空から見下ろした王都は、想像していたより悪い状況だった。西側の壁に迫る魔物たちはこれまで見たことがないほど多く、真っ白な壁を黒く塗りつぶそうとしているように見えた。
 前回、魔物が溢れたのは十年以上前で、ノアはまだ幼く、戦いの場にはいなかった。
 王都のみならず主要な各都市が襲われ、両親が命と引き換えにシーヴを守った戦いだ。
 それに比べれば、王都しか襲われていない今回の襲撃は、規模としてはまだ小さいのかもしれない。
 しかし、前もって十分な準備をしてこられなかったことで、王都はまさしく危機に瀕していた。
 明らかに前に出過ぎて魔物に囲まれていた一団を援護して、ノアたちはそのまま塀のところまで飛んでいく。
 まずは状況を確認して、レイリアの皆と合流する必要があった。守りを固めるにしろ、攻めに出るにしろ、勝手を知った仲間たちといっしょがいいに決まっている。
「シャロン! 待たせたな!」
 手足が外れにくいようにプレートから流していた魔力を力技で引きちぎり、パイクが塀に飛び降りる。
「本当にギルド長たちだ……どうやって空を!?」
 遠目から気づいてはいたようだが、先行して守りについていたシャロンたちが目を瞬かせる。
「死の谷からですよね? どんなに早くても到着は明日だと思っていたのに、早すぎませんか……何がどうなっているのか」
 混乱するシャロンたちを見て、パイクとエミリーがいたずらっぽく笑った。
 ノアは、流石に少し気だるさを覚えて、状況把握を三人に任せて軽く深呼吸した。魔力にはまだまだ十分な余裕があるが、プレートを操る集中力を休めておきたかった。
「ノアくんの秘密兵器で飛んできたんです」
「秘密兵器って? いや、それにしたって」
「何言ってもわけわかんねえよな。俺もわかんねえから気にすんな!」
「とにかく、ここをなんとかしちゃいましょ! 上からざっくりとは見てきたけど、各ギルドごとに固まって、担当を決めて守ってる感じだよね?」
 エミリーの言葉にシャロンがうなずく。
 緊急依頼で集まったばかりの各都市間で、細かな連携をとるのは難しい。下手にカバーしあうより、担当範囲を決めてそれぞれに守る形は、この場での最善策のように思えた。
「はい。担当範囲の取り決めだとかは王都の騎士様がやってくれましたが、基本的には各都市で動いています」
 エミリーがうなずき、ノアを見る。
 それだけでノアは、言いたいことがわかってしまった。
 今の布陣は、確かに緊急時の対応としては悪くない。しかし、各都市の実力がそのまま戦力になってしまうため、穴が多すぎるのだ。
 ここに降りる途中で援護した一団のところがもっとも危ういが、そこだけではない。
 おそらく五大都市と思われる面々はまだいいが、その隙間を埋める、レイリアのような中堅都市の担当箇所が押し込まれかけているのが、上からいくつか見えた。
 かといって、持ち堪えているところにも余裕があるわけではない。そこからの援軍は期待できないということだ。
「皆を助けようってことだよね?」
 ノアは空を見上げる。
 この急ごしらえの布陣で、危ういところを助けて回れるのは、空を飛べる自分たちだけだろう。
「お、いいな! だいぶ慣れてきたからな。そろそろ両手を離して斧も振れんじゃねえかと思ってたとこだ」
 パイクがにやりと笑い、ジェマもしっかりと杖を握りしめる。
「皆にもありったけを渡すから、このあたりをお願いします!」
 飛び回って遊撃隊をやるのはいいが、その間にレイリアの皆が倒れたりしては本末転倒だ。ノアは二十人のギルドメンバー全員に、大量の魔力を譲渡する。
 ジェマにも同じように魔力を渡し、強化された補助魔法も二十人にかけてもらった。
「すごい……前にご一緒したときより、さらに力がみなぎってくるようです! これなら、まわりのカバーもできそうです」
 シャロンが確かめるように腕を回す。他のメンバーも士気を高めているようだった。
「無理はすんな。後からくるやつらほど強そうだったからな。もうすぐ、そいつらがここまでくるだろうよ。つまり、これからが本番ってことだな」
 パイクがゆるみかけた皆の気を引き締め、「おら、行くぞ!」とプレートに足を乗せた。
「ノア、ごめんね。ありがとう」
 こっそりとエミリーが耳打ちしてくる。
 ノアは驚いて「何も謝ることしてないでしょ」と笑ってみせるが、エミリーの真剣な表情は変わらなかった。
「さっき、一人で深呼吸してたよね? 疲れてるはずなのに、これからさらに負担をかけようとしてる」
「……それなら本当に、謝ることじゃないよ」
 本心だった。
 役立たずだ、お荷物だと言われ続けてきた数年間に比べて、レイリアにきてからの数ヶ月は、ノアにとってとても充実している。
 信頼しあい、助け合いながら、人の役に立てる。
 少しくらい辛くても、隣に並ぶ顔を見れば不思議と力が湧いてくる。
 それは、ノアが幼い頃に思い描いた、ギルドの在り方そのものだった。
 王都を守る戦いで、自分たちにしかできない仕事をやろうとしている。
 感謝こそすれ、謝られるなんてもっての他だ。
「ありがとう、エミリー」
 満面の笑顔で応えたノアの心に、嘘はひとつもない。
「よし、行こう! 王都も皆も、絶対に守ってみせる!」