手早く荷物をまとめ、馬車を貸し切りにしてまずは隣街へと旅立った二人――――。

 馬車は壮麗な石造りの城門をくぐり、見渡す限り広がる麦畑の道をカッポカッポとのどかなペースで進んだ。これで王都ともお別れである。

 自分で選んだ道ではあったが、もう二度と戻れないかもしれないと思うと、胸がキュッと苦しくなり、オディールは思わず後ろを振り返った。

 立派な城壁、多くの馬車が行きかう城門、思い出のたくさん詰まったこの国一番の都市が少しずつ小さくなっていく。オディールはキュッと口を結び、つないでいたミラーナの手をギュッと握った。

 ふと横を見るとミラーナも不安そうな瞳で後ろを眺めている。

 これはまずい……。

 オディールは大きく息をつくとニコッと笑顔を作って聞いた。

「ねぇ、この格好で変じゃないかしら?」

 胸に赤い編みひものついたアイボリーのワンピースと、カーキ色のベストを着たオディールは、少し体をひねりながらミラーナに見せる。

 ミラーナは少し驚き、クスッと笑うといろいろな角度からオディールを眺めた。

「素敵だと思うけど……、ファッションはメイドだった私には分からないわ。それより私こそ変じゃない?」

 亜麻色のワンピースにオリーブ色のケープを羽織っていたミラーナは恥ずかしそうに自分の服装を気にする。

「いやいや、とてもお似合いよ? ミラーナは背が高いからなんでも似合うわ。とっても素敵よ!」

 オディールはミラーナの手を両手で握り、ニコッと微笑んだ。

「そ、そうかしら……?」

「僕は嘘言わないよ」

 オディールは綺麗な碧眼でミラーナをのぞきこむ。

 しばらく見つめあう二人……。

「……。ありがと」

 ミラーナは優しくうなずき、ほほ笑むと、オディールの美しいブロンドをそっとなでた。


        ◇


 不安と期待で胸いっぱいの二人を乗せ、馬車はカッポカッポという和やかなリズムで、一面に広がる麦畑をのんびりと進んで行った。

「オディ、私、こんな景色見るの初めてだわ」

 ミラーナは馬車の窓から果てしなく広がる麦畑を眺め、感慨深そうに言った。孤児院では小さな子の面倒を見て、公爵家ではメイドでずっと働きっぱなし。初めて得た休みが大陸の果てまでの旅なのだ。ミラーナはまだその現実に馴染めないような様子で、澄み通るブラウンの瞳を麦畑に向け、ふぅと息をついた。

 オディールはニコッと笑うと馬車の窓から手を出して、祭詞を唱える。

「【風神よ祝福を】」

 さわやかな風がビュウと吹き抜け、広大な麦畑に次々と美しいウェーブを流していく。

「うわぁ、凄いわ……」

 ミラーナはオディールの【お天気】スキルを初めて見て目を丸くする。

「こんなの序の口よ。本気出したら麦畑なんて吹き飛ばせちゃうよ」

 ドヤ顔のオディール。

「やらなくていいからね?」

 ミラーナは眉をひそめ、オディールの手を取ると、心配そうに言った。

「や、やらないよ! でも、スキルランクは上げておきたいな。旅の中で何があるか分からないからね」

「女二人旅だからねぇ……。私もランク上げようかしら」

「いいねいいね! 土魔法育ててゴーレムとか作ろうよ!」

 オディールはノリノリでミラーナの手を取った。

 魔法にはスキルランクとレベルの二つの育成要素がある。スキルランクは魔法を使うたびに育ち、使える魔法の種類と威力が増えていく。レベルは魔物を倒したりすると上がり、魔力ポイント(MP)の上限が増える。しかし、オディールにはチートの無限魔力があるので、レベルは関係なかった。ミラーナもオディールから魔力を注げばどんどん魔法を連発できるので、今は魔法を使ってランクを上げることが大切だった。

「ゴ、ゴーレム? あのゴツいロボットでしょ? 何だか怖いわ」

「何言ってるのよ! ハムスターみたいな小さくてかわいいの作ればいいわ」

「え? そんなこともできるの?」

「図書館で見た本には書いてあったわよ? 作ろ?」

 オディールはミラーナの瞳をのぞきこみ、小首をかしげる。

「それなら……。やってみようかしら……」

「ついでにモビル・アーツも作ってよ。子供の頃からの夢だったんだ!」

 オディールはニヤッと笑うといたずらっ子の笑みを浮かべる。

「モ、モビル・アーツ? 何それ?」

「あー、高さ十八メートルの人型機動兵器さ。後で設計図書くからヨロシク!」

 オディールはノリノリで夢を語る。アニメで活躍していた巨大なロボット、一度実物大模型を見に行ったこともあったが、やはり歩き回って活躍してくれないと物足りない。土魔法ならそれができるかもしれないと思い立って、オディールはワクワクが止まらなくなった。

「機動兵器……? オディはそんなのが好きなのね……」

 ミラーナは不思議そうにウキウキのオディールを見つめる。

 オディールの持つ無限魔力のチートは本来すさまじいもののはずであったが、貴族社会の中では活躍の場面がなかった。それゆえ、今まで真面目に可能性を模索してこなかったが、これからはこのチートで生きていくしかない。何ができるかいろいろ試してみたくなったオディールは、妄想を次々とふくらませるとニヤッと笑った。