「ダメなんです! 女神様に会うまでは……、僕の大切な人を助けられるまでは帰れないんです!」
オディールは少女の手を握り、涙目で訴える。
「うーん、でも、私にできることはないわ。あなた自身の資格の話なので……」
少女は美しい表情を曇らせながら、申し訳なさそうに首を振った。
「それは……『この世界は情報でできている』ってことに関係ありますか?」
オディールはまっすぐな目で少女を見つめる。
少女はちょっと驚くと、優しい微笑みを見せる。その笑顔にはポジティブなニュアンスが感じられた。
「よく……視るといいわ……」
そう言い残して少女はすうっと消えてしまう。
「あっ! ちょっと待っ……」
オディールは伸ばしかけた腕の行先を失う。神殿まであとわずかのところまで来ているというのにあと一歩が分からない。
オディールはパンっと太ももを叩き、無念に満ちた深いため息をついた。
◇
『よく視るといい』と、言われたものの、一体何をよく見たらいいのだろうか?
オディールは辺りを見回し、どこかに隠し通路でもあるのではないかと目を凝らしてみるが、光るキノコがぽつぽつと生えた岩肌が広がっているばかりで、それらしきものは見当たらない。
地底湖の底で怪しく輝く原子炉の碧い光が静かに空洞を照らすばかりだった。
こうしている間にもミラーナの命は輝きを失っているだろう。オディールは焦りばかりが募り、自分のふがいなさに頭を抱えた。
『この世界は情報でできています』
蜘蛛男も同意していた天使の言葉をもう一度思い出す。これをしっかり把握できれば神殿への道が開かれるだろうが、その奇抜さに頭が追いつかない。
その時、ふと瞑想のことを思い出した。そもそも瞑想ができたからここへ入れたのだ。であるならば、瞑想すればここから神殿へと出られるのかもしれない。
オディールは手近な岩の上に腰かけると座禅を組んでみた。
昔TVで見たシーンを思い出しながら指を組んで腹の前に置き、背筋をピンと伸ばして深呼吸を繰り返す。
スゥーーーー、……、フゥーーーー。
スゥーーーー、……、フゥーーーー。
雑念が次々と湧いてくるが、逆らわず、淡々と横へと流していく。やがてフワフワとした気分になりスゥっと意識が落ちていくのを感じた。
ピチョン。
天井から地底湖へと滴が落ち、波紋が水面に広がっていく。
碧いチェレンコフ光は波紋の揺らめきで岩肌に複雑な碧い幾何学模様を描いた。
そのプロジェクションマッピングのような光のアートをボーっと見ながらオディールはもう少しで何かわかりそうな手ごたえを感じる。
蜘蛛男は『誰も見ていないとき、月は消えている』と言った。であるならば、この岩肌も実は誰も見ていないときは消えているに違いない。
オディールは目をつぶり、感覚を研ぎ澄ます。
この瞬間、岩肌は消えているはずだ。
スゥーーーー、……、フゥーーーー。
スゥーーーー、……、フゥーーーー。
オディールはさらに深呼吸を繰り返し、より深いところへと降りていく。
やがて自分の周囲の空間がち密な1と0の数字の集合体のように感じられてくる。ちょうど3D画像を作る時のような線だけで作られた3D空間に、1と0がち密に敷き詰められた情景が捕らえられてきた。
周囲のゴツゴツとした岩や地底湖が1と0のち密な模様で表されて感じられる。数字で構成された不思議な空間、その3D空間をオディールは少しずつ広げていった。この洞窟全体をとらえようとしたのだ。
徐々に広がっていく3D空間。しかし、岩肌が出るはずの所ところまで広げても岩肌は現れなかった。
代わりに出てきたのは宮殿のようなアーチを伴った柱列――――。
へっ!?
オディールは目を開けて驚いた。なんと、目の前には大理石で作られた真っ白な柱がずらりと並び、聖水の池を囲んでいる。岩肌に見えていたのはただの幻で、オディールはすでに神殿にいたのだ。
や、やったぞ!
オディールは思わずガッツポーズをする。
青空のもと、さんさんと照り付ける日差しの中、黄色い蝶たちが楽しそうに舞っている。これがさっきまで洞窟に見えていたのだ。
オディールはこの世界の仕組みを感じ取ることで、ついに神殿に入る資格を得たのだった。
「ミラーナ! 待ってて、もう少しだ!」
オディールは満面に笑みを浮かべ、ドアへと駆け出す。
精緻な幻獣の浮彫がちりばめられた重厚な青銅製のドアを力いっぱい引き開けるとそこには、大理石のアーチが続く美しい廊下が続いていた。白黒の格子模様の床を淡い間接照明が照らしている。
オディールは大きく息をつくと、そーっと神殿の中へと入っていった。
「おじゃましまーす! どなたかいませんかー!?」
しかし、何の反応もない。
「入りますよーー!」
そう叫ぶと、オディールはタッタッタと軽快に廊下を駆けていった。やがてT字路の正面に巨大な窓が並んでいるのが見えてくる。
だが、中庭では日が照っていたのに、外は真っ暗だった。
不思議に思って近づいて行くと、信じられない光景が目に飛び込んでくる。その驚くべき情景にオディールは思わず足が止まった。
なんと、下の方には巨大な碧い惑星が広がっていたのだ。満天の星々の中、雄大に浮かぶ真っ青な巨大な星、それはいきなり現れた大宇宙のアートだった。細い筋を表面に描きながら小さな渦があちこちに巻いている。そのち密な表情は単なる作り物ではない大自然の雄大な営みを表していた。
悠然と流れる天の川を背景に浮かぶ、透明感のある深い碧色に覆われた巨大な惑星にオディールは圧倒され、言葉を失った。
オディールは少女の手を握り、涙目で訴える。
「うーん、でも、私にできることはないわ。あなた自身の資格の話なので……」
少女は美しい表情を曇らせながら、申し訳なさそうに首を振った。
「それは……『この世界は情報でできている』ってことに関係ありますか?」
オディールはまっすぐな目で少女を見つめる。
少女はちょっと驚くと、優しい微笑みを見せる。その笑顔にはポジティブなニュアンスが感じられた。
「よく……視るといいわ……」
そう言い残して少女はすうっと消えてしまう。
「あっ! ちょっと待っ……」
オディールは伸ばしかけた腕の行先を失う。神殿まであとわずかのところまで来ているというのにあと一歩が分からない。
オディールはパンっと太ももを叩き、無念に満ちた深いため息をついた。
◇
『よく視るといい』と、言われたものの、一体何をよく見たらいいのだろうか?
オディールは辺りを見回し、どこかに隠し通路でもあるのではないかと目を凝らしてみるが、光るキノコがぽつぽつと生えた岩肌が広がっているばかりで、それらしきものは見当たらない。
地底湖の底で怪しく輝く原子炉の碧い光が静かに空洞を照らすばかりだった。
こうしている間にもミラーナの命は輝きを失っているだろう。オディールは焦りばかりが募り、自分のふがいなさに頭を抱えた。
『この世界は情報でできています』
蜘蛛男も同意していた天使の言葉をもう一度思い出す。これをしっかり把握できれば神殿への道が開かれるだろうが、その奇抜さに頭が追いつかない。
その時、ふと瞑想のことを思い出した。そもそも瞑想ができたからここへ入れたのだ。であるならば、瞑想すればここから神殿へと出られるのかもしれない。
オディールは手近な岩の上に腰かけると座禅を組んでみた。
昔TVで見たシーンを思い出しながら指を組んで腹の前に置き、背筋をピンと伸ばして深呼吸を繰り返す。
スゥーーーー、……、フゥーーーー。
スゥーーーー、……、フゥーーーー。
雑念が次々と湧いてくるが、逆らわず、淡々と横へと流していく。やがてフワフワとした気分になりスゥっと意識が落ちていくのを感じた。
ピチョン。
天井から地底湖へと滴が落ち、波紋が水面に広がっていく。
碧いチェレンコフ光は波紋の揺らめきで岩肌に複雑な碧い幾何学模様を描いた。
そのプロジェクションマッピングのような光のアートをボーっと見ながらオディールはもう少しで何かわかりそうな手ごたえを感じる。
蜘蛛男は『誰も見ていないとき、月は消えている』と言った。であるならば、この岩肌も実は誰も見ていないときは消えているに違いない。
オディールは目をつぶり、感覚を研ぎ澄ます。
この瞬間、岩肌は消えているはずだ。
スゥーーーー、……、フゥーーーー。
スゥーーーー、……、フゥーーーー。
オディールはさらに深呼吸を繰り返し、より深いところへと降りていく。
やがて自分の周囲の空間がち密な1と0の数字の集合体のように感じられてくる。ちょうど3D画像を作る時のような線だけで作られた3D空間に、1と0がち密に敷き詰められた情景が捕らえられてきた。
周囲のゴツゴツとした岩や地底湖が1と0のち密な模様で表されて感じられる。数字で構成された不思議な空間、その3D空間をオディールは少しずつ広げていった。この洞窟全体をとらえようとしたのだ。
徐々に広がっていく3D空間。しかし、岩肌が出るはずの所ところまで広げても岩肌は現れなかった。
代わりに出てきたのは宮殿のようなアーチを伴った柱列――――。
へっ!?
オディールは目を開けて驚いた。なんと、目の前には大理石で作られた真っ白な柱がずらりと並び、聖水の池を囲んでいる。岩肌に見えていたのはただの幻で、オディールはすでに神殿にいたのだ。
や、やったぞ!
オディールは思わずガッツポーズをする。
青空のもと、さんさんと照り付ける日差しの中、黄色い蝶たちが楽しそうに舞っている。これがさっきまで洞窟に見えていたのだ。
オディールはこの世界の仕組みを感じ取ることで、ついに神殿に入る資格を得たのだった。
「ミラーナ! 待ってて、もう少しだ!」
オディールは満面に笑みを浮かべ、ドアへと駆け出す。
精緻な幻獣の浮彫がちりばめられた重厚な青銅製のドアを力いっぱい引き開けるとそこには、大理石のアーチが続く美しい廊下が続いていた。白黒の格子模様の床を淡い間接照明が照らしている。
オディールは大きく息をつくと、そーっと神殿の中へと入っていった。
「おじゃましまーす! どなたかいませんかー!?」
しかし、何の反応もない。
「入りますよーー!」
そう叫ぶと、オディールはタッタッタと軽快に廊下を駆けていった。やがてT字路の正面に巨大な窓が並んでいるのが見えてくる。
だが、中庭では日が照っていたのに、外は真っ暗だった。
不思議に思って近づいて行くと、信じられない光景が目に飛び込んでくる。その驚くべき情景にオディールは思わず足が止まった。
なんと、下の方には巨大な碧い惑星が広がっていたのだ。満天の星々の中、雄大に浮かぶ真っ青な巨大な星、それはいきなり現れた大宇宙のアートだった。細い筋を表面に描きながら小さな渦があちこちに巻いている。そのち密な表情は単なる作り物ではない大自然の雄大な営みを表していた。
悠然と流れる天の川を背景に浮かぶ、透明感のある深い碧色に覆われた巨大な惑星にオディールは圧倒され、言葉を失った。