その後、次々と賊が送り込まれてきたが、ケーニッヒがことごとく看破し、芽を摘んでいく。剣聖は単に強いだけでなく、鑑識眼も相当なものだったのだ。
賊を送り込んでいるのは王子だった。王子は失敗の報告を受けるたびにヒステリーを起こし、ティーカップを投げつける。
「もういい! 俺が行く! どうせ奴らは軍隊を持たんのだろう? 三百人もいれば一気に攻め落とせる」
王子は鼻息荒く言い放った。
「いや、先方は砂漠の向こう数百キロですよ? そもそも着く前にみんな倒れてしまいます」
手下は反論する。そもそも軍隊で攻め込むこと自体、バレたら大問題なのだ。
「ふんっ! 砂漠を渡る方法なら既に考えてある。金に糸目はつけん! 俺の私兵と傭兵合わせて三百、直ちに準備せよ!」
「わ、分かりました。金かけていいならそりゃ、いくらでも……。へへへ……」
こうしてついに二人の確執は軍事侵攻へと発展していってしまうことになる。
◇
その頃、オディールたちは南の街ハーグルンドを統べる王家の宮殿に来ていた。ローレンスの計らいで国交を樹立するべく交渉にやってきたのだった。
煌びやかなインテリアの謁見室に呼ばれたオディールたちは、赤じゅうたんの上を歩く。
オディールは純白に赤い縁取りの礼装に身を包む。胸のあたりには金の糸で花柄の刺しゅうを施してあった。
王都の宮殿と比べるとこぢんまりとしているが、南国らしく開放的な室内には気持ちいい風が吹いている。オディールは微笑みながら先頭を切って歩く。公爵令嬢時代に嫌というほど叩き込まれた背筋をピンと伸ばした流麗な歩き方で、誰しも一目置く華やかさを醸し出していた。
国王の前に立ったオディールは上品にドレスの裾をつまみ上げ、気品ある所作で腰を落とし、挨拶をする。
「セント・フローレスティーナ領主、オディール・フローレスティーナにございます。ハーグルンドの太陽にご挨拶いたします」
「その方か、我がハーグルンドと国交を持ちたいというのは?」
まだ子供のような少女が出てきたことに国王はけげんそうな顔をして、ぶっきらぼうに聞いた。
サラリーマン時代の粗雑な対応に慣れているオディールは、そんな国王の無礼な態度にも顔色一つ崩さない。
「我がセント・フローレスティーナは豊かな聖水に恵まれた花の街、国交はお互いにとってメリットしかないと思いますわ。まずはどうぞお試しになって」
オディールはそう言うとマジックバッグから木箱を取り出し、中から小瓶を拾い上げると頭の薄い側近の中年男に手渡した。
男は眉をひそめ、瓶の中をのぞきこむ。そこには金箔のようにキラキラと光を放つ微粒子がたくさん舞っていた。
「これは……、なかなか質は良さそうですが……」
「飲んでみよ」
国王は男に命じた。
「えっ!? ……。わ、分かりました……」
男は目をギュッとつぶりながら一気に飲み干す。
んんっ!? お、おぉぉぉぉ……。
男は目を真ん丸に見開き、胸を押さえて固まった。
「なんじゃ! 毒か!?」
様子を見守っていた文官や貴族たちはどよめく。
直後、中年男は全身から眩しい黄金の光を放った。
うわぁ! ひぃ!
騒ぎになる謁見室。
しかし、光が収まってくると、そこには頭からふさふさの黒髪を生やした中年男が恍惚の表情を浮かべてたたずんでいた。
はぁっ!? えっ!?
聖水がもたらした恩恵にみんな仰天する。いまだかつてこんな強烈に効く聖水など見たことも聞いたこともなかったのだ。
「国王陛下! どんな影響があるか分からないので私も毒見いたします!」「わたくしめも!」「いや、わたしも!」
文官や貴族は先を争って聖水の小瓶を奪い合い、どんどん飲んでいった。
次々と健康体へとなっていく男たちを眺め、オディールはニヤッと笑う。
「このような品、我がセント・フローレスティーナにしかございませんわ」
国王は眉をひそめ、ひげをなでながら側近たちが元気になっていく様を眺めていた。
「なるほど……。君の街に魅力があるのは分かった。だが、街づくりはママゴトじゃない。ちゃんとした国防力が無いところとは怖くて国交は結べんよ? ん?」
国王はいやらしい笑みを浮かべながらオディールの身体をジロジロと見回した。
「国防は完璧ですわ。大陸最高の防衛力があると自負しております」
オディールはさりげなく腕で胸を隠しながら引きつった笑いを浮かべる。
「大陸最高だと……? わが軍よりも強いと申すか!?」
気色ばむ国王。
「恐れながら事実を申し上げたまでです」
オディールは笑みを浮かべたまま一歩も引かない。
「我が国軍への侮辱! 陛下! この者たちとの模擬戦の許可を!」
横に控えていた騎士団長がムキムキの腕を誇示しながら叫んだ。
「こう言っとるが、わが軍より強いなら引かんよなぁ?」
国王はいやらしく笑う。
「分かりましたわ。さて……誰が出る?」
オディールはキラっと嬉しそうに目を光らせると、後ろを振り返った。
賊を送り込んでいるのは王子だった。王子は失敗の報告を受けるたびにヒステリーを起こし、ティーカップを投げつける。
「もういい! 俺が行く! どうせ奴らは軍隊を持たんのだろう? 三百人もいれば一気に攻め落とせる」
王子は鼻息荒く言い放った。
「いや、先方は砂漠の向こう数百キロですよ? そもそも着く前にみんな倒れてしまいます」
手下は反論する。そもそも軍隊で攻め込むこと自体、バレたら大問題なのだ。
「ふんっ! 砂漠を渡る方法なら既に考えてある。金に糸目はつけん! 俺の私兵と傭兵合わせて三百、直ちに準備せよ!」
「わ、分かりました。金かけていいならそりゃ、いくらでも……。へへへ……」
こうしてついに二人の確執は軍事侵攻へと発展していってしまうことになる。
◇
その頃、オディールたちは南の街ハーグルンドを統べる王家の宮殿に来ていた。ローレンスの計らいで国交を樹立するべく交渉にやってきたのだった。
煌びやかなインテリアの謁見室に呼ばれたオディールたちは、赤じゅうたんの上を歩く。
オディールは純白に赤い縁取りの礼装に身を包む。胸のあたりには金の糸で花柄の刺しゅうを施してあった。
王都の宮殿と比べるとこぢんまりとしているが、南国らしく開放的な室内には気持ちいい風が吹いている。オディールは微笑みながら先頭を切って歩く。公爵令嬢時代に嫌というほど叩き込まれた背筋をピンと伸ばした流麗な歩き方で、誰しも一目置く華やかさを醸し出していた。
国王の前に立ったオディールは上品にドレスの裾をつまみ上げ、気品ある所作で腰を落とし、挨拶をする。
「セント・フローレスティーナ領主、オディール・フローレスティーナにございます。ハーグルンドの太陽にご挨拶いたします」
「その方か、我がハーグルンドと国交を持ちたいというのは?」
まだ子供のような少女が出てきたことに国王はけげんそうな顔をして、ぶっきらぼうに聞いた。
サラリーマン時代の粗雑な対応に慣れているオディールは、そんな国王の無礼な態度にも顔色一つ崩さない。
「我がセント・フローレスティーナは豊かな聖水に恵まれた花の街、国交はお互いにとってメリットしかないと思いますわ。まずはどうぞお試しになって」
オディールはそう言うとマジックバッグから木箱を取り出し、中から小瓶を拾い上げると頭の薄い側近の中年男に手渡した。
男は眉をひそめ、瓶の中をのぞきこむ。そこには金箔のようにキラキラと光を放つ微粒子がたくさん舞っていた。
「これは……、なかなか質は良さそうですが……」
「飲んでみよ」
国王は男に命じた。
「えっ!? ……。わ、分かりました……」
男は目をギュッとつぶりながら一気に飲み干す。
んんっ!? お、おぉぉぉぉ……。
男は目を真ん丸に見開き、胸を押さえて固まった。
「なんじゃ! 毒か!?」
様子を見守っていた文官や貴族たちはどよめく。
直後、中年男は全身から眩しい黄金の光を放った。
うわぁ! ひぃ!
騒ぎになる謁見室。
しかし、光が収まってくると、そこには頭からふさふさの黒髪を生やした中年男が恍惚の表情を浮かべてたたずんでいた。
はぁっ!? えっ!?
聖水がもたらした恩恵にみんな仰天する。いまだかつてこんな強烈に効く聖水など見たことも聞いたこともなかったのだ。
「国王陛下! どんな影響があるか分からないので私も毒見いたします!」「わたくしめも!」「いや、わたしも!」
文官や貴族は先を争って聖水の小瓶を奪い合い、どんどん飲んでいった。
次々と健康体へとなっていく男たちを眺め、オディールはニヤッと笑う。
「このような品、我がセント・フローレスティーナにしかございませんわ」
国王は眉をひそめ、ひげをなでながら側近たちが元気になっていく様を眺めていた。
「なるほど……。君の街に魅力があるのは分かった。だが、街づくりはママゴトじゃない。ちゃんとした国防力が無いところとは怖くて国交は結べんよ? ん?」
国王はいやらしい笑みを浮かべながらオディールの身体をジロジロと見回した。
「国防は完璧ですわ。大陸最高の防衛力があると自負しております」
オディールはさりげなく腕で胸を隠しながら引きつった笑いを浮かべる。
「大陸最高だと……? わが軍よりも強いと申すか!?」
気色ばむ国王。
「恐れながら事実を申し上げたまでです」
オディールは笑みを浮かべたまま一歩も引かない。
「我が国軍への侮辱! 陛下! この者たちとの模擬戦の許可を!」
横に控えていた騎士団長がムキムキの腕を誇示しながら叫んだ。
「こう言っとるが、わが軍より強いなら引かんよなぁ?」
国王はいやらしく笑う。
「分かりましたわ。さて……誰が出る?」
オディールはキラっと嬉しそうに目を光らせると、後ろを振り返った。