パイクとエミリー、そしてジェマは、シーヴギルドの主戦力にも引けを取らないくらい、圧倒的な強さだった。
 大斧を振り回し、大盾を掲げて突進するパイクは、大きな身体からは想像もつかない機敏な動きで、魔物の群れを引き裂いていく。
 なんらかの強化魔法を併用しているのは間違いないが、パイクの倍はあろうかという巨大な熊の魔物を、軽々と空中にはねあげる力は並大抵のものではない。
 エミリーも負けてはいない。細身の剣を構え、遠距離から次々と魔物を斬りさいていく。
 剣撃の性質と鋭さからすると、風の魔法だろうか。目にもとまらぬ速さで、魔物たちの群れを縫うように駆け抜ければ、その後に息をしている魔物はほとんどいなかった。
 ジェマが操る補助魔法も、魔力の流れがはっきり目に見えるほど強力で、静かで落ち着いた所作以上の存在感を放っている。
 三人の活躍が際立ってはいるが、他の護衛メンバーも、しっかりとした連携で堅実な仕事をこなしている。全員がかなりの使い手であることは、ノアから見ても明らかだった。
 ノアは力の差を痛感し、焦る気持ちを必死に抑えていた。
 今のノアはほとんど丸腰だ。父親の形見であり、魔術師にとって戦いの要であるロッドは折れてしまっている。母親の形見であり、魔力の制御を補助する効果を持つといわれていた首飾りも失ってしまった。
 そのせいで、元々速くなかった魔法の発動が、輪をかけて遅くなっている。
 魔力を必死で手のひらに集中させている間に、次々と味方の魔法やら斬撃やらが飛んでいき、そちらに気を取られている内に、集中させた魔力が霧散してしまう。その繰り返しだった。
 どうにか組み上げて放り投げた火球も、俊敏な動きの魔物にひらりとかわされ、あやうく馬車に飛び火しそうになる大失態を演じてしまった。
 水魔法を使う青年が助けてくれたおかげで大事には至らなかったものの、恥ずかしいやら情けないやらで、魔物たちが片付く頃には、ノアは身も心もへとへとになっていた。
 戦いが終わっても、誰一人しゃべらず無言のままだ。馬を落ち着かせたり、あたりを警戒している間、気まずい時間が流れていく。
 ノアはいてもたってもいられない。パイクたちもきっと、ノアがここまで何もできないとは思っていなかったに違いない。昔馴染みのエミリーですら、一言も発さないのだ。きっと愛想をつかされたに決まっている。 
「ノア……どういうことか説明してくれる?」
 場が落ち着くと、パイクたちは顔を見合わせ、おずおずとエミリーが前に出た。
 顔を合わせたばかりのパイクたちより、せめてエミリーから口火を切った方がいいと判断したのだろう。
 ノアは観念して、力なくうなずいた。
「……ごめんね、あれが僕の全部だよ」
「本当かよ。ありゃあ、魔法の発動が遅いだのって問題じゃねえだろうが」
 ノアの返事を聞くなり、我慢しきれなかったとばかりに、パイクが食ってかかる。
「そ、そんなにでしたか……」
 がっくりと肩を落としたノアが次に聞いた言葉は、到底信じられないものだった。
「信じられないくらいすごかったよ!」
「え?」
「特別な補助魔法ってわけでもねえんだろ? 見たとこ、魔力切れも起こしてねえし……とんでもねえな」
「補助魔法……? あの、どういうことでしょうか?」
 え? はい? とお互いに困惑した間の抜けた声をゆるりと飛ばしあう。
 ノアにしてみれば、わけがわからない。
 何もできなかった情けなさしかないはずなのに、皆が鼻息を荒くして、ノアのことをすごいすごいと褒めてくれているのだ。
「いやいやいやいや、待て。ちょっと待て。順番に聞いていいか?」
「はい、なんでしょうか」
「さっきの戦い、お前さんはどう思った?」
 ざっくりとした問いにノアは首をひねるが、ひとまず自分の思ったことをそのまま口にして頭を下げた。
「何もできないどころか、もう少しで馬車に火が移ってしまうところでした。本当にすみませんでした」
 しかし、どれだけ待っても、上から降ってくるはずの怒声や罵声、弁償の命令だとかの言葉がやってこない。
 不思議に思ってそっと顔をあげると、そこには口をぽかんと開けて、信じられないものを見るような顔が並んでいた。
「あの……?」
「本気かよ。あんだけのことを無自覚でやってたってのか!?」
「戦ってる間ずっと、私たち全員に魔力を分けてくれてたよね!? しかも、とんでもない量の!」
「普段の何倍もの魔力が溢れてくるものですから、びっくりしてたんですよ!?」
 パイク、エミリー、ジェマが次々と熱弁するが、ノアにはいまいちぴんときていない。
「魔力を……僕が、皆さんに?」
 まったく響かないノアに業を煮やして、パイクが大きくため息をつく。
 そして、吐き出した息を思いきり吸い込んでから、一気にまくしたてた。
「いいか? お前さんがやってた魔力譲渡ってのはな、熟練の魔術師でも、緊急時にほんの少し、どうにか場を繋ぐような使い方が本来なんだ。例えば、治癒術師に魔力を渡して瀕死の仲間の命を繋ぐとか、アタッカーに渡してどうにか紙一重でとどめの一撃をぶっぱなすとかな。それにしたって、十の魔力があったら渡せるのはせいぜいが一かニってとこだ。ここまで、いいか?」
「はあ、まあ、なんとなく」
「ところがだ、お前さんはどうだよ。俺たち全員に、戦ってる間ずっと、俺たちが元々持ってる魔力以上のもんをぶん投げてきやがる」
「す、すみません」
「あっはっは! なんで謝ってんだ、わけわかんねえ! いっそ自慢してんのかこのやろう!」
「違います! すみません!」
 つんつんに逆立った金髪をぐしゃぐしゃといじるパイクをなだめて、エミリーが続きを引き継ぐ。
「おかげで私たち、とんでもない力が使えちゃって、ずっとそわそわしてたんだから」
「でも、エミリーの風魔法、すごかったよ。遠くの魔物も近くの魔物も、関係ないみたいに倒しちゃってたし」
「だから、それのほとんどがノアのおかげなんだってば! 普段は、少しだけ速く動けるようにしたり、ちょっと切れ味を鋭くするくらいの使い方なんだから」
「そう、なんだ?」
「そうなの! しかも、とんでもないレベルの支援を続けたままで、自分でも魔法を撃っちゃうとか、反則すぎだよ……まあちょっと狙いは外れたかもしれないけど」
 ノアは説明されてようやく、ことの大きさに気が付き始める。
 自分の両手をしげしげと眺めてみた。
 本当だろうか。しかし、エミリーたちが嘘をつく理由は見当たらない。
 能力をまったく自覚してこられなかった自分が残念なことに変わりはないが、それを上回る高揚感が、ノアの鼓動を急かす。
「ノアくん、処刑未遂と追放は事実なんですよね? 何があったのか、もう少し詳しく聞かせてもらえませんか? パイクのように頭から笑い飛ばして話の腰を折ったりはしませんから」
 ジェマが優しげな笑顔を見せる。早くもにやつき始めるパイクを、杖でこづくのも忘れない。
「そうですね、わかりました。いくらエミリーの知り合いでも、犯罪者かもしれない相手を自分たちの街に連れて行くのは心配ですもんね」
「ノア……そんなつもりじゃないし、無理に言わなくていいよ」
 あわてて否定するエミリーに、ノアは首を横に振る。
 ここで何も言わなかったとしても、レイリアには連れていってもらえるだろう。しかしそれでは、エミリーの顔をつぶしてしまうことになりかねない。
 なによりノア自身も、無自覚だった自分の能力について、整理する時間が欲しかった。
「大丈夫だよ、ちゃんと話しておいた方がいいと思うから」
「ありがとうございます、そうと決まれば移動しましょうか」
 パンと手を叩いて、ジェマがにこやかに首をかしげる。
「お亡くなりになった魔物さんたちに囲まれて、立ち話を続けるのもなんですからね」