説明回です。読み飛ばしでも大丈夫です。
後から調整が入る可能性が大きいので忘れてくれると嬉しいです。
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今日は、ギルドの結成式という名前の宴会(二部構成)です。
ギルドは大きく変わりました。
貴子ちゃんのおかげです。人員も増えて、私の仕事が楽になりました。
清水教授・・・。清水さんがギルドに合流しました。加入が正式に承認されました。いろいろ大変でした。主に、自衛隊とのやり取りで・・・。清水さんは、機密情報を握っている立場だったので、それらの保持に関する約定を取り交わさなければならなかったのです。
ギルドが持つ情報と引き換えに、清水さんがギルドに参加しました。そして、貴子ちゃんが作る病院で、自衛隊員の健康診断を行うことなどが決められました。ポーションの実験なども内々にですが承認されました。
貴子ちゃんの別邸は、整いつつあります。
今は、地下室の工事を行っています。病院から、別邸の地下室に入ることができます。
私と真子ちゃんが住む家は完成しています。
ユグドの引っ越しも終了しています。
ユグドの本体が成長しました。ユグドは、私と真子ちゃんの家の周りを担当します。
道路から、家までの通路は、貴子ちゃんの家族が担当しています。
素敵な家が出来ました。
安倍街道沿いに門を設置して、車が余裕で二台並んで通ることができる通路を作った。
通路の両脇には、水路を通して、エントたちが両脇に並んで生えている。水路は、貴子ちゃんの家族が飲み水に使うために、もちろん魔石を使った魔水(仮称)で満たされている。エントだけではなく、ドーンや元野鳥たちが水場として使っています。エントたちは全員が、男性体です。聖樹からの進化ではなく、樹木からの進化だと男性体になり、聖樹からの進化だと女性体になるようです。よくわかりません。深く考えない方がいいことだけは解っています。
通路を抜けると、私と真子ちゃんが住む家です。
こじんまりというのが正しい表現なのかわかりませんが、4LDK+地下通路付きの家です。お風呂は眷属と一緒に入るために大きめです。貴子ちゃんの本邸のお風呂はもっと大きいです。部屋は、私の部屋と真子ちゃんの部屋。貴子ちゃんが泊まりに来た時に使う部屋と客間です。客間は、使う事はないと思っていますが、千明や舞が泊まりに来た時に使う可能性があります。ちなみに、男子禁制です。孔明さんも許可していません。
地下室は、倉庫になっています。
ギルド支部の役割を持たせているので、地下室が倉庫になっていて、ギルドから賃料を貰っています。癒着です。倉庫には、オークションを行う素材が眠っていることになっています。実際には、アイテムボックスが置いてあるだけです。扉は、許可された者にしか開けられない仕組みになっています。網膜認証と顔認証を組み込んで、貴子ちゃんとマッドサイエンティストが作り上げた魔力感知システムを応用した鍵が仕込まれています。
地下室から、地下通路を通ると、貴子ちゃんの別邸の地下室に辿り着けます。貴子ちゃんの別邸にも認証が組み込まれた扉が設置されています。
貴子ちゃんの別邸は、紆余曲折ありましたが、地上3階の地下2階で落ち着きました。
地下1階は、貴子ちゃんの家族で日の光があまり得意でない子たちが潜んでいる場所です。あと、大量の魔石が置かれています。貴子ちゃんの家を守っている聖樹とエントが管理を行っています。
地下2階部分は、ギルドの秘密基地になっています。私たちの家からは地下1階に通路が繋がっていますが、病院と研究所と整備工場からは地下二階に繋がっています。
懸念されていた円香さんと孔明さんの眷属も無事に見つかりました。
円香さんは、ペットショップに行った時に”リスザル”と相性がよくて、眷属を持つことができました。蒼さんは、同じようにペットショップに相性がよい動物を探しに行ったときに、ライが話をつけた”ミーアキャット”を眷属にしました。それぞれ、2体を眷属にしています。
驚いたのは、清水さんです。
保護していた者たちが眷属になろうとしたのですが、清水さんが選んだのは、一番の長老だと言った”グレートピレニーズ”でした。貴子ちゃんが犬は難しいと言っていたのですが、最初から群れのボスとして清水さんに従っていたので、眷属になるのも承諾してくれたようです。他の保護した犬たちは、”グレートピレニーズ”の眷属になって、清水さんを頂点に置いた群れが形成されました。保護していた猫は、群れに入るのを拒否して、貴子ちゃんの眷属になることを選んでいました。
整備士改め研究所所長の勝俣さんは、家族全員が眷属を求めた。
元々ペットとして飼っていた猫は、奥さんの眷属になった。最初は、保護している動物との相性を見たのだが、相性が良い者がいなくて、円香さんや孔明さんと同じようにペットショップを回った。最終的には、里親を探していた保護施設で相性がよい猫を見つけて眷属にした。
家族単位での眷属で不思議な現象が発生した。元々が同じ”氏”を持っているのですが、ライが調べたところでは、家族の中に眷属が組み込まれたようで、もしかしたら眷属の継承ができる状態になっているのかもしれないという事だ。
貴子ちゃんがスライムだと知っている人だけが、分室への入場が許されています。
眷属は、主と一緒なら大丈夫というルールです。私と真子ちゃんと千明と舞と円香さんと蒼さんと孔明さんと清水さんと勝俣さんです。勝俣さんは、家族に話してしまわないように、ライが”契約”で制約をかけていました。スキルの一つで、制約が掛けられた項目は話すことが出来なくなる仕組みです。よくわかりませんが、スキルなので、そういう物なのでしょう。勝俣さんが、制約を受け入れたことで、私たちも同じように、主殿=貴子ちゃん=スライムだという一点だけをギアスで制約を結びました。
ドロップ品の出所や、いろいろな情報の出所は、ギルドカードで決済しているので、辿れるのは貴子ちゃんまでです。
清水さんの要望を詰め込んだ病院の完成は、まだ先になりそうです。
当初の予定から予算も規模を大きく膨れ上がっています。貴子ちゃんが許可をだしたと言っても限度というものを知らないのでしょうか?
実験と検証を行う施設を含めて、数値化の研究も行うようです。
その為に、生体情報を取得する機材を大量に発注していました。
あっ貴子ちゃんの資産ですが、概算で100億を越えました。
世界各国のギルドから、魔石を精製するギルド特許に関する支払いが発生しました。ワイズマンが、貴子ちゃんへの敬意を込めて、魔石の精製時に、数円単位で振り込まれることに決まりました。ごまかしができるのですが、ごまかしが判明した時点で資産凍結が実行されます。外部の人間が、魔石を錬成した時には、魔石を錬成した者が支払う義務があります。そして、違反者には罰則がもちろんあります。もし、魔石の錬成を命じた者が居た場合には、命じた者にはより重い罰則が課せられます。国際法で定められた規則で、ギルドに属していなくても、国連加盟国なら適用される法です。
その為に、貴子ちゃんの資産は他の情報料と合わせて、すごい状況になってしまいました。
そこで、貴子ちゃんが清水さんや勝俣さんの使う施設の拡張を命じたのです。
整備工場は、表向きは”自動車の整備工場”です。魔石を使ったスキル具の開発を行っています。
病院もカモフラージュですが、実際に診察は行います。その為の医者や看護師も雇っています。何を狂ったのか、透析のクリニックも併設したのです。健康診断がメインの予定でしたが、健康診断(人間ドック)・透析クリニック・内科を兼ねます。動物病院には、トリマー施設を併設して、ペットと一緒に泊まれる施設を近隣に建築しています。ペットホテルも兼ねている施設です。人間ドックに来た時に、ペットの健康診断が同時に行える施設です。
私の仕事は、貴子ちゃんとのパイプ役です。
真子ちゃんは貴子ちゃんの秘書です。私は、貴子ちゃんの施設(病院と研究所)の室長という肩書です。主な仕事は、貴子ちゃんの資産管理と、魔物出現情報のとりまとめです。ギルドの仕事か微妙な感じですが、ワイズマンにも承認されたので大丈夫なのでしょう。
今日の一次会は、ギルド分室で軽く会議を行ってから食事会。
その後、関係者を集めて宴会です。楽しみです。
ギルド日本支部が本格的に施設の拡張と人員の確保を始めていたころ・・・。
その裏では、日本ギルドが看板を降ろしていた。
日本ギルドが入っていた雑居ビルの部屋には、ブローカーと言われる男が入居を行っている。部屋の内装もそのままになっていたために、居ぬきでの契約だ。追加したのは、シャワールームくらいだが、それも家主が負担した。
家主が次の入居可に配慮するほどに、日本ギルドの最後は酷かった。
幹部連中は、連日のように打ち合わせを行っていたが、徐々に参加者が減っていった。そして、参加者が減れば、その参加者が連れてきた支援者が日本ギルドに詰めかける。”連絡が取れなくなった”という理由だ。中には、裏社会の連中を使って脅しをかける者まで現れた。ドアには靴の跡が残ることは日常茶飯事だ、警察が出動することも頻繁に発生した。それでも、日本ギルドはなんとか体裁を保っていた。
しかし、日本ギルドの理事をしていた議員の秘書が、静岡のホテルで自殺したのをきっかけに、さらなる崩壊が始まった。
議員が、日本ギルドから得た情報を、一部の団体に流していた。その団体が、魔物が存在しない地域であり情報を使って、日本の国益を脅かしたのが問題になっていた。
秘書は、ギルド日本支部から情報を盗んでいたことその情報を日本ギルドに渡してから情報を流出させていた。ギルド日本支部の人間を日本ギルドの名前を使って脅していたこと、企業に魔石を法外な値段で横流しをしていたこと、それらの事実を認めて、命で罪を償うと遺書を残していた。
しかし、とある映像がネットに流れた。
自殺したと報道されていた秘書が、静岡のホテルの部屋ではない場所で首を縛られて殺される映像だ。そして、遺体をホテルに運び込んで、自殺に偽装した。警察が遺書だとした物も最初は見つかっていない。公設秘書が静岡に到着して、自殺した者が私設秘書で、議員を含めて皆で行方を捜していた。と、いう情報を警察に渡した。そして、私設秘書から議員に届いた遺書と思われる封書を渡した。
静岡県警は、当初は自殺・他殺の両面で捜査を行っていた。
しかし、公設秘書が連れてきた警視庁が捜査を引き継ぐと宣言した。ろくな捜査をしないで、翌々日には自殺と断定された。遺体は遺族に戻される前に、火葬された。ホテルの部屋も、自殺と判断する前に、ホテル側に引き渡している。
これらの情報が各種サイトに流れた。
議員は、ネットの情報が確認された翌日に、”持病が悪化した”と言って地元の福岡にある自らが経営する病院に入院した。自称”正義の執行者”の動画配信者が病院に押しかけた。議員は、伝手を頼って持病の権威がいるという中国に渡った。議員は、その後にマスコミが探しても見つからなかった。
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議員が中国に渡ったという記事を読んでいた円香が呟いた。
「尻尾を切ったのか?奴が本体ではないのか?」
表示されている記事を消してから、円香は顔を上げる。
「円香?」
「なんだ?」
「貴子嬢から、”動画はどうします?”と問い合わせが来ている」
スキルを使った諜報活動の結果、大量の動画が保存された。褒められた方法ではない。
「千明に渡して欲しい。解析して、情報として使えるようなら、舞に提供する」
「わかった。それにしても、眷属が見た内容が、動画になるとは・・・。なんでもありだな」
「そうだな。そうだ!孔明。日本ギルドの事務所に入った奴は大丈夫なのか?」
日本ギルドに入ったのではなく、日本ギルドが入っていた雑居ビルの日本ギルドが使っていた部屋を新たに借りた者が現れた。。
「大丈夫だ。IT系のブローカーだ」
「そうか・・・」
居なくなった議員は小物だ。
「円香?」
「日本ギルドから押収した書類の精査は?」
「手分けして見ている。いろいろ出てきているぞ?」
書類というにはお粗末な物が多い。通帳が見つかったのが大きかった。最新の通帳ではないが、有益な情報が詰まっていた。お粗末な物だったが、日本ギルドが使っていた帳簿も見つかっている。
不正に関係するような情報は、関係する機関に流している。
「貴子が欲しいと言っていた情報は?」
孔明は首を横に振った。
「そうか・・・」
円香が孔明に問いただしたのは、スライムになってしまった少女が望んだ、”なぜ父と母と祖父母が死ななければならなかったのか?”に迫る情報だ。
「大筋は解っている。記事にもなっている。しかし、該当者が存在しない。アンノウンだ」
孔明が言っている通り、事件はニュースにもなっている。
当時は新聞にも掲載されていた。それなのに、何も情報が残されていない。当事者になるはずの自衛隊にも情報がない。
「アンノウンとはいい表現だ。そもそも、事件は発生しているのだろう?」
見えているのに見えない?そもそも存在しているのか?
存在が消されてしまっている者が存在している。矛盾しているが、実際に事件は発生している。そして、記事にもなっている。記事では、実名で報道されている。しかし、それ以降の話が出てこない。国家権力が関わっていなければ不可能な状況だ。誰から指示しなければ発生しない。悪意なのか、思惑なのか、誰かなのか?組織なのか?曖昧な状況だけが解っている。
「あぁ当時は記事にもなっている。すぐに、芸能人の浮気報道や大学の大麻汚染が取り上げられて、下火になって忘れ去られた」
孔明は、当時の記事を円香に見せて状況を簡単に説明した。
別の記事で、興味を逸らす方法は昔から行われてきた手法だ。
しかし、事件を起こした者たちは存在しているはずだ。
綺麗に痕跡が無くなってしまっている。
「ん?あの当時なら、ギルドが制定されたばかりで、世間の関心は高かったと思う?それに、自衛隊員が絡んでいるのだろう?」
「あぁ不思議に思って調べたら・・・。当時のギルドが日本ギルドと結託している」
円香も当時の状況を覚えている。
腐った連中がギルド日本支部に居たことも把握している。円香が知っている者たちには、マスコミを動かす力はない。御用記者に情報を流すくらいはできるだろうが、記事を握り潰したり、都合が悪い記事を上書きさせたり、情報を操作できるような繋がりはない。
「結果は?」
円香と孔明の話を聞いていた蒼が横から質問をした。
蒼としては、事件の結果ではなく、情報の上書きの結果を知りたかった。
「半分は成功だ」
円香が首を横に振りながら蒼に答えた。
「半分?」
「あぁ貴子が生き残った」
円香の言葉に、蒼だけではなく、孔明も声を上げた。
「なっ!」
驚いたのは蒼だ。
「そうか・・・。そこに繋がるのだな」
「孔明?何かあったのか?」
孔明は、旧ギルドメンバーの情報から一つの書類を円香と蒼に見せる。
「旧ギルドのメンバーが何を求めていたのか・・・。まぁ金と権力だろうが・・・。それはいいとして、アンノウンの奴らが求めていたのは、日本ギルドに情報があったぞ」
蒼が提示した書類には、山を入手する方法と、大凡の金額が書かれていた。
由比の倉沢地区にある山だ。1軒の民家が含まれている。
「そうか・・・。狙いは、裏山か?しかし・・・」
蒼が書類を見ながらうなっている。
不自然な書類だ。そもそも、入手していない裏山の売買契約を匂わすような書類だ。
「あぁ”なぜ”何もない山が狙われた?」
「円香。孔明。それは、千明が見つけた・・・。と、いうか気が付いた内容がヒントになる可能性が・・・。ある」
「なんだ」
中途半端な言い方だが、蒼も確かな情報だとは思っていない。ライの身元を調べる時に、県境にある山の情報を入手して、千明が不自然な状況に気が付いただけだ。
「簡単にいうと、あの嬢ちゃんが所有する山は、3000メートルを越える火山に近く、地権者が一人だけの山だ。そして、自然が多く残されている」
「どういうことだ?」
「千明が・・・。見つけた・・・。違うな、気が付いたのだけど、嬢ちゃんが所有する山は、地権者が一人だけだ」
同じことを繰り返しただけだが、地権者が一人というのは珍しい状況だ。
「あぁそれで?」
「他の山は、地権者が複数になっていたり、所有者が不明な場所があったり、国や県だけではなく企業が所有者になっている」
「蒼?」
孔明は、先ほどから同じことを繰り返している蒼の手元の資料を覗き込んだ。
急遽、貴子嬢を除く、初期のギルドメンバーが集められました。
私は、円香さんから呼び出されました。
千明は、蒼さんに呼ばれたようです。アトスと訓練中だったようで、アトスが一緒に来ています。
「茜。何か聞いている?」
孔明さんは、昔の資料を調べるために、静岡中央図書館に行っているようです。昔の新聞や週刊誌記事を調べる様です。資料が見つかったと連絡が入っているので、印刷して持って帰ってくるようです。
「千明以上の情報を私が持っていると思う?」
「”思う”から聞いているのよ?」
「え?」
「茜。貴子や真子と一緒に居るでしょ?情報源としては、私よりも多いと思うけど?」
「そうだけど・・・。円香さん!」
「今日は、蒼から・・・。千明が見つけた情報の共有だ。本当は、貴子も呼ぼうかと思ったけど、今日は学校だろう?」
「私が?」
「そうだ。蒼!」
「え?もう?孔明がまだ戻ってきていないぞ?」
「まず状況の整理だ。千明が見つけたという情報は?」
円香さんと蒼さんが、推理した内容を教えてくれました。
貴子ちゃんが生き残った事で発生した事と、貴子ちゃんがスライムになってしまった事は、関係がない。情報が繋がらないので、関係ないと考えています。
スライムにしてくれた人物は絞り込みが出来ています。高い確率で間違いはないでしょう。現在の法律で何か違反があったか精査をしている最中です。動物愛護法での逮捕は可能でしょう。しかし、それだけで貴子ちゃんに行った行為が正当化されてしまう可能性を私たちは懸念しています。特に、憤慨しているのは真子ちゃんです。私は、貴子ちゃんが暴走してしまう可能性が1%でもあれば、貴子ちゃんに知らせるべきではないと考えています。
現状は、彼は泳がせています。
貴子ちゃんの家族が、彼を見張っています。新しい犠牲者が出そうなったら邪魔をしています。スライムの大量発生がなくなりました。その結果を踏まえて、彼が貴子ちゃんをスライムにしたと考えています。動機や当日の様子が解らないことや、貴子ちゃんが”見た”所では、彼は昆虫をスライムにはできるけど、意識が強い動物は難しいように思えるというので、”保留”になっています。
今、貴子ちゃんがスキルを剥がすスキルが創造できないかチャレンジしています。苦痛を与えながら出来るようになれば、彼に試すようです。スキルの発動条件は貴子ちゃんとマッドサイエンティストの協力で、判明しました。今は、ワイズマンを通して各国のギルドで追試をおこなっています。これが認められれば、ギルド日本支部には報奨金が入ってきます。億単位の金額です。円ではありません。ドルです。スキルの本質に迫る発見で、魔物由来の発見がノーベル賞の対象になっていれば、間違いなくエントリーされて、受賞しても不思議ではない発見です。
「千明。簡単に、茜に説明をして欲しい」
千明が簡単に、本当に簡単に説明してくれました。
貴子ちゃんは人間だった頃に、別れを経験しています。その原因を作った人たちの情報です。意外な所から繋がった情報です。考えるべき情報が増えました。
そして、円香さんの反応から、貴子ちゃんに説明を行うのは、私の役目の様です。
「茜。貴子への説明は、任せていいか?」
「はい」
想像していた事です。貴子ちゃんに説明を行うのは、私の特権です。
簡単な説明でしたが、情報が乏しい事や、状況証拠にもなっていないことの積み重ねです。
孔明さんが、補足できる情報を持ってくれるはずです。
過去の話では、貴子ちゃんの家族が調べるのは難しいです。過去の資料を漁るような行為ができるとは思えません。できるとしても、ライだけでしょう。それに、紙なので、情報が残っているとも思えません。
「待たせた」
孔明さんが、紙の束を抱えて戻ってきました。
かなりの枚数です。
持ち出し禁止に指定されている書籍も有ったようです。ギルドの特権を翳してもよかったと笑っていますが、持ち出し履歴が残るのは面倒なので、必要な部分だけコピーを作成してきたようです。
日本ギルドが潰れて、ギルド日本支部のメンバーが調べていると解れば、抑止効果があるかと思いましたが、蒼さんが言うには、それで引くような奴らなら、”あんな”ことをしないと言っています。
蒼さんの言葉を聞いて、納得してしまいました。
孔明さんが持って来た資料は、とある宗教法人の情報です。
山梨に総本山を置いている新興宗教です。発生の時期は不明ですが、戦争末期に農家を取り込み大きくなった宗教だと説明が書かれています。
そして、問題になりそうな事柄を、孔明さんが見つけてきてくれました。
昭和40年の新聞です。
かなり前の出来事ですが、当時は大きく報道されたようです。
「孔明さん。この新選会が、関わっているのですか?」
「わからない。しかし、ライの素性と考えられないか?」
孔明さんが示した記事は、新選会の巫女が弟と一緒に行方不明になったという記事のようです。
そして、巫女と呼ばれている少女は、貴子ちゃんに雰囲気が似ています。そっくりという感じではなくて、どことなく似ているという感じです。古い新聞に載っている写真なので、雰囲気しかわかりません。しかし、弟という少年は、ライにそっくりです。
新聞だけではなく、当時の週刊誌も新選会を取り上げています。当時は、政治と金の問題が連日のように報道されていたようです。しかし、新選会の報道が始まると、週刊誌だけではなく、新聞やテレビは新選会一色になってしまったようです。
週刊誌のコピーを読みました。古い週刊誌なので、写真が鮮明ではないのですが、なんとなくニュアンスは伝わってきます。
新選会の異常性がいろいろ書かれ始めています。新選会の関係者が否定をしては居ますが、虐待や近親婚の強制。教祖や側近達による男女関係なく強姦している状況などが書かれています。
ライは、記憶は無いと言っていましたが、記憶がない方が幸せだったのでしょう。
「孔明さん。この宗教法人は潰れたのですよね?」
「名前を変えて継続している」
「え?」
「簡単に言えば、宗教法人と・・・。いやなんでもない。宗教法人は、売買できる。隠れ蓑にしやすい」
「そうなのですか?」
「あぁ。新選会は、名前を変えた。”真選神民”という名前で活動は継続している。当時の首脳陣は既に存在しない。しかし・・・」
孔明さんは言い難そうにしています。隠しているのではなく、説明が難しいのでしょう。
本当に・・・。何かを見つけたのでしょう。
「なんだ?孔明?」
現在の情報だけでも、お腹いっぱいです。おかわりは必要ありません。千明は、現実逃避に走っています。丁度、糸を出す練習をしていたアトスを呼んでいます。ズルいです。クロトとラキシは、家で待機中です。正確には、裏山に遠征しています。あの裏山には、魔物の巣が存在していました。今まで見つからなかったのが不思議なのですが、戦時中に作られて、廃棄された防空壕の中が魔物の巣になっていたようです。
この話は、千明が見つけた話から始まる報告が終わってから行います。
「円香。大規模災害があると、流言だけではなく、ボランティアと称して、人の心に入り込む奴らが居るだろう?」
千明が見つけた情報と合わせると、”何もない”と言えるほど、楽天的ではありません。
円香さんは何か解ったようです。
孔明さんが、新しい資料として、タブレットに情報を表示します。
知っている名前があります。しかし、彼は死んだのでは?
他の人物は知らないのですが、多分、知っていても不思議ではない人たちなのでしょう。
「そうか・・・。奴らなのか?」
「そうだ。実質的に、”真選神民”を動かしているのは、日本ギルドの理事に名前を連ねていた奴らだ」
そこに繋がるのか・・・。
ん?結局、日本ギルドは解体したけど、蜥蜴の尻尾が切られただけ?
本体は残っている?
何も変わっていないし、終わっていない?
貴子ちゃんの家が狙われた理由は?
結局は、何も解っていない?
茜さんと真子さんと住み始めて1年が経過しました。最初は戸惑いましたが、人?は順応するものです。
家族たちも、購入できた市内の山の探索範囲を広げています。結界で覆ったら、いろいろと問題が発覚しました。不法投棄をしていた企業が発覚したり、盗んだ物が隠されていたり、高校生がいじめに使っていたり、いろいろ隠されていた物が世間に暴かれました。大変でしたが楽しい日々です。なんどか、行政からの呼出しもありました。高校生だった頃よりも充実しています。
1年でいろいろと世間が動きました。まずは、日本ギルドが解体したようです。日本ギルドを潰すのに、ギルド日本支部はきっかけを用意しただけで、それ以上は動きませんでした。それでも、崩壊が始まってからは早かったです。日本ギルドの不祥事に合わせて何人かの議員の不正も発覚して、一時はマスコミがギルド日本支部にも押し寄せて大変でした。大変だったのは、主に千明さんと舞さんだったのですが、私も真子さんも茜さんも駆り出されて対応に追われました。
ギルド日本支部は、研究所を備える世界屈指のギルドに成長しました。研究は、清水さんが中心になって進めています。面白い発見もありました。
私や家族の検査が進められました。それから、本来なら難しい”野鳥”もギルドが保証して、清水さんが認可を得たことで、正式に私が迎えることが出来ました。喜んだのは、ギブソンやデイジーたちでした。狸種もペットとして飼うのが難しいのですが、ラスカルたちと一緒に、家族として行政に認められました。ドーンや会津やフリップたちも、裏山に住み着いていると認めさせる事ができました。魔物になっているのは、まだ内緒です。
市内にも大きな拠点が出来ました。
私の家と茜さんと真子さんだけが住んでいる場所ですが、裏山?との間に三棟のマンションが建築されて、研究員や技術者の寮?として使われています。病院のスタッフも増えました。地域の人からは感謝されています。元々、私や家族の秘密が外に漏れないように作られた病院です。報酬の上乗せがないうえに、無駄なノルマがないのも病院の雰囲気がよくなっている理由なのかもしれません。
私たちの生活は・・・。”問題ない”とは言い切れないのですが、なんとかなっています。スライムの身体にも慣れて・・・。違いますね。スライムの状態で居る方が落ち着きます。不都合がない事を不都合に感じてしまっています。人の姿で過ごしている分体も不便を感じません。不思議なのですが、スライムの私と人の私は、別の人格?があるようにも思えるのです。それから、人の姿の私なのですが、人です。意味が解りませんよね?私もよくわかりません。でも、人なのです。病院で検査しても”人”として認識されます。不思議な事です。
現在も、人の私とスライムの私が存在します。
以前は、意識の入れ替え?が必要だったのですが、同時に存在していても、違和感がありません。
私の本体は、実家に居ます。
人の私は、”貴子”として静岡市内に住んでいます。学校にも通っています。
私と真子さんは、静岡工業の定時制に通い始めました。
全日制への編入も可能だと言われましたが、ギルドで仕事を請け負っている建前があるので、定時制にしました。茜さんも通おうとしましたが、円香さんに止められていました。
魔石を作る方法は、ギルドを通して発表されました。水見式の方法は、清水さんたちが確立しました。スキルを得ていない人でも、実行できる形に落とし込めています。アイテムボックスはギルド日本支部内で使う事に決まりました。便利なのですが、今のところ私にしか作ることが出来ないので、研究は続けますが、今の段階でギルドの外に出すのは危険だと判断されました。対策がない状態で、外部に公開してしまうといろいろと問題が発生しそうです。密輸の問題が解決できなければ、世間には出さないほうがいいだろうとワインズマンから指摘されました。ギルド本部には、宝箱形態のアイテムボックスを渡してあります。宝飾品を施した豪華バージョンです。
魔石にスキルを付与する方法も、ギルドから発表されました。円香さんや孔明さんは、危険性を論じていました。ギルド内での公開制限を付けて、情報を流しました。ワイズマンが各国に追試を依頼しました。追試結果は、円香さんや孔明さんが懸念していた状況にはなりませんでした。
どうやら、私やライが作るような魔石の生成は出来ないようです。スキルの付与も成功した人も少ない状況らしいです。そして、付与されたスキルも通常の利用に比べると、1割くらいの威力に抑えられてしまうようです。9割減では攻撃にはほぼ使えません。
武器として考えても、スタンガン程度なので、現在の危険性と比べても・・・。安全だとは言えませんが、既にある危険を越えない程度だと判断されたようです。日本では、政府の対応が間に合っていないので、ギルドが自主的に禁止としています。拘束力はありません。既に、日本では事故が発生しています。
あっ!
私を、スライムにした人は特定されました。スキルを付与した魔石を使った事件が発生して、その加害者が私をスライムにした人でした。鑑定を用いて確認をしました。
今、ギルドの・・・。正確には、私の家族が監視しています。復讐は、先送りにしました。彼からは、スキルを奪う予定です。
スキルを奪えないかと考えたのが、彼はスキルの能力を、正確に把握が出来ていないことや、これ以上の犠牲者を出さないためです。
どうやら彼は一線を越えてしまっているようです。状況証拠だけなのですが、母親とお兄さんを殺しているようです。どうやら、スライムにしてから殺しているので、死体が残っていないようなのです。元々、父親は家にも寄り付かないので、彼が言い訳として使った、”母親とお兄さんは家を出て行った”を信じているようです。円香さんが言うには、『”信じているというよりもどうでもいい”と思っている』らしいです。私には、どちらの気持ちも解らないです。
ライは、ギルドに居る時間が増えています。
私の所には、ライの分体が常に居るのですが、人のライは、ギルドで”いろいろ”な警戒に当たっています。
1年間で、ギルドに侵入を試みた人の数は、私が知っているだけで60名を越えています。毎週の様に、不法侵入がありました。最近は落ち着いていますが、それでもライがギルドに常駐していた方が安全だと判断しています。皆の眷属が、ライを補佐しています。最初は、眷属たちにも戸惑いがあったのですが、1年が過ぎて、安定しました。ライが居なくても大丈夫だと判断されれば、眷属だけでギルドを守ります。
大陸からやってきた人たちや、魔物が発生している国からも、日本の同盟国だと思われている国の人たちも居ます。もちろん、日本の企業に雇われた人や、政治業者や官僚に雇われた者たちも居ました。
目的は、単純に”金銭”の場合もありますが、殆どがスキルの情報や、ギルドに何かがあると思って侵入してきているようです。円香さんは呆れていました。特に酷いのが、日本の官僚たちの様です。権力を握った者たちが考えることは、愚かな事と決まっています。
スキルを得て不老不死になりたいようです。
不老は別にして、不死になって何がしたいのでしょうか?
この”不老不死”に関係して、私をスライムにした彼から、スキルを奪うことが検討されています。
家族の協力と、清水さんたちの研究から、スキルのランクと言うものが徐々に解ってきました。その中で、ユニークと呼んでもいいようなスキルは、同時期に、二人以上には”芽生えない”と予測されました。
円香さんの”破眼”が、家族の誰も持っていないことや、同じようなスキルである、真子さんが持つ”災眼”も誰も持っていません。
まだこれからの研究が必要だとは思いますが、彼を殺して私にスキルが移動すればいいのですが、そうならない場合に、別の人にスキルが芽生えてしまうと、問題になりそうなのです。
彼によって、私はスライムになってしまいました。
スライムになった事で、寿命から解き放たれた可能性があります。清水さんの研究でも、私は細胞分裂を意図しなければ行っていないようなのです。簡単に言えば、老化していないのです。まだ検証が始まったばかりなので、解らないことだらけですが、魔物になってしまうと、”老化”は発生しないと考えてよさそうです。家族たちも調べていますが、成長は”魔物としての成長”とリンクしていると考えられます。
権力欲が強く、不老不死を望むような人たちが、彼のスキルを知れば・・・。
そんなことにならないように、彼を監視しているのです。彼は、私のターゲットですが、私は彼を権力者や愚か者たちから守っているのです。
今日は、学校を休んだ。学校には毎日は通う必要はないのだが、休むと真子が哀しそうな表情で家を訪ねて来る。ギルドだけだけど社会に関わるようになってから授業も面白く感じている。なので真面目に通っている。
今日の休みは、しっかりと真子にも話をしてあるので安心だ。
以前からお願いしていた、裏山の取得が終了したと連絡を受けた。申請が通ったようだ。
行政的な手続きは、ギルドにいる私が担当した。円香さんや茜さんや孔明さんに教えられながらだけど、手続きを行った。次からは、私だけで出来るようになれる(と、思う)。
裏山は法律的には私たちが所有する場所となったのだが、ライが言うには、私が場所を認識していないから、範囲として私たちの領域として認識ができていない(らしい)。
よくわからないが、学校に行っている私と、ギルドで仕事を行っている私と、家にいる私の、ある程度の私になって確認をしなければ領域として認識がされない。由比にある家に戻ってから、前のように本体となるスライムを家に残して、新しい家族と領地の確認に向かう。
土地の権利書に従って、山を確認する。
国有地になっていた場所も購入してくれたようだ。
資金は潤沢にある。最初は、入ってくるお金を喜んでいたのだが、段々怖くなって、10億をこえた辺りから確認をしていない。兆までは増えていないらしい。茜さんが教えてくれた。銀行の偉い人が面会を申し込んできたが面倒なので断っている。あまりに何度も行ってくるようなら、メインバンクを変えると伝えたら、連絡は来なくなった。私の家には、辿り着けないようで、ギルド経由で面会を申し込んでくるから厄介だ。他にも、慈善団体を隠れ蓑にしている者たちや、宗教家を名乗るクズや、国の出先機関まで訪ねて来る。
あまりに多くなったので、円香さんに対応を聞いたら、慈善団体を作って・・・。円香さんは、”偽善団体”と言っていたけど、あながち間違っていない。
慈善団体を作って、活動を行えばいいと教えてもらった。
とりあえず作ったのが、裏山を入手する時にも使った団体である。自然動物を保護する慈善団体だ。
お金を出しているのは私だけど、代表は違う人にやってもらっている。ギルドのメンバーにもお金を出しているのは隠している。
円香さんと蒼さんの提案で、自然動物を保護する団体は、プロパガンダとして”反ギルド”を謳っている。魔物も自然動物と位置づけて、保護の対象だと宣伝することにした。私の事が世間に知られた時に、ギルドではなく団体が逃げ場所になるようにするためだ。
あり余るお金を使って、古くから活動している宗教法人を購入した。いきなり代表の入れ替えは出来ないので、徐々に入れ替えを行っている。宗教法人は、昔から日本に存在している”妖怪”と魔物を結びつけて”神の使い”だとして崇めることを教義とした。
簡単に言えば、”三竦み”の状態を作り出した。
私から資金が出ているのを知っているのは、ギルドでも私がスライムだと知っている人たちだけだ。二つの団体のトップと一部の理事だけが知っている状況だ。
ばくだいな資金を使って、マスコミを支配する。
マスコミだけでは、均衡が保てないと思い慈善団体を作った。そして宗教法人を入手した。ギルドの正義と、慈善団体の正義と、宗教法人の正義が、相反するような状況を作り出した。
これによって、政治業者やマスコミのたかり先を見つけやすいようにした。
徐々に”毒”がマスコミにも回り始めている(らしい)。円香さんが教えてくれた。
慈善団体と宗教法人とギルドのおかげで生活を脅かす影は少なくなっている。
ギルドや私たちを監視する目も減っている。
家族たちが警戒していた展開にはならなかった。
ライが、アニメやマンガから得た知識を家族たちで共有する事で、余計な知識を得た。そして家族の思考がおかしな方向に進んでいた。家族の思惑とは違ったかたちでの着地ができたのが大きな成果だと言える。
いろいろな状況が別々の方向に動いているようで、全部が動きやすいように、調整されている。
ワイズマンに提供した情報にギルドの収入以上の価値を感じてくれている。時々、本当にワイズマンという人物がいるのかと錯覚してしまうのだが、AIだと教えられている。疑問に思う事はあるが、気にしてもしょうがない。
『主様』
そうだ。
今は、新しく購入した裏山の確認をしている最中だった。
そして、新しく家族になった者たちのお披露目を兼ねている。
静岡に居ないと思われていた熊を家族に迎えた。
私の事を、”主様”と呼んでくれている。
今、熊と言えば、”プー”と考えたが、さすがに問題がありそうだったので、ディックと呼んでいる。
『ディック。範囲は認識できた?』
『はい!ありがとうございます』
『堅いよ。家族だよ?言葉遣いは気にしなくていいよ』
『いえ、そういうわけにはいきません。私たちは、主様に皆さまに救われたのです』
ディックとの出会いは、よくある話だ。ディックの家族が、魔物と戦っていた。
既に、ディックの旦那が魔物に殺された所で、カーディナルたちが駆けつけた。ライが、ディックの旦那さんを取り込んだ。その因子を、ディックとディックの子供に与えた。そしてディックと子供たちは魔物に進化した。ディックは私の眷属になった。ディックの子供は、ディックの家族のままだ。ディックが名前を考えて、与える事に決めた。
因子となった熊の遺骸は、ディックの中で生きている。
その感覚はわからないが、ディックが納得しているのなら、それ以上は何もきかない。
『気にしなくていいよ。それよりも・・・』
ディックには、他の家族とは違う特徴がある。ディック以外の家族は、魔物になっても姿は大きく変わらなかった。動物としての姿は残されている。ディックも”熊”である姿は変わらないが、変異で済まされる状況を逸脱した変化がある。
ディックの額には、第三の目と言うべき眼が開いた。それだけではなく、見えない腕というべきなのか・・・。見えない腕が生えた4本の腕を持つ”熊”は自然界には居ないと思う。額の眼が、動かなければ、そういう種族だと言い切れる可能性もあるのだが、眼が動く。眼球が動くのではない。眼が移動する。ディックの死角をなくすように眼が動くのだ。死角を完全に無くすのは無理だが、頭上からの攻撃を前面に攻撃をしている最中に、インビジブルアームで防ぐ。戦闘力だけなら、家族の中で一番だと言ってもいいだろう。経験やスキルの違いで、カーディナルやアドニスなどの古参の家族には勝てないが、単純な攻撃力ではトップだと思う。移動力も、熊が持つ本来の速度にスキルを重ねている。
『はい。ライ様からいただいた旦那は、私の中で生きています』
ディックに乗って新しい領域を確認している。
不思議なことに結界で覆うだけでは、私の領域とならない。
範囲を認識しなければならない。認識することで、魔物の発生が抑えられる。完全になくなることはないのだが、それでも魔物が少なければ、魔物同士で戦う頻度が抑えられる。
魔物同士は、戦わせないほうがよい。魔物同士が戦う事で、勝ったほうが進化することがある。進化した魔物が増えれば、脅威となる。主を持たない魔物はテリトリーを持つ。テリトリーが被れば戦いになる。戦えば、どちらかが進化する。
家族たちが見回って、魔物を駆逐している理由だ。
そして、テリトリーを広げた理由でもある。なぜか不明なのだが、自らが出向いて認識しなければ、テリトリーにならない。人としての枠組みが決まっただけではテリトリーにならない。
『主様?』
『どうした?』
『あそこから・・・』
『洞窟?防空壕?魔物か?』
一緒に探索しているのは、熊から進化したよくわからない種族のディックです。腕が4本と第三の目を持つディックが、禍々しい洞窟を発見しました。
以前から、考察されていました。
『”動物”だけが魔物化するのか?自然物が”魔物化”しないのか?』
実際に私の家の周りでは、木が魔物化しています。家族です。
話すことは発声器官がないので無理なのですが、意思があるのは独特のコミュニケーションが可能であることから正しいと思っています。気持ちも伝わってきます。気持ちはすごく便利で、植え替えや水やりのタイミングがわかります。念話のスキルを込めた魔石を与えれば、念話での会話が出来るようになりました。
全部の木に魔石を与えていないが、意思疎通ができるのは確認しています。ギルドに報告もしました。報告の時に驚かれましたが、ユグドちゃんの例があります。聖樹のこともあるので、不思議ではないと思っていました。
そして、ワイズマンからは世界各地で、魔物化したと思われる動物が見つかっていることも伝えられました。
私だけが動物を魔物化できるのではなく、自然界でもなんらかの方法で、動物が魔物化することが確認されている。頻度としては、徐々に増えているという印象らしいです。よくわかりませんが、大変なことだとワイズマンは考えているようです。
動物の魔物化と木や植物が魔物化することから、ワイズマンが導き出した結論が、次に発生するのは無機物の魔物化か機械の魔物化だと告げられました。
人が多い場所では魔物が湧き出さないことや、活火山(3,000メートル以上)の周りだという制限は外れていないために、無機物や機械の魔物化は山のなかで発生すると考えているようです。ワイズマンから、各ギルドに調査の徹底するように通達がありました。日本では、私が調査を担当しています。
『ディック。あの洞窟。魔物?』
『主様。判断ができません。ただ、魔物特有の嫌な感じがします』
『中に入るのは・・・』
『ダメです』
やはり、ディックは反対のようです。
家族を危険にさらないという意味でも、一番だと思うけど・・・。
戦力や安全の意味でも、本体が別に存在している私が適任だと思っています。
分体でも、私が傷つくのを家族は極端に嫌います。過保護を通り越してしまっているように感じていますが、家族に告げても当然だといわれるだけです。でも、私が望めば最終的には承諾してくれます。
ディックだけなら説得はできると思うけど、後でライやカーディナルやアドニスを説得するのが難しそうです。彼らに余計な知恵をつけた者が居るようです。あと、パロットが私が危険なことをしたらすごく怒ります。怒るよりも拗ねるに近いので困る対応なのです。本当に怖いし哀しい。だから、自重することに決定しました。パロットだけではなく、皆の意見を聞いて説得してから突入したいと思います。真子や茜にも黙っていると、後が怖いので教える予定です。
好奇心は抑えられないけど・・・。
『でも、調べないとダメでしょ?敵性なら、対処が必要だよ?』
『・・・。そうですね。皆さまを呼びましょう』
『え?』
『主様も、ギルドで信頼できる人たちを集めてください』
『え?ギルドも巻き込むの?』
『はい。その方が、安全だと思います。まずは、洞窟の周りをエント殿とドリュアス殿の眷属で固めましょう』
『ん?』
そうだ!
木の魔物をエントと呼んで、木を除く植物の魔物をドリュアスと呼んでから、皆が名前だと思ってしまいました。種族名だと伝えたのですが後の祭り状態です。本人?たちが気に入ってしまって、呼び名として定着してしまいました。
やはりというか既定路線というか・・・。不思議なことに、もともとの種別が違った植物でも名前としてエントとドリュアスを認識したことで、同化進化が始まりました。個別にできることはもともとの植物として性質を現しているスキルが芽生えますが、エントとドリュアスとして存在が同化してしまいました。
『洞窟から魔物が出てきたら、エント殿とドリュアス殿に対処してもらったほうがいいと思います。主様の領土に不浄の魔物は必要ありません。見つけ次第、殲滅が正しい対処です』
意識を持たない魔物や私たちに敵対する魔物を、不浄の魔物と呼んでいます。
不浄の魔物として認識された者たちが、私たちに降ったとしても一段下としての認識になり、家族にはくわわりません。最近では
家族の合意を得ないと家族に加われないというルールができました。
降った魔物が少ない事や、もともと意識を持っていなかったこともあり、私が名付けをしなければ、大きな問題にはならないだろうと思っています。虐待を禁止して、できそうなことをやってもらうことで、働き次第で家族にくわわるという道があるだけです。
『わかった。エント!ドリュアス!』
私の呼びかけで、近くにいたエントとドリュアスが寄ってきました。
ディックに洞窟の監視を任せることにしました。
私は、意識をギルドで働いている私に移動します。
都合がいいことに、ギルドには主要メンバーがそろっていました。
「あれ?貴子ちゃん。今日は、山の確認をするのではなかった?」
最初に気が付いたのは、茜さんです。少しだけ嬉しいです。でも、内緒なのです。
「はい。山に問題があって、皆さんに相談したかったのです」
「相談?」
私の言葉に反応したのは、円香さんです。
見ていた書類から目を離して近くで作業をしていた孔明さんに目線で指示を出しています。以心伝心と言ったら怒られそうですが、長年連れ添った夫婦のようです。
孔明さんは、立ち上がって、書類ケースの中に隠している魔石を取り出します。私が提供した魔石です。覚えていませんが、付与されているスキルを見れば私が提供したものだとわかります。
遮音の結界が発動する魔石です。私が”相談”といたことから、秘密の話だと思ってくれたようです。本当に、頼りになる人たちです。
「どうした?」
遮音結界の発動を確認してから、蒼さんと千明さんが結界の範囲内に飲み物と食べ物を持って入ってきました。
皆が遮音結界に入ったことを確認してから、山の洞窟から”魔物”の気配を感じることを説明します。説明は苦手なのですが、なんとか納得してもらいました。
「貴子嬢。それは、洞窟の中に魔物が居るのと違うのか?」
「判断は難しいのですが、”洞窟”が魔物の雰囲気があります。ディックが入ることを拒否しました。戦力が足りないと判断したようです」
「ディックというと、新しく家族になった熊だったよな?インビジブルアームとかいう反則的な腕を持つ・・・」
蒼さんは、ディックと模擬戦を繰り返しているようです。
他の家族では、変則すぎて訓練にならないと嘆いていました。二足歩行も可能なディックとの訓練が蒼さんの刺激になっているようです。戦績は聞かないことが優しさと言われて聞いていません。でも、ディックが嬉しそうに”初めて、旦那が手を貸してくれた”と言っていた。そういうことなのでしょう。聞かない優しさを覚えました。
「はい。ディックが、私と一緒でも入るのは難しいと判断して、家族の勢力を集める方がよいだろうと言っていたので、私が家族を集めています」
「それで、貴子。ギルドに何を求める?」
円香さんの言い方から、ギルドとして動いてくれることが伝わってきます。最終的な確認は必要だとは思いますが、今はこのまま話を進めます。
「記録をお願いします。それと、できれば現地で実際に洞窟を見て私やディックが感じことが伝わるか確認してほしいです」
「わかった。孔明!」
「大丈夫だ。今日の業務なら、他のメンバーに回せる」
「蒼!」
「俺たちは大丈夫だ。千明」
「うん。車は無理だから、装備を確認する」
「頼む。それから、茜。場所が山の中だと、ユグドの力が必要になるかもしれない」
「はい。皆も話を聞いていて、全員が”着いて行く”と言っています。止めるのは不可能です」
「あっ!アトスも一緒だと言っています」
”みゃぁみ!”
千明さんの膝の上に居るアトスも身体を起こして、着いて行くと宣言しています。相変わらず、可愛い。パロットの方が可愛いけど、パロットにはない積極性を感じるのは気のせいなのでしょう。
円香さんから、現場を見てから装備を整えたいと提案があって、皆も同じような考えであることから、今から現場を確認して突入は見てから判断することになり、早速現場に向かうことが決定しました。
現地に居る私からディックに伝えたら、皆も現地に集まりだしていて、同じように考えていたようです。