その晩、オディールが眠れぬ夜を過ごしていると、耳をつんざくような非常警報が部屋に鳴り響いた。

 ヴィーーン! ヴィーーン!

 セント・フローレスティーナに深刻な危機が迫っているという知らせだ。見過ごすわけにはいかない。

「よりによって、なんで今晩なんだよぉ……」

 オディールは腫れた目をこすりながら、重いため息をこぼし、ベッドから飛び降りると適当に上着を羽織った。

 部屋を出たが、隣室のミラーナが動いている気配は感じられない。ミラーナには招集義務はないので、問題はないのだが、オディールは寂しい想いを抱えて指令室へと急いだ。


         ◇


 指令室にはすでに自警団たちが集まっており、ケーニッヒとトニオが地図を指さし、深刻そうな顔をしていた。

「何があったの?」

「オディール殿、お休みのところ申し訳ない。東方に赤い狼煙ですが……そっちは延々と砂漠が続きその先は海。そちらから何かが来るとは考えにくいのですが……」

「そう? フローレスナイトを出そうか?」

「何を申されます! 領主殿は前線に出てはなりませぬ。ここは、それがしが見てまいりましょう」

 ケーニッヒはそう言うと、自警団から何名かを連れて、颯爽(さっそう)とした足取りで出ていった。

 オディールが窓から東を見つめると、遠くのやぐらで炎が燃え盛り、赤い筋が立ち上がっているのが見えた。

 その瞬く炎の明りにオディールはゾクッと寒気を感じる。かつて受けた破滅の予言が言い知れぬ恐怖と共にフラッシュバックしたのだ。オディールはあまりの息苦しさに思わず胸を押さえた。

 こんな時、ミラーナがいつもそばにいてくれたのに今は独りぼっち。心をえぐるような寂しさがオディールの細い胸を貫き、キュッと口を結んだ。

 やはり告白しておけばよかったのかもしれない。オディールの脳裏に後悔の念がよぎるが、同性愛の告白はリスクが高い。受け入れられなければ気持ち悪がられ、逃げられてしまう。そんなことになってしまったらもう生きていけない。そう考えると、どうしても踏ん切りがつかなかったのだ。

 ふぅと、大きく息をついて窓を閉めようとした時、オディールは西の地平線にも狼煙が上がっているのを見つける。

 は、はぁっ!?

 オディールは驚愕した。信じられないが、西からも侵入者が現れている。こんな状況に直面したことは今まで一度もなかった。

「西からも敵襲! た、大変だ!」

 突然直面した深刻な事態にオディールは恐怖に駆られ、声を裏返らせながら叫ぶ。

 作戦室に緊張が走った。ケーニッヒを始めとする主要メンバーは東へと出発してしまっている。西側へはどう対処したらいいのか対策が見つからず、室内はザワザワとし、不安が渦巻いた。

「何やっとんじゃ! 落ち着けぃ!」

 遅れてやってきたレヴィアは喝を入れる。

「あっ! レヴィちゃん!」

「いいから状況を説明せんかい!」

 説明を受けたレヴィアは地図を眺め、腕を組む。明らかに異常な敵の動き。これをどう考えたらいいのかレヴィアにもピンとこなかった。

「仕方ない、我がちっくら見てこよう」

 どんな敵が来ているかが分からないと対策の打ちようもない。レヴィアはピョンと窓枠に飛び乗ると、そのまま夜空へとダイブしていった。


       ◇


 その頃、卵型ゴーレムに乗り、東のやぐらを目指していたケーニッヒたちは怪しい魔道トラックを見つける。

 魔道トラックは月夜の花畑の中を爆走していたが、ケーニッヒたちを見つけると急に進路を変え、一目散に逃げ始める。

「あ、逃げるぞ!」

 後を追おうとするトニオだったが、ケーニッヒは違和感を覚えた。その姿にはどこか誘っているニュアンスが感じられたのだ。

 ふと、街の方を振り返ったケーニッヒは西の方でも狼煙が上がっているのを見つけ、唖然とする。

 そしてその瞬間、敵の本当の目的に気がついたのだった。

「マズい! 狙いは領主殿だ!」

 ケーニッヒは急いで反転し、全速力でゴーレムを駆って花畑を突っ走った。


       ◇


 同時刻、指令室――――。

 黄金色の淡い光をまといながら西のやぐらへと飛んで行くドラゴンを目で追いながら、オディールは言いようのない不安に包まれていた。

 深夜に東西から同時攻撃、それは手練れの軍師の策略の臭いがする。一体目的は何か……。

 直後、ガシャーン! ガシャーン! と、窓ガラスを割る音が室内に響き渡った。

 屋上から特殊部隊が次々と指令室になだれ込んできたのだ。

 キャァッ! うわぁぁぁ! ひぃぃぃ!

 慌てて逃げようとしたものの、出入り口はすでに剣で武装した黒づくめの男たちに固められ、逃げ場などなくなっていた。

 オディールは顔面蒼白となり、ガタガタと震える。そう、目的はここだったのだ。高度な隠ぺい魔法で屋上に潜み、ケーニッヒたちを引きはがす。それは敵ながらあっぱれな作戦だった。

 オディールは部屋の片隅に放置されていた古びた剣を握りしめ、敵に対峙する。しかし、剣を練習したことすらない彼女にとって、それは単なる虚勢にしか過ぎない。オディールの運命はもはや、風に揺らぐか弱い灯火のように消えかかっていた。

 いきなり訪れた絶望。オディールの心臓は早鐘を打ち、破滅の預言を回避できなかったことに深い無念さが胸を穿(うが)った。