「どうなってんだ、くそが!」
円形のホールに、怒声が響きわたった。
広々としたホールだ。シーヴのカラーである青を基調とした内装に、高い天井から吊るされた煌びやかな照明が色を添える。壁に施された複雑な銀色の文様は高価な魔法銀の細工で、ギルド本部であるこの塔を守る簡易的な結界の役目も果たしている。
この大陸において、各都市の名を冠するギルドの力は、そのまま都市の力と権力の強さを表す。
それは言葉のとおり、年に一度、大陸中の都市にランクがつけられ、大陸中に示される。
大陸の中央にある王都への貢献や、日々の魔物討伐、各所から舞い込む依頼達成の質や量がスコアとなり、集計されるのだ。
娯楽の少ない一般市民にしてみれば、年に一度のお祭りのようなものだが、各都市ギルドに所属する者たちにとっては、それどころではない。
都市間における一年間のパワーバランスが決まってしまうのだから、死活問題だ。意地とメンツはもちろん、ギルドの運営そのものにかかわる一大事だ。
シーヴギルドのエースと名高い槍使い、ジャック・グリフが、豪華なホールのど真ん中で悪態をついたのは、簡単なはずの魔物討伐が、あわや失敗かというぎりぎりの結果に終わったからだった。
ここ数年で、大陸五大都市の一角にまでのしあがったシーヴは、このままの勢いで大陸トップを狙おうと息まいていた。そこへきて、このざまだ。こんなところでつまづいていては、トップどころか、五大都市からの陥落もありえる。
ジャックは自身の装備に視線を落とす。
新調した槍も鎧もぼろぼろで、特に槍は、最後の一撃でへし折れてしまっている。
討伐に参加した他の十数人も、同じありさまだった。
魔力が底をつきかけ、土気色の顔をした魔術師たち。盾役の三人は骨折した上、治癒も間に合っていない。
どうにか目的の魔物の討伐を果たして逃げ帰ってきたものの、全員に疲労と憤りの色が見えている。
あくまでジャックの感覚としてではあるが、相手は強敵だったわけではない。
これまでなら、鼻歌混じりに適当にあしらって、飽きたらさっさと倒して終わりにしてきたような、そんな相手だ。
それが余計に、ジャックの神経を逆撫でした。
「あんたたちがサボってくれたせいで散々よ。報酬はこっちで七割もらうからね」
ジャックにしなだれかかりながら、取り巻きのバーバラ・スチュアートが、補助魔法を得意としていた術師三人を顎でさす。
「冗談じゃない。こっちはいつもどおりやってる。アタッカーのあんたたちがもたもたやってたから、陣形が崩壊したんだろ!」
「俺に口答えしようってのか?」
ひしゃげた槍の切っ先を三人に向けてジャックがにらむと、三人は悔しそうに首を振った。
危ういところではあったが、意地を見せて、今回の魔物にとどめを刺したのはジャックだ。補助術師たちが言い返せるはずもない。
「悪かったよ……でも本当だ、俺たちは手を抜いたりなんかしてない。そんなことするわけないだろ?」
「……いいだろう、もう行け。次に手抜きしやがったら俺のチームから外すからな」
ジャックが三人を追い払うと、ギスギスした雰囲気と疲労感から、他のメンバーも次々とその場を後にしていく。
残ったのは、ジャックとバーバラの二人だけになった。
「ねえジャック、あいつらの肩を持つわけじゃないけど、今日はちょっとおかしくなかった?」
「別に、たまたまだろ」
「そう……よね」
「お前まで何か文句があるのか?」
「そういうわけじゃないけど……なんとなくジャックも、調子悪そうだったかなって」
「んなわけねえだろ」
バーバラを振り払って歩き出してから、ジャックは舌打ちをした。バーバラが息をのむのがわかるが、振り返りはしない。
外野から言われなくとも、体が重く、いつもの調子が出ていないことにジャックは気づいていた。
体調が悪いわけではない。いつもどおりにやっているのに、何かがおかしい。他の連中もそうだとすれば、原因は何だ?
得体のしれない苛立ちを覚えたジャックが危惧したとおり、快進撃を続けてきたジャックたちのチームは、この日を境に思わぬ苦戦を強いられることになる。
大きな違和感を覚えながら、その原因に彼らが気づくことができるのは、しばらく先の話だ。
円形のホールに、怒声が響きわたった。
広々としたホールだ。シーヴのカラーである青を基調とした内装に、高い天井から吊るされた煌びやかな照明が色を添える。壁に施された複雑な銀色の文様は高価な魔法銀の細工で、ギルド本部であるこの塔を守る簡易的な結界の役目も果たしている。
この大陸において、各都市の名を冠するギルドの力は、そのまま都市の力と権力の強さを表す。
それは言葉のとおり、年に一度、大陸中の都市にランクがつけられ、大陸中に示される。
大陸の中央にある王都への貢献や、日々の魔物討伐、各所から舞い込む依頼達成の質や量がスコアとなり、集計されるのだ。
娯楽の少ない一般市民にしてみれば、年に一度のお祭りのようなものだが、各都市ギルドに所属する者たちにとっては、それどころではない。
都市間における一年間のパワーバランスが決まってしまうのだから、死活問題だ。意地とメンツはもちろん、ギルドの運営そのものにかかわる一大事だ。
シーヴギルドのエースと名高い槍使い、ジャック・グリフが、豪華なホールのど真ん中で悪態をついたのは、簡単なはずの魔物討伐が、あわや失敗かというぎりぎりの結果に終わったからだった。
ここ数年で、大陸五大都市の一角にまでのしあがったシーヴは、このままの勢いで大陸トップを狙おうと息まいていた。そこへきて、このざまだ。こんなところでつまづいていては、トップどころか、五大都市からの陥落もありえる。
ジャックは自身の装備に視線を落とす。
新調した槍も鎧もぼろぼろで、特に槍は、最後の一撃でへし折れてしまっている。
討伐に参加した他の十数人も、同じありさまだった。
魔力が底をつきかけ、土気色の顔をした魔術師たち。盾役の三人は骨折した上、治癒も間に合っていない。
どうにか目的の魔物の討伐を果たして逃げ帰ってきたものの、全員に疲労と憤りの色が見えている。
あくまでジャックの感覚としてではあるが、相手は強敵だったわけではない。
これまでなら、鼻歌混じりに適当にあしらって、飽きたらさっさと倒して終わりにしてきたような、そんな相手だ。
それが余計に、ジャックの神経を逆撫でした。
「あんたたちがサボってくれたせいで散々よ。報酬はこっちで七割もらうからね」
ジャックにしなだれかかりながら、取り巻きのバーバラ・スチュアートが、補助魔法を得意としていた術師三人を顎でさす。
「冗談じゃない。こっちはいつもどおりやってる。アタッカーのあんたたちがもたもたやってたから、陣形が崩壊したんだろ!」
「俺に口答えしようってのか?」
ひしゃげた槍の切っ先を三人に向けてジャックがにらむと、三人は悔しそうに首を振った。
危ういところではあったが、意地を見せて、今回の魔物にとどめを刺したのはジャックだ。補助術師たちが言い返せるはずもない。
「悪かったよ……でも本当だ、俺たちは手を抜いたりなんかしてない。そんなことするわけないだろ?」
「……いいだろう、もう行け。次に手抜きしやがったら俺のチームから外すからな」
ジャックが三人を追い払うと、ギスギスした雰囲気と疲労感から、他のメンバーも次々とその場を後にしていく。
残ったのは、ジャックとバーバラの二人だけになった。
「ねえジャック、あいつらの肩を持つわけじゃないけど、今日はちょっとおかしくなかった?」
「別に、たまたまだろ」
「そう……よね」
「お前まで何か文句があるのか?」
「そういうわけじゃないけど……なんとなくジャックも、調子悪そうだったかなって」
「んなわけねえだろ」
バーバラを振り払って歩き出してから、ジャックは舌打ちをした。バーバラが息をのむのがわかるが、振り返りはしない。
外野から言われなくとも、体が重く、いつもの調子が出ていないことにジャックは気づいていた。
体調が悪いわけではない。いつもどおりにやっているのに、何かがおかしい。他の連中もそうだとすれば、原因は何だ?
得体のしれない苛立ちを覚えたジャックが危惧したとおり、快進撃を続けてきたジャックたちのチームは、この日を境に思わぬ苦戦を強いられることになる。
大きな違和感を覚えながら、その原因に彼らが気づくことができるのは、しばらく先の話だ。