度だ」
「”予備役登録”が効いたみたいだな」
「そうか、国防の見地から”スキルを持つ者を、他の国に取られるわけにはいかない”だな。ギルドも同じ考えだ」
「それが、家のトップには良かったようだ。実績になる」
「訓練を受けて、許可書をだして、自衛隊の予備役になるのだよな?」
「順番は逆だ。予備役になってから、訓練を受けて、許可書が発行される」
「ハンターカードとか呼ばれているのだろう?」
「あぁプレなのに、3,000名の応募があった。上は大喜びだ」
「予備役は、給料は出ないよな?」
「給与は、ないが税金の免除がある。それに、身分証明書にもなる。訓練も無料だ。ダイエットにもなる」
「そりゃぁ人気がでるな」
「そうだな。有事の時にだけ招集がかかる予備役だ。登録のデメリットとメリットを天秤にかけているのだろう。そうだ。円香。窓口はどうする?」
「異世界物を真似するつもりだ。ギルド職員を派遣するよ。あと、掲示板は必須だし、ランキング制度を作るぞ」
「わかった。わかった」
孔明は円香の話を聞いて、呆れた声で答えるが、他にアイディアが浮かばないのも事実だ。承認する様に、頷いた。
学校が始まった。
スライムになってしまった。私には、無縁な世界だ。でも、なんとなく寂しいので、学校を覗きに行った。もちろん、私が行こうとしたら、皆から反対された。危ないというのが、家族たちの考えだ。強固に反対をしたのが、ラスカルだ。
ラスカルは、やはり山に捨てられた一族の生き残りだった。飼えなくなった人が、ラスカルたちを山に捨てた。そして、オークに襲われた。辛うじて生き残ったラスカルが私の家族に加わった。そのために、他の者たちよりも、人に対する警戒と嫌悪が強い。私が”元”人だと言っても、私は私だから、”関係がない”というスタンスだ。
賛成に周ったのが、パロットだ。
条件付きの賛成だ。ライ(私が吸収したスライムたち、名前が無いと不便なので、名前を付けた)を吸収したことで、新たに芽生えた”固有スキル 分体”を使いこなして、私は家から動かないことが条件だと言っている。
皆がパロットの意見を採用してくれて、私は新しく芽生えた3つの”固有スキル”を検証しながら、実験を行った。
吸収は簡単だ。効果は不明だが、アイテムボックスにある物や、吸収したいと思った物を吸収できる。生きている物はまだ吸収していないが、スキルを使ってみた感じでは、生物でも問題はなさそうだ。カラントやキャロルが、吸収して欲しいと言い出したときには、困ってしまった。家族を吸収したいとは思わなかった。魔物が現れたときに、魔物を対象に吸収を発動してみることになった。
再生も、難しくはなかった。これも、効果が曖昧だ。私の身体・経験を再生すると書かれているが、傷つけたくない。痛いのは嫌だ。検証は、先送りにしようと思ったが、他のスキルを検証しているときに、再生の効果がなんとなくわかった。
最後の分体は、効果の想像が出来ているが、使い方が難しかった。
分体の発動は簡単に出来た。私が想像しているように、私のコピーが作成できた。問題は、両方とも私だと認識ができたことだ。簡単に言えば、私が二人存在している状態になってしまった。
私が二人になった。
そして、スキル鑑定で、自分自身を鑑定することが出来た。初めて、自分のスキルを把握出来て、状況の理解が出来た。
鑑定は優秀だ。
スキルの鑑定まで行えた。
/*****
名前 松原貴子(分体)
種族 ヒューマノイド・エンペラー・スライム
称号 統べる者
固有スキル
再生
吸収
分体
スキル
拡大・縮小
擬装-偽装
隠匿-隠蔽
鑑定
錬金
分解
結合
付与
複製
格納庫-保管庫
経験保持-記憶保持
衝撃耐性-衝撃無効
スキル耐性
支配
結界
熱変動
暑さ耐性-暑さ無効
寒さ耐性-寒さ無効
回復-治癒
属性スキル
火-炎
風-雷
水-氷
土
影-闇-光
(ギフトから進化したスキル)
ギフト
(支配した魔物が持っているスキル)
備考(履歴)
(行動履歴)
スキル魔物化により、スライムに変質
*****/
どうやら、分体は、分体と表示されるようだ。
/*****
名前 松原貴子
種族 ヒューマノイド・エンペラー・スライム
称号 統べる者
*****/
分体でも、スキルが使える理由は、スキル経験保持が進化して、スキル記憶保持になった。経験保持だけでは、分体ではスキルが使えなかった。分体側で得た経験を、本体でも共有出来るようになるだけだ。スキル記憶保持で、分体でも意識やスキルを保持できるようになった。
そして、”名付け”を行うのは、スキル支配を使って行われた。
皆に確認をしたが、支配された状態で何も不自由がないので、このままで大丈夫だと言っている。そして、私には”寿命”が無いようだ。正確には、寿命がなくなったのだ。スキル治癒の力は、パッシブでも適用される。そして、スキル治癒は、損傷した部位の”治療”だと書かれていて、それはDNAレベルでのコピーミス(老化)を防ぐ役割を持っている。
分体を作り出す時に、意識のコピーをしない設定が出来た。ライとしての分体を作成できた。意味はなかったが、ライはライとしてスライム生を送ってほしかった。
ライは、1匹のスライムではない。スライムの集合体だ。今は、私の一部になってしまっているのだが、元々は別々の個体だ。ライと話していて、知った話しだ。そして、私の分体は、ライの数だけ分体が作成できる。家族なら、支配のパスが繋がる。
家族から貰ったギフトで、スキルが進化したパターンもある。検証している間に、家族のスキルが進化を行うと、流れで私へのギフトが強くなり、ギフトにつられて、スキルが進化する。検証を行っている最中に、何度も経験した。
スキルの検証が終わって、分体を使えば安全に街に行けると判断された。
昼間なら、アイズやフィズやドーンに分体が乗る。分体で、スキル縮小を使って、身体を小さくすれば、小さい鳥でも乗ることが出来た。
距離の問題は、ひとまず大丈夫だった。
夜中にアドニスに街まで飛んでもらった。学校までは意識は繋がった状態だった。安倍川を越えても繋がっていた。
星空の飛行は気持ちよかった。翌日には、カーディナルが山梨県まで飛行してくれた。どうやら、アドニスに対抗したようだ。いつもは、種族の壁を越えて、中がいい家族だけど、私のことになると、競い合うようになってしまう。嬉しいけど、やっぱり仲良くして欲しい。
スキル縮小を使って、身体を小さくする。縮小は最小の魔石と同じくらいの大きさになれた。最大は試していないが、どこまでも大きくなる感じがする。魔物の不思議として考えておけばいいだろう。正直、考えてもわからない事が多すぎる。
一点だけ気になったので、検証を行った。結果は、私が望まない物だった。納戸に押し込んであった秤を持ち出して計測した結果、縮小も拡大も堆積が変わるだけで重さは変わらなかった。縮小すれば、ダークでも私を持ち上げられるかと思ったのだけど・・・。
分体を作る時に、最初に作る大きさを小さくしてみた。最初から、最小の魔石と同じくらいの大きさだ。
しっかりと私だと認識出来た。体積を最初から小さくすれば、乙女の敵も怖くない。分体の体重が減っても嬉しくないが、嬉しく思えてしまうのは不思議だ。
分体の能力は、恐ろしい。これって、私をどこかに残しておけば、私は私として存在が出来るって事になる。
学生の時に欲しかった能力だ。分体の全部が私だ。皆で手分けして、宿題を行えば、すぐに終わって・・・。あっ。頭の出来は、皆、同じだから、わからない物は、同じか・・・。でも、時間の短縮には繋がる。夢のようなスキルだ。
目を逸らしていたけど、スキルではなくギフトというものが有るらしい。
そのギフトの数がとんでもない状態になっている。一部はスキルに進化していると書かれている。ギフトはスキルの下位バージョンだと予測している。
分体では、ギフトは使えない。ただし、ギフトの元になっているスキルを持っている家族と一緒だと分体でもスキルのように使うことが出来る。
私と家族の絆だ。
ギフトの検証は、分体で行うことに決まった。分体と、対応するスキルを持っている家族が、検証を行う。
ギフト飛翔の様に、数多くの者が持つギフトの場合もあるが、概ね皆が2-3個のギフトを私に芽生えさせてくれている。
ギフトの検証中に、分体の機能が強化された。多分、進化したのだろう。この機能の強化を繰り返していくと、新しい上位のスキルが芽生えるのだろう。スキルは、面白い。知的好奇心を刺激してくる。それだけではなく、スキルをうまく使えるようになれば、家族が嬉しそうにしてくれる。
今までは、分体を作る時に、ライの意識か、私の意識か、選択するようにしないとダメだったが、分体になった後でも、意識の切り替えが出来るようになった。私からライの時にはいつでも出来るのだが、ライから私の場合には、私が近くに居ないとダメなようだ。何か、抜け道がありそうだけど、検証を続ければ解ってくるだろう。
街に行くのは、まだ時間がかかりそうだ。
私の生活が一変してから、1ヶ月が経過した。
世間は、とある感染病で自粛が続いている。学校も、8月の末から始まる予定だったが、緊急事態宣言が発布されて、延期になったと教えられた。
久しぶりにスマホの電源を入れたら、同級生からメールが来ていた。
私が休学になったのを聞いて、連絡をしてきてくれたらしい。当たり障りのない返事を出したら、それからメールが来なくなった。皆が、自分のことで忙しいのだろう。元々、学校では一人だった。家族が居なくなって、独りになった。学校でも、独りになることが多かった。
でも、今は独りではない。私のことを心配してくれる家族が出来た。種族は違うけど、家族だ。
居間のTVを見ていると、ギルドが大幅に変わると、偉そうな人が説明していた。
ふーん。と、しか思えない。どうせ、私には関係がない。ハンターと呼ばれる人たちが出来るようだ。私の家族や、私を守る手段を考えなければダメかもしれない。家の裏山は、私有地になっている。自衛隊やギルドでも、無理やり入り込むことはないだろう。でも、TVの情報では不確かなこともある。魔物が産まれる条件がはっきりしてきたと言っていながら、その条件を伝えてくれない。
裏山に、大量だと思われる魔物がいた事や、裏山だけではなく近隣の山にも大量に魔物は存在していた。
私が、スキルとギフトの検証を行っている最中も、家族は、裏山や近隣の山々を周っている。魔物を発見しては、対処を行っている。
私が分体を作って安全に過ごせる様になってから、カーディナルとアドニスは積極的に”狩り”に出かけるようになった。
隣の山に住んでいた、タカの夫婦をスカウトしてきた。
最初は警戒していた二匹だが、私の前に出てきて”伏せ”の形になった。鑑定で見てみると、”魔物”にはなっていなかったが、カーディナルとアドニスが言うには、二匹には『復讐したい魔物が存在している。そのために、力を得られるのなら、”魔物”になりたい』と、いうことらしい。
二匹にもう一度だけ確認を行って、了承を得られた。
私は、初めて自分の意思で動物を”魔物”にして、”支配”を行った。パスが繋がる感じがして、二人に名前を与えた。雄には、”キング”という名前を、雌には、”クイーン”を与えた。
アドニスも、カーディナルと同じ様に、4匹のフクロウを連れてきた。
概ね、キングとクイーンと同じ理由だ。二組の番だ。キングとクイーンと同じ魔物に、子供を殺された。
4人にそれぞれ、コノハズクの番には、”テネシー”と”クーラー”と名付けた。コミミズクの番には、”ピコン”と”グレナデン”と名付けた。
新しく加わった6人の家族は、当然の様にスキルが使えて、私に新しいギフトを芽生えさせてくれた。
復讐の準備を行うために、カーディナルとアドニスと一緒に、山々を巡っている。魔物から、弱い者たちを守るためだ。
キングたちからの提案を受けて、弱い結界を作ることにした。
まだ検証を行っているが、弱い結界でも魔物が湧き出すのを抑制できるようだ。産まれてしまった魔物を排除するには、強い結界が必要だけど、産まれなくするのは、可能なようだ。
裏山の近くの山々を、弱い結界で覆ってしまう計画だ。
これで、キングたちのような悲劇を減らすことができるかもしれない。すぐに、いくつかの結界を作成した。薄く伸ばすような結界で、結界の強度よりは、広さを重視した物だ。
アイテムボックスの魔石がなくなりかけていたが、また増え始める。私の”負”に繋がる感情は、ライと一緒になってから治まっている。正確には、感情が流れ込んでくるが、私だけで耐える必要がなくなった。ライが、感情を吸収して和らげてくれる。
キングたちが家族に加わって、他にもパルたちが巣分かれをした。
新たな嬢王蜂が産まれたが、名前は必要なかった。パルが女王をまとめる女王になる。身体は”大きい”ミツバチだが生体は別物のようだ。パルの要望を聞いて、私は頑張った。正確には、錬金のスキルが素晴らしく有効だった。スキル錬金に複製というスキルがあり、ミツバチの養蜂箱を複製できた。偵察を兼ねて、いろいろな場所に配置したいと言われた。養蜂箱の設置が難しそうな場所には、巣になりそうな場所を構築した。
もうひとり?家族が増えた。
裏山の見晴らしがいい場所に、魔物の犠牲になった動物や魔物になってしまった者たちを屠った。そのときに、一緒に魔石を埋めたのだが、なんと”キメラ”が産まれてしまった。不可抗力だ。裏山の偵察に出ていたカーディナルが慌てて戻ってきて驚いた。報告だけ聞くと、ホラーなのだが、骨だけで動いているとか、ゲームやアニメでは何度も見たけど、実際に見ると、怖さよりも滑稽に見えた。
鑑定で調べたら、種族名が”キメラ・スケルトン”となっていた。
そして、このキメラ・スケルトンが進化した。キメラ・スケルトンは、暴れないが、意識がない状況だった。意識が混濁している印象もなかった。ただ、存在しているだけだ。
進化は、完全に私が悪い。新たに送られてきた、魔石を結合して、こぶし大の魔石を作成して、ライの意識を入れた分体を作成した。そして、キメラ・スケルトンを吸収させた。
キメラ・スケルトンに、ライの意識と私が持つスキルが”再生”された。
そして、キメラ・スケルトンとして、”再生”された。血肉が付いて、スケルトンではなくなったが、キメラなのは確かだ。魔石の力を使って、固有スキルが芽生えた。
ライは、ライとして、私と一緒になっている。
しかし、キメラになったライも、またライなのだ。ライは、キメラの名前として使うことに決めた。
ライのすごいところは、キメラなので、キメラに使われた素体には、変わることが出来る。
そして、ライは私でもあるので、私の意識を乗り移すことが出来た。
そして・・・。薄々気がついていたが、ライの素体の中には、”人”が含まれていた。多分、頭蓋骨から二人だと思う。
私が記憶している中で、人が裏山や近くの山で死んだというニュースは知らない。行方不明になったという話も聞いたことがない。しかし、1-2年前に、隣の県で、いじめを苦にした自殺が報道された。自殺した場所が、富士の樹海だと言われている。サイトを検索しても、”見つかった”という報道はなかった。もしかしたらという思いは、存在しているが確認する方法がない。ライに、”人”になってもらったが、ニュースで流れている人物とは似ていない。むしろ、私に似ている。ある一部が小さいところなどそっくりだ。ライも忖度して、大きくしてもいいのだよ。あっダメだ。下着のサイズが合わなくなる。似ているだけで、私ではない。もしかしたら、私の意識と、女の子?の意識が混じり合った結果、こんなに可愛い私が出来上がったのだろうか?
中学や高校では校則で禁止されていて、出来なかった・・・。夢だった、腰まである長髪で、黒髪だ。太陽光の下で見ると、黒ではなく”赤”に近い色に見える。胸は、高校生だった私と同じサイズだ。ブラがぴったり過ぎて悲しくなった。少しくらい夢を見させてくれてもいいのに・・・。
身長は、元々の私と同じくらい。多分、150cmに届かない。こんな所まで・・・。年齢は、よくわからないけど、顔立ちから12-3歳くらい?中学に入ったくらいの私に似ている。
キメラに意識を移して気がついたのだけど、”男の子”にもなれるようだ。なんとなく、ダメな気がして、男の子にはなっていない。女の子になったときに、全裸だった。だから、男の子にはなっていない。興味がないと言ったら嘘になる。でも、ダメな気がする。
これで、私は、”リム○様”に近づいた。私は、最強のスライムになる!
ライと、私と、家族の復讐相手に繋がるヒントが備考(履歴)に書かれていた。
ライと一つになったときに、相手の認識が出来た。顔はわからなかったが、千数百回も私を殺した人。同級生だ。クラスで苛められていた人だと思う。私も、クラスでは、ある事情からアンタッチャブル状態だから、よくわからない。
手段がわからなかったが、はっきりと書かれていた。
探し出して、復讐しなければならない相手は、”スキル魔物化”を持つ人物だ。
キメラに意識を移しても、本体はスライムのままだ。
複数になった意識をうまく使い分けるのには訓練が必要だ。そして、キメラの核となっていた魔石を、ライが吸収したことで、新たなスキルが芽生えた。
もしかして、スキルは”魔物の命”か”命の形”ではないのだろうか?検証ができる物ではない。概念なのかもしれない。ただ、スキルが芽生えるのが”命”を奪った時か、”魔石を吸収した”時なのが気になっている。ギルドで調べても、概念の話は書かれていない。専門家を名乗る人たちが書いている物を読んでも、ピンとこない。文章だけで、”偉そう”を表現出来てすごいなとは思ったけど、私が欲しい情報は一切なかった。
キメラが家族に加わって、キング&クイーンや、テネシー&クーラーや、ピコン&グレナデンが加わって、カーディナルとアドニスたちの遠征距離が伸びた。1-2日ほどの遠征を行うようになった。私の分体がスキル縮小を使って、二人についていくので、魔物を狩っても魔石やドロップアイテムの回収が出来るようになったのが大きい。
カーディナルとアドニスたちが、遠征を行っている間に、私はライと一緒にキメラの検証を行う。
キメラは、形になるだけで、臓器は再現されない。簡単に言えば、”人”にはなれない。”人”の真似だ。人の動きには、慣れている。実際に、16年間は人として生きていた。内臓の全部を真似られないけど、目や耳や外側から見える部分は最初から備わっている。でも、銭湯には行けないな。不自然な部分が絶対にある。だって、女性は使い慣れているけど、経験していないことも多い。スライムボディになって感謝したのは、生理がなくなったことだ。お腹を抉られるような痛みを、感じなくなった。生物的には、進化なのか、退化なのか、わからないけど、もともと、結婚が出来るとは思っていなかった。
子供は欲しいとは思ったけど、行為には興味が少しはあったけど、それだけだ。
キメラは、男の子にもなれた。下を見ないようにしたが、しっかりと付いている感覚はある。違和感しかないのだが、気にしたらダメだ。男物の服は、あるけど・・・。なんか、嫌だったので、タオルで身体を覆った。近くで見ていたパロットとラスカルが不思議そうな表情で見上げてくるが、気にしないでと伝えた。男の子の顔も、私に似ている。女の子と並べば、姉弟に見えるだろう。
ライが、キメラでスキル分体を発動すると、キメラの素体となった者たちで分体が作成される。分体に、私かライが入ることになる。
スキルの不思議が発生した。
拡大と縮小が、”成長”と”退行”に変わった。スキル拡大が、スキル成長に変わった。スキル縮小が、スキル退行に変わった。言葉から、身体の変化を示すだろうと考えて、分体の一つで確認した。
スキル成長を行うと、数字の入力が求められた。
1では変化がなくて、10でもわからない。100で、少しだけ身長が伸びた感じがした。スキル退行で戻して、身長と体重を測ってから、スキル成長を行った。100で、身長が1cm伸びた。体重は300g程度だから誤差かもしれない。
100単位で増やしていった、500くらいで想像が出来た。700を入れた時に、はっきりと解った。16歳だった私の身長と同じだ。体重まで同じだ。数字が日数をしたら、元々の女の子は14歳くらいという想像が外れていない。興味で、20歳の私を見たが、ある一部は14歳から成長は見られなかった。一部だけを成長させられないか考えたが、無理だった。
男の子でも試したが、男の子の時には耐えられたが、同学年になって、大人になると、ダメだった。何がダメだったのかは、言わないが、ダメだった。
触手も便利だったが、手は慣れ親しんだインターフェースだ。ときに、キーボードを操作するのは楽だった。
気になって、スマホを操作してみたが、やはり反応しなかった。操作用のペンでしか、タッチ操作が反応しないのは、スライムの時と同じだ。スライムボディと同様に、静電気が無いのだろう。しょうがない。
タッチ式の自動ドアとかは反応しない可能性があるのか・・・。
もしかしたら、タッチ式の自動改札もダメかもしれないな。
声が出せないのは、筆談や手話でなんとかなるとは思ったけど、意外と制限がある。このまま、人の中に潜り込むのは難しい。協力者が居れば、出来るのかな?でも、私に協力してくれそうな人なんて居ないし、そもそも、私が知っているような事は、自衛隊やギルドが既に知っているよね。
街のコンビニエンスストアやイオンやマックスバリュでの買い物くらいは大丈夫かな?
本当は、魔石をギルドで売りたかったけど、ダメだよね。いろいろ質問されちゃうと答えられないし、魔物だとバレたら、殺されちゃう。お金を稼がないとダメだ。遺産がある間になにか考えないと・・・。
水道代は、スキル水を使えばいい。
電気代は、完全に無くせないけど、減らせる。パパのパソコンに使う電気はしょうがないとして、冷房や暖房は必要なくなった。スライムボディのおかげだ。パロットも大丈夫だと言っている。それでも暑く感じたら、スキル氷とスキル風で冷房もどきを作ればいい。寒ければ、それこそ倉に眠っている、薪ストーブを持ち出せばいい。排煙用の煙突も塞いであるだけで、壊したわけではない。薪は、山に大量にある(はず)。
食費は、必要がない。嗜好品だけは購入したいけど、我慢すればいいだけだ。せっかく、太らない身体を手に入れたのだ、ケーキ三昧や、甘い物の食べ歩きや、ジャンクだけの食事だって怖くない。深夜の甘いココアも最高だ。太らない身体、バンザイだ!
本当に、太らないよね?
スキルの検証も終わったし、裏山の安全と我家の安全も確保されたし、街に行ってみようかな?
お供が難しいよな。
カーディナルとかアドニスを肩に乗せていた、長髪の美少女はすごくカッコがいいけど、すごく目立ってしまう。目立った結果、SNSで話題になって、翌日には、マスコミが探しに来るだろう。
犬は、キメラなら分体が作られたけど、ライだけだと護衛にならないとか言い出すだろうな。パロットは可愛いけど、散歩で連れていたら、地元だけなら大丈夫だろうけど・・・。
でも、地元だと、私を知っている人が多いからな。どうしよう。まったく雰囲気が違う感じだと、田舎だと目立ってしまう。
うーん。喋られなくなった設定を作れば大丈夫かな?化粧をすれば、前の私に見えるだろう。服装を少しだけ変えよう。長髪に似合うような服装にして・・・。学校を辞めたことは、どうせ田舎だから伝わっているのだろう。だから、隣人に”声が出なくなった”とジェスチャーで伝えたら、近所には光の速さで憶測付きで広まってくれる。
うん。できれば、学校と同じ様にアンタッチャブルな状況になってくれるのが嬉しい。
ライの分体で成長が可能なことで、私が、生活をして成長していると周りに認識させることが出来る。寿命がわからないけど、14歳の誕生日から数えた日付を、成長させればいいだけだ。
うん。大丈夫なような気がしてきた。
きっと、大丈夫だ。
スライムだってバレたら、速攻で、全力で、逃げよう。多分、それで大丈夫だ。大丈夫だよね?
え?まただ。忘れていた・・・。
あっ・・・・。
ダメ!逃げ・・・。あっ・・・。あぁ・・・。
人を・・・。本当に、私と同じ様に、人をスライムにして・・・・。殺した。
明確に・・・。今までと違って、はっきりとイメージが共有された。
ライが苦しそうにする。
私の感情に、ひきずられているの?
ごめん。ごめん。ごめん。でも、許せない。許せない。なんで、殺すの?なんで、なんで、なんで、なんで、何をしたの?ただ、ただ、なんで?