「よお、ノア。ずいぶんご立派で、さぞいい気分だろうな」
 大広間を抜け、城門まで続く広い道の途中で、ノアは後ろから声をかけられた。
 尊大な物言いと人を上から見下したような口ぶりを、忘れるはずもない。声の主はジャックだった。
 とっさに、エミリーとパイクがノアの前に出る。ジェマもノアの隣に立って、冷たい目でジャックたちをにらみつけた。
 三人は、ノアがシーヴでどんな扱いを受けてきたかを聞いている。そのうえ、今回の魔物討伐での身勝手なふるまいを見せられて、腹に据えかねているのだろう。
「大丈夫だよ。ありがとう」
 ノアは三人に礼をいい、ジャックの正面に立つ。
「ジャック……皆も、身体は大丈夫だったんだね。何か用?」
 地竜によって壊滅寸前まで追い込まれたシーヴギルドの面々は、地竜の反撃を受けたあとはさすがに撤退し、十分な治癒を受けたらしい。
 後ろに控えるバーバラや数人のシーヴギルドメンバーも、服装こそぼろぼろだが、致命的な傷は治癒されているように見えた。
 大広間で注目を浴びたノアと、問題視されていたシーヴが話している。
 他の五大都市や各ギルドのメンバーも、思わず足を止めた。
「お前、シーヴに戻ってきていいぞ」
「はあ!? どの口がそんなこと言うわけ!?」
「待って、エミリー。戻ってきていいって、どういうこと?」
 即座に拒否反応を見せるエミリーを制して、ノアは問い返す。
「レイリアのやつらごときがあんなに動けるわけねえと思ってたが、聞いてりゃ、要はお前が何かしてたってことだよな?」
「何かしてたのはそうだけど、皆の力があってこそだよ」
「お前は俺たちにもそれをやっていた。何が気に入らなかったのかしらねえが、そいつを隠して追放されたフリなんかしやがって」
「知ってたら追放も、あんなこともしなかった……ってこと?」
「そりゃあそうだ。つまり俺たちの間には誤解があった。わかるよな?」
 エミリーが剣の柄に手をやるのがわかった。
 だめですよ、とジェマがそれをなだめる。
「……隠してたわけじゃなくて、本当に自分でもわかってなかったんだ」
「あのときは知らなかった、今は違うってわけか。そんな都合のいい話がとおると思うのか?」
「ノアを知ろうともしなかったくせに」
「エミリー……ありがとう、でも本当に大丈夫だから」
 振り向いて、エミリーに小さく笑顔を返す。
「とにかくだ。その力の権利はシーヴにあるってわけだ」
「そうよ、ありがたく戻ってきなさいよ」
 ジャックがにやりと笑い、バーバラが援護にならない援護射撃を飛ばす。
 この言いように、各五大都市のギルドメンバーもそれぞれに顔をしかめ、嫌悪感を示して見ていた。
 今までは、実力が伴っていたからこそ、シーヴの横暴な態度は許されてきた。
 しかし今は、防衛戦で皆を危機にさらした上に、大活躍だったレイリアの中心メンバーを無茶苦茶な理由で引き抜こうとしている。そんな連中に、好意的な目を向けられるはずもない。
「あんときのことをまだ根に持ってんのか? 誤解があったって言ったろ。バーバラ、返してやれ」
 うつむいてしまったノアを見て、ジャックが声色を変えてバーバラを促す。
「はい。あんたの首飾り。大事に保管しといてあげたのよ」
 バーバラの言い分は嘘だ。
 あわや売り払うところだったのをジャックに見つかり、腐っても英雄の遺品だからと念のため取っておいただけだった。
 それは確かに、色を失ってはいるものの、ノアの首飾りだった。
「そっか、ちゃんと保管しておいてくれたんだ」
「な? これでチャラだろ? お前はシーヴにいるべきなんだよ」
 首飾りを握りしめて、ノアは大きく息を吐く。
 割り切ったつもりだった。ロッドだけでも手元にあればと思っていた。それでも、再び母の形見を手にできたことに、喜びの気持ちがわきあがってくる。
「ノア……まさか、出ていっちゃったりしないよね?」
 黙って首飾りを握りしめるノアを見て、エミリーが不安そうな声を出す。
「出ていくいかないじゃねえんだよ。ノアはもともとうちのもんなんだ」
「そうよ。あんたたちは、その力を借りていい気になってただけ。残念ね」
 勝ち誇ったようなジャックとバーバラの声に、不穏な気配が漂う。
「返してくれてありがとう。でもごめん、僕はレイリアの皆といくよ」
「ああ? 形見も返して、追放は誤解だっつってんだろうが」
 ジャックが、露骨に不快感の混じった声を出す。
「シーヴにいた頃の僕は、自分の能力もわかってないくらい駄目だったと思う。だから、追放とかのことはもういいよ」
「なら、何が気にいらねえ」
「レイリアの皆が好きだし、何もわかってなかった僕のことも、信じてくれた。追放のことは仕方なかったって思えるようになったけど、ジャックたちと同じ関係を築けるとは思えないから。今回の戦いでそれがよくわかった。シーヴは一度、連携とか戦い方とかそもそもの考え方とか、ちゃんと話し合った方がいいと思う」
 きっぱりと、ジャックから視線を外さずにノアは言った。
 口調こそやわらかいが、背中は預けられない、ギルドのあり方を見直せと宣言したのと同じだ。
「だから、てめえが黙って前みたいに力をよこせば、うちの方が……!」
「さっきから力のことばっかり。そんな風にしか考えられないから、無謀な突撃しかできないんじゃない?」
 さらりとエミリーが口を出し、ジャックとバーバラが顔を真っ赤にする。五大都市の面々も苦笑いしていた。
「そうかよ。てめえら……覚えとけよ」
 レイリアの四人にしか聞こえない声で悪態をつくと、ジャックたちは肩をいからせて去っていった。
 不穏な気配が去り、場の空気が和らぐと、五大都市の面々もそれぞれに、ノアたちにお礼と別れの挨拶をして去っていく。
 残ったレイリアの四人は、しばらく立ち止まって、それを見送った。
「よかった。一瞬だけ、ノアがいっちゃうんじゃないかって心配になっちゃった」
「あはは、ごめん。母さんの首飾りが戻ってきたのが意外すぎて、いろいろ思い出してたんだ」
「ひやひやさせんな、あぶないとこだったぞ」
「え、パイクにも心配かけちゃってた?」
「お前さんがびしっと言ってやらなかったら、俺がぶちキレてたとこだ」
 ノアは目を丸くした。
 エミリーが怒っているのは伝わってきていたが、パイクはどちらかというと、いつもどおり飄々としていて、両者の言い分をじっくり聞いているように見えていたからだ。
「この人、こう見えて沸点が高いわけじゃないんです。大好きな仲間のことになると、居ても立ってもいられなくなっちゃうんですよね。しかも、バレバレなのに隠そうとするんだから……かわいいでしょ?」
 ジェマ、このやろう。
 パイクが顔を真っ赤にして、そそくさと逃げるジェマを追いかけていく。
 それをぼんやりと眺めて、ノアは自分の口元が緩んでいることに気が付いた。
「よかった」
 ぽつりとつぶやいたノアの顔を、エミリーが覗き込む。
「皆に会えてよかったなって」
「パイクとか、あんなんだけどね」
「あはは。でも本当に、あそこで皆に会えたのが、僕の一番の幸運だったなって思ってるよ」
 レイリアの皆に出会えなかったら、今も自分の力に気付かず、燻っていたかもしれない。
 それどころか、一人でシーヴの外に出て、何もできず魔物にやられていたかもしれない。
「そう言ってもらえるならよかった。でも、まだこれからだよ。とりあえず、すぐレイリアに戻らなくちゃ」
 死の谷に槍を突き刺したのは何者なのか。
 それを取り除いただけで、レイリアは本当に復興へ向かうのか。
 シーヴが落ち込み、レイリアが台頭したことで、ギルド間のパワーバランスも変わるだろう。
 問題は山積みで、解決するにはあまりにも、情報も人手も足りていない。
 ノアは、「そうだね」とエミリーに小さく笑みを返す。
 それでも、きっと大丈夫だ。
 今のノアには、信頼できる大切な友人が何人もできた。
 積み重なる問題を軽く飛び越えてしまうくらい、前向きな好奇心が溢れている。
「ノア」
「うん?」
「ありがとう」
「え、なんで?」
「私も……私たちも、ノアにすごく感謝してるんだからね。だからありがとう」
 真剣な顔でいわれて、顔が熱くなる。
「さすがにノアも疲れてるだろうし、帰りは馬車の手配とかしなきゃだよね。ジェマさんに聞いてこなきゃ」
 エミリーがそそくさと走っていき、ノアは一人になる。
 空は快晴。
 世界が抱えるあまり気前のよろしくない事情はともかく、絶好の旅立ち日和だ。

 了