王都を象徴する色は白と金だ。
 各都市のギルド本部は、それぞれに都市のカラーを象徴した内装をしているが、この二色を基調とした内装が許されているのは王都のギルドと、王族が住む王城のみだ。
 高い天井には、金色に輝く巨大なシャンデリアが煌々と光を放ち、壁には金の繊細な紋様が白との調和を保ちながら空間を彩っている。
 戦いが終わった翌朝、王城の大広間には、今回の防衛戦にかけつけた各ギルドの中心メンバーと、王都を守る騎士団が一堂に会していた。
「いいか、こういうのはな、堂々としてりゃいいんだ。堂々と……な、ノア?」
「は、はい……!」
 ノアは、初めて足を運んだ王城の荘厳さに、緊張しきっていた。
 これまで少しずつ自信をつけてきたノアだったが、こういう場にはまだ耐性がついていない。
 母は王都の出身だが、祖父母や母方の親戚とは絶縁状態なので、そもそも王都自体に遊びに行く機会がなかった。シーヴギルドが五大都市に認定されて王城に招待されたときも、同行は許されずにシーヴで留守番をしていた。
 昨日の防衛戦では王都や王城の造りを気にする余裕はなかったし、終わったあとも極度の疲労で、城下にある豪華な宿屋に泊まっても、あっという間に眠り込んでしまった。
 今朝、ようやく冷静になったところで、謁見の席に同行して褒賞を受けるのだと聞いて、それからずっと心臓がバクバクと波を打っている。
 眠っている間に洗濯してもらえたとはいえ、戦いでぼろぼろになったローブ姿できらびやかな広間に並んで立っているだけで、逃げ出したくなる気持ちだった。
「あの、やっぱりどこかで待ってちゃ駄目? 僕、こんな格好だし、こういうところは苦手で」
 おそるおそる聞いてみるが、「それはだめ」とエミリーからかぶせきみに怒られてしまった。
「今回、一番がんばってくれたのは、ひいき目なしでノアなんだから」
「そうですよ。服装なんて、皆同じようなものです。気にすることはありませんよ。せっかくですから、いただけるものはいただいてしまいましょうね。万が一、足元を見てくるようなら物申してやりましょう」
「ジェマさん、言い方……」
 さらりと便乗したジェマの台詞にはやや不穏な空気がこもっていて、ノアは思わず苦笑いになる。
「この格好で、失礼になったりは……しないんでしょうか?」
「なるわけがありません。王都の緊急依頼にこたえて駆けつけて、死に物狂いで戦ったんですよ? それで、新しい服をお高い王都の仕立屋で揃えてこなければ失礼だなんて言い出すようなら、そんな王都は願い下げですね」
 ふんとそっぽを向いてしまったジェマに聞こえないように、ノアはエミリーにそっと耳打ちする。
「ジェマさんって、王都があんまり好きじゃないのかな? さっきから、ちょっと棘があるっていうか」
「そうみたい。何があったか詳しく聞いたことはないけど、王都にはあまりきたがらないし、来ても不機嫌なんだよね」
 そうなんだ、と答えてノアは改めてまわりを見回してみる。各ギルドから集まった数人ずつはいずれも、ジェマの言うとおり戦ったそのままの格好だった。
 服を新たに仕立ててきたり、緊急依頼で駆けつけるときに着替えをもってくるような余裕があった者はいない。
 ノアは少しだけほっとすると同時に、まわりが全く見えていなかったことが恥ずかしくなった。
「皆の者、静粛に。王様がお会いになる」
 騎士団の誰かがおごそかな口調で宣言すると、集まっていた皆がひざまずく。
 慌ててノアも、パイクたちにならってぎこちなく膝をついた。
 難しい作法など習ったこともなければ、経験したこともない。これで本当に合っているだろうか。そんなことを考えるだけで、心臓がどこかにいってしまうような気がした。
「皆、どうか顔をあげて楽にしてくれ」
 隣にいるエミリーがゆっくり顔をあげるのにあわせて、ノアもゆっくりと顔をあげる。
 初めて目にする王は、威厳と優しさを合わせもつ不思議な瞳をしていた。
 白と金に彩られたゆったりとした衣装に身を包み、集まった一人ずつに視線を合わせるようにして、全員が顔をあげたのを確認してから口を開く。
「皆、よく戦ってくれた。そなたたちのおかげで王都はこうして守られた。今回の依頼に応じてくれたこと、心から感謝する」
 大広間がざわつく。王が頭を下げたからだ。
「王様、そのような……!」
 騎士団長が慌てるが、「よいのだ」と王は首を振った。
「今回の魔物どもは、これまでのような兆しもなく、降ってわいたように現れおった……何かが起ころうとしているのかもしれん。王都に駆けつけ、戦ってくれたこと、本当に感謝している」
 改めて頭を下げた王につられて、ノアたちも頭を下げる。
 はるか昔、この大陸に国をおこした者たちの一族として、王族は王都に君臨し、各都市を見守り、統治してきた。
 中には狂王もいたというが、目の前で頭を下げる王は、謙虚さと、民への敬意を持っている。そのことがしっかりと感じられ、ノアはなんだか嬉しくなった。
「特に……レイリアの勇者たちよ、前へ出てくれるか」
 おお、とどよめきが起こり、ノアたちの前に道が開ける。
 劣勢になっているところを空から何度も助けて回り、三体の地竜を退けた奮戦ぶりは、その場で戦っていた誰もが知るところだ。
 空を飛ぶ四人だけではない。四人が現れてからの、レイリアギルド全体の働きぶりも目を見張るものだった。
 まるで別人のように強力な魔法を連発し、あっという間に持ち場の魔物を片付けると、四人が地竜に挑んでいる間の王都の守りに大きく貢献していたのだ。
「レイリアのギルド長パイク、そしてギルドの者たちよ。礼を言うぞ。レイリアギルドには特別な褒美を約束しよう」
「もったいないお言葉です。が、今回の一番の功労者は俺じゃありません。ここにいるノア・ターナーです」
「ほう」
「パ、パイク……!」
 ノアは慌てるが、パイクは止まらない。王の前でもまったく物おじせず、いつものようににんまりと笑ってみせた。
「言わせろって。こいつはどう考えても、俺やギルドの手柄じゃねえんだ。空を飛び回ったのも、地竜をどうにかできたのも、俺たちがいつも以上の力で立ち回れたのも、すべてこのノアのおかげです」
 とんでもないことを言ってくれた。そう思ったのはノアだけだった。
 大広間に巻き起こった拍手が、ノアの活躍ぶりが皆に認められていることを表していたからだ。
「まったく、王の御前でこの騒ぎ……前代未聞ですぞ」
 そう言ってため息をつく騎士団長も、口元には笑みが浮かんでいる。
「ほら見て、ノア」
 エミリーに促されて、振り向く。
「すごかったぞ!」「お前のおかげで助かった!」「どうやってるのか今度教えてくださいね」
 拍手と歓声、いくつかの野次と、たくさんの笑顔がノアを見つめている。
 自身の活躍を見せびらかしたいわけではない。ただ、誰かの役に立ちたかった。
 その強い思いが、少しずつ形になってきている。誰かの役に立てている。その実感が、ノアの鼓動を高鳴らせていた。
「ありがとう……ございます」
 涙をこらえて、ノアは深々と頭を下げる。「なんでお前さんが礼を言うんだよ」とパイクが笑う。
「もちろん、他の皆にも十分な褒美を与えると約束しよう。戦いの疲れも取れぬ間に呼びつけてすまなかったな」
 そう言って、王は場を締めくくった。
 ノアはまだふわふわした気持ちのまま、大広間を後にした。