翌日の昼を過ぎた頃には、大図書館の機能回復はレイリア中に知れわたっていた。
 それはレイリア全体に活気をもたらすと同時に、いくつかの疑問もささやかれるようになる。
 ――一体だれが、どうやって?
 真っ先に質問責めにあったのは、館長であるフローレンスだ。
 議長をはじめとした議会の面々やら、商店街のまとめ役やら、一般の人々やらがごったになって図書館に押し寄せてきた。
 ノアやエミリーと同年代とは思えない老獪さで、フローレンスはそれをかわしてみせた。
 押しかけた面々の中には、パイクとジェマも混じっていた。二人がことの真実を知らなかったわけではない。ギルドは何も知らないというフェイクを入れるためだった。
「ノアの能力については、他言無用とする」
 右手をまっすぐに突き出し、威厳たっぷりにパイクが宣言したのは朝一番のことだ。騒動になることをいち早く察してフローレンスにも根回しをすると、パイクは図書館に押し掛ける準備をうきうきしながら始めたのだ。
「根本的なところは解決してねえんだ。そっちのめどがつくまで、お披露目はお預けだ。ああ、お前さんがどうしても触れ回りたいってなら仕方ないが、どうする?」
 ノアとしても、暴走寸前だった自分の能力について、自慢して回るつもりなどない。慌てて首を振ると、パイクはにやにやして「謙虚なのはいいこった」と金髪のつんつん頭をざらりとかきあげた。
 大図書館の機能が回復してから、十日が経った頃、異変が起きた。外壁の光が再び失われ、自動昇降機が動かなくなってしまったのだ。
 検索用端末はまだなんとか動いていて、魔法灯も無事だ。つまり、魔力の消費量が多い機能から順番に、停止してしまったことになる。
 これにもレイリア中が大騒ぎになったが、フローレンスやパイクたちは冷静だった。ノアやエミリーも、予想していたことだったので特に驚きはない。
 なにしろ、根本的な原因である魔力のよどみは解消されていないのだ。追加の魔力を補充したりもしていなかったのだから、貯めた魔力を使い切れば、機能が停止するのは自然なことだ。
 むしろ、ノア一人の魔力で、十日間もフル稼働させられた事実の方が、事情を知っている面々を驚かせた。
 それからさらに、数日が経った。
「おはようノア、今日も早いね」
「エミリー、おはよう」
 早朝の水くみは、ノアの日課になりつつある。
 そしてそこで、エミリーとちょっとした会話を楽しむのも、日課になりつつあった。
「それ、どうしたの?」
 ノアの右肩には、小さな三つの球体がふわふわと浮かんでいた。大きさはそれぞれ違うが、中心にある一つが一番大きく、そのまわりを小粒の二つが違う速度でくるくると回っている。
「デイビットさんがくれたんだ。魔力譲渡を練習するためのものなんだって」
「へえ……魔力を流すと浮かんで回るってこと?」
「結構難しいんだよね。魔力を流しすぎるとどんどん浮いていっちゃうし、流し込むバランスを間違えると、小さい二つはどこかにいっちゃうし」
 例えば、とノアは少し集中してみせる。
 ひょんと甲高い音を立てて、中心にあった球体が上空へと一気に上がっていき、くるくる回っていた二つがぽとりと地面に落ちた。
「肩の少し上のところに一番大きいのが浮かんでいて、小さいのが二つとも同じ速度で回っているのが、一番かっこいい……らしいんだけど。バランスを崩すとこうなっちゃう」
「そのかっこよさは気にしなくていいんじゃない? デイビットの好みでしょ?」
 エミリーは先日のあれこれを含めて、デイビットに辛辣だ。
 確かに、職人気質がいきすぎていたり、見えているようで何も見えておらず二度目の自己紹介を始めたりと、不思議な空気を持ってはいるが、ノアはそこまで邪険にはできなかった。
 デイビットがくれた特別なプレゼントというのが、これだったからだ。
「間近でみて、ノアくんのすごさがよくわかったよ。しかし、んふふふふ……不安定だよね」
 約束どおりに時間を作ったノアに、デイビットは開口一番そう言って、ノアを落ち込ませた。
 しかしそのあとすぐに、例の三つの球体を取り出した。
「強度、速度、分量、バランス。これらを上手に訓練すれば、きみの能力は誰にも負けないものになるよ。量だけはすでに誰にも負けてないだろうけどね」
 しれっとそう言って球体を放ると、少しだけ浮かんで同じ速度で回っているのが一番かっこいいとのくだりを置き土産に、さっさと工房に引っ込んでしまった。
 不器用ではあったが、ノアの身を案じて考えてくれた贈り物だ。父のロッドを仕上げた一流の職人であるデイビットに、少しだけでも認められたようで、ノアはそれが嬉しかった。
「昨日は討伐に参加してたよね。今日は夕方から酒場?」
「うん。昨日は結構余裕があったから、今日も大丈夫だって伝えたんだけど、パイクさんが酒場にしとけって」
「討伐は神経使うから。二日連続とかではなるべく出さないようにローテを考えてるんだよ。でもそれじゃあ、昼間は空いてるの?」
「フローレンスに呼ばれてるけど、そんなにかからないと思うよ。何か用事?」
「そっか、じゃあまた今度。ちょっと相談したいことあったんだ」
「そうなんだ。それなら図書館までいっしょに行かない? 頼んであった詠唱関係の本を受け取りに行くだけだから、本当にすぐだと思う」
 そういうことなら、と時間を示し合わせて、ノアはギルドで朝食を済ませたあと、エミリーといっしょに図書館へと向かった。