「テラフレア……」
ノアは、先に投げつけたファイヤーボールとは桁違いの上位魔法の名を、ぽつりと口にする。
もともと、扱える魔法の種類自体が少ないわけではない。発動までの時間が圧倒的に遅いため、ほとんど使う機会がなかっただけだ。
迷いなく発せられたノアの言葉に呼応するように、星、月、剣、盾、鏃、円、正方形すべてのプレートが、一瞬で燃え盛る炎を宿す。
「テラフレアを、七つ同時に!? ノアくん、あなたは……」
後ろにいるジェマが、驚きの声を漏らした。
「いっけえええええええええええええ!」
一撃で魔物を群れごと焼き尽くせる威力の炎を、悲鳴をあげる竜に次々とぶつけていく。
七つのプレートを、円を描くように回転させてテラフレアを連射する。
熟練の魔術師でも発動までに時間を要するはずの上位魔法を、こともなげに連射するノアに、ジェマが息をのんだ。
「ジェマさん、大丈夫ですか? できれば、二人の回復をお願いします」
「え……あ……これは……!」
連射を続けながら、ノアはジェマに、これまでよりさらに質の高い魔力を大量に譲渡する。
流れ込んできたでたらめな量の魔力に、ジェマが困惑の表情を見せるが、すぐに切り替えて自身への治癒を済ませ、パイクとエミリーのところへ駆けていく。
その間もノアは、竜の形を保てなくなっているよどんだ魔力の塊へ向けて、灼熱の炎を連射し続ける。
「助かったぜ。ありがとよ、ジェマ。しかしこいつは……」
「ノア……!?」
譲渡された魔力によって数倍の効果を発揮した治癒魔法で、パイクとエミリーが起き上がる。
三人の前に堂々と立って魔法を放ち続けるノアに、理解が追いついていないようだ。
「パイク、エミリー。悪いけど手伝ってくれる?」
「お、おう……?」
振り向いてにっこりと笑顔を見せると、ノアは巨大な槍を指さした。
柄のところに、真っ黒な宝石がはめ込まれている。
「あれが核だと思うんだけど、魔法を止めるとすぐに魔力が集まってきちゃうみたいで」
炎、氷、風、雷、土、光、水。
七つのプレートに七つの属性の上位魔法を立て続けに練り上げ、核を守ろうとする魔力を散らしながら、ノアが言う。
「後ろから援護するから、二人であれを壊してきてもらえると助かるんだけど、お願いできる?」
ノアは両手を差し出し、目に見えるほどの魔力を前衛二人に流し込む。
「あっはっは! 援護っつうレベルじゃねえけどな! よおし、好き勝手やってくれたあのくそ槍、ぶっ壊してやるか!」
「うん、任せて!」
ジェマの補助魔法も重ね掛けをやりなおして、完全に立て直した四人がそれぞれに飛び出す。
むき出しになった核をどうにか守ろうと、槍が怪しい光を放つが、ノアの連続魔法を受け続けたことで、もうほとんど魔力は残っていなかった。
パイクとエミリーが、斧と剣を構えて突っ込む。
「今度こそ終わりにしてやる!」
「はああああっ!」
二人の斬撃が、核を粉々に砕き、槍が断末魔の悲鳴をあげる。
「ありがとう! 二人とも下がって!」
ノアは、核が破壊されても手を緩めなかった。よどんだ魔力を集め、核を形成して魔物化させたのは、元をたどれば巨大な槍のせいだ。本体が残っている限り、安心はできない。
七つのプレートにそれぞれためたテラフレアを、一つにまとめる。
ノアの右手の腕輪についた紅魔石が、集束した高密度の上位魔法に反応してまばゆいばかりの光を放つ。
「くらえええええええええええ!」
パイクとエミリーが飛びのいたのを合図に、ノアは漆黒の槍めがけて、渾身の魔法を放り投げる。
灼熱の炎が縦横無尽に暴れまわった後には、焼き尽くされた土のみが残され、槍も、その場のよどんだ魔力もかき消えていた。
「いや、まあなんだ……すげえなお前さん」
パイクが金髪のつんつん頭をがしがしとかきあげて、呆れたようにつぶやく。
「私はブレスで気を失っちゃってたけど……何があったの?」
「僕も夢中だったけど、前に読んだ詠唱加速の魔法が発動してくれたみたいなんだよね」
「魔力切れでノアが倒れちゃったときの?」
目をぱちくりさせるエミリーに、ノアはうなずく。
「あの竜の爪が、エミリーに届くぎりぎりのところで、ノアくんの全身が光に包まれたんです」とジェマが付け加える。
「そうだったんだ……ありがとう。命の恩人だね、ノア」
「いいってことよ。愛の力の前には、どれだけよどんだ魔力も無力なのさ」
「パイク、それもしかして僕の真似? 本気で怒るよ?」
隠れるようにして恥ずかしい台詞を口走ったパイクを、ノアはじろりとにらみつける。
「悪かったって。よせよせ、プレートこっちに向けるんじゃねえよ。しかしなあ。見事に跡形もねえな。できれば、槍は証拠と調査に持ち帰りたかったんだが……」
「え! ご、ごめんなさい」
「いいってことよ。あんだけのラブを見せつけられた上に、俺もついでに命を救われてるわけだからな」
「どうしてもそういう方向にもっていきたいわけ? 命がけでかばってくれて、せっかく見直してたのに」
パイクがおどけ、エミリーが顔を赤くし、ジェマがくすくすと笑う。
ほっとしたノアも、緊迫した空気からようやく解放されて、声をあげて笑った。
誰があの槍をここに突き立てたのか、という謎は残ったが、レイリアを蝕んでいた原因を、誰一人欠けることなく取り除くことができた。
一つの区切りがついた安心と喜びが、実感となって広がっていく。四人の間に弛緩した空気が流れた、そのときだった。
「ギルド長! ジェマさん!」
叫んだのは、レイリアギルドのメンバーの一人、ティムだった。
早馬に乗って死の谷を単騎で駆けてきたのだろう。全身にいくつかの傷を負っている。
「ティム! 一人できやがるとは……何があった!?」
馬から転げるようにして四人の元にたどり着いたティムを、パイクが抱きかかえる。ジェマが冷静に治癒魔法の準備を始め、エミリーが持ってきていた水筒を手渡した。
「大変なんです……すぐに王都に向かってください!」
ノアは、先に投げつけたファイヤーボールとは桁違いの上位魔法の名を、ぽつりと口にする。
もともと、扱える魔法の種類自体が少ないわけではない。発動までの時間が圧倒的に遅いため、ほとんど使う機会がなかっただけだ。
迷いなく発せられたノアの言葉に呼応するように、星、月、剣、盾、鏃、円、正方形すべてのプレートが、一瞬で燃え盛る炎を宿す。
「テラフレアを、七つ同時に!? ノアくん、あなたは……」
後ろにいるジェマが、驚きの声を漏らした。
「いっけえええええええええええええ!」
一撃で魔物を群れごと焼き尽くせる威力の炎を、悲鳴をあげる竜に次々とぶつけていく。
七つのプレートを、円を描くように回転させてテラフレアを連射する。
熟練の魔術師でも発動までに時間を要するはずの上位魔法を、こともなげに連射するノアに、ジェマが息をのんだ。
「ジェマさん、大丈夫ですか? できれば、二人の回復をお願いします」
「え……あ……これは……!」
連射を続けながら、ノアはジェマに、これまでよりさらに質の高い魔力を大量に譲渡する。
流れ込んできたでたらめな量の魔力に、ジェマが困惑の表情を見せるが、すぐに切り替えて自身への治癒を済ませ、パイクとエミリーのところへ駆けていく。
その間もノアは、竜の形を保てなくなっているよどんだ魔力の塊へ向けて、灼熱の炎を連射し続ける。
「助かったぜ。ありがとよ、ジェマ。しかしこいつは……」
「ノア……!?」
譲渡された魔力によって数倍の効果を発揮した治癒魔法で、パイクとエミリーが起き上がる。
三人の前に堂々と立って魔法を放ち続けるノアに、理解が追いついていないようだ。
「パイク、エミリー。悪いけど手伝ってくれる?」
「お、おう……?」
振り向いてにっこりと笑顔を見せると、ノアは巨大な槍を指さした。
柄のところに、真っ黒な宝石がはめ込まれている。
「あれが核だと思うんだけど、魔法を止めるとすぐに魔力が集まってきちゃうみたいで」
炎、氷、風、雷、土、光、水。
七つのプレートに七つの属性の上位魔法を立て続けに練り上げ、核を守ろうとする魔力を散らしながら、ノアが言う。
「後ろから援護するから、二人であれを壊してきてもらえると助かるんだけど、お願いできる?」
ノアは両手を差し出し、目に見えるほどの魔力を前衛二人に流し込む。
「あっはっは! 援護っつうレベルじゃねえけどな! よおし、好き勝手やってくれたあのくそ槍、ぶっ壊してやるか!」
「うん、任せて!」
ジェマの補助魔法も重ね掛けをやりなおして、完全に立て直した四人がそれぞれに飛び出す。
むき出しになった核をどうにか守ろうと、槍が怪しい光を放つが、ノアの連続魔法を受け続けたことで、もうほとんど魔力は残っていなかった。
パイクとエミリーが、斧と剣を構えて突っ込む。
「今度こそ終わりにしてやる!」
「はああああっ!」
二人の斬撃が、核を粉々に砕き、槍が断末魔の悲鳴をあげる。
「ありがとう! 二人とも下がって!」
ノアは、核が破壊されても手を緩めなかった。よどんだ魔力を集め、核を形成して魔物化させたのは、元をたどれば巨大な槍のせいだ。本体が残っている限り、安心はできない。
七つのプレートにそれぞれためたテラフレアを、一つにまとめる。
ノアの右手の腕輪についた紅魔石が、集束した高密度の上位魔法に反応してまばゆいばかりの光を放つ。
「くらえええええええええええ!」
パイクとエミリーが飛びのいたのを合図に、ノアは漆黒の槍めがけて、渾身の魔法を放り投げる。
灼熱の炎が縦横無尽に暴れまわった後には、焼き尽くされた土のみが残され、槍も、その場のよどんだ魔力もかき消えていた。
「いや、まあなんだ……すげえなお前さん」
パイクが金髪のつんつん頭をがしがしとかきあげて、呆れたようにつぶやく。
「私はブレスで気を失っちゃってたけど……何があったの?」
「僕も夢中だったけど、前に読んだ詠唱加速の魔法が発動してくれたみたいなんだよね」
「魔力切れでノアが倒れちゃったときの?」
目をぱちくりさせるエミリーに、ノアはうなずく。
「あの竜の爪が、エミリーに届くぎりぎりのところで、ノアくんの全身が光に包まれたんです」とジェマが付け加える。
「そうだったんだ……ありがとう。命の恩人だね、ノア」
「いいってことよ。愛の力の前には、どれだけよどんだ魔力も無力なのさ」
「パイク、それもしかして僕の真似? 本気で怒るよ?」
隠れるようにして恥ずかしい台詞を口走ったパイクを、ノアはじろりとにらみつける。
「悪かったって。よせよせ、プレートこっちに向けるんじゃねえよ。しかしなあ。見事に跡形もねえな。できれば、槍は証拠と調査に持ち帰りたかったんだが……」
「え! ご、ごめんなさい」
「いいってことよ。あんだけのラブを見せつけられた上に、俺もついでに命を救われてるわけだからな」
「どうしてもそういう方向にもっていきたいわけ? 命がけでかばってくれて、せっかく見直してたのに」
パイクがおどけ、エミリーが顔を赤くし、ジェマがくすくすと笑う。
ほっとしたノアも、緊迫した空気からようやく解放されて、声をあげて笑った。
誰があの槍をここに突き立てたのか、という謎は残ったが、レイリアを蝕んでいた原因を、誰一人欠けることなく取り除くことができた。
一つの区切りがついた安心と喜びが、実感となって広がっていく。四人の間に弛緩した空気が流れた、そのときだった。
「ギルド長! ジェマさん!」
叫んだのは、レイリアギルドのメンバーの一人、ティムだった。
早馬に乗って死の谷を単騎で駆けてきたのだろう。全身にいくつかの傷を負っている。
「ティム! 一人できやがるとは……何があった!?」
馬から転げるようにして四人の元にたどり着いたティムを、パイクが抱きかかえる。ジェマが冷静に治癒魔法の準備を始め、エミリーが持ってきていた水筒を手渡した。
「大変なんです……すぐに王都に向かってください!」