パイクへの取り調べとお仕置きはあったものの、とりあえず落ち着いた一行は、北門から右回りに、ぐるりと一周することに決めて歩き始めた。
 先頭は頬をさすりながらふらふらと歩くパイクと、ギルドの護衛数人。
 ノアはその後ろ、地図を広げたエミリー、フローレンスと並んで歩いている。
 ちらりと後ろを振り向くと、議員数名やデイビットたちが続き、両脇と最後尾を、他の護衛メンバーが固めている。ずいぶんと厳重な布陣なのは、デイビットたちや議員がいるためだろう。
 ノアたちだけであれば、守るのはフローレンスだけでいいが、護衛対象が増えればそれだけ人数がかかる。
 なんだか、すっかり大事になってきてしまった。ノアは少し緊張しながら、エミリーが持つ地図を覗き込んだ。
 地面に魔力を譲渡する試みが、どこまで上手くいくかはわからないが、なるべく一定量の魔力を各印の場所に流し込んで、経過を観察する。
 魔力のよどみがより深い場所や方角がわかれば、対策を立てるヒントに繋がるはずだ。
 レイリアのすぐ近くには、シーヴ近くの死の谷のような場所はない。
 しかし、死の谷と同程度の距離には、それこそ東西南北の各方角に、魔物が発生しやすい場所があるにはあるらしいのだ。
 その中のどれか、あるいはまったく別の新しい場所で、魔力の流れが変わってしまい、レイリアによどんだ魔力が流れこみやすくなっているのではないか。
 それが、フローレンスとエミリーがたてた仮説だった。
 仮説にしたがって、発生源と思われる各所へ大規模な調査隊を送り込みたいのはやまやまだが、今のレイリアにそこまでの地力はない。
 パイクやエミリー、ジェマなどのギルド中心メンバーは確かに強いが、ノアのサポートなしでは、王都や五大都市ギルドの中心メンバーに敵うほどではない。
 加えて、都市周辺の魔物も増えているし、人が離れていく中で色々な物資も手に入りにくくなっている。まだ表面化はしていないが、作物の育ちが悪くなっていることで、食料難も時間の問題だ。
 ノアがレイリアにやってくるきっかけとなった買い出しもそうだが、すべての問題に、ほとんどギルドだけで対応している状況だ。大規模な部隊を送り込むには、何もかもが足りない。
 せめてもう少しだけ、調査対象を絞り込む必要があった。
「こいつはなかなか、荒れてんな」
 最初の印をつけた場所である畑を眺めて、パイクが表情を暗くする。
 レイリアに限らず、各都市の門から出た先、街道沿いは畑やら果樹園やらが乱立していることがほとんどだ。
 生活のすべてを塀で囲うのは難しい。かといって、食料は蓄えていかなければならない。それなら、何かあったときにすぐ逃げやすい場所で、生活の糧を作っていくしかない。
 農業に特化した都市も存在するし、そうした都市からの流通で全体的な暮らしが成り立っている部分はもちろんあるが、現在のレイリアのように、食料を自前で確保できる量が如実に減っていくのは、まさしく緊急事態だ。
「このへんもまあ、まだ食えなくはないな。煮込んじまえば変わらんさ、あっはっは!」
 しなびた葉物をひょいとつまみあげ、パイクが大笑いする。
 パイクは、事態が危ういときほど大きな声で笑う癖があるのだと、ノアは気づき始めていた。
 笑い飛ばして、味方を鼓舞して、その間にフル回転で対策を考える。軽薄そうに見えて、きちんとギルド長としての仕事をやっている。もちろん、やっていないときもあるが、基本的にはやっているはずだ。
「それじゃあノア、さっそくお願いできる? できればどこも同じくらいの量を流して観察したいんだけど……調節ってどれくらいできるものなの?」
 エミリーがわざと明るい声を出す。ノアは軽くうなずいて畑に近づいていった。
「デイビットさんからもらったプレゼントのおかげで、ちょっと加減がわかってきた気がするんだ。大体同じくらいの量に調節するのも、できると思う」
 ノアはそう言って畑の手前でしゃがみこみ、そっと耕された土に手を触れて、想像する。
 綺麗な魔力と栄養が満ちた元気な土。そこに育つみずみずしい野菜。よどんだ魔力を追い出すイメージで、四角く区切られた畑全体に、魔力を染み込ませていった。
 畑の枠がはっきりしているおかげで、そこからはみ出さないようにする意識もしやすく、ノアは魔力を暴走させることなく、畑をきらきらと輝かせた。
「改めて見ると、とんでもねえな」
「本当に、すごい……!」
 パイクとエミリーが感嘆の声をあげる。
 畑から立ち上っていた嫌な気配が消え、かわりに生気に満ちた空気があたりを包む。
 水や肥料はやっているのに元気がない。誰かがそうこぼしていた作物が、必死で顔を持ち上げ、日の光を浴びようとしている。
 そこには土地の魔力がよどむ前の、あるいはそれ以上の良質な環境がよみがえっていた。
「とりあえず、なんとかなってよかった」
「……とりあえずなんとかなった、どころじゃありませんね」
 フローレンスの表情は、喜びをとおりこして、いっそ悔しそうだ。
「念のため聞くけどノア、まだまだいけそうだよね?」
「うん、大丈夫」
「そうですか、わかりました」
「……あの、何かまずかった?」
 肩を落とし、うつむいてしまったフローレンスに、ノアがおそるおそる声をかける。
「ふ、」
「ふ?」
「ふふふふ、これなら本当に今日一日ですべての印を回りきれるのでは? もうやっちゃいましょうか。そうです、それがいい。全部やって、皆さんにも見せつけてしまえばいいんです!」
「ええと?」
 がばっと顔を上げたフローレンスの目は、完全に据わっていた。
「本気で今日中にレイリア一周しちゃいますか! いけますか? いけますよね?」
「えっと、うん。多分……いけると思うけど」
「本当にいけんのかい! 規格外すぎるやろがい! よーし、決めた! 今日中にキメちゃう!」
「あっはっはー! 盛り上がってきたじゃねえか!」
 何かが外れて高笑いするフローレンスに、通常運転のパイクが油を注ぐ。
「んふふふふ、この間よりさらに洗練されているね……ロッドの試運転をしてもらおうと思ってきたのに、これは完全に作り直しじゃないか! サラ、帰るかい!?」
「いや、落ち着け父さん。見ていった方がいいんじゃない? さわりだけ見て作り直しても、作り直しの作り直しになっちゃうかも」
 乾いた笑いの渦に、職人としてのプライドが傷つけられたらしいデイビットが加わる。大笑いしながらずんずんと進んでいく三人に、残りの面々は苦笑いでついていくしかなかった。