ノアは持ってきたロッドを取り出して、「これなんですけど」とサラに見せた。
「これまた派手に折れちゃったもんだね。ちょっと失礼」
サラはそれを手に取り、しげしげと眺め、先端の割れた石をこつこつと指で叩く。折れた部分も入念に確認して、指でなぞった。
「あの、どうでしょうか? できれば修理して使いたいんです」
「ノアさん、丁寧語じゃなくて平気だよ。私、エミリーと同い年だし。でもごめん。これの修理はちょっと難しそうかな」
「わかった、ありがとう。僕も呼び捨てで大丈夫だよ。それで、難しそうっていうのは?」
さらりと即答したサラに、ノアは思わず身を乗り出す。
「ここを見てくれる? 赤い石から伸びた金属のラインがこうきて……ここで折れちゃってるわけ」
サラが指でなぞった部分には、確かに金属のラインが入っていた。上から色を塗って目立たなくしてあるようだが、それが赤い石の根本から、ちょうど握りやすそうにくびれた部分まで伸びている。
折れているのはそのラインの、ちょうど真ん中のあたりだった。
「ロッドにもいくつか種類があってね。これはこのラインから持ち主の魔力を吸い上げて、石に溜めて魔法に変換するタイプなんだけど、一度ラインが切れちゃうと流れがおかしくなっちゃうと思う。繋ぎ合わせてもあんまり意味ないっていうか。どこを握ってもざっくり魔力を吸い上げる方が初心者向けなんだけど、かなり上級者向けの仕様だね。さすがノア。めちゃくちゃデキる魔術師さんだもんね。っていうかこれ、うちの仕上げじゃない?」
「実はそれ、父の形見で、僕用に作ってもらったものじゃないんだよね。だから正直、あんまり使いこなせてるわけじゃなくて」
あら、そうなんだ。
意外そうにしながら、ロッドを眺めていたサラが、「あ、やっぱり」とつぶやく。
「ほらこれ。石のはまった台座のここんとこに、うちの刻印がある」
「そうなんだ。ノアのお父さんって、レイリア出身だったりする? この工房、腕はすごくいいけど、大陸中に知れ渡ってるって感じじゃないから、わざわざ他の都市からっていうのは考えにくいかも」
エミリーが刻印をしげしげと眺めて、ノアを振り向く。
「どうなんだろう、わかんない」
「ちょっと待っててね、父さんが何か知ってるかも。いいね、ルーツをひも解くのってわくわくしちゃう」
魔力炉にへばりついてインスピレーションを刺激されたのか、今度は作業台で一心不乱にメモを書きなぐりながら、ぶつぶつとつぶやくデイビットのところへ、サラがロッドを持っていく。サラを見送ったノアは、エミリーと顔を見合わせた。
「父さん、シーヴにずっといたんだと思ってた」
「この工房で作ってもらったんだとしたら、不思議な縁だよね。レイリアの話とかは聞いたことなかったの?」
「ないと思う。まだ小さかったから、あんまり覚えてないけど」
「そっか。確かお母さんは王都の出身だったんだよね?」
「うん。だいぶあとからギルドで聞いたんだけど、駆け落ちみたいな感じで出てきて絶縁状態だったらしいから、母さんの親戚に会ったことはないけどね」
父親の親戚の話も、ノアは聞いたことがなかった。両親が亡くなってからは、身寄りがないからと孤児院に入ることになったが、それに疑問を抱くには、当時のノアは幼すぎた。
自分の両親のことなのに、知らないことが多すぎる。ノアは小さくため息をつく。
もし父親を知るきっかけがレイリアにもあるのなら、少しずつでも知っていきたい。そう思った。
「ねえねえ。ノアって、ラストネームはターナーだったりする?」
興奮した様子で、サラがデイビットを引っ張って戻ってくる。
「うん、そうだよ」
「ほら父さん、やっぱりターナーさんだって」
作業を邪魔されて仏頂面をしていたデイビットだったが、サラにぐいぐいと引っ張られて、仕方なくという様子で、銀縁の眼鏡をかけなおしてロッドを手に取った。
目を細めて折れたロッドを眺めたかと思うと、みるみるうちに頬を紅潮させ、目を見開いた。オールバックになでつけたロマンスグレーの髪をがしがしとかきまぜるものだから、せっかくのスタイルが乱れてしまっている。
「驚いたな。これは確かにぼくの作品だ」
「ノアはね、ターナーさんの息子さんなんだって」
「んんんんん? おお! よく見ればディルにそっくりじゃないか!」
「父さんを知っているんですね?」
「知ってるも何も! ぼくが小さいころから、お兄さんのような存在だった人だからね。ああ、申し遅れたかな……ぼくはこの工房を預かっているデイビットといいます」
「いやいや、さっきまで魔力炉の件で依頼を受けてたじゃないですか。大丈夫ですか?」
斜め上の自己紹介を始めたデイビットに、ノアはびっくりして聞き返す。
エミリーとサラは思う節があるのか、苦笑いで視線を合わせている。
「おや、さっきは眼鏡をちゃんとかけていなかったからかな、失礼したね。なるほど、ディルのね。それなら先ほどのものすごい魔力にもうなずけるというものだよ」
眼鏡、ちゃんとかけてましたけど?
口から出かかった言葉をどうにか飲み込んで、ノアは話を先に進めることにした。ひとつずつ拾っていたら、話が進みそうにない。
「あの、デイビットさんが小さい頃からということは、父はレイリアの出身なんでしょうか? 僕、何も知らなくて、できれば教えていただけませんか?」
うんうんとうなずくデイビットの表情は優しい。
目に涙すら浮かべて、ノアを懐かしそうに眺めている。
「ディルは確かにここの出身だよ。彼は魔術師、ぼくは魔道具技師としてお互いの夢をよく語り合ったものさ。そのロッドを作るときも、ずいぶんとわがままを言われて興奮したものだよ、懐かしい」
わがままを言われて興奮?
ところどころで気になるワードが出てくるが、ノアはこれも笑顔でやりすごす。
「父さんは結構、気が強い感じだったんですか?」
「気が強いというか、拘りは強かったかな。これじゃあ効率が悪いとか、もっと魔力を圧縮できるようにしてほしいとか、石はもっと派手に見せたいとか、面倒な注文ばかりでね。おかげでほとんど専用仕上げになってしまったから、だいぶ手こずったんじゃないのかい? それとももしかして君のことだ、そいつを使いこなしていたのかな?」
「いえ、それがあんまり……これって、魔力の集中を補助してくれるすごいロッドだって聞いたんですけど、父さん専用だったんですか」
「んふふふ、言いえて妙とはこのことだね。確かにそれは、魔力の集中を補助してくれるすごいロッドだよ。間違ってはいない。ただし、相当のへそまがりちゃんだけどね」
デイビットがばちんとウインクをきめる。
「使いこなせないと、どうなるんでしょう……?」
「それはもう、魔力が集まらなくて苦労するだろうね。ああ、お店の方はまだ見てなかったんだったかな? まとめて立てかけてある量産品の方が上手くいくくらいのじゃじゃ馬ちゃんだよ。上手く使いこなしたときの底知れぬパワーと、そうでないときの砂漠の夜のような反応の違い……かわいいだろう?」
そっとエミリーの手が肩に置かれ、ノアはがっくりとうなだれた。
ノアの魔法が遅い原因の一端が、大事にしてきた形見のロッドにあったことがわかってしまった。よく調べずに、形見だからというだけで使い続けてきたノアにも問題があるとはいえ、これはなかなかにショックが大きい。
「もうひとつ、手元にはないんですけど……母の形見の首飾りがあるんですが、もしかしてそれもこの工房で作られたものでしょうか?」
「首飾り?」
「はい。銀色の細い鎖で、赤い石がはまっていて。魔力を制御してくれるものだと聞いてます」
「ま、ま、まさか試練の首飾り……?」
不安そうな声色とは反対に、デイビットは頬を紅潮させ、はあはあと息を荒くしている。
「……どう受け取ったらいいですか、その反応」
「おっと、すまない。それも君がつけていたのかな?」
「はい。魔力の制御も課題でしたし、形見だったので」
「君はあれかな? んふふふふふ……変態さん?」
「違います! だからなんなんですか、その反応は!」
天井を仰いで、んふんふと笑い続けるデイビットのかわりに、サラが話を引き継ぐ。
「えーと。輝きを保つために魔力を吸い取り続ける、吸魔石っていうのがあってね」
「輝きが保たれると、どんな効果があるの?」
「ん? とっても綺麗だよ?」
「え? それだけ?」
「そう、それだけ」
けろりと答えたサラに、ノアはがっくりと膝をつく。
「ああ、まあ、いつでもどこでも訓練したい人にはおすすめかもしれないよ。寝ても覚めても、身に着けている間ずっと、ぐいぐい魔力を吸ってくれるから。魔力を制御……っていう言い方もまあほら、なくはないのかも?」
手元にないってことは、今は身に着けずにしまってあるってことだよね。それならよかったんじゃないかな。なんとも言えない慰め方をしてくれる、サラの優しさが痛い。
まさか両方とも、まともに使えない品だったとは。この工房で両親と形見のルーツを知れば知るほど、ノアは落ち込んでいくばかりだ。
「でもそうすると、これは僕には使いこなせそうにないんですね」
「使える使えないは君次第かもしれないけど、そもそもそれの修理ができないからね。サラが言っていただろ?」
修理の話をしている時点では、完全に別世界に意識を飛ばしていたかに見えたデイビットが、きりりと答える。
「聞こえてたんですか?」
「魔道具のことについて、どうしてぼくが聞き逃していると思ったんだい? 君はぼくをなんだと思っているんだ」
「え、あの、ごめんなさい?」
「君が欲しいのは実戦で使える品だよね? ロッドの顔をした飾りが欲しいというだけなら、やってあげないことはないけどね。その子をよそに持っていかれていじくりまわされるよりは、まあマシだ」
「……そうですね、飾りでは困ります」
ノアがほしいのは実戦に耐えうる武器であって、飾り物ではない。
「そうこなくてはね。それなら、ノアくんにあわせた最高の品を作ってあげられると思うよ。幸い、紅魔石は生きているようだ。それにあんな魔力を魅せつけられたら、もう興奮してしまって……それが僕の作ったかわいい子からあふれ出すところを是非とも見たい……他の工房の扉は、二度とくぐれないと思ってくれるかな」
「すごいねサラ。デイビットって、絶対ぶれないよね」
「ありがとう、職人の鑑ってことでいいんだよね?」
エミリーとサラが、皮肉を投げあって乾いた笑みを飛ばしあう。
「紅魔石……この赤い石のことですか? でもこれ、割れちゃってますけど」
いやいや、とデイビットが首を横に振る。
「割れているのは外側だけさ。ディルがデザインにこだわったせいで、分厚くコーティングしてあるだけなんだ。中の石は無事だよ」
「それじゃあ!」
「そう。石をベースに新しいロッドを作れるんだよ」
ぜひお願いします、とはしゃぐノアとエミリーに、デイビットがずいと近づき、声を低くした。
「ときにノアくん、先ほどの魔力で何割くらいなのかな? いやね、どの程度の魔力量に耐えられるものを作るべきなのかを知りたくてね」
デイビットに聞かれて、ノアは考え込んでしまう。
そもそもが無自覚にやってきたことで、意識して魔力の譲渡を試したのは今回が初めてだ。
限界がどこにあるのかは、ノア自身もまだ把握できていない。
「実はわからないんです。さっきくらいの量なら、何回でも大丈夫だとは思います」
「んは、何回でも……!?」
「え、本当に? 工房が明るくなっちゃうくらいの量なのに?」
のけぞって身体を震わせるデイビットと、口をあんぐり開けて驚くサラ。
エミリーはだんだん慣れてきたのか、薄笑いを浮かべてノアを見ている。
「限界がわかっていないと、作るのは難しいでしょうか?」
「専用に作るなら、わかっていた方がやりやすくはあるよね。あとは、魔法を使うときの手癖とか、そういうのも見ておけた方が嬉しいかな」
いち早く我に返ったサラが答える。
「でも、工房の魔力炉でも全然測れないんじゃ、どうしようかね」
サラが考え込んでしまい、良い案の浮かばないノアもまた、今もきらきらと輝く魔力炉をぼんやりと眺めてしまう。
デイビットに至っては、「あの魔力量でお遊び程度だとすると、んふふふ」と早口でぶつぶつとつぶやきながら、のけぞったままの体勢でざりざりとメモにペンを走らせている。声をかけられる雰囲気ではないし、かけたところで話が散らかるだけだろう。
手詰まりかと思われた空気を破ったのは、すっと手をあげたエミリーだった。
「そういうことなら、うってつけの場所を知ってるんだけど」
「本当?」
ぱっと顔を輝かせたノアだったが、すぐに冷静になって身構えた。エミリーが含みのある、いかにも企みのありそうな笑顔でノアを見つめ返してきたからだ。
一歩引いたノアの腕をがっしりと掴んで、エミリーが笑みと眼光を鋭くする。
「レイリアはノアの故郷だったわけじゃない? そんなレイリア復興の手助けができて、上手くいけば皆から感謝される上に、魔力量も測れちゃう……そんな素敵な場所だよ。どう? 行ってみるしかないよね?」
「これまた派手に折れちゃったもんだね。ちょっと失礼」
サラはそれを手に取り、しげしげと眺め、先端の割れた石をこつこつと指で叩く。折れた部分も入念に確認して、指でなぞった。
「あの、どうでしょうか? できれば修理して使いたいんです」
「ノアさん、丁寧語じゃなくて平気だよ。私、エミリーと同い年だし。でもごめん。これの修理はちょっと難しそうかな」
「わかった、ありがとう。僕も呼び捨てで大丈夫だよ。それで、難しそうっていうのは?」
さらりと即答したサラに、ノアは思わず身を乗り出す。
「ここを見てくれる? 赤い石から伸びた金属のラインがこうきて……ここで折れちゃってるわけ」
サラが指でなぞった部分には、確かに金属のラインが入っていた。上から色を塗って目立たなくしてあるようだが、それが赤い石の根本から、ちょうど握りやすそうにくびれた部分まで伸びている。
折れているのはそのラインの、ちょうど真ん中のあたりだった。
「ロッドにもいくつか種類があってね。これはこのラインから持ち主の魔力を吸い上げて、石に溜めて魔法に変換するタイプなんだけど、一度ラインが切れちゃうと流れがおかしくなっちゃうと思う。繋ぎ合わせてもあんまり意味ないっていうか。どこを握ってもざっくり魔力を吸い上げる方が初心者向けなんだけど、かなり上級者向けの仕様だね。さすがノア。めちゃくちゃデキる魔術師さんだもんね。っていうかこれ、うちの仕上げじゃない?」
「実はそれ、父の形見で、僕用に作ってもらったものじゃないんだよね。だから正直、あんまり使いこなせてるわけじゃなくて」
あら、そうなんだ。
意外そうにしながら、ロッドを眺めていたサラが、「あ、やっぱり」とつぶやく。
「ほらこれ。石のはまった台座のここんとこに、うちの刻印がある」
「そうなんだ。ノアのお父さんって、レイリア出身だったりする? この工房、腕はすごくいいけど、大陸中に知れ渡ってるって感じじゃないから、わざわざ他の都市からっていうのは考えにくいかも」
エミリーが刻印をしげしげと眺めて、ノアを振り向く。
「どうなんだろう、わかんない」
「ちょっと待っててね、父さんが何か知ってるかも。いいね、ルーツをひも解くのってわくわくしちゃう」
魔力炉にへばりついてインスピレーションを刺激されたのか、今度は作業台で一心不乱にメモを書きなぐりながら、ぶつぶつとつぶやくデイビットのところへ、サラがロッドを持っていく。サラを見送ったノアは、エミリーと顔を見合わせた。
「父さん、シーヴにずっといたんだと思ってた」
「この工房で作ってもらったんだとしたら、不思議な縁だよね。レイリアの話とかは聞いたことなかったの?」
「ないと思う。まだ小さかったから、あんまり覚えてないけど」
「そっか。確かお母さんは王都の出身だったんだよね?」
「うん。だいぶあとからギルドで聞いたんだけど、駆け落ちみたいな感じで出てきて絶縁状態だったらしいから、母さんの親戚に会ったことはないけどね」
父親の親戚の話も、ノアは聞いたことがなかった。両親が亡くなってからは、身寄りがないからと孤児院に入ることになったが、それに疑問を抱くには、当時のノアは幼すぎた。
自分の両親のことなのに、知らないことが多すぎる。ノアは小さくため息をつく。
もし父親を知るきっかけがレイリアにもあるのなら、少しずつでも知っていきたい。そう思った。
「ねえねえ。ノアって、ラストネームはターナーだったりする?」
興奮した様子で、サラがデイビットを引っ張って戻ってくる。
「うん、そうだよ」
「ほら父さん、やっぱりターナーさんだって」
作業を邪魔されて仏頂面をしていたデイビットだったが、サラにぐいぐいと引っ張られて、仕方なくという様子で、銀縁の眼鏡をかけなおしてロッドを手に取った。
目を細めて折れたロッドを眺めたかと思うと、みるみるうちに頬を紅潮させ、目を見開いた。オールバックになでつけたロマンスグレーの髪をがしがしとかきまぜるものだから、せっかくのスタイルが乱れてしまっている。
「驚いたな。これは確かにぼくの作品だ」
「ノアはね、ターナーさんの息子さんなんだって」
「んんんんん? おお! よく見ればディルにそっくりじゃないか!」
「父さんを知っているんですね?」
「知ってるも何も! ぼくが小さいころから、お兄さんのような存在だった人だからね。ああ、申し遅れたかな……ぼくはこの工房を預かっているデイビットといいます」
「いやいや、さっきまで魔力炉の件で依頼を受けてたじゃないですか。大丈夫ですか?」
斜め上の自己紹介を始めたデイビットに、ノアはびっくりして聞き返す。
エミリーとサラは思う節があるのか、苦笑いで視線を合わせている。
「おや、さっきは眼鏡をちゃんとかけていなかったからかな、失礼したね。なるほど、ディルのね。それなら先ほどのものすごい魔力にもうなずけるというものだよ」
眼鏡、ちゃんとかけてましたけど?
口から出かかった言葉をどうにか飲み込んで、ノアは話を先に進めることにした。ひとつずつ拾っていたら、話が進みそうにない。
「あの、デイビットさんが小さい頃からということは、父はレイリアの出身なんでしょうか? 僕、何も知らなくて、できれば教えていただけませんか?」
うんうんとうなずくデイビットの表情は優しい。
目に涙すら浮かべて、ノアを懐かしそうに眺めている。
「ディルは確かにここの出身だよ。彼は魔術師、ぼくは魔道具技師としてお互いの夢をよく語り合ったものさ。そのロッドを作るときも、ずいぶんとわがままを言われて興奮したものだよ、懐かしい」
わがままを言われて興奮?
ところどころで気になるワードが出てくるが、ノアはこれも笑顔でやりすごす。
「父さんは結構、気が強い感じだったんですか?」
「気が強いというか、拘りは強かったかな。これじゃあ効率が悪いとか、もっと魔力を圧縮できるようにしてほしいとか、石はもっと派手に見せたいとか、面倒な注文ばかりでね。おかげでほとんど専用仕上げになってしまったから、だいぶ手こずったんじゃないのかい? それとももしかして君のことだ、そいつを使いこなしていたのかな?」
「いえ、それがあんまり……これって、魔力の集中を補助してくれるすごいロッドだって聞いたんですけど、父さん専用だったんですか」
「んふふふ、言いえて妙とはこのことだね。確かにそれは、魔力の集中を補助してくれるすごいロッドだよ。間違ってはいない。ただし、相当のへそまがりちゃんだけどね」
デイビットがばちんとウインクをきめる。
「使いこなせないと、どうなるんでしょう……?」
「それはもう、魔力が集まらなくて苦労するだろうね。ああ、お店の方はまだ見てなかったんだったかな? まとめて立てかけてある量産品の方が上手くいくくらいのじゃじゃ馬ちゃんだよ。上手く使いこなしたときの底知れぬパワーと、そうでないときの砂漠の夜のような反応の違い……かわいいだろう?」
そっとエミリーの手が肩に置かれ、ノアはがっくりとうなだれた。
ノアの魔法が遅い原因の一端が、大事にしてきた形見のロッドにあったことがわかってしまった。よく調べずに、形見だからというだけで使い続けてきたノアにも問題があるとはいえ、これはなかなかにショックが大きい。
「もうひとつ、手元にはないんですけど……母の形見の首飾りがあるんですが、もしかしてそれもこの工房で作られたものでしょうか?」
「首飾り?」
「はい。銀色の細い鎖で、赤い石がはまっていて。魔力を制御してくれるものだと聞いてます」
「ま、ま、まさか試練の首飾り……?」
不安そうな声色とは反対に、デイビットは頬を紅潮させ、はあはあと息を荒くしている。
「……どう受け取ったらいいですか、その反応」
「おっと、すまない。それも君がつけていたのかな?」
「はい。魔力の制御も課題でしたし、形見だったので」
「君はあれかな? んふふふふふ……変態さん?」
「違います! だからなんなんですか、その反応は!」
天井を仰いで、んふんふと笑い続けるデイビットのかわりに、サラが話を引き継ぐ。
「えーと。輝きを保つために魔力を吸い取り続ける、吸魔石っていうのがあってね」
「輝きが保たれると、どんな効果があるの?」
「ん? とっても綺麗だよ?」
「え? それだけ?」
「そう、それだけ」
けろりと答えたサラに、ノアはがっくりと膝をつく。
「ああ、まあ、いつでもどこでも訓練したい人にはおすすめかもしれないよ。寝ても覚めても、身に着けている間ずっと、ぐいぐい魔力を吸ってくれるから。魔力を制御……っていう言い方もまあほら、なくはないのかも?」
手元にないってことは、今は身に着けずにしまってあるってことだよね。それならよかったんじゃないかな。なんとも言えない慰め方をしてくれる、サラの優しさが痛い。
まさか両方とも、まともに使えない品だったとは。この工房で両親と形見のルーツを知れば知るほど、ノアは落ち込んでいくばかりだ。
「でもそうすると、これは僕には使いこなせそうにないんですね」
「使える使えないは君次第かもしれないけど、そもそもそれの修理ができないからね。サラが言っていただろ?」
修理の話をしている時点では、完全に別世界に意識を飛ばしていたかに見えたデイビットが、きりりと答える。
「聞こえてたんですか?」
「魔道具のことについて、どうしてぼくが聞き逃していると思ったんだい? 君はぼくをなんだと思っているんだ」
「え、あの、ごめんなさい?」
「君が欲しいのは実戦で使える品だよね? ロッドの顔をした飾りが欲しいというだけなら、やってあげないことはないけどね。その子をよそに持っていかれていじくりまわされるよりは、まあマシだ」
「……そうですね、飾りでは困ります」
ノアがほしいのは実戦に耐えうる武器であって、飾り物ではない。
「そうこなくてはね。それなら、ノアくんにあわせた最高の品を作ってあげられると思うよ。幸い、紅魔石は生きているようだ。それにあんな魔力を魅せつけられたら、もう興奮してしまって……それが僕の作ったかわいい子からあふれ出すところを是非とも見たい……他の工房の扉は、二度とくぐれないと思ってくれるかな」
「すごいねサラ。デイビットって、絶対ぶれないよね」
「ありがとう、職人の鑑ってことでいいんだよね?」
エミリーとサラが、皮肉を投げあって乾いた笑みを飛ばしあう。
「紅魔石……この赤い石のことですか? でもこれ、割れちゃってますけど」
いやいや、とデイビットが首を横に振る。
「割れているのは外側だけさ。ディルがデザインにこだわったせいで、分厚くコーティングしてあるだけなんだ。中の石は無事だよ」
「それじゃあ!」
「そう。石をベースに新しいロッドを作れるんだよ」
ぜひお願いします、とはしゃぐノアとエミリーに、デイビットがずいと近づき、声を低くした。
「ときにノアくん、先ほどの魔力で何割くらいなのかな? いやね、どの程度の魔力量に耐えられるものを作るべきなのかを知りたくてね」
デイビットに聞かれて、ノアは考え込んでしまう。
そもそもが無自覚にやってきたことで、意識して魔力の譲渡を試したのは今回が初めてだ。
限界がどこにあるのかは、ノア自身もまだ把握できていない。
「実はわからないんです。さっきくらいの量なら、何回でも大丈夫だとは思います」
「んは、何回でも……!?」
「え、本当に? 工房が明るくなっちゃうくらいの量なのに?」
のけぞって身体を震わせるデイビットと、口をあんぐり開けて驚くサラ。
エミリーはだんだん慣れてきたのか、薄笑いを浮かべてノアを見ている。
「限界がわかっていないと、作るのは難しいでしょうか?」
「専用に作るなら、わかっていた方がやりやすくはあるよね。あとは、魔法を使うときの手癖とか、そういうのも見ておけた方が嬉しいかな」
いち早く我に返ったサラが答える。
「でも、工房の魔力炉でも全然測れないんじゃ、どうしようかね」
サラが考え込んでしまい、良い案の浮かばないノアもまた、今もきらきらと輝く魔力炉をぼんやりと眺めてしまう。
デイビットに至っては、「あの魔力量でお遊び程度だとすると、んふふふ」と早口でぶつぶつとつぶやきながら、のけぞったままの体勢でざりざりとメモにペンを走らせている。声をかけられる雰囲気ではないし、かけたところで話が散らかるだけだろう。
手詰まりかと思われた空気を破ったのは、すっと手をあげたエミリーだった。
「そういうことなら、うってつけの場所を知ってるんだけど」
「本当?」
ぱっと顔を輝かせたノアだったが、すぐに冷静になって身構えた。エミリーが含みのある、いかにも企みのありそうな笑顔でノアを見つめ返してきたからだ。
一歩引いたノアの腕をがっしりと掴んで、エミリーが笑みと眼光を鋭くする。
「レイリアはノアの故郷だったわけじゃない? そんなレイリア復興の手助けができて、上手くいけば皆から感謝される上に、魔力量も測れちゃう……そんな素敵な場所だよ。どう? 行ってみるしかないよね?」