「ノア、次はあっちだ!」
「わかった、行こう!」
見れば、塀の上にまで魔物が踏み込んできていた。ノアは速度をあげて急降下すると、塀そのものやそこで守りについている誰かを傷つけないよう、魔物本体だけを狙って、氷魔法を次々と投げつけた。
全身、あるいは手足が凍って動けなくなった魔物へパイクとエミリーがとどめをさし、ジェマが治癒魔法をふりまいて再び上空へ舞い上がる。
「はっはっは、連携も完璧だな! けど飛ばしすぎんなよ、ノア! お前さん、ほとんど休んでねえだろ」
「大丈夫、まだまだいける!」
襲ってくる魔物たちは、パイクが見抜いたとおり、遅れてやってくる魔物ほど強力になっていくようだった。
特に連携をとって襲ってくるわけではないので、狙ってやっているとは思えなかったが、結果的に、疲弊したところへ強力な攻撃がやってくる形で、状況はより一層厳しくなってきていた。
しかし、魔物が数を減らしているのも事実で、まさしくここが踏ん張りどころだ。
「あそこ! また前に出て……なんなのあの人たち!」
エミリーが指さす先には、王都へやってくるときに助けた一団が、また門を抜け出して防御の陣形に穴を空けているところだった。
「多分、あれを狙っているんでしょうね」
ジェマが冷静に見つめる先には、翼のない竜のような大型の魔物が突進してきていた。
「地竜……にしては大きすぎる! あんなのが相手ならそれこそ、わざわざ前に出なくても周りと連携すればいいのに」
「塀が壊されるかもって思ったのかもしれないよ」
「ノアは優しすぎ。そうだとしても、あの人たち、もう三回くらい出すぎて迷惑かけてるのに」
頬を膨らませるエミリーに、ノアは苦笑する。
「それで、どうするんです?」
「もちろん、助けます!」
「だと思ったぜ! っつうか見たとこ、あれと似たようなのが後ろからも三体来てやがるな。今回の群れのボスってとこか。となりゃあ、出すぎのやつらはともかく、行くしかねえか」
四人は塀と並ぶようにして飛んだ。上から見て苦戦しているところをサポートしながら、地竜のところへ向かっていく。
ノアたちの動きはすでに、王都全体を鼓舞する大きな力となっており、通り過ぎる四人に向けて歓声が上がる。
「ありがとう!」「気をつけろよ!」「助かった!」
投げかけられる言葉が、熱い力となっていく。ノアは口の端を持ち上げて、速度を上げた。
「てめえノア! 調子にのりやがって、また手柄を横取りする気か!」
「ジャック……さん?」
地竜のところまでやってきたノアはようやく、たびたび前に突出していた一団がシーヴの面々であることを認識した。
視界がぐらりと揺れて、ノアは自分でも、顔が青ざめているのがわかった。
レイリアにきて克服したつもりだった。それなのに、シーヴにいた頃の息苦しさが喉元までせりあがってくる。
「邪魔なんだよ、消えてろくそが!」
「そうよ。さっきから何度も横取りして! そんなに私たちの活躍がうらやましいわけ!?」
ジャックとバーバラが騒ぎ、他のシーヴメンバーも、ノアを口汚くののしる。
王都に住むたくさんの人の命がかかっているのに。見たことのない大きさの地竜がすぐそこまで迫っているのに。この人たちは何を言っているんだろう。
何もかも理解できず、呼吸が荒くなる。目の奥がチカチカして、視界が回る。
「ノア! 大丈夫?」
エミリーの心配そうな声にはっとする。
「あいつら、シーヴのやつらか。なるほどな」
パイクがジャックたちを睨みつけ、それからにやりと笑った。
「もう何度も助けてやってんだ、ちったあ感謝して協力しやがれ。できねえんなら、そこでおとなしく震えてるんだな!」
「……なんだと? てめえ、おりてきやがれ!」
「そんな暇はねえだろうが、よ!」
地竜に追われるような形で迫ってきていた魔物に、斬撃をいくつか飛ばしてパイクが吠える。
「ノア! あいつらに構うことはねえ! 俺たちは俺たちのやるべきことをやるんだ!」
「パイク……でも……」
「前とは違うんだってところを見せつけてやろうじゃねえか。お前さんは俺たちの大事な仲間だ、心配すんな」
「そのとおりです。今もこうしてノアくんの力を借りているように、私たちの力もノアくんにいくらでも貸しますからね!」
「いこう、ノア! 私たちなら大丈夫だよ!」
ジェマが穏やかに微笑み、エミリーもにっこりと笑ってみせる。
そのとき、塀の方からさらなる歓声があがった。
ノアの魔力譲渡で力を増したレイリアギルドの面々が、一気に魔物を押し返したことで、称賛を浴びているのだ。
エミリーも、パイクも、ジェマも、ノアに向ける視線は優しい。そこには、今も眼下から向けられているような、理不尽な侮蔑や怒りはひとかけらもない。レイリアの皆も、ノアたちを信じて戦ってくれている。
「ありがとう」
驚くほど頭の中がクリアになって、縛られていた鎖がするするとほどけるような気がした。
「よし、やろう!」
「てめえノア、俺を無視するとはいい度胸じゃねえか」
足元で叫ぶジャックと、後ろについてきていたシーヴの面々に視線を移す。
よく見れば、度重なる無謀な突撃で明らかに疲弊しているようだった。
「……危ないので、下がっていてください」
「ああ!? 誰にそんな口きいてやがる! こら、無視してんじゃねえ!」
言うべきことは言った。ノアは眼前に迫ってきた地竜に集中する。
大きさだけなら、死の谷で倒した魔力の魔物と同じくらいはあるだろうか。岩のようにごつごつして、棘状の突起が無数に生えた土気色の皮膚。濁った茶色の鋭い爪と牙。爛々と光る目は緑に赤が混じっている。長く伸びた尾にも注意が必要そうだ。
「とりあえず試すか。おらあっ!」
パイクが、魔力を乗せた斬撃を地竜に投げつける。大型の魔物を何体も切り裂いてきた斧から放たれた曲線の斬撃が、地竜の硬そうな背を削った。
「いけるじゃねえか! っつうかお前さん、ここにきてさらに力が増してねえか?」
「どうかな……ずっと夢中でやってるから」
「おしゃべりはそれくらいにして、倒してしまいましょう。場合によっては、他も回る必要があるかもしれませんし」
ノアはプレートを巧みに操り、四人の波状攻撃が、全方位から地竜にダメージを与えていく。ノアの炎魔法が熱と衝撃で体力を削り、ジェマの補助魔法で強化されたパイクとエミリーの斬撃がいくつもの傷をつけ、地竜に苦悶の雄叫びをあげさせた。
「なによ、見た目より大したことなさそうじゃない!」
「ノアごときがあんだけ余裕でやれてんだ。とどめは俺たちがいただく! 行くぞお前ら!」
バーバラとジャックが叫ぶ。その号令にしたがって、シーヴの面々が突撃をかけてくるのが見えた。
「どうしてまだそんなところにいるんだよっ……危ない!」
ノアは思わず叫ぶが、遅い。猛攻に耐えて縮こまっていた地竜の瞳が、ぎらりと光る。
勢いよく突進した地竜の巨体が、ジャックたちをはねとばす。
「痛い……血が……助けて……」
「俺の、俺の腕……ひいいい!」
地面に叩きつけられてあえぐジャックたちへ、怒りをあらわにした地竜が追い討ちをかけようとなおも迫る。
「どうしますか!? 他の魔物もまだいますし、このままではまずいですよ」
ジェマが叫ぶ。地竜を避けて遠巻きに並走していた魔物たちが、目の前に転がった獲物に歓喜の声をあげている。
ジャックたちは、もはや自力で動ける状態ではない。
地竜に踏み潰されるか、まわりの魔物に引き裂かれるか、どちらにしてもまともな道は残されていないように見えた。
「地竜を一気に倒して、あの人たちも助けたい。エミリー、パイク、ジェマさん、ちょっときついけどお願いしてもいい? やっぱり、見殺しにはできないから」
「しょうがないね。ノアがそういうなら頑張ってみちゃおうかな」
「それでこそノアくん、ですね」
「やるのはいいがいけるのか?」
パイクの言葉は厳しいものだったが、そこにはレイリアギルド長としての責任が滲んでいた。無理をすれば、なんとかなるかもしれない。しかし、魔物の群れの真っ只中でこちらが力尽きては意味がない。
ノアは言葉のかわりに、三人の目にも見えるほどの魔力を纏い、同じ量の魔力を三人に渡すことで応えてみせた。
さすがに、頭の奥がちくりと痛む。魔力量はまだ足りるが、それを制御する方に負荷がかかっている。
「いいだろ、大した覚悟じゃねえか」
パイクがにやりと笑い、四人は地竜に意識を集中させた。
「いこう、ノア!」
「うん……よおし!」
一気に加速した四人は、先ほどよりさらに勢いをつけて、地竜の硬い皮膚を削っていく。ノアはその間も、自身がつかんでいる腕輪の先から高火力の魔法を次々と撃ち出し、まわりの魔物を牽制することも忘れない。
「ジェマ、頼む!」「はい!」
補助魔法を集中させたパイクが、プレートから完全に手を離して斧を両手で握りしめ、地竜の脳天めがけて飛び降りる。
「エミリー、あわせて!」「任せて!」
それにあわせて、ノアもエミリーの剣に魔力を集める。エミリーの得意な魔法は風だ。地竜の皮膚を斬りさく鋭い風の刃。同時に、エミリーを守り、速度をあげる風の鎧。ノアがイメージした魔法が、エミリーの剣と全身に宿る。
「やりました……!」
ジェマが叫んだとおり、二人の斬撃を受けた地竜は、断末魔の雄叫びをあげて完全に沈黙した。
「次だ! 時間ねえぞ!」
パイクが叫び、プレートに飛び乗る。
それを確認したノアは、四人を急上昇させてくるりと反転した。
ノアがところどころで魔物に牽制を入れていたとはいえ、シーヴギルドのメンバーは虫の息だ。地竜の断末魔で他の魔物の動きが止まった一瞬を見逃さず、ノアたちは一気に加速する。
「こっちは私が!」
「俺はあそこを助ける!」
「ここは任せてください」
ちりぢりにはね飛ばされたシーヴの面々は、どうにか数人ずつで固まって応戦していた。そこへ、三人が次々と飛び降りていく。
最初は、落ちないようにとほとんど固定させていたプレートも、今では三人の意思で手足を離せるようになっている。ノアはこの戦いの中でも着実に成長していた。
利き腕が折れ、どうにか片手で槍を振り回していたジャックと、傷は浅いものの、取り乱してまともな魔法が使えずにいるバーバラに、数体の魔物が飛び掛かろうとしている。
間に合わない。咄嗟に判断したノアは、腕輪を二人に向けた。
「フレア……ウォール!」
ノアが放った上級魔法は、ジャックとバーバラを飛び越えて、魔物との間に炎の壁を作りだす。
数体の魔物がそれに巻き込まれて動かなくなるが、ジャックたちを囲む魔物の数はまだ多い。
ノアは続いて、風の塊を炎の壁越しに撃ち出した。風は炎を纏い、ひとまわり大きくなって魔物を弾き飛ばして焼き尽くす。
パイクがいるところでは魔物たちが次々と空中に突き上げられ、エミリーは目にも止まらぬ速さで魔物の首を身体から飛ばし、ジェマが放つ中級魔法も、ノアの魔力を借りて本来以上の威力を発揮する。
地竜が倒れ、ノアたちが圧倒的な力を見せつけたことで、残った魔物たちが大慌てで退いていく。
「た、助かったの?」
「ふざけんなよ……てめえの助けなんか、いらなかった……!」
へたりこむバーバラとは違い、だらりと腕をたらしながらも、ジャックの顔は怒りに染まっていた。
自分たちの力は通用せず、格下だと思っていたノアに助けられた。そのことが、命を拾った安堵や喜びを凌駕して、怒りを燃え上がらせているようだった。
「下がってください。魔物はまだ完全に退いたわけじゃない」
ジャックの言葉には応えず、背を向けたままノアは言う。
「えらそうに指図してんじゃねえ! てめえの命令なんかっ」
「うるさい!」
「なっ……!」
ジャックの言葉を遮って、ノアはついに吼えた。びりびりと鼓膜を揺らすほどの大声だった。
「まわりをよく見て」
「……!」
エミリーたちも、シーヴのメンバーも、皆がノアに注目していた。
「仲間が傷ついて苦しんでるのに、どうしてそんな言い方しかできないんだ。あなた自身も、とてもこのまま戦えるとは思えない。あなたたちの勝手な行動で、王都に住む、戦う力がない人たちまで、傷ついてしまうかもしれない。本当に……本当にわからないの?」
ノアは、ここでようやく振り向いて、ジャックの顔をまっすぐに見据える。ジャックは、文字通り目を丸くしていた。
ジャックを見つめる金色の瞳には、怯えも遠慮も、そして侮蔑もない。
ただ、この場で何をすべきか、それだけを訴えていた。ノアははっきりとした口調で、ジャックから視線をそらさず、再び口を開く。
「ここから退いて、王都を守るのに専念するんだ」
呆然とするジャックたちに背を向けて、ノアは仲間と共に飛び立った。
この日、レイリアギルドは、地竜四体のうちの実に三体を倒しきり、王都防衛に大きく貢献した。
「わかった、行こう!」
見れば、塀の上にまで魔物が踏み込んできていた。ノアは速度をあげて急降下すると、塀そのものやそこで守りについている誰かを傷つけないよう、魔物本体だけを狙って、氷魔法を次々と投げつけた。
全身、あるいは手足が凍って動けなくなった魔物へパイクとエミリーがとどめをさし、ジェマが治癒魔法をふりまいて再び上空へ舞い上がる。
「はっはっは、連携も完璧だな! けど飛ばしすぎんなよ、ノア! お前さん、ほとんど休んでねえだろ」
「大丈夫、まだまだいける!」
襲ってくる魔物たちは、パイクが見抜いたとおり、遅れてやってくる魔物ほど強力になっていくようだった。
特に連携をとって襲ってくるわけではないので、狙ってやっているとは思えなかったが、結果的に、疲弊したところへ強力な攻撃がやってくる形で、状況はより一層厳しくなってきていた。
しかし、魔物が数を減らしているのも事実で、まさしくここが踏ん張りどころだ。
「あそこ! また前に出て……なんなのあの人たち!」
エミリーが指さす先には、王都へやってくるときに助けた一団が、また門を抜け出して防御の陣形に穴を空けているところだった。
「多分、あれを狙っているんでしょうね」
ジェマが冷静に見つめる先には、翼のない竜のような大型の魔物が突進してきていた。
「地竜……にしては大きすぎる! あんなのが相手ならそれこそ、わざわざ前に出なくても周りと連携すればいいのに」
「塀が壊されるかもって思ったのかもしれないよ」
「ノアは優しすぎ。そうだとしても、あの人たち、もう三回くらい出すぎて迷惑かけてるのに」
頬を膨らませるエミリーに、ノアは苦笑する。
「それで、どうするんです?」
「もちろん、助けます!」
「だと思ったぜ! っつうか見たとこ、あれと似たようなのが後ろからも三体来てやがるな。今回の群れのボスってとこか。となりゃあ、出すぎのやつらはともかく、行くしかねえか」
四人は塀と並ぶようにして飛んだ。上から見て苦戦しているところをサポートしながら、地竜のところへ向かっていく。
ノアたちの動きはすでに、王都全体を鼓舞する大きな力となっており、通り過ぎる四人に向けて歓声が上がる。
「ありがとう!」「気をつけろよ!」「助かった!」
投げかけられる言葉が、熱い力となっていく。ノアは口の端を持ち上げて、速度を上げた。
「てめえノア! 調子にのりやがって、また手柄を横取りする気か!」
「ジャック……さん?」
地竜のところまでやってきたノアはようやく、たびたび前に突出していた一団がシーヴの面々であることを認識した。
視界がぐらりと揺れて、ノアは自分でも、顔が青ざめているのがわかった。
レイリアにきて克服したつもりだった。それなのに、シーヴにいた頃の息苦しさが喉元までせりあがってくる。
「邪魔なんだよ、消えてろくそが!」
「そうよ。さっきから何度も横取りして! そんなに私たちの活躍がうらやましいわけ!?」
ジャックとバーバラが騒ぎ、他のシーヴメンバーも、ノアを口汚くののしる。
王都に住むたくさんの人の命がかかっているのに。見たことのない大きさの地竜がすぐそこまで迫っているのに。この人たちは何を言っているんだろう。
何もかも理解できず、呼吸が荒くなる。目の奥がチカチカして、視界が回る。
「ノア! 大丈夫?」
エミリーの心配そうな声にはっとする。
「あいつら、シーヴのやつらか。なるほどな」
パイクがジャックたちを睨みつけ、それからにやりと笑った。
「もう何度も助けてやってんだ、ちったあ感謝して協力しやがれ。できねえんなら、そこでおとなしく震えてるんだな!」
「……なんだと? てめえ、おりてきやがれ!」
「そんな暇はねえだろうが、よ!」
地竜に追われるような形で迫ってきていた魔物に、斬撃をいくつか飛ばしてパイクが吠える。
「ノア! あいつらに構うことはねえ! 俺たちは俺たちのやるべきことをやるんだ!」
「パイク……でも……」
「前とは違うんだってところを見せつけてやろうじゃねえか。お前さんは俺たちの大事な仲間だ、心配すんな」
「そのとおりです。今もこうしてノアくんの力を借りているように、私たちの力もノアくんにいくらでも貸しますからね!」
「いこう、ノア! 私たちなら大丈夫だよ!」
ジェマが穏やかに微笑み、エミリーもにっこりと笑ってみせる。
そのとき、塀の方からさらなる歓声があがった。
ノアの魔力譲渡で力を増したレイリアギルドの面々が、一気に魔物を押し返したことで、称賛を浴びているのだ。
エミリーも、パイクも、ジェマも、ノアに向ける視線は優しい。そこには、今も眼下から向けられているような、理不尽な侮蔑や怒りはひとかけらもない。レイリアの皆も、ノアたちを信じて戦ってくれている。
「ありがとう」
驚くほど頭の中がクリアになって、縛られていた鎖がするするとほどけるような気がした。
「よし、やろう!」
「てめえノア、俺を無視するとはいい度胸じゃねえか」
足元で叫ぶジャックと、後ろについてきていたシーヴの面々に視線を移す。
よく見れば、度重なる無謀な突撃で明らかに疲弊しているようだった。
「……危ないので、下がっていてください」
「ああ!? 誰にそんな口きいてやがる! こら、無視してんじゃねえ!」
言うべきことは言った。ノアは眼前に迫ってきた地竜に集中する。
大きさだけなら、死の谷で倒した魔力の魔物と同じくらいはあるだろうか。岩のようにごつごつして、棘状の突起が無数に生えた土気色の皮膚。濁った茶色の鋭い爪と牙。爛々と光る目は緑に赤が混じっている。長く伸びた尾にも注意が必要そうだ。
「とりあえず試すか。おらあっ!」
パイクが、魔力を乗せた斬撃を地竜に投げつける。大型の魔物を何体も切り裂いてきた斧から放たれた曲線の斬撃が、地竜の硬そうな背を削った。
「いけるじゃねえか! っつうかお前さん、ここにきてさらに力が増してねえか?」
「どうかな……ずっと夢中でやってるから」
「おしゃべりはそれくらいにして、倒してしまいましょう。場合によっては、他も回る必要があるかもしれませんし」
ノアはプレートを巧みに操り、四人の波状攻撃が、全方位から地竜にダメージを与えていく。ノアの炎魔法が熱と衝撃で体力を削り、ジェマの補助魔法で強化されたパイクとエミリーの斬撃がいくつもの傷をつけ、地竜に苦悶の雄叫びをあげさせた。
「なによ、見た目より大したことなさそうじゃない!」
「ノアごときがあんだけ余裕でやれてんだ。とどめは俺たちがいただく! 行くぞお前ら!」
バーバラとジャックが叫ぶ。その号令にしたがって、シーヴの面々が突撃をかけてくるのが見えた。
「どうしてまだそんなところにいるんだよっ……危ない!」
ノアは思わず叫ぶが、遅い。猛攻に耐えて縮こまっていた地竜の瞳が、ぎらりと光る。
勢いよく突進した地竜の巨体が、ジャックたちをはねとばす。
「痛い……血が……助けて……」
「俺の、俺の腕……ひいいい!」
地面に叩きつけられてあえぐジャックたちへ、怒りをあらわにした地竜が追い討ちをかけようとなおも迫る。
「どうしますか!? 他の魔物もまだいますし、このままではまずいですよ」
ジェマが叫ぶ。地竜を避けて遠巻きに並走していた魔物たちが、目の前に転がった獲物に歓喜の声をあげている。
ジャックたちは、もはや自力で動ける状態ではない。
地竜に踏み潰されるか、まわりの魔物に引き裂かれるか、どちらにしてもまともな道は残されていないように見えた。
「地竜を一気に倒して、あの人たちも助けたい。エミリー、パイク、ジェマさん、ちょっときついけどお願いしてもいい? やっぱり、見殺しにはできないから」
「しょうがないね。ノアがそういうなら頑張ってみちゃおうかな」
「それでこそノアくん、ですね」
「やるのはいいがいけるのか?」
パイクの言葉は厳しいものだったが、そこにはレイリアギルド長としての責任が滲んでいた。無理をすれば、なんとかなるかもしれない。しかし、魔物の群れの真っ只中でこちらが力尽きては意味がない。
ノアは言葉のかわりに、三人の目にも見えるほどの魔力を纏い、同じ量の魔力を三人に渡すことで応えてみせた。
さすがに、頭の奥がちくりと痛む。魔力量はまだ足りるが、それを制御する方に負荷がかかっている。
「いいだろ、大した覚悟じゃねえか」
パイクがにやりと笑い、四人は地竜に意識を集中させた。
「いこう、ノア!」
「うん……よおし!」
一気に加速した四人は、先ほどよりさらに勢いをつけて、地竜の硬い皮膚を削っていく。ノアはその間も、自身がつかんでいる腕輪の先から高火力の魔法を次々と撃ち出し、まわりの魔物を牽制することも忘れない。
「ジェマ、頼む!」「はい!」
補助魔法を集中させたパイクが、プレートから完全に手を離して斧を両手で握りしめ、地竜の脳天めがけて飛び降りる。
「エミリー、あわせて!」「任せて!」
それにあわせて、ノアもエミリーの剣に魔力を集める。エミリーの得意な魔法は風だ。地竜の皮膚を斬りさく鋭い風の刃。同時に、エミリーを守り、速度をあげる風の鎧。ノアがイメージした魔法が、エミリーの剣と全身に宿る。
「やりました……!」
ジェマが叫んだとおり、二人の斬撃を受けた地竜は、断末魔の雄叫びをあげて完全に沈黙した。
「次だ! 時間ねえぞ!」
パイクが叫び、プレートに飛び乗る。
それを確認したノアは、四人を急上昇させてくるりと反転した。
ノアがところどころで魔物に牽制を入れていたとはいえ、シーヴギルドのメンバーは虫の息だ。地竜の断末魔で他の魔物の動きが止まった一瞬を見逃さず、ノアたちは一気に加速する。
「こっちは私が!」
「俺はあそこを助ける!」
「ここは任せてください」
ちりぢりにはね飛ばされたシーヴの面々は、どうにか数人ずつで固まって応戦していた。そこへ、三人が次々と飛び降りていく。
最初は、落ちないようにとほとんど固定させていたプレートも、今では三人の意思で手足を離せるようになっている。ノアはこの戦いの中でも着実に成長していた。
利き腕が折れ、どうにか片手で槍を振り回していたジャックと、傷は浅いものの、取り乱してまともな魔法が使えずにいるバーバラに、数体の魔物が飛び掛かろうとしている。
間に合わない。咄嗟に判断したノアは、腕輪を二人に向けた。
「フレア……ウォール!」
ノアが放った上級魔法は、ジャックとバーバラを飛び越えて、魔物との間に炎の壁を作りだす。
数体の魔物がそれに巻き込まれて動かなくなるが、ジャックたちを囲む魔物の数はまだ多い。
ノアは続いて、風の塊を炎の壁越しに撃ち出した。風は炎を纏い、ひとまわり大きくなって魔物を弾き飛ばして焼き尽くす。
パイクがいるところでは魔物たちが次々と空中に突き上げられ、エミリーは目にも止まらぬ速さで魔物の首を身体から飛ばし、ジェマが放つ中級魔法も、ノアの魔力を借りて本来以上の威力を発揮する。
地竜が倒れ、ノアたちが圧倒的な力を見せつけたことで、残った魔物たちが大慌てで退いていく。
「た、助かったの?」
「ふざけんなよ……てめえの助けなんか、いらなかった……!」
へたりこむバーバラとは違い、だらりと腕をたらしながらも、ジャックの顔は怒りに染まっていた。
自分たちの力は通用せず、格下だと思っていたノアに助けられた。そのことが、命を拾った安堵や喜びを凌駕して、怒りを燃え上がらせているようだった。
「下がってください。魔物はまだ完全に退いたわけじゃない」
ジャックの言葉には応えず、背を向けたままノアは言う。
「えらそうに指図してんじゃねえ! てめえの命令なんかっ」
「うるさい!」
「なっ……!」
ジャックの言葉を遮って、ノアはついに吼えた。びりびりと鼓膜を揺らすほどの大声だった。
「まわりをよく見て」
「……!」
エミリーたちも、シーヴのメンバーも、皆がノアに注目していた。
「仲間が傷ついて苦しんでるのに、どうしてそんな言い方しかできないんだ。あなた自身も、とてもこのまま戦えるとは思えない。あなたたちの勝手な行動で、王都に住む、戦う力がない人たちまで、傷ついてしまうかもしれない。本当に……本当にわからないの?」
ノアは、ここでようやく振り向いて、ジャックの顔をまっすぐに見据える。ジャックは、文字通り目を丸くしていた。
ジャックを見つめる金色の瞳には、怯えも遠慮も、そして侮蔑もない。
ただ、この場で何をすべきか、それだけを訴えていた。ノアははっきりとした口調で、ジャックから視線をそらさず、再び口を開く。
「ここから退いて、王都を守るのに専念するんだ」
呆然とするジャックたちに背を向けて、ノアは仲間と共に飛び立った。
この日、レイリアギルドは、地竜四体のうちの実に三体を倒しきり、王都防衛に大きく貢献した。