「あっはっは! お前さん、すげえな! 無実の罪で危うく処刑されかけて? 命のカタに親の形見を持ってかれた上に? 手持ちの武器もぶっ壊されて? あげくの果てにギルドと都市を永久追放されたってのか!?」
 ゆっくりと進む馬車の中に、外まで聞こえそうな豪快な笑い声が響きわたった。
 十人程度が乗れる、二頭立ての四輪馬車だ。乗り心地は決して良いとはいえず、あちらこちらが軋む音がする。
 乗っているのは一人の御者と四人の男女で、空いたスペースには食料や日用品、武器などが所狭しと積まれていた。
 その後ろには馬車をもう二台引き連れており、そちらにも同じような荷が詰め込まれている。二台の馬車にはそれぞれ御者が一人と三人ずつの護衛が乗り込み、合計十三人での旅路だ。
「全部そのとおりですけど……そんな、手を叩いて笑わなくても……」
 促されて話したとはいえ、ノア・ターナーはすっかり肩を落としてうつむいていた。
 灰色の柔らかい髪に隠れた金色の瞳から、大粒の涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。
 正面で大笑いする大男の言うとおり、先端の赤い石が割れ、二つに折られてしまった鈍色のロッドが、傍に置かれた革袋から寂しげに顔を出していた。
 髪の色と同じ色の着古したローブまで、心なしかくったりして見えるようだった。 
 散々としか言いようのない話ではあるし、いっそ笑い飛ばしてもらった方が、気分が沈まなくていいのかもしれない。
 それにしたって、この笑いようはあんまりではないか。
「そうだよ。ちょっとパイク、笑いすぎだって! ノアが泣いちゃってるじゃない!」
 ひいひいと腹を抱えて笑い転げる、パイクと呼ばれた大男を、ショートヘアの少女がたしなめる。
 この少女はノアの昔馴染みで、名をエミリー・ウッドという。
 ライトブラウンの明るい髪が、馬車の揺れにあわせてさらさらと踊る。髪より少し明るい色の大きな瞳が、パイクをたしなめ、ノアを心配そうに見つめて、その表情を次々と変えた。
 よく磨かれた白銀の軽鎧が、線の細い身体にぴったりと合っている。
「悪かったって、そう睨むな。まあよ、命があっただけでもよかったんじゃねえか? ちょうど俺たちが通りかかったのも、何かの縁ってやつだろ」
 にやりと笑って、パイクがつんつんと逆立つ金髪をざらりとかきあげる。その拍子に、黒々とした分厚い鎧に覆われた肘が積荷にあたり、小さな包みが崩れ落ちた。パイクは「おっと」といかつい姿に似合わない軽い声を出して、それを拾い上げる。
 十人が乗れる馬車の中で、パイクのまわりだけ縮尺が狂ったように見えた。それくらい、パイクは大きかった。
 鎧の肩当て部分に『J.S.Pike』と本名らしき殴り書きがしてあるあたり、かなり自己主張が強そうだ。
「それは……そうかもしれません。荷物がいっぱいだったのに、乗せていただいてありがとうございます」
 ノアは素直に頭を下げる。
 これだけ大笑いされても、強く言い返せずにいる理由がこれだ。
 着の身着のまま、行く当てもなく露頭に迷うところだったノアが、この馬車に乗りこめることになったのは、隣のエミリーと、目の前のパイクのおかげだった。
 路上にへたりこみ、絶望に打ちひしがれているところへ、たまたまパイクたちの一行が通りかかった。
 その中に、ちょっとした昔馴染みであったエミリーがいたことは、群れをなしてやってきた不幸の中の、唯一の幸いであったのは間違いない。 
 一行が向かう先は、レイリアという都市だ。
 かつては知恵の都として栄えた都市だが、近年はさまざまな事情で衰退し、その存在感に影を落としている。
 ノアも、レイリアについていくつかの噂を耳にしたことはあった。荷の多さに比べてずいぶんとおんぼろな馬車を見ても、あまり余裕があるようには見えない。
「それにしてもびっくりしましたよね。小屋全焼の大火事でしたもの、私たちでなくても足を止めてしまいます。そのおかげで、ノアくんと偶然会えましたけど」
 斜め向かいに座っていたローブ姿の女性、ジェマ・ドレイクが苦笑いする。
 こんな言い方をすると怒られそうだが、エミリーとは対照的な人だなというのが、ジェマに対するノアの第一印象だった。
 黒と紫を基調としたローブが、肩の下まであるライトパープルの髪によく似合っている。髪より少し濃い色の瞳は切れ長で、涼やかな印象を受けた。口ぶりからしても佇まいからしても、大人の雰囲気が漂っている。
「ありゃあ自然に燃えちまったとか、火の不始末なんかじゃねえな。火をつけたやつがいる燃え方だった。ひでえことしやがるぜ。あのサイズなら物置か何かだろうから、人死にが出てなさそうだったのが救いってとこか」
 ジェマの言葉にうなずいて、パイクが腕を組んで苦い顔をした。
 それを聞いていたノアは、きゅっと胸を締め付けられたような気持ちで、おそるおそる口を開く。
「確かに物置みたいな狭さでしたけど……あれ一応、僕の家、だったんです」
 馬車に乗っていたほぼ全員の顔がひきつる。聞き流していたはずの御者ですら、ぴくりと肩を震わせたほどだ。
「ギルドを追放された後、とりあえず家に戻って荷物だけでも持ってでなくちゃと思ったんです。そうしたら、家のあたりに人だかりができていて、燃えていたのは僕の家で。気がついたら、懐のお金もなくなっていました」
 ノアはひきつった口の端を無理やり持ち上げて、笑顔の形を作ってみた。
 エミリーとジェマが、同じようにぎこちなく口の端を持ち上げたのを見て、ノアは自分の笑顔が失敗していることを悟る。
 人生、色々あるにせよ、これだけ立て続けに不幸に見舞われることはそうはないに違いない。事実、ノアにとって今日は、ぶっちぎりで人生最悪の日だ。
 もし、他の誰かからこんな話をまとめて聞かされたら、それこそぎこちない笑みを返すのが精一杯だろう。
 ただ一人、パイクだけは様子が違っていた。肩を振るわせてうつむいている。
 あの、と声をかけようとしたところで、パイクがぐいと顔をあげ、耐えきれないとばかりに声をあげた。
「あっはっはっは! 放火された上に有り金まですられちまってるじゃねえか! ひでえな、不幸全部乗せの特盛大サービスかよ! 悪かったな、物置とか言っちまってよ!」
 何がおかしいのかわからず、ノアはきょとんとしてしまう。
 そんなに落ち込むな。何があったか知らないが、話してみれば少し気がまぎれるかもしれないぞ。
 優しい顔で微笑んでくれた、頼りがいのありそうな男の姿はすでにない。目の前にいるのは、げらげらと笑い転げ、こちらを指さす人相の悪いおっさんだけだ。
「パイクってば! ごめんね、ノア。悪い人じゃないんだけど、ちょっとかなり、馬鹿みたいにずれてるところがあって」
「全然フォローできてねえぞ、あっはっは!」
 大粒の涙を流して笑うパイクを、今度こそ引っ叩いて、エミリーが申し訳なさそうにした。
 仕方なく、ノアは話題を変えることにした。
 暗い話はもう十分にしてしまったし、これ以上はパイクの腹筋がよじれるばかりで、なんともいえない空気が続くだけだろう。
「あの、皆さんはどうしてシーヴに? レイリアからなら、確か王都の方が近いはずですし、品もいいものが揃いますよね」 
 馬車は確かにおんぼろだが、三台を引き連れてくるからには、それなりの商店か、ギルドとして受けた依頼だろう。
 都市単位の依頼ならそれなりの資金もあるはずだ。そう予想して切り出したのだが、返ってきた反応はなんとも言えない沈黙と、苦笑いだった。
「まあなんだ、俺たちも訳ありでよ」
「隠したってしょうがないでしょ。簡単に言うと、質より量を選ぶしかなかったの。確かに王都の方がいいものは揃うけど、そのぶんお高いでしょ? シーヴならまだ手が届くから。馬車と馬は自分たちのだし、距離が伸びてかかるのは馬のご飯くらいだからね」
 まあ、シーヴもぐんぐん値上がりしてるから、次はどうなるかわかんないけど。エミリーが肩をすくめてへらりと笑った。
 レイリアの状況は、噂以上によくないようだ。ノアは話題の振り方を間違えたことに気づき、頭を下げる。
「なんだかすみません。大変な時に乗せてもらっちゃって」
「まったく冗談じゃねえな。立てよ、悪いがここで降りてもらう」
「ちょっとパイク!」
「黙ってろ。立てっつってんだろ、ノアさんよ」
 あえて呼び方を変えてきたパイクに、ノアはびくりとする。さっきまでの緩い空気が嘘のような、張り詰めた空気だ。
 おずおずと立ち上がったノアは、パイクが顎先で促すのにしたがって、馬車の出入り口へと向かう。
 エミリーはともかくパイクにとっては、よほど触れてほしくない事情だったらしい。鋭い視線に射抜かれ、ノアは反論を諦めた。
「……短い間でしたが、お世話になりました」
 頭を下げようとしたノアに、パイクは思わず吹き出した。
「ぶは、何言ってんだ。もう少し自分の主張ってやつは通しにいった方がいいぜ。それと確かにお前さん、あんまり戦いには向いてねえのかもな。とはいえ人出不足にはかわりねえ。ちょっと手伝え」
「え? 手伝うって、どういうことですか?」
 状況を飲み込めずにいるノアに、パイクがぐるりとあたりを見回した。
「気づかねえか? ちょいと荷に食い物を詰めすぎたかな。わんさかいやがるぞ」
 はっとして、ノアも慌ててあたりの気配を探る。
 がたごとと馬車が揺れる音に交じって、低いうなり声がいくつも聞こえてきた。
「魔物……囲まれてる?」
「そういうこった。御者は戦力外だからな、こっちはお前さんを入れて十人。あちらさんは数十体ってとこか。まあ、これも不幸特盛のおまけだと思って気合入れるんだな。あっはっは!」
 斧を構えて馬車から飛び出したパイクが、ノアの追放をからかったのと同じ空気で、口を大きく開けて笑い飛ばした。