「古代兵器でレイリア帝国の復活じゃ!」
「うわ、びっくりした。どうしたのいきなり」
 揺れが収まり、魔力炉のまばゆい光が照らす中、緊張した空気を破ったのは、大声で叫んだフローレンスだった。これまでの発言からは想像のつかない香ばしさに、全員の視線がフローレンスに集まった。
「祖父です。そんなことを言い出すものだから、流石に目に余って蹴落としました。それが、わたしが館長になった理由です」
「おじいさん、結構過激だったんだね……」
「当時は意外と多かったよ、古代兵器の復活を唱える人たち。だからね、ここの屋上からえいって」
「蹴落としたってそういうこと!?」
「それにしてもびっくりした、ノアって本当にすごいんだね。身体、大丈夫?」
「いや、おじいさんは!? どうなったの!?」
「そんなことより、とりあえず外に出てみようか。炉は言うまでもなく魔力で満たされているし、検索も自動昇降も使えるようになってるかも」
 生死不明の祖父をそんなことで片付けたフローレンスが、するりと扉をくぐって姿を消した。
 ノアはエミリーに肩を貸してもらい、四人でフローレンスを追いかけて外に出た。
 フローレンスはすでに自動昇降機の扉の前にいて、何やら操作しているようだった。
「わたしね、前に図書館の屋上でピクニックをしていたときに、クッキーを追いかけて落っこちたことがあるんだけど」
「話があちこちしすぎてこわい……今度は何の話になったの?」
「そのときに、死にたくなくてとっさに身につけた複合魔法があってね。衝撃魔法と風魔法を重ねあわせて、クッションを作るの」
「ええと……?」
「同じ魔法で祖父も拾ってあげたから、引退はしたけど元気にしてるよ」
「ああ、そう繋がるんだ」
 ノアは全身の力が抜けたような気がして、ため息をついた。
 フローレンスはくすくす笑ってから、扉の脇にあった端末の操作を続けた。
 ピン、と無機質な音がして扉が開き、殺風景な小部屋が現れる。
「ようやく肩の荷が下りた顔になってくれたみたい。とっておきのネタを話した甲斐があったかも」
「え……?」
「さっきまでのノア、とんでもないことをやっちゃったって顔してたよ」
「あ……うん。危うく、中身のわからない古代の何かを起動させちゃうところだったし……図書館そのものを壊しちゃうところだったかもしれないから」
「でも、図書館は壊れていないし、こうして自動昇降機も起動してくれた。そうでしょ?」
 フローレンスが先に小部屋へ足を踏み入れ、「どうぞ入って」と手招きする。それにつられて、四人ものろのろと小部屋に入った。
「とりあえず、館長室まで戻ろうか」
「戻るってこれ、どういう……うわっ」
 身体が押さえつけられるような圧と、浮き上がるような感覚が同時に襲ってきて、ノアは思わず声をあげてしまった。
 エミリーも同じように驚いていたが、サラとデイビットは疲れ切った顔で、もう一度階段じゃなくてよかったよ、とつぶやくのが精一杯だった。
 あっという間に最上階に到着すると、フローレンスが先頭に立って小部屋の外に出ていき、今度は階段のところにある端末へ駆け寄った。
 端末はほんのりとした青白い光を放っている。来るときには光っていなかったので気が付かなかったが、どうやらあれが検索用の端末らしい。
「うん、うん……! すごい、完全に復旧してる!」
 ノアも端末を覗き込む。
 真四角の枠の中に、文字を打ち込む部分と結果を表示する部分が、光って浮き出ているように見える。
「ここをこんな感じでやると……ね?」
 フローレンスが適当な文字列を打ち込んで、検索結果を見せてくれる。
 端末には、本と著者の名前が一覧で表示されていた。
 フローレンスが表示された本の名前をとんと指でたたくと、それがどの階のどの書棚にあるのかが、立体的な地図で示される。
「……すごい」
「これが便利すぎて、蔵書の整理がはかどらなかったりもするんだけどね」
 そう言いながら、フローレンスはすごく嬉しそうに笑った。
 ひとしきり検索機能を確かめると、フローレンスは弾む足取りで館長室へ入っていく。
「予想以上の成果でした!」
「ごめんなさい」
「謝るのは禁止! 結果的にものすごく助かったし、約束の報酬は近いうちに準備するから、楽しみにしててね! 外周の円柱までラインが繋がってたっていう話も、それがどの機能のためのものなのかも調べておくから」
「うん……ありがとう」
 恐縮しつつ落ち込むノアの背中を、エミリーがばんとたたく。
「はい、もう落ち込まない! 本当にすごいことなんだから。しかもノア、ちょっと暴走気味で心配にはなったけど、まだまだいける感じじゃなかった?」
「うん。やってるうちにどきどきしてきて、どこまでいけるんだろうって思ったら、どんどん力があふれてきちゃって、身を任せちゃったっていうか」
「うんうん。身を任せたとか、さらっと怖いこと言ってるけど大丈夫! ちゃんと制御する訓練をしていけばいいもんね!」
 屈託なく笑うエミリーを見て、ノアはそれ以上落ち込むのはやめようと思い直した。
 ぎりぎりのところで止めてくれたエミリーに感謝して、彼女の言うとおり、能力を使いこなす努力をするべきだ。
 新たな目標を見つけて、ノアはぎゅっと拳を握りしめる。
「そういえばデイビット。どんなロッドにすればいいかは測れたの? 結局、ノアの限界までは測れなかったよね」
 エミリーがデイビットとサラに声をかける。
 デイビットは、帰りの階段がなくなってどうにか気力を取り戻したのか、安心したような表情で親指を立ててみせた。
「ばっちり、わからなかったね……!」
 エミリーとサラが、膝からがっくりと崩れ落ちる。
「なんでそんな、自信満々なわけ!?」
「いやいや、だってそうでしょう。ノアくんの限界はまだまだ見えず、どうにかエミリーちゃんが思いとどまらせてたじゃないか。まあとりあえず、目安はわかったからなんとかなるよ」
「間に合わせの変なもの渡したら、許さないからね」
「おや、心外だね。ぼくがそんなことをするとでも?」
 デイビットが眼鏡をくいと持ち上げて、不満そうにする。
「あの、急かすつもりではないんですけど、大体どれくらいでできますか?」
 横からノアは聞いてみた。職人さんが手で作るものだし、もしかしたら先に入っている注文があるかもしれない。能力の制御が課題になったノアにしてみれば、焦る気持ちもあったので、納期の目安は知っておきたかった。
「まあ二十日くらいはかかるかな。ああ、それはそれとして、その前にちょっと工房に寄ってほしいんだ。いいかな?」
「いいですけど……何か他にも確認することがあるってことですか?」
「いやいや。君にぴったりのプレゼントをあげようと思ってね。んふふふふふ」
「げ。ノア、気を付けてね。父さんがぴったりのプレゼントをよこそうとするときは、ほとんどろくなものじゃないから」
 サラがさらに脇から口をはさむ。
「それを受け取ってくれることが、ロッドを無料で作る条件ということにしようか」
 エミリーが「ちょっと、炉を復活させてあげたじゃない」と文句を言うが、「それはそれ、これはこれ」とデイビットはのらりくらりだ。
「とりあえず今日はここで解散にする? ノアもさすがに疲れたと思うし、わたしも今のうちにいろいろ調べたり、見て回っておきたいから」
 フローレンスの提案で、一行は解散することにした。
 自動昇降機で一階まで降り、見送りを受けて図書館を後にする。
 ノアが炉の前で感じていたとおり、いくつかの魔法灯は砕け散ってしまっていたが、フローレンスはいいのいいのと気にしない様子だった。
 デイビットとサラはついでの買い出しをしてから工房に戻るとのことで、図書館の前で別れ、ノアはエミリーと二人になった。
「ノア、身体は平気そう?」
「うん。終わったあとすぐはちょっとふわふわしてたけど、今はもう平気」
「魔力切れも特になしってことだよね?」
 魔力を使い果たすと、立っていられないほどの疲労感に襲われる。
 ひどいときは吐き気やめまいもするし、その手前までで制御して魔力を使うのが、一人前の魔術師の条件でもある。
 ノアも、魔術師を志した当初は何度か経験したことがあるが、今日の浮遊感は、それとはまったく別物だった。
 一度流し込んでから引き戻した魔力が、自分になじむ感覚というのだろうか。
 経験したことのない感覚ではあったが、どちらかというと心地よいものだった。
「うん。魔力切れはしてないよ」
「そっか……あれだけの量だったのに、つくづくとんでもないよね。ノアって」
 小さくため息をついてから、エミリーがくすりと笑う。
「とりあえずギルドに戻ろうか? 魔力が大丈夫でも、傷の手当はしたほうがいいよね?」
 ノアは、血がにじんでところどころが赤く染まった自分のローブを眺めて苦笑いする。
 魔力切れは確かに起こしていないが、全身の裂傷がじんじんと痛んではいた。
 ギルドに手すきの治癒術師がいるかどうかはわからないが、とりあえず応急処置をするにしても何にしても、一度戻った方がいい。
「それは確かに、そうかも。いったん戻ろうかな。エミリーはどうする?」
「私も戻るよ。図書館のことをパイクたちに報告しないといけないし」
 ゆるゆると歩き出したところで、ノアは日が沈みかかっていることに気づく。
 外の見えない館内を上り下りして、地下で魔力を流し込んでいたので、時間の感覚が麻痺していたようだ。
「うわ、酒場の仕事、完全に遅刻になりそう」
「無理しないで。今日は誰かに替わってもらって、休んだ方がいいと思うよ。図書館でのことを話せば、みんな分かってくれるはずだから。ほら、見て」
 言われて、振り返る。
 日が沈んで暗くなった街並みに、大図書館の外壁に刻まれた魔法銀の紋様がきらきらと優しく輝いていた。
 昼間は薄暗かった正面のガラス扉の向こうも、今は暖色の照明が淡く光っている。
「ノアが頑張ってくれたおかげだよ」
「僕が……そっか」
 ノアはしばらくの間、痛む体のことも気にせず、その光を見つめていた。