当然の疑問だろう。
他にも聞きたいのは、自分自身の記憶がスッポリ抜けていて、以前から気にしてはいたものの手がかりもなく、諦めていたことだった。
そこで突然、ヒントが降って湧いたらなんとしてでも聞き出したくなる。ただし、わかればの話しにはなる。だからこそ選ばれた理由を先に聞いてしまった。
俺自身のことは完全に何も無い感覚で、自分のこと以外で現代に関することは昨日のように覚えていたりする。
残念ながら、どこで何をしていたのかはまるでわからない。
なので今聞いた交換条件のことで妙に腑に落ちた気がした。
どう考えてもあれだけの力は、現代科学に慣れ親しんだ者としては、あり得ない。
なぜなら、無から有を生み出すなんて、どんだけトンでも科学だよと思ってしまう。元は魔力さえあればいくらでも作れる。
もらったような力なら、交換条件があってそりゃ当然だと思うし、不満はさほどない。
考察はほどほどにしておき、何で俺なのかの回答は期待できるだろうか……。
すると世界樹は、顎ひげをさすり何かを思い起こすように上をみた後、一樹に目線を合わせてきた。
「我にもわからぬ。転生と異なり、転移はお主の世界から唐突にやってくるからのう。突然ゆえ、この世界に体を合わせる必要があるから、かなり短時間でことを起こす必要があるんじゃよ」
一樹は納得していないものの、理解はしたつもりだった。
「……なるほど。転移なのか」
神妙な顔つきで目の前の老人は口を開くと、何やらわけがありそうな口ぶりだ。
「今日お主に会ったのは、わけがあるのじゃ」
「わけ?」
「そうじゃ。間も無く冒険者ギルドから、『ニンベン師』と看破されるであろう」
「ゲッ! マジか?」
かなりまずい事態なのは間違いない。だからと言って、何かできるわけでもない。せいぜい逃げるぐらいだ。ただし、時間があればと条件付きになる。
世界樹は、当たり前のように頷き続ける。
「決して、避けられない事態ゆえ」
「まいったな……」
まず間違いなく『ポショ』は没収され、小屋からの追い出しは必至だろう。ただ追い出されることを知らせるため、わざわざ伝えにきたのだ何かしら回避手段はあると期待したい。
「その期待は残念ながら、我々では何も干渉はできぬ」
――なんと……。早くも俺の予想を裏切る回答がきた。悪い意味でだ……。
「え? それなら何で、わざわざ知らせてくれたんだ?」
最もな疑問だろう。どう考えても訳がわからん。
「今後、お主がレベルアップをした時に、あらためて助言をするため今回は挨拶代わりじゃよ」
挨拶とはそりゃあないぜと思う一方、元々いつかバレることだったのでしかないという気持ちもあった。
「そっか……。遅かれ早かれ見つかるのは、時間の問題だったからな……」
「すまないのう。間もなく現実に戻る。来るべき助言の時にまた会おうぞ」
また再会するようなことをいうと、当たっていた光が消え真っ暗闇に戻る。まるでスイッチを切り替えるように、意識が浮上して閉じていた目を開けると、今度は現実にもどってきたようだ。
「間も無くか……」
少しぼんやりとしていると、扉を乱暴に叩く音が聞こえてきた。
仕方なく開けると、一樹の住まう掘建小屋に冒険者ギルドのギルドマスターと看破師、他には複数の冒険者が目の前に勢揃いだ。
こうしてあらためてみると、どいつも悪人ズラばかりしていやがる。普通に盗賊だと言っても誰も疑わない顔つきの連中ばかりだ。それにしても、予言からさほど時間もたたずにくるとは、早すぎるだろう。
ほんと残念ながら、ことは事実になってしまった。
――それにしても、なんだ? たかだかバレたぐらいで大掛かりな人数をよこしたのは、何か驚かせようとしているのか?
ところが、来た連中らはどう見ても冗談をするような奴らではない。
聞いてはいたものの、実際に起きると驚きと戸惑いなど、さまざまな感情が沸き起こる。
いかにも、憤慨した表情でギルマスはいう。
「カズキ、マガイ物製作の『ニンベン師』は追放だ」
――マジか……。罰金でなく、追放ときたもんだ。
看破師の妙齢の女も続けていう。
「あなたの作った物を鑑定したところ(偽)と表示がでました。さらに、あなたの種族が『ニンベン師』と出ています」
「え? でも本物には及ばなくても、安くて効果があるならと……」
「ああ、たしかにいった。本物に及ばなくとも近い別物ならな、問題はない。だけどな、偽物はダメだ。露骨すぎる」
「でも、価値があるならと……」
「そうだな。どのような物にも価値はある。例えそれを誰が作ろうともな」
「ならば……。なぜ?」
「偽物には価値がないそれだけだ。正当な品ならどのような物にも価値はある。ところがお前が作った物は偽物だ」
「そんな……」
「もう一度いうな? 『ニンベン師』はクビだ。偽物を作る奴は、ここには置いておけない。出ていけ」
ギルドマスターは強くいうと、屈強な冒険者二人が一樹の左右の腕をそれぞれ掴み、小屋から引きずり出す。
一樹は、引き摺られた足で地面に後をつけるだけで、他には何もできずにいた。
すると部屋へ入ったギルドマスターに、小銭袋を奪われる。手を伸ばしても届きやしない。
せいぜい出せた言葉は一言だけだった。
「ちょっ」
ギルドマスターは、一樹の溜め込んだ小銭の重さを確かめるように、上下に揺らして持ち上げる。
「それと、これは没収な」
土足で小屋に入り込み、小銭と作り置きのポショを根こそぎ奪われた。
なぜ偽物といいながら『ポショ』すら奪うのか……。
「せめて『ポショ』は返してくれ……」
「だめだ。身柄を変態紳士に売られたり、殺されたりしないだけマシだと思え」
ギルドマスターが話し終えたと同時に、魔術師の冒険者は魔法を唱えた。
「ファイヤーボール!」
一樹が発した言葉は、またしても一言だけ。
「あっ!」
小屋は簡単に火に飲み込まれて、燃えてしまう。
散々安くコキ使われて、挙句の果てには偽物だからと金を奪われ『ポショ』も取られた。最後に住まいの掘建小屋も破壊されて、ギルドからも追放された。
冒険者たちは、ギルマスから渡された俺の小銭袋の中身を確認し、楽しそうに騒いでいる。なんとも酷い話しなんだ。
酒を飲むジェスチャーで冒険者たちはギルマスにいう。
「おいおい。こいつ、結構ためこんでいるじゃねえか。それでギルマス? 一杯もらえるんだろ?」
すると冒険者の要望を聞いたギルマスは頷き、冒険者たちは下卑た笑いで愉快そうにしている。
「ガハハハ。こいつはいい。ギルマス、色つけてくれよ?」
楽しそうな笑い声がやけに耳につく。
俺は燃える小屋の前で絶望に包まれて、膝をつき呆然と眺めていた。
悔しすぎるのと、これまでの苦労の成果は、身ひとつしか残らなかった。
普段涙することなんて無いのに、今だけは頬を濡らしてしまう。
悲しいことに、あいつらは俺なんかより戦いに長けているし強い。
俺ではまったく太刀打ちできないのが現実で、殺されなかっただけマシかもしれないとも思えてきた。ただ力なき声が思わずでる。
「あぁあ……」
小屋は完全に燃え尽きると、残った炭の柱が今までの生き様を示しているようにも見えた。焦げ付いて廃材となった柱を見て途方に暮れてしまう。
――俺は、何もかも奪われた……。
宿無しの無一文になったため、懐に辛うじてある残りの『ポショ』でなんとか食い繋ごうとした。
――絶望はいくらでも地面に落ちている。
それでも下を向かず上を向いて立ち上がると、地下ギルドへ売りに行くため向かった。