「後は何か?」

 ローレンスは顔を上げ、無機質な視線をオディールに向けた。

「そもそもなんであいつ、攻めてきたんだろう?」

 オディールは腕を組んで首をひねる。

「干ばつ対策を我々にやらせたかったんでしょうね」

「はぁ? 僕にただ働きさせたかったってこと? 頼んで来たら手伝ってあげたのに」

「頭を下げたくなかったんでしょう」

 ローレンスの言葉にオディールは目を丸くする。

「はぁぁぁ、ばっかじゃないの!?」

「馬鹿ですよ? 支配者層なんて馬鹿だらけですよ」

 ローレンスはため息交じりに肩を軽くすくめた。

「でもまぁ、困ってるってことだよね……。そうだ! 賠償金たんまりもらって代わりに雨降らせてあげるっていうのはどうかな?」

「えっ!? そんな敵に塩を送るようなこと……」

 ローレンスは顔をしかめる。

「だって、干ばつで困るのは庶民だしね」

 オディールは溌剌(はつらつ)とした笑みを見せた。

「はぁ……。領主様はお優しいですな。分かりました」

 ローレンスは首を傾げつつ、渋い顔でノートに筆を走らせた。


         ◇


 王子捕縛の一報で王都の宮殿は騒然となった。王子が勝手に魔道トラックを持ち出し、他の街を攻撃したことは疑いようのない違法行為であり、王族といえども許されることではない。

「あの馬鹿もんが!」

 緊急会議の席上で、王都を統べるへーリング国王は激昂し、机をたたきつけると顔を真っ赤にして怒鳴った。

 大陸随一の大国であるへーリング王国、その軍隊の敗北は国の威信を損なう重大問題だった。それも追放した元婚約者の少女にあっさりと全滅させられ、人質として王子は拘禁されているという。考えうる限り最悪の展開だった。

「恐れながら、王子様は王位継承順位第一位のお方、全勢力を上げてでも救出せねばなりません」

 宰相は額に脂汗を浮かべながら、絞り出すように言った。

「分かっとる! で、オプションは?」

「はっ! 交渉か、攻めるか……ですが、攻めるにしても準備に数週間はかかります。開戦準備を進めながら先方の動きを待つのが得策かと」

「数週間も!? 何とかならんのか?」

「次は必ず勝たねば王国は滅びます。万全を期すためにも数週間は必要かと。本来なら数カ月は欲しいところです」

「くぅっ! 公爵家の小娘ごときになぜ王国の存亡がかかるのか!」

 国王は怒りに震え、テーブルをガン!と叩くと、奥歯をきしませた。

 その時、伝令が飛び込んでくる。

「急報です。ハーグルンド国王より緊急の書簡が入っております!」

 国王は不機嫌な顔つきで手紙を受け取ると、急いで封を剥がし、中を見た。

 怒りで国王の頬がピクピク動くのを、会議のメンバーは固唾を飲んで見守る。

「あ奴め! 小娘の肩を持ちおったわい!」

 国王は書簡を宰相に放り投げ、頭を抱えた。

 そこには『仲裁してやるから十万金貨をもってセント・フローレスティーナに来い』ということが書かれており、会議のメンバーにどよめきが広がる。十万金貨というのは国家予算の一割ほどの金額、そう簡単には用意できない。しかし、戦争となれば戦費はもっとかかるだろう。そういう意味では受け入れられなくもない、しっかりと考えられた賠償額だった。

「あのバカ一人に十万金貨! 親不孝者めが!」

 国王は憤怒に燃える瞳で奥歯をギリギリと鳴らした。


       ◇


 翌日、急ぎハーグルンドへ(おもむ)いた国王は、次の日、ハーグルンド国王と共に船でセント・フローレスティーナを目指した。

 船は砂漠のど真ん中を軽快に飛ばしていく。しかし、見渡す限り岩だらけの荒野が広がるばかり。心労の重い国王には気が滅入る光景だった。

「ハーグルンド殿、お主はなぜあんな小娘の小国なんぞと国交を持ったんじゃ?」

 疲労の滲む国王は紅茶をすすりながら聞いた。

「こういうと信じられんかもですが、国を守るためですな」

 ハーグルンドは肩をすくめ、首を振って見せる。

「あの小娘の国が脅威? そんな馬鹿な……」

「事実、お主のせがれは完敗。それを裏付けてますな」

 ハーグルンドはニヤリと笑いながら豊かなヒゲをなで、国王は忌々しそうに唇を強く結んだ。

 半年ほど前、追放された十五歳の小娘。それがあっという間に力をつけ、ハーグルンドにすら恐れられている。一体なぜこんな存在にまで大きくなってしまったのか? 国王は首をひねり、憂いに満ちたため息を漏らした。