ああ、星の光がない。

 星の瞬きが見えない空間は、暗く寒ささえ感じまるで星が見えない雲空で覆われた夜のようだ。
 実際には、寒いのかそれとも暑いのか、はたまたちょうどいいのかはわからない。
 
 今言えることは、何も無いところで小さく弱々しい息を吐き出すようにして、言葉を交わしている者たちがいる。
 いまだ姿がはっきりと見えない者たちは、立っているのか、座っているのかさえ見えなく不明だ。
 二つの存在がいる内のひとつは相手の上位者で、目の前にいるもう一つは下位者なのだろう。
 
 言葉の端々で何か含みがある様子だ。
 
 二つの存在は大きくとも小さくともない声で「新たな神」について、状況を検分するかのように淡々と話している。
 一方の存在は低く太い声質からすると、いくつもの年代を重ね生きてきた老齢の男のようで相対するのは、年若い女のようだ。

 ――会話は続く。

 老齢の声の主はいう。
 
「あの者はたしかに、候補者の内の一人でしかない」

 女も同意する。
 
「ええ、わかっております……。そのことぐらいは……」

 返された言葉へ、とくに何も思うこともなくもう一つの存在は、疑問を呈する。

「うむ。今になって持ち出すのは、何か理由があるのか?」

「いくらなんでも……。遅すぎると思います」

「うむ……。まだあれの操作すら、わからぬというのか?」

「はい……。問題なければ機会をみて、私が直接教えたく存じます」

「なるほど、ならばやむを得ぬな」

「必要がない試練とそれによる時間の浪費は、避けた方がよろしいのではないでしょうか?」

「然り。我とて説明不足は否めいないからのう。他でもない我によってだから仕方あるまい」

 開き直りとも言える言葉に、女は感情的になりそうだった。

「過ちをお認めになるので?」

 特段困ったという風ではなく、自身に非がないことを淡々と告げていた。

「我としても完璧ではない。予期せぬ事態でもあったからのう。緊急措置ゆえ致し方あるまいて」

 自己弁護がここで出るとは思わず、女は無言になる。
 
「……」

 開き直ったかのように口を開いてでてきた言葉に、女は絶句しそうになる。
 
「それを調整するのが其方たちの勤めでもあろう?」
 
 言わんとしていることはわかる。
 たしかに、元を正せばそういうことになる。
 不承不承としながらも女はいう。
 
「承知しました。それでは少しばかり干渉して参ります」

「我も頃合いを見て枕元に立つゆえ、助言をしよう」

「承知しました」

 すると、あたりは乳白色の何もない空間に変化していく。
 目の前にいた老齢の紳士は薄く消えていき、残るは白い燕尾服を着てシルクハットをかぶる女だけがいた。

「酷い話よね……。ここまでほっとかれるなんて」

 大きくため息をついてしまう。
 
 何もない空間で手をかざすと、壁一面に外界が映し出される。
 目の前には何やら、巨漢の魔獣たちから追いかけられている、十六歳くらいの少年が映し出された。

「あらあら、さっそくね。待っていてね……。一樹くん」
 
 会話をしていた二つの存在は、程なくして世界樹と白の燕尾服を着た女死神だとわかる。
 一人は世界のすべてを司る者、もう一人は人から見れば神で世界樹から見れば支える労働者だ。
 先ほどいた二柱と、もう幾柱の神たちの管理している世界があり、間も無く同士として神候補がやってくる。

 神たちの時間感覚でいう間も無くだ。
 人にしてみたら、非常に長いと感じるだろう。

 憂を抱きつつ、女は下界へ向かった。