「何度言ったらわかるのだ、守りに徹してくだされ! 何のための塀と堀だとお思いか!」
 背中に響くわずらわしい声を無視して、ジャックはチームを率いて突進した。
 魔物たちが迫ってきているのは、主に西側の塀だ。五大都市を中心に、等間隔で守りにつくよう言い渡されているが、じりじりと近づいてくる魔物たちをちまちまと削っていくのは、ストレスが溜まって仕方なかった。
 それにこれでは、目立った手柄もあげにくい。シーヴギルドの活躍にかげりが見えつつある今、他と同じことをしていたのでは駄目だ。
 幸い、小言と嫌味ばかりの忌々しいギルド長は、別件でここには来られない。ここであのくそやろう抜きで手柄を立てれば、黙らせることもできるはずだ。
「騎士連中は怖気づいちまってる。そんなに縮こまって守りたきゃてめえらでやっとけってんだよ。あの程度、つぶしちまった方が早いに決まってんだろうが! バーバラ、準備しろ!」
 騎士の言葉を無視して、固く閉じてあった門を開け放つと、ジャックは後衛の魔術師部隊に命令して突進し、手近な魔物に槍を突き出す。
 突けば貫き、薙ぎ払えば紙切れのようにちぎれ飛ぶ魔物たちを追い回す。久しぶりの爽快感に、ジャックは笑った。
 やはりそうだ。数こそ多いが、大した相手ではない。
 後衛のバーバラたちが放った魔法が前方に着弾し、いくつもの断末魔が響く。
 魔物の討伐はこうでなくては駄目だ。狩るものと狩られるものは、はっきりしていなくてはならない。
「突撃だ! 怖気づいて塀に張り付いてやがる他のギルドや騎士どもに、目にものみせてやれ!」
 ジャックを先頭に突出したシーヴギルドが、魔物の群れを右に左に切り裂いてその数を減らしていく。
 塀の上に集まった各都市ギルドのメンバーや騎士たちが、歓声をあげている。
「手のひら返して騒いでやがる……ははは! ははははははは!」
 ジャックは、ここしばらくの鬱憤を晴らすように、容赦なく槍を振り回しておおいに暴れまわった。
 しかし、快進撃はそう長くは続かない。
「なんだこいつら、急に硬くなりやがった!」
 突進を続けるにつれて、一振りでちぎれ飛んでいたはずの魔物たちが、槍を受け止めるようになってきたのだ。
 バーバラたちが放つ魔法も、一撃では致命傷を与えられず、反対に爆風や煙で前衛の視界を遮り、その連携の粗さを露呈し始めた。
「後ろは何やってる、ちゃんと狙ってんのか!?」
「ジャックさん、やばいですよ! 囲まれちまってる!」
「んだと!? てめえら、何してやがった!」
「そんな、あんたがどんどん前に突っ込めって言うからじゃないですか……!」
 バーバラたちの魔法が途切れ、場が一瞬静かになる。
「だから戻れと言ったのだ!」
「守りに穴をあけて何をやっているのです!」
 塀の上から聞こえていたのは歓声ではなく、注意喚起と叱咤の叫びだった。
 それを塗りつぶすように、魔物たちの咆哮が四方からとどろく。名前も知らない隣の男が叫んだとおり、囲まれているのか。
「ふざけんじゃねえっ!」
 渾身の力で突き出した槍が、牙の並ぶ口を開けて迫っていた魔物の喉元を貫く。
「俺は五大都市シーヴギルドのエース、ジャック様だ!」
 とびかかってきた魔物を薙ぎ払い、ジャックは吼えた。
「こんなとこで、雑魚どもに囲まれてる場合じゃねえんだよ!」
 ジャックの雄たけびに呼応するように、先ほどよりもたくさんの魔物の咆哮が、びりびりと空気を揺らす。
 何もかもが上手くいかない苛立ちからか、いつからか思うように動かなくなった自分の身体に対する焦燥からか、それとも魔物たちに無意識に気圧されたのか。じわりと槍を握る両手に汗がにじんだ。
「くそが……全部ぶち抜いて、余裕の凱旋キメるはずじゃなかったのかよ」
 突き出した槍を、がっしりと大型の魔物に掴まれ、思わずあっと声が漏れる。
 味方は孤立して魔物に囲まれ、突撃したせいで王都の守りには穴が空いた。そして、なんでもできると思っていた自分の槍が、あっけなく止められてしまった。
「こんなわけねえっ! ここで格の違いを見せつけられなきゃ、俺たちは……!」
 聞こえてくるのは味方の悲鳴と、魔物の咆哮ばかりだ。勝利を確信した雄叫びも、称賛の声もない。
 ぐいぐいと槍を引き抜こうとするが、目の前の魔物がそれを許さない。丸太のような両腕でがっしりと槍を掴まえ、口角をつりあげている。
 他の魔物も迫ってくる。
 槍を手放すか? 手放してどうする?
 いったん退がる? 囲まれているのに?
 こんなはずはない。こんなはずはない。こんなはずがあってたまるか。
「う、うわ」
「あれはなんだ!?」
 ジャックの口からこぼれかけた悲鳴をかき消したのは、誰かが空を指さす声だった。
 つられて、空を見上げる。
 吐き気がするほど真っ青に塗りつけられた空を、ものすごいスピードで何かが飛んでいく。
 何かではない。人だ。しかも、間違いなく見知った顔が混じっている。灰色の髪に、灰色のローブ。あれは、まさか。
「ノア……だと……?」
 金色の瞳に宿る光は強く、ジャックが知る怯えた色のそれではなかった。
「テラ……フレア!」
 見知った顔がこちらを見向きもせず叫ぶと、魔物の群れに無数の火の玉が降り注ぐ。
 そこかしこに上がった火柱が、有無を言わさず魔物たちを飲み込んでいく。
 ありえない数の、ありえない威力の、ありえない速さの魔法だ。
 「包囲が崩れた! いったん退こう!」
 誰かが叫び、味方が駆け出す。つられて足を動かしたジャックの視線は、空に固定されていた。
 ありえない。そんなはずはない。どうしてあんなやつが。渦を巻く負の感情が、どくどくと鼓動を早めていく。