【お天気】スキルを馬鹿にされ、追放された公爵令嬢。不毛の砂漠に雨を降らし、美少女メイドと共に甘いスローライフ~干ばつだから助けてくれって言われてももう遅い~

オディールはコクピットの座席に座り、辺りを一望する。セントラルや豪華客船のような居住棟群が並ぶ湖はキラキラと日の光に輝き、右手には花畑の向こうにロッソがたたずんでいる。

 おぉぉぉぉ……。

 素晴らしい見晴らし、巨体がもたらすずっしりとした安定感に嬉しくなったオディールは後ろを見上げた。

 そこには兜の中で多角形の目が黄金に光り輝いている。子供の頃、プラモデルを手に持って、空想の世界の中で一緒に遊んだモビル・アーツ。今、自分はそれに搭乗しているのだ。

「くふぅ、やった、やったぞ!」

 オディールは何度もガッツポーズを見せ、叫ぶ。異世界に来て一つ夢をかなえたオディールは有頂天だった。

「よーし、フローレスナイト! 前進だ、シュッパーツ!」

 グォッ!

 ズーン! ズーン! と、派手に地響きを響かせながらフローレスナイトは花畑の中を歩き始める。

 一歩で五メートルほど進むフローレスナイトは、綺麗なフォームで愚直にまっすぐに歩いていった。

「おぉ! 卵とは違うのだよ、卵とは!」

 興奮したオディールは思わず叫ぶ。

 ただ、コクピットの中は結構揺れる。

「乗り心地は……いまいちよね……」

 ミラーナは座席のひじ掛けにしがみつきながら渋い顔でオディールを見た。

「ま、まあ、馬に乗ったようなものだよ」

 オディールはひきつった笑顔で答える。何しろ乗り心地なんて全く考慮していなかったのだ。


 畑の方を見ると、農作業をしていた人たちが集まって大騒ぎになっている。いきなりこんな巨大な機動兵器が現れたのだ。驚くのも無理はない。

 オディールはキャノピーを開くと、みんなに手を振った。

 するとフローレスナイトも真似して、大きな手をゆっくりと振る。

 その様子を見たみんなは一瞬どういうことか戸惑ったものの、すぐに大きな歓声を上げて手を振り返してきた。

 うぉぉぉぉ! うわぁぁ!

 キラキラと光る湖を背景に花畑を行く近未来的な巨大機動兵器。その圧倒的な存在感は、見ていたみんなには新時代の守護神の降臨に映ったのだ。

 喜ぶみんなを見ながら、フローレスナイト作りは正解だったとオディールはグッとこぶしを握り、ニヤッと笑った。新たな世界を提案していく花の都セント・フローレスティーナにはこういうアイコンが必要なのだ。

 オディールは立ち上がり、天高くこぶしを突き上げる。

「セント・フローレスティーナに栄光あれ!」

 おぉぉぉ!

 みんなも真似してこぶしを高くつき上げ、畑には歓声が響き渡った。

 ミラーナは嬉しそうにはしゃぐオディールをやさしい目で見つめる。オディールがずっと欲しがっていたものの魅力を少し分かったようだった。


 と、その時、湖の方からボーッボーッ! と警笛が響いてきた。振り返ると二(そう)の船が異常接近している。

 どうやら運河から出てきた貨物船とセントラルへ向かう旅客船が、同じ方向に避けあってしまって衝突コースに乗ってしまったようである。

「あっ! 危ない!」

 直後、激しい衝撃音が響き渡り、旅客船は貨物船のどてっぱらに突き刺さってしまった。旅客船の方は舳先(へさき)が壊れ浸水してしまっている。

「あわわわ……。助けに行かなきゃ! フローレスナイト、GO!」

 グォッ!

 オディールたちは急いで救助に向かった。


       ◇


 時をさかのぼること六時間――――。

 往年の剣聖【ケーニッヒ】はセント・フローレスティーナで開始された湯治ツアーのうわさを聞きつけ、ハーグルンドの港から船に乗った。
 ケーニッヒは【剣聖】のスキルを持つ凄腕剣士として、多くの上級魔物を斬り裂いて街を守り、武闘会では優勝し、その名を大陸にとどろかせていた。しかし、四十歳を機に現役を引退し、今ではのんびりと余生を送っている。

 体力の衰えもあるが、過去の多くの戦闘で負った古傷が加齢と共にうずくようになり、とても戦闘できる状態になかったのだ。

 船に乗ること半日、カーキ色のショートマントにハンチング帽をかぶった長い黒髪姿のケーニッヒはついにセント・フローレスティーナの全貌を目にする。

「はぁーー、なんじゃこりゃぁ……!? 造った奴はどえらい阿呆(あほう)だな、はっはっは」

 砂漠のど真ん中に花畑に囲まれた湖があって、豪華客船のようなビル群が林立し、船が多く行きかっている。それはとても現実とは思えない想像を絶する桃源郷に見えた。

 と、その時、警笛が鳴り響く。

 見ると貨物船がこっちに突っ込んでくるではないか。

「皆さん! うずくまって何かにつかまり、衝撃に備えて下さーい!」

 アテンダントは青い顔をして絶叫した。

 船長は一生懸命に舵を切るが、もはや手遅れに見える。

 キャーー! ひぃぃぃ!

 悲痛な叫びが響き渡った直後、激しい衝撃が船を襲い、乗客はあちこちに身体を打ちつけた。

 ぐはぁ! ゴフッ!

 うめき声が響き、嫌な静けさが船内に流れる。

 顔を上げると、舳先(へさき)が壊れ、水が船内に入り込み始めている。

「これはマズい……」

 ケーニッヒは顔をしかめた。乗客には高齢者も多い。このままでは多くの人が水に沈んでしまう。残念ながら【剣聖】スキルは人助けには向いていない。自分が助けられるとしても一人二人が限界だろう。

 その時だった。

 ズシーン! ズシーン! と、地響きが聞こえてくる。何かと思って振り返ったケーニッヒは目を疑った。そこには見たことも聞いたこともない超巨大なナニカが土手を走っていたのだ。

 大騒ぎしていた乗客たちはその巨大なロボットに度肝を抜かれ、言葉を失う。

 大きさもさることながら、厳つくメカメカしい未来的なフォルムにみんな釘付けとなった。この世界ではゴシック様式の直線を基本としたデザインが至高とされてきたが、このロボットは流れるような流線型を巧みに生かして力強い機能美を実現している。まるで異世界からやってきたようなその圧倒的な造形はみんなの心をグッと掴んだ。

 すると、その巨大ロボットは湖に進み、ジャバジャバと水しぶきを上げながら近づいて来るではないか。

「みなさーん、今助けまーす!」

 胸のところに乗っている金髪の少女が手を振りながら叫んでいる。

 ここにきてようやくみんな、このロボットが乗り物だということに気が付いた。しかし、こんな巨大なロボットは見たことも聞いたこともない。トゲのような装飾をつけた兜の中では多角形の目が黄金色に輝き、自分たちを見つめている。表情もないその巨大ロボットの視線にみんな戸惑いの表情を浮かべた。

 ロボットは船を両手でつかむとゆっくり持ち上げる。

 おぉぉぉ……。うわぁぁ……。

 船内にどよめきが広がり、足元に迫っていた水はザザー! と、音をたてながら船外へ流れ落ちていく。

 ロボットは船を持ち上げたまま丁寧に一歩一歩湖を進み、岸辺までくると、土手の上にそっと船をおろす。

 こうして無事、全員が救助された。沈没必至の大事故はこうしてロボットのファインプレーで事なきを得たのだった。

「事故に遭わせてしまってごめんなさい。皆さん無事ですかね?」

 少女は唖然として言葉を失っている乗客たちを見回し、うなずくと、あとを船長に任せて立ち去っていく。

 ズシーン、ズシーンと、地響きをたてながら巨大ロボットは花畑の丘の向こうへと消えていった。

 乗客たちは一体何を見たのかよく分からないまま、お互い顔を見合わせ、首をひねる。

 ケーニッヒはとんでもないものを見てしまったことに心がザワついていた。もちろんダンジョンでゴーレムと戦ったこともあったが、大きさは精々数メートルだった。あんな見上げるほどのサイズではない。

『もし、あれが敵として出てきたら自分は勝てるのだろうか?』ケーニッヒは腕を組み、うなった。しかし、何度シミュレーションしても勝ち筋は見えない。たとえ全盛期の自分だったとしても難敵と言わざるを得なかった。

 ケーニッヒは大きくため息をついて首を振る。湖の中の巨大構造物にしてもロボットにしても、ここは尋常ならざるところだとケーニッヒはギュッとこぶしを握った。

          ◇

 その後、代わりの船で運ばれ、セントラルの十階に作られたホテルにチェックインしたケーニッヒは、早速聖水風呂に浸かってみる。

 それはちょうどいい湯加減でじんわりと古傷を温めた。

「ふぅ、いい湯加減だ……。続いてこれを……」

 配られた聖水の瓶を開けて一気に飲み干す。スパイスの効いたハーブティーのようなピリッとした刺激がブワッと口の中に広がった。

 刹那、全身に熱いエネルギーがみなぎり、古傷が激しく痛みだす。

「ぐわぁ! な、なんだこれは……」

 あまりの痛みに悶絶(もんぜつ)していたケーニッヒだったが、直後、痛みは快感へと変わっていく。

 おぉ、おぉぉぉぉ……。

 目の前をビカビカする極彩色の幾何学模様がグルグルと(うごめ)き、快感の絶頂へと昇り詰めていく。やがて、まるで母の胎内へ帰っていくような圧倒的な安らぎがやってくる。

 それは全身の細胞が全部作り替えられていくような、生命の根源へ回帰する衝撃的な体験だった。グルングルンと目が回り、ケーニッヒは意識が遠くなっていく。

 う?

 気がつくと辺りはうす暗くなり、目の前でロッソが真っ赤に萌えている。もう夕暮れになっていたのだ。いつの間にか数時間が経っていたらしい。

 ザバッと立ち上がってみて驚いた。身体が軽いのだ。

「おぉ、こ、これは……」

 ケーニッヒは隅に置いてあった掃除用ブラシを取ると、クルクルッと木の()だけにし、ヒュンヒュンとふりまわす。

 うん。

 そう言って軽くピョンピョンと跳んだケーニッヒは、基本の剣技の型を繰り出した。

「三の型、鳳凰!」

 肩を前に出し、剣先を斜め下にした構えから、ヒュンと手首を返しつつ眼にもとまらぬ速さの斬撃、そして間髪入れずに今度はステップを生かして斜め下から斬り上げる。

 ブゥン!

 刹那、木の柄はまるでライトサーベルのように青く輝き、衝撃波が宙を舞った。

 キィン。

 金属がはじけたような音がして、御影石の手すりが割れ、飛び散る。

 痛みもなく、スムーズに繰り出せた斬撃はまるで全盛期のような鋭さを放ち、それに【剣聖】のスキルが呼応したのだ。

 お、おぉ……。

 ケーニッヒは驚き、呆然としながら木の柄を眺める。まさかまた【剣聖】スキルを使えるようになるとは思ってもみなかったのだ。

『俺の人生はまだ終わっていなかった……』

 現役を引退し、日に日に衰えていく身体は残酷な現実としてケーニッヒの心まで蝕み、酒の手放せない暮らしとなってしまっていた。そんな中で(わら)をもつかむ思いでやってきたセント・フローレスティーナ。それは大正解だった。この奇跡にケーニッヒの心は震え、ギュッと木の柄を握り締める。

 知らぬ間にケーニッヒのほほを涙が伝った。

「ここに来て……よかった……」

 ケーニッヒは星の瞬きだした群青色の天を仰ぎ、この素晴らしい花の街に対する限りない感謝の気持ちに包まれていく。

「新しい人生をありがとう……」

 ケーニッヒは涙をぬぐうとロッソに手を合わせた。

 ディナーでは花のピザなどのセント・フローレスティーナの名物料理が次々と出てきた。どれも見たこともない独創的な料理であったが、花をふんだんに使った大胆な構成ながら繊細な味付け、上質な盛り付けにケーニッヒは感嘆した。花びらのほろ苦さはいいアクセントになってグッと料理を引き立てていたし、何よりも見た目が今まで食べたどんな料理より華やかだった。

「お茶をどうぞ……」

 まだ若いウェイトレスが慣れた手つきで紅茶を注いでくれる。

「あ、ありがとう。美味しかったよ」

「うふふ、そうですか、良かったです」

 少女はブラウンの瞳を嬉しそうに輝かせてほほ笑んだ。

「あ、そうだ。風呂場の手すりを壊しちゃったんだ……。弁償するので見てもらえないかな?」

 ケーニッヒは申し訳なさそうに少女を見た。

「あー、手すりですね。後で直しておくので大丈夫です!」

 ニッコリと笑う少女だったが、ケーニッヒは首をかしげた。

「あ、いや、派手に壊しちゃったんだよ。そう簡単には……」

「大丈夫ですよ。だって、この建物全部私が作ったんです」

 少女は嬉しそうにほほ笑んだ。だが、ケーニッヒは何を言っているのか分からなかった。言葉通り受け取れば、この十階建ての巨大建築物を彼女が一人で作ったということだったが、そんなことあり得ないのだ。

「作ったって……、この床とか壁とか?」

「そうですよ? 柱を十メートル間隔でドンドンって生やして……」

「生やしたって……土魔法……かな? 失礼だけどあなた、スキルランクは?」

「二十を超えたあたり……ですかね?」

 さらっととんでもない数字を口にして、小首をかしげる少女にケーニッヒは絶句した。Sランクパーティで組んでいた最高級魔法使いのスキルランクは十五だった。それもアラサーでである。目の前の少女はどう見てもまだ成人もしていない。それなのにランクは二十を超えているという。本当だとしたら人類最高レベルの魔法使いなのだ。なぜこんなところでウェイトレスなどやっているのか?

 あまりのことに混乱したケーニッヒは、湧き上がってくる疑問をうまく言葉にできない。

 ピュイッピュイッ!

 ピュルルがワゴンを押してくる。

「あ、手伝ってくれるの? 偉いわね」

 少女はピュルルをなでると食べ終わった食器をワゴンに移していく。

 ピュイー!

 ゴーレムは嬉しそうに答える。

「も、もしかしてそのゴーレムも君が?」

 複雑な処理をこなす優秀なゴーレムは高いスキルランクが無いと作れない。そして、このゴーレムの態度は少女が創造者であることを表していた。

「そうですよ?」

「失礼だけど、その……、若いのにすごいね」

「うふふ、ありがとうございます。でも領主は私より若くてもっとすごいですよ」

 はぁっ?

 ケーニッヒは唖然とした。砂漠の真ん中に未来的な水の都を開いたのは子供だという。もし、それが本当だとしたらとんでもない事だ。これは時代が変わる。

 と、この時、ケーニッヒはこの少女のことを思い出した。船を助けてくれた超巨大ロボットに乗っていたもう一人の少女、その人だった。となると、あのロボットもこの娘が作ったのかもしれない。

 この砂漠の街を中心に世界がガラッと変わってしまう予感に、ケーニッヒはブルッと震えた。

「そろそろ行かないとなので……」

 少女はニコッと笑い、頭を下げると次のテーブルへと移動していった。


       ◇


 少女たちの作った不思議な街、セント・フローレスティーナ。ケーニッヒはこれをどう捉えたらいいのか分からず、夜風に当たろうとセントラルをぶらぶらと歩いた。

 下層階には飲食店やバー、雑貨屋が開いていて多くの人が行きかっている。みんな笑顔で楽しそうにしていて、ケーニッヒも自然と笑顔になってきた。

 笑顔の溢れる街、そんな今まで体験したことの無い新鮮な感覚にケーニッヒはこの街の未来が楽しみになる。何しろ貴族の圧政で不景気が蝕む既存の街では犯罪も多く、みんなピリピリとしていたのだ。

 その時、向こう側から四人の男が歩いてくる。表情にはやや緊張の色が見られ、ジャケットの中だから見えないが、脇腹の所に何かをぶら下げているようだった。そして、その足運びにはしっかりと地面を捉える訓練を受けた者独特の癖が見受けられる。

 普通の人なら気づかないレベルだったが、明らかに浮いているようにケーニッヒには見えた。

 農民がほとんどのこの街にそぐわない異様な四人組が気になって、ケーニッヒは静かにやり過ごすと後を追ってみる。

 男たちが入っていったバーを確認すると、ケーニッヒも間を開けて入り、彼らの近くのカウンターに座った。

 エールを傾けながら聞き耳を立ててみたものの、酒の味がどうの、女がどうのとつまらない話をしている。

 しばらく聞いていたが、笑いどころの分からない話で笑い、突っ込みもセンスがない。だんだん辛くなってきた。

 単なる思い過ごしだったと思ってふぅと息をつき、エールをゴクリと飲む。

 その時だった――――。

「今晩だしな。酒はこのくらいにしておこう」

 リーダー格の男が意味深なことをつぶやき、店員に会計を依頼した。

 いぶかしく思っていると、部下が決定的なことを言う。

「成功させておねーちゃんの店でパーッとやりましょう!」

「バカ! 声が大きいんだよ!」

 ケーニッヒは大きく息をつくと、軽くうなずき、エールをグイッと一気にあおった。



 その晩、オディールとミラーナは早めに眠りについた。

 二人はセントラルに近い居住棟の最上階で、ピュルルとピーリルに警護してもらいながら暮らしている。

 夜半にドガッ! ガスッ! という衝撃音が響き、二人は目を覚ました。ミラーナは慌ててオディールの部屋にやってくる。

「な、何があったの?」「さぁ? なんだろう?」

 目をこすりながら顔を見合わせる二人。

 直後、ガチャガチャという音がしてドアのカギが開けられ、誰かが入ってくる。

 開けられるはずのないドアが開けられた。

 ここに来て二人は深刻な事態に陥ったことを理解し、青い顔をして震えあがる。

 ピィッ!

 侵入者に飛びかかるピーリルであったが、あっという間に腕を斬られ、怪しい魔道具で殴られるとズン! という音とともに吹き飛ばされた。

 ぐぅぅぅ……。

 力無いうめき声をあげたピーリルは、倒れてきた食器棚の下に埋もれて動かなくなった。

 直後、寝室のドアをバンと蹴破ってリーダー格の男が入ってくる。男は黒装束に短剣を構え、無駄のない動きでオディールに迫る。

「きゃぁぁぁ!!」「ひぃぃ!」

 想定外の賊の侵入に慌てて逃げようとする二人。

「お嬢ちゃん、どこへ行こうというのかね?」

 男はいやらしい笑みを浮かべながら短剣をちらつかせ、オディールを威圧する。

「い、いやぁ……」

 逃げ道をふさがれたオディールは首を振りながら後ずさり。

 男はオディールにすっと駆け寄ると、眼にもとまらぬ速さで頭を蹴った。

 ガスッ!

 鈍い音がしてオディールは崩れ落ちる。

 続いてミラーナに迫ろうとする男だったが、オディールが朦朧(もうろう)としながらも必死になって男にしがみつく。

「ミ、ミラーナ……、逃げて……」

「邪魔すんな!」

 男はオディールの顔を蹴り上げ、オディールはもんどりうって転がった。

「きゃぁっ!!」

 慌ててドアから逃げようとするミラーナ。

 しかし、ドアの向こうには他の男がニヤけながら立っていたのだった。

「残念でしたー!」

 男はニヤッと笑うと、ミラーナのお腹を思いっきり蹴り抜き、ミラーナは吹き飛んで床に転がった。

 ぐふっ……。

 何とか立ち上がろうとするミラーナだったが、さらに男に頭を蹴られ、意識を飛ばされる。

「よーし、お仕事完了! ターゲットはこの娘だったかな?」

 リーダー格の男はオディールの金髪をむんずとつかむと乱暴に持ち上げた。鮮やかな赤い血が鼻から頬を伝い流れていく。何とか足掻(あが)きたいオディールだったが、脳震盪(のうしんとう)で体が言うことを聞かず、ただ、うつろな目で男を眺めるばかりだった。

「うんうん、違えねぇ。上玉だがまだちと青いか」

 リーダー格の男はオディールの顔をいやらしく舐めるように見る。

 その時だった、入り口の方で、ギャッ! グハッ! と悲鳴が響く。

「何だこの野郎!」

 ミラーナを制した男が短剣を取り出すと駆けていったが、すぐにゴフゥ! と悲痛な声を上げながらもんどりうって倒れた。

 リーダー格の男は息をのむ。もう何年もこの稼業をやっているが、仲間がこんな簡単に倒された事はない。それなりの腕利きを揃えて万全の態勢で来たはずだったのだ。

 男の額にはじわっと脂汗が浮かぶ。

 ふらりとケーニッヒがベッドルームに入ってくる。手にはホウキの柄を持ってゆらゆらと揺らしている。

 男は得意の短剣術で乗り切ろうとしたが、すぐにその考えが無謀であるということに気づく。ケーニッヒには全く隙が無かったのだ。その完成された所作、気迫にはどんな技も通用するイメージが持てなかった。一体どこまで鍛えたらここまでになれるのだろうか?

 男はギリッと奥歯を鳴らすとオディールをベッドに転がし、のど元に短剣を当てた。

「動くな! この娘がどうなってもいいのか?」

 フゥフゥと男の荒い息が部屋に響く。

 ケーニッヒはチラッとオディールを見る。

「私はこの街の者じゃない。その娘が誰かも知らん。ただ、乱暴するのは……いかがなものか……」

「なるほど……。そういう事なら金貨百枚出す。だから見逃してくれ。こいつは多くの人を苦しめる大悪人、正さねばならんのだ!」

 ケーニッヒは少し考える。剣聖とは言え短剣がのど元にあるうちは動けない。

「ほら、金貨だ!」

 男は巾着袋をポケットから出すとケーニッヒの足元に放った。

 慌てて巾着袋を叩き落とすケーニッヒだったが、その瞬間ボン! と、爆発音とともに激しい閃光が部屋を埋め尽くす。

 くっ!

 ケーニッヒは目をやられ、何も見えなくなった。男の巧みな戦術にやられたケーニッヒは、現役から離れていたブランクの大きさにギリッと奥歯を鳴らす。

 その隙に男はオディールを担ぐとダッシュで部屋を抜け出していく。

「くはは、逃げるが勝ち。あばよ!」

 男はオディールを担いだまま階段をダッシュで駆けおりていった。後は待たせてある船に乗って逃げるだけ。これで金貨三百枚が手に入る。それは三年は働かずに済む大金だった。

 ハッハーイ!

 任務達成の高揚感が男を包んでいく。

 だが、三階まで降りてきた時だった、薄暗がりの中、誰かが立っているのを見つけ、慌てて急停止する。

 それは目をつぶり、夜風に長髪をたなびかせている男、ケーニッヒだった。

「き、貴様どうやって!?」

 男は焦り、叫ぶ。

「目を潰したくらいでは何も変わらんよ」

 ケーニッヒは目をつぶったままホウキの柄を器用にくるっと回し、力強く握りなおすと男に向けた。

「バ、バカにしやがって。目が見えない奴に負ける訳ねーだろ!」

 男はドサッとオディールを転がすと、ポケットから短剣を二本取り出し、静かにケーニッヒを見定めた。

 ケーニッヒはそんな男の動作が分かっているのかどうか、ただ静かにたたずみ、微動だにしない。

 男は額に脂汗を浮かべながらそっと短剣を両手に構える。

 男はフゥフゥと荒い息を立てたが、ケーニッヒは息をしているのかもわからない程静かだった。

 その時、ビュゥと夜の風が吹き抜ける。

 男はグッと下っ腹に力をこめると、ここぞとばかりに目にもとまらぬ速さで腕を振りぬいた。ランプの光をキラリと反射しながら鋭い刃が二筋、正確にケーニッヒめがけて光跡を描く。

『やったぞ!』

 男がニヤリと勝利を確信した瞬間だった。なぜかケーニッヒは男のすぐ隣にたたずんでいるではないか。

 へっ!?

 直後、男はホウキの柄を顔面に叩き込まれ、吹き飛ばされる。

 グハッ!

 気を失い床に転がる男。

 ケーニッヒは【剣聖】スキルの【瞬歩】を使って瞬間移動をしていたのだ。

「この程度に手間取るとは……、鍛え直さねば……」

 ケーニッヒは大きく息をつき、悔しそうに首を振った。


          ◇


 ケーニッヒはもう一発パン! と男を棒でどついて安全を確かめると、かがんでオディールの様子をうかがう。

「お嬢ちゃん、大丈夫か?」

「あ、ありがとう……ございます……」

 オディールはようやく体の自由が戻ってきて、ゆっくりと起き上がる。血だらけになってしまった顔は腫れあがって痛々しい。

「いやいや、昼にね、船を救ってもらったお礼さ。あのロボットは見事だった」

「あ、お客様でしたか……、助けてもらうなんて本当に申し訳ないです」

「はっはっは、賊を倒すのに客も何もないよ。……。もう大丈夫そうだね、それじゃ失礼……」

 ケーニッヒは目を開けることもなく颯爽と去っていった。


           ◇


 オディールは蹴られたところをさすりながら男の様子を見る。痩せこけて頬骨が出ている陰気な顔には全く見覚えがない。どこかの裏社会の人間かもしれない。

 と、この時いきなり男が体を起こした。

 ひぃっ!

 オディールは身構えたが、男はまるで操り人形みたいにポカンとしている。

 やがて、男の身体が淡い黄金の光に包まれ、目から眩しい光を放ち始めた。

 うわっ!

 そのあまりの異様さにオディールはたじろぐ。

「心して聞け」

 いきなり話し始める男。しかし、その声は今までの声とは全く違う、威厳を(たた)えた深みのある声だった。

「【星を渡りし者】結城(ゆうき)(あきら)よ。審判の時は近い。全てが終わる日、空は血に染まり、湖は炎に焼かれる。愛しきものも輝ける星となって堕ちるだろう」

 オディールは固まった。結城彰は前世の名前、この世界では誰にも言ったことなどなかった名前である。それがいきなり賊の口から出てきたのだ。全身の血が沸騰するような衝撃を感じ、オディールは息を飲んだ。

 破滅を告げるその内容も衝撃的で、オディールはガクガクとひざを震わせながら後ずさる。

 男は預言を言い終わるとまた、元のように気を失って力なくどさりと地面に転がった。

 神からの預言、そう取るしかなかったが、それは女神の持つ優しさとは対極にある預言である。オディールはどう理解したらよいのか皆目見当がつかず、真っ青な顔で震えるばかりだった。

 やがて、ローレンスや自警団の人達が駆けつける。オディールは肩を支えられながら救護室へと運ばれていったが、心の中には破滅の預言が渦巻き、震えが止まらなかった。


          ◇


 衝撃的な夜が空けた――――。

 オディールは預言のショックで寝不足気味であったが、ケガなどは聖水で完治していてもう活動には問題がない。

 襲撃の後始末に目途がつくと、オディールはケーニッヒを応接室に招いた。

 一同ソファーに腰かけ、ローテーブルにお茶を配したオディールとミラーナは深々と頭を下げる。

「昨晩はありがとうございました」「ありがとうございました」

「なに、素晴らしい聖水風呂を作ってくれたお礼ですよ。お気になさらず」

 ケーニッヒは顔色一つ変えずサラッと答え、花びらの浮いたハーブティーを一口すすった。

 昨日は暗がりで良く分からなかったが、この世界では見ることの少ない長く流麗な黒髪、武芸者特有の殺気を含んだ鋭い眼差しにオディールは気おされる。

「何かお礼をしたいのですが……」

 ケーニッヒの謎めいた雰囲気にやや怯えつつ、オディールは切り出した。

「ふむ、そうしたら、私も仲間に加えてもらえんかな?」

 ケーニッヒはティーカップを置いて身を乗り出すと、オディールの碧い瞳をのぞきこんだ。

「な、仲間?」

「この街は素晴らしい。きっと世界の在り方すら変えるだろう。ただの客ではなく、もっと自分ごととして関わって、この街の行く末を見ていきたいんだ」

 ケーニッヒはまっすぐな目でオディールを見た。

「そ、それはありがたいですが……」

 いきなりの提案にオディールは隣のミラーナを見る。しかし、ミラーナもどうしたらいいか分からない様子だった。

「例えばここはセキュリティがおろそかだ。今回のようなことは今後何度でも起こるだろう。自分なら未然に防げる。どうかな?」

 ケーニッヒはにこやかに提案する。

「な、なるほど。治安は確かに大切ですが……」

 助けてはもらったものの、身元も分からない武芸者をいきなり採用することに抵抗のあるオディール。

「何を迷っとる。剣聖が味方についたら百人力じゃろ!」

 レヴィアがパン! とオディールの背中をはたいた。

「け、剣聖!?」

 オディールは目をまん丸に見開き、ケーニッヒを見た。剣聖とは一騎当千、伝説的な人類最高峰の剣の達人である。普通の国なら国賓待遇で招き、国王自ら守護神として剣術指南役をお願いするような超VIPなのだ。

「ははっ、それは昔の話……、今はもう引退ですよ」

 ケーニッヒは鼻で笑うと首を振った。

「いやいや、あの賊だって相当な手練れのはずじゃが余裕で勝っとるじゃろ? まだまだ現役で通用するはずじゃ」

「まあ……あの程度なら負けんですな。それもここの聖水風呂のおかげかと……」

 オディールはガバッと立ち上がるとケーニッヒの手を取る。

「ぜぜぜ、ぜひお願いします!」

 いきなりの手のひら返しにケーニッヒは苦笑しながら静かにうなずいた。

 こうして、オディール達の護衛として剣聖が仲間に加わることになる。今までの素人の護衛からいきなり世界最高水準のセキュリティにアップしたのだった。

 預言で気持ちが沈んでいたオディールは、一筋の光明が見えた気がしてケーニッヒと固い握手をかわし、にこやかに笑った。

 その後、次々と賊が送り込まれてきたが、ケーニッヒがことごとく看破し、芽を摘んでいく。剣聖は単に強いだけでなく、鑑識眼も相当なものだったのだ。

 賊を送り込んでいるのは王子だった。王子は失敗の報告を受けるたびにヒステリーを起こし、ティーカップを投げつける。

「もういい! 俺が行く! どうせ奴らは軍隊を持たんのだろう? 三百人もいれば一気に攻め落とせる」

 王子は鼻息荒く言い放った。

「いや、先方は砂漠の向こう数百キロですよ? そもそも着く前にみんな倒れてしまいます」

 手下は反論する。そもそも軍隊で攻め込むこと自体、バレたら大問題なのだ。

「ふんっ! 砂漠を渡る方法なら既に考えてある。金に糸目はつけん! 俺の私兵と傭兵合わせて三百、直ちに準備せよ!」

「わ、分かりました。金かけていいならそりゃ、いくらでも……。へへへ……」

 こうしてついに二人の確執は軍事侵攻へと発展していってしまうことになる。


        ◇


 その頃、オディールたちは南の街ハーグルンドを統べる王家の宮殿に来ていた。ローレンスの計らいで国交を樹立するべく交渉にやってきたのだった。

 煌びやかなインテリアの謁見室に呼ばれたオディールたちは、赤じゅうたんの上を歩く。

 オディールは純白に赤い縁取りの礼装に身を包む。胸のあたりには金の糸で花柄の刺しゅうを施してあった。

 王都の宮殿と比べるとこぢんまりとしているが、南国らしく開放的な室内には気持ちいい風が吹いている。オディールは微笑みながら先頭を切って歩く。公爵令嬢時代に嫌というほど叩き込まれた背筋をピンと伸ばした流麗な歩き方で、誰しも一目置く華やかさを醸し出していた。

 国王の前に立ったオディールは上品にドレスの裾をつまみ上げ、気品ある所作で腰を落とし、挨拶をする。

「セント・フローレスティーナ領主、オディール・フローレスティーナにございます。ハーグルンドの太陽にご挨拶いたします」

「その方か、我がハーグルンドと国交を持ちたいというのは?」

 まだ子供のような少女が出てきたことに国王はけげんそうな顔をして、ぶっきらぼうに聞いた。

 サラリーマン時代の粗雑な対応に慣れているオディールは、そんな国王の無礼な態度にも顔色一つ崩さない。

「我がセント・フローレスティーナは豊かな聖水に恵まれた花の街、国交はお互いにとってメリットしかないと思いますわ。まずはどうぞお試しになって」

 オディールはそう言うとマジックバッグから木箱を取り出し、中から小瓶を拾い上げると頭の薄い側近の中年男に手渡した。

 男は眉をひそめ、瓶の中をのぞきこむ。そこには金箔のようにキラキラと光を放つ微粒子がたくさん舞っていた。

「これは……、なかなか質は良さそうですが……」

「飲んでみよ」

 国王は男に命じた。

「えっ!? ……。わ、分かりました……」

 男は目をギュッとつぶりながら一気に飲み干す。

 んんっ!? お、おぉぉぉぉ……。

 男は目を真ん丸に見開き、胸を押さえて固まった。

「なんじゃ! 毒か!?」

 様子を見守っていた文官や貴族たちはどよめく。

 直後、中年男は全身から(まぶ)しい黄金の光を放った。

 うわぁ! ひぃ!

 騒ぎになる謁見室。

 しかし、光が収まってくると、そこには頭からふさふさの黒髪を生やした中年男が恍惚の表情を浮かべてたたずんでいた。

 はぁっ!? えっ!?

 聖水がもたらした恩恵にみんな仰天する。いまだかつてこんな強烈に効く聖水など見たことも聞いたこともなかったのだ。

「国王陛下! どんな影響があるか分からないので私も毒見いたします!」「わたくしめも!」「いや、わたしも!」

 文官や貴族は先を争って聖水の小瓶を奪い合い、どんどん飲んでいった。

 次々と健康体へとなっていく男たちを眺め、オディールはニヤッと笑う。

「このような品、我がセント・フローレスティーナにしかございませんわ」

 国王は眉をひそめ、ひげをなでながら側近たちが元気になっていく様を眺めていた。

「なるほど……。君の街に魅力があるのは分かった。だが、街づくりはママゴトじゃない。ちゃんとした国防力が無いところとは怖くて国交は結べんよ? ん?」

 国王はいやらしい笑みを浮かべながらオディールの身体をジロジロと見回した。

「国防は完璧ですわ。大陸最高の防衛力があると自負しております」

 オディールはさりげなく腕で胸を隠しながら引きつった笑いを浮かべる。

「大陸最高だと……? わが軍よりも強いと申すか!?」

 気色ばむ国王。

「恐れながら事実を申し上げたまでです」

 オディールは笑みを浮かべたまま一歩も引かない。

「我が国軍への侮辱! 陛下! この者たちとの模擬戦の許可を!」

 横に控えていた騎士団長がムキムキの腕を誇示しながら叫んだ。

「こう言っとるが、わが軍より強いなら引かんよなぁ?」

 国王はいやらしく笑う。

「分かりましたわ。さて……誰が出る?」

 オディールはキラっと嬉しそうに目を光らせると、後ろを振り返った。
「それがしが適任かと……」

 ケーニッヒは胸に手を当てて頭を下げる。

「うん! 手加減してやってね」

 オディールはニコッと笑うと、ケーニッヒの肩をポンと叩いた。

「て、手加減!? 老いぼれのくせに、全力で来い! 叩き潰してやる!」

 騎士団長はすらりと剣を抜いてケーニッヒを指すと、真っ赤になって怒鳴る。

「男は剣で語るものだよ? はっはっは」

 ケーニッヒは騎士団長の若さに思わず笑ってしまう。

「むぅ……? お前、剣はどうした?」

「あ、入り口で預けてしまったなぁ……。そうさなぁ……。まぁ、これでいいか」

 ケーニッヒは聖水の木箱の細い板をベキッとはがすとブンブンと振りまわした。

「ふっ、ふざけやがって! 後悔させてやる。来い!」

 騎士団長はあまりにもバカにした態度にギリッと奥歯を鳴らし、ツカツカと隣の中庭に作られた演舞場の方へ向かう。


        ◇


 演舞場で向かい合う二人。筋肉ムキムキで完全武装の騎士団長に対し、ヒョロっとした高齢のケーニッヒは白い礼服に木箱の板。どう見ても勝負になりそうにない二人を見ながら、貴族や文官たちはざわめく。

「一撃で決まるかな?」

 オディールはニヤッと笑ってレヴィアに聞く。

「まぁ、手加減しても一撃で終わりじゃろうな」

「自分も一撃だと思いますね」

 ローレンスも肩をすくめながら言った。

「なんだよ! 賭けにならないじゃないか、くふふふ」

 オディールは浮かれた調子で笑う。

「そこ! うるさい!」

 レフェリー役の中年男がオディール達を注意する。

 なぜ、こんな絶望的な状況でコイツらは楽しそうなのかと、周りの人々はけげんそうにオディール達を眺めた。

 不愉快になった国王は騎士団長を呼ぶ。

「全てを使え! 叩きのめせ!」

「御意!」

 騎士団長は舞台に戻ると、渡された魔法のスクロールを破いた。

 刹那、激しい黄金の光が煌めき、騎士団長は淡い赤色の光に包まれる。

「ぐははは! 攻撃力倍増!」

 さらに次々とスクロールを破き、青い光に包まれ、緑の光に包まれ、最後には虹色の光をまとい嬉しそうに笑った。

「あらら、相当お金かけてるよ」

 オディールは呆れた様子で光り輝く騎士団長を見た。

「貴重なスクロールをもったいない……。この国は贅沢じゃのう」

 レヴィアはため息をつく。

「ふははは! ミンチにしてやる! 覚悟しろ!」

 魔法で最大限のバフがかかった騎士団長はいまだかつてない万能感に包まれた。

 しかし、ケーニッヒはつまらなそうな顔であくびをしながら返す。

「もういいか?」

「どうした? 構えないのか?」

 だらんと腕を降ろした自然体のケーニッヒを見ながら、騎士団長は怪訝そうに言う。

「お前など構えるまでもない。いいから早く来い」

「ふん! チンチクリンの小娘の護衛のくせに生意気だ」

 騎士団長はムッとして煽る。

「なに……?」

 刹那、ケーニッヒの目が鋭く青く光り、まるで重力が何倍にもなったかのような重苦しい重圧がズン! と辺りを覆う。

 ぐはっ……。

 騎士団長はいまだ感じたことの無い激烈な威圧感に思わずたじろいた。

「我が主君を愚弄(ぐろう)するか? 小僧……」

 ケーニッヒの鋭い視線に貫かれた騎士団長は、ぶわっと全身に鳥肌が立ち、冷や汗がタラリと頬を伝う。

「くぅぅぅ、この老いぼれが!」

 騎士団長はギリッと奥歯を鳴らすと、「うぉぉぉぉ!」と叫び、剣を高々と掲げた。直後、剣は青い炎をまとい、光り輝いた。それはハーグルンド王国に代々伝わる伝説の魔剣だった。

 おぉ! いいぞ! やっちまえ!

 久々に光り輝いた伝家の宝刀に、観客は狂喜し、歓声が宮殿に響き渡る。

「死ねい!」

 突っ込もうと力強く一歩前に出る騎士団長。

 パン!

 その瞬間、何かの音が響き、騎士団長は動きを止め、そのままドスンと床に転がった。

 え……? は……。 あれ……?

 歓声が途切れ、静寂が辺りを支配する。

 一体何があったのか誰にも分からなかったが、騎士団長は身動き一つせず、気を失っているようだった。

 ケーニッヒはやれやれという感じで、スタスタと舞台を降りていく。持っていた木の板はひしゃげ、それだけがケーニッヒの繰り出した攻撃を物語っていた。

「お、おぉぉぉ、お主は……」

 国王はその瞬間、昔、王都で見た武闘会のシーンを思い出す。そう、これと同じく剣聖が相手を瞬殺した試合だった。

 ケーニッヒに駆け寄ると国王は興奮した様子で顔で声をかける。

「ま、まさか貴殿はケーニッヒ……?」

 ケーニッヒはニコッと笑う。

「まだ覚えている方がいるとは思いませんでしたよ」

 とっくの昔に引退したはずの剣聖の超級スキルがこんなところで見られたことに唖然として、国王は静かに首を振る。

「な、なるほど、あなたがいたからあの娘は強気だったんじゃな?」

「違います。あのメンバーの中には私より強い方が二人もおられる」

 ケーニッヒはニヤッと笑い、肩をすくめた。

「はぁ!? 剣聖より強い……どういう事じゃ?」

「たとえ私でも一万の軍勢に攻められたら負けてしまいます。でも、あの方は十万、いや、百万の軍勢でも瞬殺してしまえるんです」

 ケーニッヒはチラッとオディールを見る。

「ひゃ、百万!? ま、まさか魔王……?」

「いや、女神に愛されている者……ですかね。そしてもうひと方は女神の眷属(けんぞく)……。人間には勝てませんよ」

「め、女神!? あわわわわ……」

 国王はゾクッと背筋に冷たいものを感じ、脂汗を浮かべる。ただの女子供のママゴトかと思っていたら剣聖すら従える女神に連なる者たちだったのだ。これはまさにハーグルンド存亡の危機である。国王は今までの非礼を詫びねばと急いでオディールの元へと走った。


        ◇


 急遽開かれることとなった国交調印式と晩餐会。オディール一行は一休みした後迎賓館に招かれた。

 大陸南部最大の街ハーグルンド。豊かな資源や海産物で潤うこの街の(ぜい)を集めて作り上げた迎賓館は、南国らしい白を基調とした豪奢な建物だった。中に入れば、マホガニーやチークを大胆に使った豪華なインテリアで来客を圧倒する。

 壇上でハーグルンド国王に並んだオディールは、多くの貴族の前で、自信に満ちた手つきで書類に署名した。彼女の堂々とした振る舞いはサラリーマン時代に培った処世術であり、優雅な振る舞いは、かつて公爵令嬢として身につけたものである。まだ若いながらも彼女は国交の相手として非の打ち所がないと、貴族たちは感心した目つきで見守っていた。

 そんな堂々とふるまうオディールをミラーナは誇らしげに目を細めて見つめていた。こんな大きな国の国王と対等に渡り合う存在にまで上り詰め、華やかな舞台で注目を集めている。それはもはや立派な大人であり、幼い妹扱いはもう卒業しなくてはならないことでもあった。

 調印が終わるとオディールはにこやかにハーグルンド国王と握手し、割れんばかりの拍手がボールルームに響き渡る。

 すると、貴族たちが我先にオディールを囲み、親交を持とうと必死にアピールを始めた。女神の恩寵(おんちょう)を受ける若き領主、それは息子を持つ者にとっては絶好のチャンスであり、一族の未来のかかった渾身(こんしん)のプレゼンの機会だった。

 長時間にわたってもみくちゃにされながらも、挨拶を続けていくオディール。さすがに表情に疲労の色が見える。ミラーナは心配になり、少しでも余裕を作ってあげようとドリンクのグラスを持ってオディールの背中を叩いた。

「オディ、飲み物持ってきたわよ」

 しかし、オディールは振り向きもせず、有力な貴族に手を引かれてどこかへと行ってしまう。

「オ、オディ……?」

 聞こえているはずなのに無視されてしまったことに呆然とするミラーナは、追いかけようとする貴族たちにドンと押され、危うく倒れそうになる。

 きゃあっ!

 ローレンスがすかさず身体を支えたが、ミラーナは去っていくオディールの後ろ姿を見ながら言葉を失っていた。

 いつでも『ミラーナ、ミラーナ』と、無邪気に自分を追いかけていた可愛い女の子オディール。それが今、自分の呼びかけを無視して去って行ってしまう。それは健全な巣立ちではあるのかもしれないが、キュッと胸を締め付けられ、思わず胸を押さえた。

「大丈夫ですか?」

 ローレンスは心配そうに聞いてくる。

 だが、ミラーナは大切なものを失ってしまったのではないかという焦燥感に駆られ、返事どころではない。彼女は両手で顔を覆うとうつむき、深い悲しみの中に身を沈めた。
 セント・フローレスティーナに戻り、オディールとミラーナは表面的にはいつもと変わらない暮らしを送っていた。ただ、ミラーナは安堵しつつも将来のことを考えなければと、物思いにふけることが多くなる。オディールの未来、自分の未来、そして二人の未来―それらはまだ十七歳の彼女には深く、難解な問題であった。

 一週間ほどして――――。

 二人はフローレスナイトに乗って、新しい武器【ロックライフル】を試していた。フローレスナイトが巨大なライフルを構え、ミラーナが土魔法でライフルから岩の弾を高速に射出するというものである。

「よーし、フローレスナイト! あそこの岩に照準合わせて!」

 グォォ!

 フローレスナイトは全長十メートルはあろうかという巨大なライフルの砲身を岩に向けた。それはライフルというよりはもはや大砲だった。

「ファイヤー!」

 オディールは調子に乗ってミラーナの肩をパンパンと叩く。

「ほ、本当に撃つわよ?」

 ミラーナは攻撃魔法など使ったことが無いのであまり乗り気ではない。

「OK! バンバン行っちゃってー!」

 気軽に言うオディールをジト目で見たミラーナは、大きくため息をつき、おっかなびっくり土弾(アースバレット)を唱えた。

 オディールから流れ込んだ膨大な魔力は、ミラーナで土弾(アースバレット)へと変換され、フローレスナイトを通じてライフル内で実体化される。

 ロックライフルが黄金色に輝いた直後、ズン! とコクピットが激しく揺れ、ターゲットの岩が火を吹いて粉々に吹き飛んだ。

 ズガーーン!

 辺りに爆発音が響き渡り、爆煙がもうもうと上がる。

「うっひゃーー!」

 オディールは大喜び。しかし、ミラーナはあまりの破壊力に青ざめてしまう。

「い、一体こんなの、どこで使うのよ……」

「備えあれば憂いなし。フローレスナイトは今やセント・フローレスティーナの守護神だからね、武器ぐらい持っておかないと」

 オディールは上機嫌でミラーナの肩を揉んでいたわった。

 水筒を手に取り、のどを潤すとふぅとため息をつくミラーナ。花の都を作るという話がこんな大砲作りにまで発展していってしまうことには、どうしても抵抗を感じてしまうのだった。

 と、その時、遠くの方に赤い筋が立ち上っているのが目に入る。

「え? あれは何かしら?」

 ミラーナが遠くを指さした。

「へ……? ……。て、敵襲!?」

 オディールは目を真ん丸に見開き、思わず立ち上がる。それは侵入者を知らせる狼煙(のろし)だった。

 狼煙の方向は西、その先は数百キロ延々と砂漠であり、川も何もない。明らかに異常な侵入者だった。

 オディールは事態の深刻さにキュッと口を結びしばらく狼煙をにらむ。

「ど、どうしよう……」

 ミラーナがオディールの腕をつかんだ。ミラーナの恐怖がかすかな震えとなってオディールに伝わってくる。

 オディールはそっとミラーナの震える手に手を重ねると、大きく息をついた。

「大丈夫……。僕に任せて」

 モコモコと湧き上がってくる不安をオディールはギュッと押しつぶし、狼煙に厳しい視線を向け、決意を込めて指さし叫ぶ。

「フローレスナイト、GO!」

 重苦しい雰囲気の中、二人は警備やぐらを目指した。


       ◇


 やぐらまでたどり着くと、緑の卵型ゴーレム【ピィ太郎】が砂漠を指さしている。その先には砂煙が上がっているのが見えた。王都の方からやってくる大部隊。それは威嚇行為とかそういう生易しいものでは無い殺意を感じる襲来だった。

「【第一種戦闘配置】の狼煙を焚いて!」

 ピュィッ!

 オディールはいきなりやってきた戦争にブルっと武者震いすると、もうもうと迫りくる砂煙を鋭い視線でにらんだ。


        ◇


 やがて敵の姿が見えてくる。それは魔道トラックだった。魔塔が開発したという魔力で走る最新鋭のトラック、それが五、六台砂煙を上げながらセント・フローレスティーナ目指して爆走してくる。

「ミラーナ、ロックライフルの用意を……」

「えっ! そ、そんなこと、人が死んじゃうわ!」

「何を言ってるの? やらねばやられるんだよ? これは戦争だよ?」

 ぬるいことを言っているミラーナの瞳を、イライラしながらのぞきこむオディール。

「で、でも……」

 自らの魔法で人を殺すということは、ミラーナにはとても耐えられない。ミラーナの目には涙が浮かんでいる。

 オディールはハッとして、戦争に巻き込んでしまった申し訳なさに胸がキュッと痛む。戦闘要員でもない彼女に砲撃を頼むこと自体筋違いだったのだ。だが、【お天気】スキルでは爆走してくる敵への威嚇は難しい。

「ごめん、僕も殺したいわけじゃないから大丈夫。あくまで威嚇(いかく)だからさ。お願い」

 オディールは手を合わせて頼み込む。

「い、威嚇なら……」

 ミラーナは目をギュッとつぶり、何度も大きく息をついた。

「ありがとう……。よし、フローレスナイト! 奴らの鼻先に威嚇射撃だ!」

 ガウッ!

 フローレスナイトはロックライフルの照準を合わせる。

「ファイヤー!」

 刹那、魔道トラックの手前が激しい閃光を放ちながら大爆発を起こす。

 ズン!

 大穴が開き、もうもうと上がる爆煙。

 しかし、魔道トラックは止まらない。巧みに穴をよけ、突っ込んでくる。余程覚悟を決めた手練れということだろう。オディールの額にツーっと冷汗が流れた。

「くっ! もう少しぎりぎりを狙って連射だ!」

 グッ!

「ファイヤー! ファイヤー! ファイヤー! ファイヤー!」

 次々と火を吹くロックライフル。

 撃つたびに激しい衝撃でフローレスナイトは揺れ、二人は手すりにしがみつく。

 岩弾(アースバレット)は次々とトラックの手前に着弾し、爆煙が次々と上がっていった。

 さすがにこれ以上は無理だと悟ったのか、トラックは次々と停車する。

 目の前に展開する未知の攻撃部隊。その殺気を肌に感じ、さすがのオディールも手に汗を握った。これから始まる命の奪い合い、果たしてどんな結末になるのか全く予断を許さない。しかし何があってもミラーナとセント・フローレスティーナだけは守らねばならなかった。

 オディールはガバっと立ち上がると、キャノピーを開け、大声で叫ぶ。

「ここはセント・フローレスティーナの領土である! 貴様らの行為は軍事侵攻であり、ゆるされない。次は威嚇ではないぞ。死にたくなければ立ち去れ!」

 パラパラと小石が地面に降り注ぐ中、オディールの叫びが砂漠に響き渡った。
 魔道トラックから一人の金髪の男が出てきて叫ぶ。

「貴様、オディールだな! 我が王都を脅かす魔女よ、成敗してくれるわ!」

 それは王子だった。

 二度と見たくなかったクソ王子。オディールはウンザリしてため息をつく。

「あのさぁ、僕が一体何をしたって言うんだよ。勝手な理由こじつけて暴力に訴えてくるなら、もう実力行使しかないよ?」

「ふん! ほざけ! お前らに軍隊などないことは調査済みだ。この街は俺が支配してやるんだよ!」

 王子はそう叫ぶと、自身の持つ【英雄】のスキル、【覇者の軍団】を唱えた。

 数百人の兵士たちの身体が黄金色に光り輝き、攻撃力も防御力も一気に何倍にも跳ね上がる。これはへーリング王族に代々伝わるチートスキルで、このスキルのおかげでへーリング王国は長年大陸一の王国として君臨できていたのだ。

 くっ!

 オディールは悩む。何倍に強くなろうが、【お天気】スキルによる大自然の猛威は圧倒的である。しかし、手加減しないと殺してしまうのだ。王子は自業自得としても個々の兵士には罪もないし、家族もいるだろう。いい感じに手加減をして戦意を喪失させないといけないが、それは簡単ではなかった。

「魔道部隊、砲撃用意!」

 王子の号令でトラックからワラワラと魔法使いが降りてきて呪文を唱え始める。

「あのバカ! フローレスナイト! 防御だ!」

 ガウッ!

 フローレスナイトは身を縮め、盾を立ててキャノピーを守る。

 直後、炎槍(フレイムランス)風刃(ウインドカッター)が嵐のように押し寄せて激しい爆発音とともに盾を穿(うが)っていく。

 キャァッ!

 その衝撃はすさまじく、ミラーナは思わずオディールに抱き着いた。

「ハッハッハーー! 見ろ! これが王族の力だ!」

 王子はガッツポーズをを振りかざし、興奮と歓喜の声を上げる。

「あのバッカ野郎め……」

 オディールは好き放題やるクソ王子への怒りが抑えられなくなり、ギリッと奥歯を鳴らした。

 楯もいつまでも持たない。もうもうと上がる爆煙からは盾の破片がパラパラと降ってくる。

 小刻みに震えるミラーナ。二人で花に囲まれてのんびりと暮らすはずだったのに、なぜこんなことになってしまったのか? オディールは申し訳なくて胸がつぶれるような思いがする。

 オディールは大きく息をつくと覚悟を決めた。理想ばかり言ってても殺されてしまう。これはれっきとした軍事侵攻、例え死者が出たとしても、それは正当防衛なのだ。

 オディールはミラーナの背中をやさしくなでる。

「大丈夫だって。見てて」

 オディールはキュッと口を結ぶと天に向かって両手を伸ばし、祭詞を叫んだ。

「【風神よ、砂をもて愚者を飲みこまん】!」

 澄み渡った砂漠の青空が一瞬ピカッと閃光を放つと、ゴゴゴゴゴと、地鳴りが響き渡る。

 魔道部隊の一方的な攻撃に動けなくなっているフローレスナイトを見て、ニヤニヤしていた王子だったが、いきなりの地鳴りに顔色を失った。

「へ……? な、なんだ?」

 横の方に何かがもくもくと巨大な黄色い壁のように立ち上がっていく。

 見上げんばかりに成長した黄色の壁はやがてものすごい速度で迫ってきた。その、見たこともない不気味な存在は王子に底知れぬ恐怖を呼び起こす。

「な、何だあれは!? 総員防御態勢! 来るぞーー!」

 王子が叫び終わると同時に激烈な砂嵐が王子の軍隊を襲った。

 グハァ! うぎゃあ!

 一気に何も見えなくなり、強烈な暴風が兵士たちを吹き飛ばし、魔道トラックを転がした。

 それはまるで地獄絵図だった。数百人もの屈強な兵士たちがあっという間に、何もできぬまま砂嵐の中吹き飛ばされていく。

 全てを無に帰す大自然の猛威は辺りを強烈な轟音で覆った。

 ミラーナはオディールにギュッと抱き着いてくる。オディールは苦々しい表情で壮絶な景色を見つめ、そっとミラーナの髪をなでた。

 幸せを紡ぐために使うべき【お天気】スキル、オディールは人を傷つけるために使ってしまったことに良心の呵責を感じる。

 先日の破滅の預言もこの先にあるのではないかと思うと、オディールは胸が苦しくなり、ミラーナをギュッと抱きしめた。

 しばらく響いていた轟音もやがて収まり、砂漠には静寂が訪れる。

 砂嵐が通った後には何も残っていなかった。

 ただ、一面の砂の海が広がるばかりとなっている。

「くっ……、あのバカのおかげで大惨事だ……」

 オディールは辺りを見回し、やりすぎてしまったことに困惑と後悔の色を浮かばせた。

 やがてあちこちでモコモコと砂が盛り上がると、中から兵士たちがよろよろと出てくる。

 もはや戦闘どころではなく、兵士たちは一生懸命仲間を掘り出し始めた。

「【ピィ太郎】! 手伝ってやりな!」

 オディールはゴーレムに指示を出し、ピィ太郎は『ピィ!』と敬礼して急いで救助へと走っていった。

「お前ら何やってる! 攻撃だ! 攻撃しろ!」

 砂まみれになった王子は、必死に救助している兵士たちに向かって怒鳴るが、誰も言うことを聞かない。ただ、声を掛け合いながら仲間を探し、掘り起こし続ける。

「くぅぅぅ……。情けない!」

 王子は転がった魔道トラックの上に座り頭を抱えた。

 卵型ゴーレムたちに乗ったケーニッヒたちもやってきて救助を手伝う。

 意識のないものには聖水を飲ませ、治療していった。

 いくら攻めてきた敵とは言え、命を奪うことはなるべく避ける。この世界では珍しい考え方ではあったが、それが日本的な発想から生まれたセント・フローレスティーナの矜持(きょうじ)だったのだ。