大騒ぎしていた乗客たちはその巨大なロボットに度肝を抜かれ、言葉を失う。

 大きさもさることながら、厳つくメカメカしい未来的なフォルムにみんな釘付けとなった。この世界ではゴシック様式の直線を基本としたデザインが至高とされてきたが、このロボットは流れるような流線型を巧みに生かして力強い機能美を実現している。まるで異世界からやってきたようなその圧倒的な造形はみんなの心をグッと掴んだ。

 すると、その巨大ロボットは湖に進み、ジャバジャバと水しぶきを上げながら近づいて来るではないか。

「みなさーん、今助けまーす!」

 胸のところに乗っている金髪の少女が手を振りながら叫んでいる。

 ここにきてようやくみんな、このロボットが乗り物だということに気が付いた。しかし、こんな巨大なロボットは見たことも聞いたこともない。トゲのような装飾をつけた兜の中では多角形の目が黄金色に輝き、自分たちを見つめている。表情もないその巨大ロボットの視線にみんな戸惑いの表情を浮かべた。

 ロボットは船を両手でつかむとゆっくり持ち上げる。

 おぉぉぉ……。うわぁぁ……。

 船内にどよめきが広がり、足元に迫っていた水はザザー! と、音をたてながら船外へ流れ落ちていく。

 ロボットは船を持ち上げたまま丁寧に一歩一歩湖を進み、岸辺までくると、土手の上にそっと船をおろす。

 こうして無事、全員が救助された。沈没必至の大事故はこうしてロボットのファインプレーで事なきを得たのだった。

「事故に遭わせてしまってごめんなさい。皆さん無事ですかね?」

 少女は唖然として言葉を失っている乗客たちを見回し、うなずくと、あとを船長に任せて立ち去っていく。

 ズシーン、ズシーンと、地響きをたてながら巨大ロボットは花畑の丘の向こうへと消えていった。

 乗客たちは一体何を見たのかよく分からないまま、お互い顔を見合わせ、首をひねる。

 ケーニッヒはとんでもないものを見てしまったことに心がザワついていた。もちろんダンジョンでゴーレムと戦ったこともあったが、大きさは精々数メートルだった。あんな見上げるほどのサイズではない。

『もし、あれが敵として出てきたら自分は勝てるのだろうか?』ケーニッヒは腕を組み、うなった。しかし、何度シミュレーションしても勝ち筋は見えない。たとえ全盛期の自分だったとしても難敵と言わざるを得なかった。

 ケーニッヒは大きくため息をついて首を振る。湖の中の巨大構造物にしてもロボットにしても、ここは尋常ならざるところだとケーニッヒはギュッとこぶしを握った。

          ◇

 その後、代わりの船で運ばれ、セントラルの十階に作られたホテルにチェックインしたケーニッヒは、早速聖水風呂に浸かってみる。

 それはちょうどいい湯加減でじんわりと古傷を温めた。

「ふぅ、いい湯加減だ……。続いてこれを……」

 配られた聖水の瓶を開けて一気に飲み干す。スパイスの効いたハーブティーのようなピリッとした刺激がブワッと口の中に広がった。

 刹那、全身に熱いエネルギーがみなぎり、古傷が激しく痛みだす。

「ぐわぁ! な、なんだこれは……」

 あまりの痛みに悶絶(もんぜつ)していたケーニッヒだったが、直後、痛みは快感へと変わっていく。

 おぉ、おぉぉぉぉ……。

 目の前をビカビカする極彩色の幾何学模様がグルグルと(うごめ)き、快感の絶頂へと昇り詰めていく。やがて、まるで母の胎内へ帰っていくような圧倒的な安らぎがやってくる。

 それは全身の細胞が全部作り替えられていくような、生命の根源へ回帰する衝撃的な体験だった。グルングルンと目が回り、ケーニッヒは意識が遠くなっていく。

 う?

 気がつくと辺りはうす暗くなり、目の前でロッソが真っ赤に萌えている。もう夕暮れになっていたのだ。いつの間にか数時間が経っていたらしい。

 ザバッと立ち上がってみて驚いた。身体が軽いのだ。

「おぉ、こ、これは……」

 ケーニッヒは隅に置いてあった掃除用ブラシを取ると、クルクルッと木の()だけにし、ヒュンヒュンとふりまわす。

 うん。

 そう言って軽くピョンピョンと跳んだケーニッヒは、基本の剣技の型を繰り出した。

「三の型、鳳凰!」

 肩を前に出し、剣先を斜め下にした構えから、ヒュンと手首を返しつつ眼にもとまらぬ速さの斬撃、そして間髪入れずに今度はステップを生かして斜め下から斬り上げる。

 ブゥン!

 刹那、木の柄はまるでライトサーベルのように青く輝き、衝撃波が宙を舞った。

 キィン。

 金属がはじけたような音がして、御影石の手すりが割れ、飛び散る。

 痛みもなく、スムーズに繰り出せた斬撃はまるで全盛期のような鋭さを放ち、それに【剣聖】のスキルが呼応したのだ。

 お、おぉ……。

 ケーニッヒは驚き、呆然としながら木の柄を眺める。まさかまた【剣聖】スキルを使えるようになるとは思ってもみなかったのだ。

『俺の人生はまだ終わっていなかった……』

 現役を引退し、日に日に衰えていく身体は残酷な現実としてケーニッヒの心まで蝕み、酒の手放せない暮らしとなってしまっていた。そんな中で(わら)をもつかむ思いでやってきたセント・フローレスティーナ。それは大正解だった。この奇跡にケーニッヒの心は震え、ギュッと木の柄を握り締める。

 知らぬ間にケーニッヒのほほを涙が伝った。

「ここに来て……よかった……」

 ケーニッヒは星の瞬きだした群青色の天を仰ぎ、この素晴らしい花の街に対する限りない感謝の気持ちに包まれていく。

「新しい人生をありがとう……」

 ケーニッヒは涙をぬぐうとロッソに手を合わせた。