その晩、オディールとミラーナは早めに眠りについた。

 二人はセントラルに近い居住棟の最上階で、ピュルルとピーリルに警護してもらいながら暮らしている。

 夜半にドガッ! ガスッ! という衝撃音が響き、二人は目を覚ました。ミラーナは慌ててオディールの部屋にやってくる。

「な、何があったの?」「さぁ? なんだろう?」

 目をこすりながら顔を見合わせる二人。

 直後、ガチャガチャという音がしてドアのカギが開けられ、誰かが入ってくる。

 開けられるはずのないドアが開けられた。

 ここに来て二人は深刻な事態に陥ったことを理解し、青い顔をして震えあがる。

 ピィッ!

 侵入者に飛びかかるピーリルであったが、あっという間に腕を斬られ、怪しい魔道具で殴られるとズン! という音とともに吹き飛ばされた。

 ぐぅぅぅ……。

 力無いうめき声をあげたピーリルは、倒れてきた食器棚の下に埋もれて動かなくなった。

 直後、寝室のドアをバンと蹴破ってリーダー格の男が入ってくる。男は黒装束に短剣を構え、無駄のない動きでオディールに迫る。

「きゃぁぁぁ!!」「ひぃぃ!」

 想定外の賊の侵入に慌てて逃げようとする二人。

「お嬢ちゃん、どこへ行こうというのかね?」

 男はいやらしい笑みを浮かべながら短剣をちらつかせ、オディールを威圧する。

「い、いやぁ……」

 逃げ道をふさがれたオディールは首を振りながら後ずさり。

 男はオディールにすっと駆け寄ると、眼にもとまらぬ速さで頭を蹴った。

 ガスッ!

 鈍い音がしてオディールは崩れ落ちる。

 続いてミラーナに迫ろうとする男だったが、オディールが朦朧(もうろう)としながらも必死になって男にしがみつく。

「ミ、ミラーナ……、逃げて……」

「邪魔すんな!」

 男はオディールの顔を蹴り上げ、オディールはもんどりうって転がった。

「きゃぁっ!!」

 慌ててドアから逃げようとするミラーナ。

 しかし、ドアの向こうには他の男がニヤけながら立っていたのだった。

「残念でしたー!」

 男はニヤッと笑うと、ミラーナのお腹を思いっきり蹴り抜き、ミラーナは吹き飛んで床に転がった。

 ぐふっ……。

 何とか立ち上がろうとするミラーナだったが、さらに男に頭を蹴られ、意識を飛ばされる。

「よーし、お仕事完了! ターゲットはこの娘だったかな?」

 リーダー格の男はオディールの金髪をむんずとつかむと乱暴に持ち上げた。鮮やかな赤い血が鼻から頬を伝い流れていく。何とか足掻(あが)きたいオディールだったが、脳震盪(のうしんとう)で体が言うことを聞かず、ただ、うつろな目で男を眺めるばかりだった。

「うんうん、違えねぇ。上玉だがまだちと青いか」

 リーダー格の男はオディールの顔をいやらしく舐めるように見る。

 その時だった、入り口の方で、ギャッ! グハッ! と悲鳴が響く。

「何だこの野郎!」

 ミラーナを制した男が短剣を取り出すと駆けていったが、すぐにゴフゥ! と悲痛な声を上げながらもんどりうって倒れた。

 リーダー格の男は息をのむ。もう何年もこの稼業をやっているが、仲間がこんな簡単に倒された事はない。それなりの腕利きを揃えて万全の態勢で来たはずだったのだ。

 男の額にはじわっと脂汗が浮かぶ。

 ふらりとケーニッヒがベッドルームに入ってくる。手にはホウキの柄を持ってゆらゆらと揺らしている。

 男は得意の短剣術で乗り切ろうとしたが、すぐにその考えが無謀であるということに気づく。ケーニッヒには全く隙が無かったのだ。その完成された所作、気迫にはどんな技も通用するイメージが持てなかった。一体どこまで鍛えたらここまでになれるのだろうか?

 男はギリッと奥歯を鳴らすとオディールをベッドに転がし、のど元に短剣を当てた。

「動くな! この娘がどうなってもいいのか?」

 フゥフゥと男の荒い息が部屋に響く。

 ケーニッヒはチラッとオディールを見る。

「私はこの街の者じゃない。その娘が誰かも知らん。ただ、乱暴するのは……いかがなものか……」

「なるほど……。そういう事なら金貨百枚出す。だから見逃してくれ。こいつは多くの人を苦しめる大悪人、正さねばならんのだ!」

 ケーニッヒは少し考える。剣聖とは言え短剣がのど元にあるうちは動けない。

「ほら、金貨だ!」

 男は巾着袋をポケットから出すとケーニッヒの足元に放った。

 慌てて巾着袋を叩き落とすケーニッヒだったが、その瞬間ボン! と、爆発音とともに激しい閃光が部屋を埋め尽くす。

 くっ!

 ケーニッヒは目をやられ、何も見えなくなった。男の巧みな戦術にやられたケーニッヒは、現役から離れていたブランクの大きさにギリッと奥歯を鳴らす。

 その隙に男はオディールを担ぐとダッシュで部屋を抜け出していく。

「くはは、逃げるが勝ち。あばよ!」

 男はオディールを担いだまま階段をダッシュで駆けおりていった。後は待たせてある船に乗って逃げるだけ。これで金貨三百枚が手に入る。それは三年は働かずに済む大金だった。

 ハッハーイ!

 任務達成の高揚感が男を包んでいく。

 だが、三階まで降りてきた時だった、薄暗がりの中、誰かが立っているのを見つけ、慌てて急停止する。

 それは目をつぶり、夜風に長髪をたなびかせている男、ケーニッヒだった。