そう言って、彼女は飛び降りようとした経緯を語り始める。
 なんでも、宮野さんはSNSでよくDMをやり取りしている年上の男性がいたそうだ。
 うつ病を患っている宮野さんにとって、彼の存在は精神安定剤のようなものだったという。
 毎日のように、彼に悩みや愚痴などを打ち明けていたそうなのだが、その関係に変化が訪れたのはやり取りを初めて一ヶ月目こと。
 彼が唐突に宮野さんに対して、『愛している』と言ってきたのだ。そして、二人は正式に恋人同士となった。……だが、彼は仕事柄、日頃から色恋営業をしていたらしい。
 話を聞く限り、恐らく彼の職業はホストか何かだと思うが、心が弱い宮野さんはそれに耐えきれず「仕事を変えてほしい」と何度も懇願したそうだ。

 しかし、それを聞いてくれるはずもなく……とうとう我慢の限界を迎えた宮野さんは彼を呼び出して、その気持ちをぶつけるに至ったというわけである。
 結果、待ち受けていたのは『別れよう』という言葉だった。そして、宮野さんはボロ雑巾のように捨てられたのだ。
 それからというものの、絶望の淵に立たされた宮野さんは生きる気力を失った。だから、自殺を図ったのだろう。
 経緯を聞き終えた私たちは、唖然とした。

 それから暫くすると、宮野さんは眠ってしまった。よほど疲れていたのだろう。
 そんな彼女の寝顔を見ながら、黒瀬さんは語り始める。

「……実は、私と結衣はSNSがきっかけで友達になったんです。家が近かったのは、偶然なんですよ」

「え? そうだったんですか?」

 私は思わず驚きの声を上げた。

「はい。彼女とは同い年で、趣味も合うことからすぐに意気投合しました。やがてお互いに不登校だということが分かり、何か辛いことがあるたびに励まし合っていたんです」

「そうだったんですね……」

「彼女は人に依存しやすいタイプなので、私以外にも相談相手がいるような気がしていたんですが……案の定、悪い男に騙されていたようで……」

 黒瀬さんは拳を強く握りしめながら悔しそうに顔を歪める。

「私、結衣に親友だとか言っておきながら全然助けてあげられなくて……本当に自分が情けないです」

「黒瀬さん……」

 私はかける言葉が見つからず、ただ黒瀬さんの話を聞いていた。

 結局、その日──黒瀬さんは、宮野さんのことが心配だからとそのまま泊まることになった。
 とりあえず、私は明日仕事があるので、頃合いを見計らってお暇させてもらった。
 静かな夜道を歩きながら、私は今日の出来事を思い出していた。

(うーん……何かが引っかかるんだよね……)

 私は首を傾げながらも、自宅へと向かった。


 ***


 数日後。
 その日の仕事を終え帰り支度をしていると、黒瀬さんからLINEメッセージが届いた。
 内容は、話があるので今からどこかで落ち合えないかというものだった。私はすぐさまOKの返事を送る。
 多分、この間の話の続きだろう。もしかしたら、諸麦さんも呼び出されているかもしれない。そう思いつつ、私は待ち合わせ場所に指定されたファミレスに向かった。
 店内に入ると、そこには既に黒瀬さんの姿があった。

「すみません、お待たせしてしまいましたか?」

「いえ、大丈夫ですよ。私が早く来すぎただけなので」

 そう言って、黒瀬さんはニコッと笑みを浮かべた。
 私もそれに応えるように笑顔を作ると、席に着く。そして、店員さんを呼んで注文を終えると、黒瀬さんに向かって尋ねた。

「あれ? 今日は諸麦さんはいないんですか?」

「ええ。その、実は……」

 黒瀬さんは声を潜めると、事情を説明し始めた。

「実は今朝、結衣から連絡があって色々相談に乗っていたのですが……とんでもない事実が判明しました。──どうやら、結衣が付き合っていた相手は諸麦さんだったみたいです」

「……え?」

 私は耳を疑った。一瞬何を言われたのかわからなかったからだ。

「ちょ、ちょっと待ってください。どういうことですか? だって、諸麦さんには恋人が──」

「ええ、その通りです。諸麦さんには、本命の恋人がいた。でも、その恋人の目を欺いて結衣とも関係を持っていたみたいなんですよ。つまり、結衣はずっと騙され続けていたってことです」

「で、でも……私、てっきり宮野さんの相手はホストか何かかと……」

「配信者だって、結局は人気商売ですからね。ガチ恋営業をしないとのし上がれない部分もあるのかもしれませんが……それにしたって酷い話だと思います。もっとも、結衣とは体の関係もあったみたいですし、ビジネスにしては行き過ぎていますけど……。それに、彼女は高校生ですよ。お金を持っているわけでもないのに、わざわざビジネスに利用するでしょうか?」

 黒瀬さんは怒りを露わにしながら語っていた。
 でも、確かにそうだ。そうなると、考えられる可能性は一つ。

「つまり、性のはけ口として利用していた……?」

 黒瀬さんも同じことを思っていたらしく、無言で頷いた。

「それと、もう一つ……結衣が教えてくれました。どうやら彼女、ネットで『生霊を飛ばす方法』を調べてそれを実行していたそうなんです。諸麦さんに一方的に連絡手段を断たれ、彼女は強い憎しみに囚われていた。だから、せめて一矢報いようと諸麦さんに強い念を送っていたんじゃないかなと……」

「ということは……」

「ええ。多分、ですけど……諸麦さんに取り憑いていた霊の正体は結衣の生霊です。柊木さんが見た謎の人影も、きっと結衣だったのでしょう」

「じゃ、じゃあ……諸麦さんの恋人に生霊を飛ばしていたのも、宮野さんだったんですか?」

「それは、わかりません……でも、その可能性はあると思います」

 黒瀬さんの言うことは筋が通っている。
 宮野さんは、きっと諸麦さんに本命の恋人がいると知ってどうしても許せなかったのだろう。

「──つまり、Miraiは無関係だったってことなんでしょうか……?」

 恐る恐る尋ねると、黒瀬さんは静かに首を横に振った。

「うーん……少なくとも、生霊を飛ばしている犯人ではないと思います。とはいえ、彼女も何故か隠れて交際しているはずの諸麦さんの恋人の存在を知っていますし、被害者の一人である可能性は高いと思いますけどね」

「なるほど……もしそうなら、諸麦さんの家を特定できている理由にも説明がつきますもんね」

「ええ。まぁ、あくまで私の推測なので、確証はないんですが……」

 黒瀬さんの言葉に、私は思わず考え込んでしまう。

(うーん……やっぱり、よくわからないな……)

 結局、Miraiは諸麦さんのストーカーなのか、あるいは復讐が目的なのか。どちらにせよ、このまま放っておくことはできない。

「私……諸麦さんに話を聞きに行ってきます」

「え? そ、それ本気ですか!?」

 黒瀬さんは驚いたように目を見開いた。

「はい。一応、事実を確認しておきたいんです。もしかしたら、何かの間違いという可能性もあるかもしれませんし……」

 私は黒瀬さんを見据えると、そう返した。
 すると、彼女は暫く黙り込んだ後、決心したかのように言った。

「……わかりました。では、私も同行しましょう。一人より二人の方が何かと都合が良いでしょうから。私も、結衣の件に関しては思うところがありますので」

 そう返事をした彼女の瞳には、静かな炎が宿っているように見えた。私たちは、強く頷き合う。