レイリアのギルドは、シーヴのような塔ではなく一階建てだ。中は酒場を兼ねていて、正面のカウンター兼受付では、食べ物や飲み物の注文もできるし、依頼の受発注もできる。
もちろん、機密性の高い依頼の場合は奥に個室が用意されているが、基本的にはざっくばらんにやり取りする形式をとっていた。
椅子やテーブル、カウンターをはじめ、よく手入れはされているが、どれも年季が入っているのは外の街並みと同じだ。
カウンターの奥には、所狭しと様々な種類の酒瓶や樽が並べられており、外の看板や、カウンターの一部に置かれた依頼受付の札やギルドの紋章がなければ、酒場そのものの作りだ。
まだ早い時間だというのに中はほとんど満席で、顔を真っ赤にして酔っ払った者たちも多い。一方で、依頼をやりとりしにきたであろう難しい顔もぱらぱらといて、なんだか不思議な空間だった。
都市全体はともかく、ギルドの内部に限って言えば、シーヴよりよっぽど騒がしい。
体験したことのない空気に、ノアは呆気にとられると同時に、少しだけほっとしていた。
レイリアの閑散として影のある様子は、馬車の中でパイクやエミリーが濁していた、レイリアの抱える問題の深刻さを物語っていた。
エミリーに案内してもらった街並みにも、ノアは内心で不安を覚えていた。
頼りの大図書館は、いったん外から眺めただけではあるものの、人の気配がないように感じられたし、商店街にしても、エミリーの実家では明るい笑顔に出迎えられたものの、半分ほどが営業しておらず、客入りもまばらだった。
議会にはそれなりの人が出入りしていたが、あまり明るい表情には出会えず、悲壮感すら漂っていた。
この調子ではギルドもどうなっていることか、と心配していたところに、この活気だったのだ。
「どうだ、すげえだろ?」
パイクが自慢げに腕組みをして、ふふんと笑う。
「うん、すごい」
「だろ? 依頼のきっかけになるネタは旨い酒場か飯屋に集まるもんさ。そんなら、ギルドでそいつを作ってやればいい。ギルドより酒場の方が盛りあがっちまう日が多いのは、ご愛嬌ってやつだな」
「すごい熱気というか、活気があるよね」
「うるさいって言っちゃっていいよ。まあ、すぐに慣れるし、これで意外と便利なんだよね」
パイクとエミリーの姿を認めたギルドの客たちが、歓声をあげる。どこをほっつき歩いてやがっただの、こっちきて一緒に飲めだの、野太い声が次々にとんでくる。
確かにパイクは、自分で言うようにギルドに顔がきくようだし、エミリーも大人気のようだ。
「ちょっとガラの悪そうな人が多く見えるかもしれないけど、基本的にはみんないい人だから」
入り混じった歓声と野次を適当にあしらいながら、エミリーが説明してくれる。
依頼のやり取りにはうるさすぎる気もするが、そこはレイリアに住む人たちの暗黙の了解があるのだろう。依頼受付と札のかかったカウンター付近は、他に比べれば落ち着いた雰囲気が出来上がっていた。
「とりあえず今日は奥だな。あれこれ手続きもあるし、説明事項も多い。そんなお堅いもんは、ばっと渡して本人が好きに読んでおけってなもんだと思うんだが、うるさいやつが多くてな」
「そういうところをちゃんとしなくなったら、ギルドが取り仕切ってる意味がないでしょ?」
ほれ、うるさいやつの筆頭がここにいるだろ?
わざとらしくエミリーに嫌そうな顔を向けてから、パイクは人でごった返した酒場の中をずんずん進んでいく。エミリーもそれに続いて歩き出し、するすると器用に人を避けていく。ノアだけがまだ慣れず、あちらこちらでぶつかっては謝りながら、どうにかついていった。
酒場を抜けて、カウンターの切れた端にある扉をくぐると、いくつものドアが左右に並ぶ廊下に出た。
機密性の高い依頼の詳細を聞いたり、今回のノアのように移住や長期滞在を希望している場合など、手続きに時間がかかるときに使う部屋なのだと、エミリーが説明してくれる。
どの部屋にも入ることなく奥へ進んでいくことをノアは不思議に思っていたが、三人は結局、一番奥の立派な両開きの扉の前までやってきた。
「さて、ここを入ればギルド長の部屋だ」
「長期滞在の手続きで、いきなりギルド長さんが会ってくれるの?」
手続きや説明事項があるのはシーヴでも同じだったが、担当はたいてい、ギルドでも新しいメンバーか、専門の事務方メンバーだった。よほどの重要人物でもない限り、ギルド長が直接対応することはまずない。
恐縮した様子のノアに、パイクとエミリーは顔を見合わせて吹き出した。
「うちのはね、ギルド長っていっても全然まったく、いっさい緊張しなくて大丈夫だから!」
「そんなこと言われても」
「うははは! よーし開けるぞ!」
両開きの扉を開けると、手前の酒場が嘘のような、洗練された部屋が現れた。
目に優しいクリーム色の塗り壁に、シンプルな応接用のソファとテーブル。奥には執務用と思われるデスクが配置されている。
天井の一角が吹き抜けのようになっていて、大きな窓が斜めについていた。壁には窓がひとつもないのに、ほんのりと明るい。日差しが強い日でも室内には直射日光が当たらず、快適に過ごせるよう設計されているらしかった。
「適当に座ってくれ」
言いながら、パイクがソファにどっかりと腰をおろす。エミリーもその隣に座り、ノアにも正面に座るよう促した。
「あの、ギルド長さんは?」
執務用のデスクにも、部屋のどこにも人はいない。
おずおずと聞いたノアに、パイクとエミリーは部屋に入る前と同じように顔を見合わせて、にやりと笑う。
「あっはっは! そんだけきょとんとしてくれると、言わなかった甲斐があったな!」
えほん、とわざとらしい咳払いをひとつして、パイクがこれまたわざとらしく背筋を伸ばし、どこまでもわざとらしい真面目そうな顔を作った。
「ようこそ、レイリアギルドへ。俺がギルド長のパイク、J・S・パイクだ」
もちろん、機密性の高い依頼の場合は奥に個室が用意されているが、基本的にはざっくばらんにやり取りする形式をとっていた。
椅子やテーブル、カウンターをはじめ、よく手入れはされているが、どれも年季が入っているのは外の街並みと同じだ。
カウンターの奥には、所狭しと様々な種類の酒瓶や樽が並べられており、外の看板や、カウンターの一部に置かれた依頼受付の札やギルドの紋章がなければ、酒場そのものの作りだ。
まだ早い時間だというのに中はほとんど満席で、顔を真っ赤にして酔っ払った者たちも多い。一方で、依頼をやりとりしにきたであろう難しい顔もぱらぱらといて、なんだか不思議な空間だった。
都市全体はともかく、ギルドの内部に限って言えば、シーヴよりよっぽど騒がしい。
体験したことのない空気に、ノアは呆気にとられると同時に、少しだけほっとしていた。
レイリアの閑散として影のある様子は、馬車の中でパイクやエミリーが濁していた、レイリアの抱える問題の深刻さを物語っていた。
エミリーに案内してもらった街並みにも、ノアは内心で不安を覚えていた。
頼りの大図書館は、いったん外から眺めただけではあるものの、人の気配がないように感じられたし、商店街にしても、エミリーの実家では明るい笑顔に出迎えられたものの、半分ほどが営業しておらず、客入りもまばらだった。
議会にはそれなりの人が出入りしていたが、あまり明るい表情には出会えず、悲壮感すら漂っていた。
この調子ではギルドもどうなっていることか、と心配していたところに、この活気だったのだ。
「どうだ、すげえだろ?」
パイクが自慢げに腕組みをして、ふふんと笑う。
「うん、すごい」
「だろ? 依頼のきっかけになるネタは旨い酒場か飯屋に集まるもんさ。そんなら、ギルドでそいつを作ってやればいい。ギルドより酒場の方が盛りあがっちまう日が多いのは、ご愛嬌ってやつだな」
「すごい熱気というか、活気があるよね」
「うるさいって言っちゃっていいよ。まあ、すぐに慣れるし、これで意外と便利なんだよね」
パイクとエミリーの姿を認めたギルドの客たちが、歓声をあげる。どこをほっつき歩いてやがっただの、こっちきて一緒に飲めだの、野太い声が次々にとんでくる。
確かにパイクは、自分で言うようにギルドに顔がきくようだし、エミリーも大人気のようだ。
「ちょっとガラの悪そうな人が多く見えるかもしれないけど、基本的にはみんないい人だから」
入り混じった歓声と野次を適当にあしらいながら、エミリーが説明してくれる。
依頼のやり取りにはうるさすぎる気もするが、そこはレイリアに住む人たちの暗黙の了解があるのだろう。依頼受付と札のかかったカウンター付近は、他に比べれば落ち着いた雰囲気が出来上がっていた。
「とりあえず今日は奥だな。あれこれ手続きもあるし、説明事項も多い。そんなお堅いもんは、ばっと渡して本人が好きに読んでおけってなもんだと思うんだが、うるさいやつが多くてな」
「そういうところをちゃんとしなくなったら、ギルドが取り仕切ってる意味がないでしょ?」
ほれ、うるさいやつの筆頭がここにいるだろ?
わざとらしくエミリーに嫌そうな顔を向けてから、パイクは人でごった返した酒場の中をずんずん進んでいく。エミリーもそれに続いて歩き出し、するすると器用に人を避けていく。ノアだけがまだ慣れず、あちらこちらでぶつかっては謝りながら、どうにかついていった。
酒場を抜けて、カウンターの切れた端にある扉をくぐると、いくつものドアが左右に並ぶ廊下に出た。
機密性の高い依頼の詳細を聞いたり、今回のノアのように移住や長期滞在を希望している場合など、手続きに時間がかかるときに使う部屋なのだと、エミリーが説明してくれる。
どの部屋にも入ることなく奥へ進んでいくことをノアは不思議に思っていたが、三人は結局、一番奥の立派な両開きの扉の前までやってきた。
「さて、ここを入ればギルド長の部屋だ」
「長期滞在の手続きで、いきなりギルド長さんが会ってくれるの?」
手続きや説明事項があるのはシーヴでも同じだったが、担当はたいてい、ギルドでも新しいメンバーか、専門の事務方メンバーだった。よほどの重要人物でもない限り、ギルド長が直接対応することはまずない。
恐縮した様子のノアに、パイクとエミリーは顔を見合わせて吹き出した。
「うちのはね、ギルド長っていっても全然まったく、いっさい緊張しなくて大丈夫だから!」
「そんなこと言われても」
「うははは! よーし開けるぞ!」
両開きの扉を開けると、手前の酒場が嘘のような、洗練された部屋が現れた。
目に優しいクリーム色の塗り壁に、シンプルな応接用のソファとテーブル。奥には執務用と思われるデスクが配置されている。
天井の一角が吹き抜けのようになっていて、大きな窓が斜めについていた。壁には窓がひとつもないのに、ほんのりと明るい。日差しが強い日でも室内には直射日光が当たらず、快適に過ごせるよう設計されているらしかった。
「適当に座ってくれ」
言いながら、パイクがソファにどっかりと腰をおろす。エミリーもその隣に座り、ノアにも正面に座るよう促した。
「あの、ギルド長さんは?」
執務用のデスクにも、部屋のどこにも人はいない。
おずおずと聞いたノアに、パイクとエミリーは部屋に入る前と同じように顔を見合わせて、にやりと笑う。
「あっはっは! そんだけきょとんとしてくれると、言わなかった甲斐があったな!」
えほん、とわざとらしい咳払いをひとつして、パイクがこれまたわざとらしく背筋を伸ばし、どこまでもわざとらしい真面目そうな顔を作った。
「ようこそ、レイリアギルドへ。俺がギルド長のパイク、J・S・パイクだ」