帝国。
人類国家の中で最大の領土を誇る。名前は、プレシア帝国。大国と呼ばれる5つの国家の中の一つだ。
帝国の他には、王族が支配するプレシア王国。天子を名乗る者が支配するプレシア皇国。宗教国家で唯一の人族絶対主義を掲げるプレシア神聖国。商人たちが集まってできたプレシア連合国。
全てが、プレシアの名前を冠しているのには理由がある。
この世界を作った創造神の名前がプレシア神だと言われている。そのために、多くの国家は”プレシア”の名前を付けて、自国の正当性を主張している。他にも小国に分類される国家が多数存在している。
種族でまとまって、集落を形成している場合も存在する。
そんな帝国の帝都にある。皇帝の住処である皇城で、御前会議が開かれていた。
「魔王の討伐は成功したのだな?」
「はい。陛下」
「今回は早かったな」
「単独で現れたようです」
「愚かな魔王だったのだな」
「はい」
傭兵ギルドから提出された資料は、一枚だ。
ほとんど内容が無い。討伐された魔王の遺体はすでに皇城の地下に運び込まれて、解体作業が行われている。
「今回はハズレか?」
「残念ながら・・・」
資料に目を落としながら、魔王討伐に寄って得られた物を見ている。
金貨6枚/銀貨8枚/銅貨3枚/賤貨95枚
陶器の皿6枚/ガラスの皿2枚/ガラスのカップ2個/陶器の瓶1個/ガラスの瓶3個
素材不明の衣類/素材不明の下着/素材不明の靴
「衣類や靴の素材はわからないのか?」
1段高くなっている場所に座っている男が皆に向けて質問をする。
「もうしわけありません」
末席に座っている者が、1段高い所に座っている男に向って頭を下げる。
「陛下」
次席と言うか、陛下と呼ばれた男に近い場所に座る男が声を上げる。
「なんだ?」
「王国や連合国に探りを入れてみては如何でしょうか?」
「・・・。宰相の言は一考の価値がある。他の者はどう思う?」
陛下と呼ばれた男の言葉を受けて、先程発言した者の正面に居る人物が挙手する。
「息子よ。何か、意見があるのか?」
「はっ陛下。宰相の意見は、もっとだと思いますが、我が帝国でも解らないことが、他国で解るとは思いません。それに、帝国が魔王を討伐して、新たな可能性を発見したと、他国に知らせることになりましょう」
息子と呼ばれた男と、宰相と呼ばれた男が、目線を合わせない。
仲が悪いのだろう。他の者達は、二人の言葉を聞いて、下を向いてしまった。どちらに与するのか、明確な返答をしたくないのだ。
1段高い所にある豪奢な椅子に座っている中年の男性が皇帝陛下だ。
右側には文官。左側には武官が座っている。宰相と呼ばれたのは、文官のトップだ。皇帝の弟である。息子と呼ばれたのは、現在の皇太子で、第一位継承権を持っている。帝国軍の将軍位を持っている、武官のトップだ。
「ギルド長の意見は?」
皇帝が、一番遠いところに座る男に話しかける。
ギルド長と呼ばれた男は、額に流れる汗を拭いながら、言葉を考える。
「陛下。私には、宰相閣下のご意見も、将軍閣下のご意見も、納得できる物でありまして、私ごときが判断できる事ではありません」
ギルド長の言葉を受けて、皆がギルド長に同調する。
どちらの意見が採用されても、何か問題が発生したときには、賛成した者たちが責任を取らされるのがわかっているからだ。成功したら、意見を具申した者の手柄で、失敗したら賛成した者たちの責任。これが、今の帝国の在り様なのだ。
結局は、皇帝が判断しなければならないが、今回の皇帝は、判断に迷っていた。
「皿や瓶やカップには何も残っていなかったのか?」
「はっ食事や酒精の飲み物が残されていました」
「それらの解析は?」
「現在、進めています」
「そちらには問題は無いのだな?」
「はっ品質は高いと思われますが、未知の物は見つかっておりません」
「酒精は?」
「はっワインだと思われます」
「そうか、わかった」
報告官は、ほっとした表情で椅子に座り直す。報告書には同じ内容が書かれているが皇帝から質問されたら、答えなければならない。間違っても、”報告書に書いてあります”とは言えない。言ってもいいが、数分後には、身体は頭の重さに耐える苦痛から永遠に開放されるだろう。
「ギルド長。魔王の討伐は、実質的には、1-2分というところか?」
「はい。現場から、上がってきた報告では、”単身で立っていた所を、討伐した”と、言われました」
「前回も、”ハズレ”だったな」
「はい」
「他国の魔王討伐はどうなっている?」
皇帝が、ギルド長に問いかけたのは、内部情報を提供しろということに他ならない。
ギルドとは、仕事を斡旋している組織の総称だ。歴史は古く、4,000年前には誕生したと言われている。国に属さない組織だ。ギルドに登録すれば、国を跨いでの仕事が規約上は問題なく受けられる。ギルドの本部は、王国の王都にあるのだが、5大国にも本部が置かれている。混乱を避けたいギルドは、王国に置いている本部を総本部と呼んでいる。ギルドは、スキルを利用して作成されているスキル道具を使って、ギルドカードを発行している。ロストテクノロジーだが、現在でも問題なく動作している。
「それは・・・」
「言えぬか?」
「いえ、手元に資料がなく、正確な数字を覚えておりませぬ」
「構わぬ。大凡の数字でいい」
ギルド長は、観念した表情になり、内部情報を思い出しながら大凡の数字を答える。
「王国では、10存在していた魔王城の討伐に成功しております」
「期間は?」
「最短で30日ほどです」
「消滅した魔王城は?」
「昨日までの情報ではありません」
「そうか・・・。我が領にある魔王城と合わせると、全部83だったな」
「はい。私の記憶でも、現存する魔王城は83です」
「1,000年前には、1,000を超える魔王城があったらしいが?」
「はい。ギルドの記録では、1,000年前には・・・。1073の魔王城が確認されています」
「魔王城が消滅する原因は判明しているのか?」
「いえ・・・。神聖国の与太話程度です」
「・・・。あれは、考えるだけ無意味だ。神聖国が言っていることなど、議論する価値もない」
「はい」
「そうか、わからぬか・・・」
将軍が、皇帝とギルド長の会話に嘴を突っ込んできた。
「陛下。魔王城の消滅は、一大事なれど、臣民が苦しむのに比べれば、問題になりませぬ。それに、魔王城が必要になるのでしたら、神聖国にも王国にも皇国にもあります。奪えばいいのではないでしょうか?」
将軍が言っていることはむちゃくちゃだが、皇帝の心を”魔王討伐”に傾けるには十分な言葉だ。
「ギルド長。王都近くの魔王城は、消滅しなかったのだな?」
「はっ。部下を見張らせましたところ、今までと同じように、魔王を討伐した場所に、白い箱が出現しました」
「箱までは行けたのだな?」
「はっ今までと変わらないと報告が上がってきています」
皇帝が立ち上がって、皆を見下ろす。
「宰相。魔王から得た物は、帝国内部で調査せよ」
「はっ」
「魔王城がある都市や国の調査を行え。情報部を動かして良い。新しい素材が出回っていないか調査せよ」
「はっ!」
宰相が、皇帝に頭を下げる。
「我が息子よ。手勢100と奴隷兵1,000を率いて、新しく生まれる魔王討伐を命じる。今までと同じならば、十分だろう」
「はっ!陛下に、魔王の遺物をお見せいたします」
「期待している。ギルド長。新しい魔王の誕生は、何日後だ?」
「4日後です」
「我が息子よ。ギルド長の言葉を聞いたな。帝都の近くにある魔王城までは、半日の距離だ。奴隷兵を連れて行くとなると、1日は必要だろう。編成を早急に行なえ」
「はっ」
こうして、新しく産まれた魔王。第495代目当主は、いきなり100名の騎士や兵士と1,000名の奴隷兵に襲われることが決まった