焼け野原を淡々と耕していくミラーナ。オディールも額に汗しながらミラーナに魔力を注入し続ける。

 ヴォルフラムは区画整理用の杭を打ったりしながら、甲斐甲斐しく二人についていった。

 そんな一行を、徐々に高く昇った砂漠の太陽がジリジリと照り付ける。

「姐さん、暑くないですか? これ以上暑くなったら倒れちまいますよ」

 タオルで滝のような汗を拭きながらヴォルフラムが言った。

「あぁ、そうだね……、さすがに砂漠はキツいな……」

 オディールはピーカンの青空を見上げ、額の汗をぬぐいながら少し考える。

「じゃあこうしよう。【清らかなる雲よ、我が空に集え】」

 両手を空に掲げ、祭詞を告げるオディール。

 すぐにモコモコと白い雲が湧き上がり、集まってきて辺り一帯が薄暗くなった。

「それでこれだ! 【龍神よ、凍てつく息吹で氷のつぶてを降り注げ】」

 風上の方に祭詞を唱えたオディール。暗雲がブワッと渦を巻いたかと思うと巨大な(ひょう)が降ってくる。ドスドスドスと隣の丘の上に注いだ雹は一帯を白く彩った。

「あれ、痛いんじゃぞ……」

 レヴィアは渋い顔で見守り、オディールは嬉しそうにパンパンとレヴィアの背中を叩いた。

 さらに雹は降り注ぎ、やがて雪山と成長していく。

「おぉ、これは涼しい!」

 ヴォルフラムは歓喜する。

 ひんやりとした空気が大地を覆い、押し寄せてくる冷気はむしろ肌寒くすら感じるレベルだった。

「うわぁ、涼しい……」

 ミラーナも冷気を浴びながら目をつぶり、幸せそうな表情を浮かべる。

「ふふーん、すごい? ねぇ僕ってすごい?」

 オディールはまるでモデルのようにひじを高く掲げて腰をひねり、鼻高々にポーズを取っておどけた。

「うふふっ。もはや全然砂漠じゃないわねぇ……。オディはすごいわ」

 ミラーナは、その暖かい視線でオディールの金髪に手を伸ばし、優しくなでる。

 笑いを誘うつもりだったオディールは、調子が狂ってえへへへと照れ笑いした。


       ◇


 その後も畑づくりは淡々と進んで行った――――。

 ただ、百メートル四方を耕すだけで二時間もかかり、なかなかそう簡単にはいかない。途中、ミラーナのスキルランクが上がって、耕せる面積も増えていったが、それでも街のみんなを食べさせられるサイズは広大である。まだまだ時間はかかりそうだった。

 ヴォルフラムが入れてくれたお茶を飲みながら一行は一休みする。

「ここには何を植えるんじゃ?」

 レヴィアはお茶をすすりながらオディールに聞いた。

「植えたいものはたくさんあるんだよね。麦は基本として、トマトやレタス、ナスにニンニク……、果物やオリーブも」

「ぬははは、なかなかに欲張りじゃな。でもそれぞれ土づくりも違えば育て方も違うじゃろ? どうするんじゃ?」

「え!? 同じじゃダメなの?」

「カーーーーッ! 無計画かい!」

「姐さん、水はけ悪いとトマトなんかは育たんですよ」

 ヴォルフラムは農家出身だけにその辺は分かっているようだった。

「うーん、分かった! ヴォルを農業大臣に任命しよう」

 オディールはヴォルフラムの肩をポンポンと叩く。

「いやいや、子供の頃に家を手伝わされてただけなんで、自分じゃ無理っす!」

「むーん……」

「しょうがないのう。種の買い出しがてらちょっと聞いてきてやろう」

 レヴィアはお茶をゴクゴクと飲み干すと、ボン! と爆発音を発してドラゴンとなり、大きく羽ばたきながら悠然とどこかへと飛んで行った。


      ◇


 緩やかな丘を耕し終わったころ、バサッバサッというはばたく音が聞こえてきた。日も傾き始め、そろそろ引き上げようかと思っていたタイミングだった。

 見上げるとドラゴンの背に誰かが乗っている。作務衣(さむえ)を着た老人のようだった。

 レヴィアはバサバサッと力強く羽ばたいて一旦空中で止まると、そのまますぅっと地面へと降り、地響きを響かせながら着地する。

 おっかなびっくり降り立った老人の髪は真っ白で、木の杖をつきながらオディール達に手を上げた。

「やぁやぁ、お嬢ちゃんたち。話は聞かせてもらったよ。こりゃぁ凄いねぇ」

 老人の笑顔は、日々の農作業による日焼けで黒々して、数多の経験が深くしわとして刻まれていた。

 金髪おかっぱ少女に戻ったレヴィアは老人の肩を叩きながら言う。

「凄い味方を連れてきてやったぞ。老練の凄腕農芸家、ガスパルじゃ」

「よろしくな。ワシは農業オタクだから、農業のことなら何でも聞いてくれよ」

 ガスパルは人懐っこそうな笑顔でオディールに笑いかけると、紳士的に右手を差し出した。

「ありがとう! よろしくお願いします!」

 オディールは人のよさそうなガスパルの参画に嬉しくなり、力強く握手を交わす。どれだけ優秀で気持ち良い仲間を集められるかがセント・フローレスティーナの成否を左右するのだ。レヴィアの紹介なら間違いないだろう。

 花の都へと続く壮大な一歩を始めた確信に、オディールの心は熱く高鳴っていた。