お、おぉぉぉ……。
神殿はこの巨大な惑星の衛星軌道上にあったのだ。洞窟を進んで来たら宇宙に居た、その摩訶不思議な構造にオディールは困惑する。
蜘蛛男は『世界を構成するコンピューターは海王星の中にある』と言っていた。海王星とは確か太陽系最果ての巨大な碧い惑星だった記憶がある。と、すると、これが海王星ではないだろうか?
オディールは期せずして世界の根源に迫っていたことに、ゴクリと唾をのみ、ただ、その深い碧に魅入られていた。
◇
だが、もたもたしている余裕はない。女神に一刻も早く会わなくてはならないのだ。オディールはずっと続いている廊下の先を目を凝らして見つめ、意を決すると大声を出してみる。
「すみませーん! どなたかいらっしゃいませんかー?」
しかし、神殿内は静まり返ったままだった。
神聖な神殿内を無断で歩くことは心苦しかったが、誰も出てこないのではどうしようもない。オディールは早足で誰かいないかと探しながら進んで行く。
大理石のアーチがずっと続いている美しい廊下。ところどころに今にも動き出しそうな精緻な幻獣の彫刻が置かれ、その厳粛な雰囲気に気おされながらオディールはどんどんと心細くなってくる。
しかし、女神に会うまではどんなことでもやるしかない。ドアがあるたびにコンコンとノックをしてみるが返事はなく、ドアにはカギがかかっていた。
よく考えたら、さっきの少女がすうっと消えていったように、神殿の人は廊下など使わないのだろう。
「うーん、困ったなぁ……」
オディールは眉をひそめながら進み、ついに突き当りの最後の部屋になってしまった。
コンコンコン!
「どなたかいませんかぁ?」
相変わらず返事はなかったが、ドアノブを回してみるとガチャリと開く。最後の最後に見つけた突破口、オディールはゴクリとのどを鳴らしながらそーっとドアを引き開けた。
「お邪魔しまぁす……」
隙間から中をのぞくオディール。
はぁっ!?
思わず変な声を上げてしまう。中は宇宙空間だったのだ。満天の星々の中、少し先でたくさんの映像が輪になってゆっくりと回っている。
ポーン……。カン! キン!
不思議な音がかすかにどこからか響いてきた。それはまるで大宇宙のささやきのように感じる。
オディールは首をかしげながらそっと中へと足を踏み入れてみた。
下には巨大な碧い惑星。しかし、ガラスのような透明な床があるようでカツッという硬い感触が返ってくる。
どうやらここは宇宙空間に作られた、壁が透明な巨大な温室のような部屋ということらしい。
オディールはカツン、カツンと足音を響かせながら、映像群の回っている方へと恐る恐る進む。
ポーン……。カン! キン!
不思議な効果音は徐々に大きくなってくる。どうやら音は回る映像が奏でているらしい。
眼下に碧く美しい巨大惑星を見ながら、満天の星々に囲まれて歩く。それはまるで宇宙遊泳をしているかのような、いまだかつてない不思議な感覚だった。
回っている映像は一つ一つは一メートルくらいのもので近代的な街から石造りの町、原始的な村まで、それぞれどこかの文化を映し出している。回っていくに従い、映像の視点もゆっくりと動き、街の様子を立体的に見られるようになっていた。
その映像群は直径十数メートルくらいの輪となり、三段の層になって合わせて百数十個がクルクルと回っている。
オディールは輪の中心に立って映像群を見渡して、見覚えのある景色に思わず驚いた。
「し、渋谷だ……」
そこには渋谷のスクランブル交差点を渡る多くの群衆が映っていた。映像がパーンしていくと大型ビジョンがコマーシャルを流している様子が映り、その隣を山手線が走り抜けていく。
お、おぉぉぉ……。
サラリーマン時代は飲み会で何度も行った事のある渋谷。まさか死後、この宇宙空間で目にするとは思わなかった。
女の子と一緒に行ったスタバ、楽し過ぎて飲みすぎた居酒屋は今もまだそのままに見える。サラリーマン時代のたくさんの記憶がフラッシュバックしたオディールは懐かしさに打ち震え、涙が自然と頬を伝った。
前世には後悔しかないと考えていたオディールだったが、今こうやって渋谷を見ればその考えもちょっと違うように思えてくる。当時の自分は一生懸命生きていたのであり、思うほどダメではなかったかもしれない。不器用ながら精いっぱい頑張っていたのだ。
オディールは他の映像も探していく。すると目に飛び込んできたのは崩壊が進む水上の街、セント・フローレスティーナだった。
すでに居住棟も大半は壊れてしまい、他の建物も次々と崩れ始めている。
あ……あぁ……。
オディールは真っ青になってガクガクと震えた。
ミラーナと手を取り合って作り上げた最高傑作が次々と崩壊していく。それは自分の一部が失われる様な悲痛な喪失感となってオディールを襲う。
その時、セントラルが崩落した。巨大な美しい街の象徴セントラルは土煙をもうもうと上げながら湖の中へと沈み、巨大な水柱が次々と上がっていく。それはまさに絶望を絵にしたような光景だった。
神殿はこの巨大な惑星の衛星軌道上にあったのだ。洞窟を進んで来たら宇宙に居た、その摩訶不思議な構造にオディールは困惑する。
蜘蛛男は『世界を構成するコンピューターは海王星の中にある』と言っていた。海王星とは確か太陽系最果ての巨大な碧い惑星だった記憶がある。と、すると、これが海王星ではないだろうか?
オディールは期せずして世界の根源に迫っていたことに、ゴクリと唾をのみ、ただ、その深い碧に魅入られていた。
◇
だが、もたもたしている余裕はない。女神に一刻も早く会わなくてはならないのだ。オディールはずっと続いている廊下の先を目を凝らして見つめ、意を決すると大声を出してみる。
「すみませーん! どなたかいらっしゃいませんかー?」
しかし、神殿内は静まり返ったままだった。
神聖な神殿内を無断で歩くことは心苦しかったが、誰も出てこないのではどうしようもない。オディールは早足で誰かいないかと探しながら進んで行く。
大理石のアーチがずっと続いている美しい廊下。ところどころに今にも動き出しそうな精緻な幻獣の彫刻が置かれ、その厳粛な雰囲気に気おされながらオディールはどんどんと心細くなってくる。
しかし、女神に会うまではどんなことでもやるしかない。ドアがあるたびにコンコンとノックをしてみるが返事はなく、ドアにはカギがかかっていた。
よく考えたら、さっきの少女がすうっと消えていったように、神殿の人は廊下など使わないのだろう。
「うーん、困ったなぁ……」
オディールは眉をひそめながら進み、ついに突き当りの最後の部屋になってしまった。
コンコンコン!
「どなたかいませんかぁ?」
相変わらず返事はなかったが、ドアノブを回してみるとガチャリと開く。最後の最後に見つけた突破口、オディールはゴクリとのどを鳴らしながらそーっとドアを引き開けた。
「お邪魔しまぁす……」
隙間から中をのぞくオディール。
はぁっ!?
思わず変な声を上げてしまう。中は宇宙空間だったのだ。満天の星々の中、少し先でたくさんの映像が輪になってゆっくりと回っている。
ポーン……。カン! キン!
不思議な音がかすかにどこからか響いてきた。それはまるで大宇宙のささやきのように感じる。
オディールは首をかしげながらそっと中へと足を踏み入れてみた。
下には巨大な碧い惑星。しかし、ガラスのような透明な床があるようでカツッという硬い感触が返ってくる。
どうやらここは宇宙空間に作られた、壁が透明な巨大な温室のような部屋ということらしい。
オディールはカツン、カツンと足音を響かせながら、映像群の回っている方へと恐る恐る進む。
ポーン……。カン! キン!
不思議な効果音は徐々に大きくなってくる。どうやら音は回る映像が奏でているらしい。
眼下に碧く美しい巨大惑星を見ながら、満天の星々に囲まれて歩く。それはまるで宇宙遊泳をしているかのような、いまだかつてない不思議な感覚だった。
回っている映像は一つ一つは一メートルくらいのもので近代的な街から石造りの町、原始的な村まで、それぞれどこかの文化を映し出している。回っていくに従い、映像の視点もゆっくりと動き、街の様子を立体的に見られるようになっていた。
その映像群は直径十数メートルくらいの輪となり、三段の層になって合わせて百数十個がクルクルと回っている。
オディールは輪の中心に立って映像群を見渡して、見覚えのある景色に思わず驚いた。
「し、渋谷だ……」
そこには渋谷のスクランブル交差点を渡る多くの群衆が映っていた。映像がパーンしていくと大型ビジョンがコマーシャルを流している様子が映り、その隣を山手線が走り抜けていく。
お、おぉぉぉ……。
サラリーマン時代は飲み会で何度も行った事のある渋谷。まさか死後、この宇宙空間で目にするとは思わなかった。
女の子と一緒に行ったスタバ、楽し過ぎて飲みすぎた居酒屋は今もまだそのままに見える。サラリーマン時代のたくさんの記憶がフラッシュバックしたオディールは懐かしさに打ち震え、涙が自然と頬を伝った。
前世には後悔しかないと考えていたオディールだったが、今こうやって渋谷を見ればその考えもちょっと違うように思えてくる。当時の自分は一生懸命生きていたのであり、思うほどダメではなかったかもしれない。不器用ながら精いっぱい頑張っていたのだ。
オディールは他の映像も探していく。すると目に飛び込んできたのは崩壊が進む水上の街、セント・フローレスティーナだった。
すでに居住棟も大半は壊れてしまい、他の建物も次々と崩れ始めている。
あ……あぁ……。
オディールは真っ青になってガクガクと震えた。
ミラーナと手を取り合って作り上げた最高傑作が次々と崩壊していく。それは自分の一部が失われる様な悲痛な喪失感となってオディールを襲う。
その時、セントラルが崩落した。巨大な美しい街の象徴セントラルは土煙をもうもうと上げながら湖の中へと沈み、巨大な水柱が次々と上がっていく。それはまさに絶望を絵にしたような光景だった。