(邪魔って……一体どういうこと?)

 その答えを求めて次の言葉を待つが、Miraiがそれ以上呟くことはなかった。

「今のは、ただの偶然……かな?」

 私は自分に言い聞かせるように呟く。
 すると、ちょうど二人がリビングに戻って来た。

「とりあえず、これだけあれば大丈夫だと思います」

 黒瀬さんが手に持っている紙袋には、様々な種類の御札やお守りが詰め込まれている。

「ありがとうございます」

 諸麦さんはそう言うと、紙袋を受け取っていた。

「いえ、お役に立てて良かったです。ところで、これからどうしますか?」

 黒瀬さんの問いかけに対し、諸麦さんは顎に手を当てながら考え込む。

「うーん……とりあえず、今日はこの後やることがあるので帰ります。後日、また連絡するということでどうでしょう?」

「そうしましょうか。それじゃあ、何か異変があったらすぐにでも教えてください」

「あ、あの……諸麦さん。ちょっと、これを見てください」

 やり取りが終わったのを確認すると、私は慌てて諸麦さんに自分のスマホの画面を見せた。

「このツイート……さっき、私がMiraiのアカウントをチェックした時にちょうど投稿されたんです。でも、それ以降何も呟かなくて……」

「え!?」

 諸麦さんの顔がみるみるうちに青ざめていく。

「こ、これ……どういう意味なんでしょうか?」

 そう尋ねると、諸麦さんは押し黙ってしまう。この様子だと、心当たりがあるようだ。
 暫く沈黙が続いたあと、彼はおもむろに口を開いた。

「実は……俺の彼女も、最近変な夢を見るって言っていたんです。妙にリアルで気味が悪いとかなんとか……」

 諸麦さんは青い顔のまま、言葉を続けた。

「どんな夢なんですか?」

「夢に見知らぬ女の子が出てきて、『邪魔』って言われたそうなんです。偶然かもしれませんが、気味が悪いですよね……」

「そうなんですか……」

 諸麦さんの話を聞いて、背筋が凍るような思いがした。

「そのMiraiさんという方に動きがあったとなると……601号室に取り憑いている霊の件と同時進行で調査を進めていったほうがいいかもしれませんね」

 黒瀬さんが冷静にそう言うと、私と諸麦さんは同時に首を縦に振る。

「とりあえず、家に戻りますか……」

 諸麦さんはどこか気乗りしない表情を浮かべながらも、そう言った。

「そ、そうですね……」

 私も同意するようにそう返した。


 ***


 数日後。
 私と諸麦さんは、不動産屋に行って601号室が事故物件として登録されているかどうかの確認を取った。だが、やはり事故物件ではないとのことだった。
 管理人さんにも話を聞いてみたけれど、「過去にそういう事件があったって話は聞いたことがないですね」と回答をもらった。
 念のため、ネットでも事故物件の情報提供サイトを見てみたが、それらしい情報は載っていなかった。

 一先ず、事故物件ではないということで諸麦さんは安堵していたようだった。
 とはいえ、調査はますます難航を極めている。ほぼ進展がないと言ってもいいだろう。

「とりあえず、事故物件ではなさそうですけど……だとしたら、あの人影に説明がつかないんですよね」

「ええ……」

 私たちは頭を悩ませつつ、管理人室を出る。
 そんな時、ちょうど買い物から帰ってきたであろう黒瀬さんとエントランスで鉢合わせた。

「こんにちは」

「あっ、黒瀬さん……」

 彼女は私たちの姿を目にすると笑顔で挨拶をしてきた。

「それで、どうでした? 何か、わかりました?」

 黒瀬さんはそう尋ねてきた。

「ええ、それが……結局、事故物件ではなかったみたいで」

 諸麦さんが答えると、黒瀬さんは何かを考え込むように顎に手を当てた。

「そうなんですね……あの、もしかしたらなんですけど……」

 黒瀬さんが、言いづらそうに切り出す。

「霊は部屋に取り憑いているのではなく、諸麦さんに取り憑いているのかもしれません」

「えぇ!?」

 彼女の話を聞くなり、諸麦さんは素頓狂な声を上げた。

「い、いや、どうしてそんなことになるんですか!? ということは、今もついて来ているんですか……!?」

 動揺しているのか、少し語気が荒くなっている。
 だが、そんな諸麦さんの反論にも黒瀬さんは臆することなく言葉を紡ぐ。

「いえ、今は嫌な気配はないです。でも、それはもしかしたら御札のお陰かもしれません。この間お渡しした御札、常に持ち歩いていますよね?」

 諸麦さんは困惑した表情を浮かべつつも、頷いた。

「ええ、いつも財布に入れています」

「それなら、大丈夫です。御札は肌身離さず持っていてください。でも……今後もずっと御札に頼るわけにもいきませんよね。だから、一度お祓いに行かれてはどうでしょうか?」

 黒瀬さんの提案に、諸麦さんは目をしばたたかせた。

「お祓い……ですか?」

「はい、御札はあくまで応急処置なので。やはり、原因となっている霊を取り除く必要があると思うんです」

「つまり、除霊をするということですか?」

「そうですね。もちろん、私もサポートします。なので、近いうち──できれば、今週中に一緒にお祓いをしに行きませんか?  私、良いお寺を知っているので」

「わ、わかりました」

 諸麦さんは、困惑したような表情で頷く。

「では、また後日詳しいことは決めましょう。それから……できれば、柊木さんも一緒に来ていただけませんか?」

「え……わ、私もですか?」

「ええ。最初に諸麦さんの背後に謎の人影を見たのは、柊木さんですよね?」

「そうですけど……私なんかで役に立てるんでしょうか……」

 私がそう返すと、黒瀬さんは力強く頷いた。

「はい、お願いします」


 こうして、急遽お祓いに行くことが決まったのだった。


***


 次の日曜日、私たち三人は都内にある有名な寺院を訪れた。
 そこは古くから続く由緒正しいお寺のようで、目の前には立派な山門がそびえ立っている。その大きさと、まるで山のようにどっしりとした威圧感に私たちは揃って目を見張った。
 受付を済ませると、私たちは本堂へと向かった。そして、靴を脱いで畳に上がると目の前に座布団が並べられる。どうやら、ここでお祓いを受けるらしい。

 数分後、住職がやって来ると諸麦さんに向き合うようにして正座をした。

「はじめまして。今日はよろしくお願い致します」

 そう言って住職が頭を下げると、諸麦さんもそれに倣って「こちらこそ、よろしくお願い致します」とお辞儀を返す。

 諸麦さんの後ろには、私と黒瀬さんがいる状態だ。

「早速ですが、本題に入りたいと思います。まず、最近何か気になることや体調の変化はありませんか?」

「いえ、体調は問題ないです。ただ……関係あるかどうかわからないのですが、僕の交際相手が最近変な夢を見ると言っているんです。なんでも、夢の中で見知らぬ女性に『邪魔』と言われたそうなんです。あと、後ろにいる柊木さんが僕のライブ配信を視聴中に謎の人影を目撃していまして……」

 諸麦さんは神妙な面持ちで答える。

「ライブ配信、ですか……?」

「ああ、えーと……実は僕、ゲーム実況者でして。今は、それで生計を立てているんです」

「なるほど。最近は、そういった仕事をしている方も大分増えてきましたよね」

 住職は納得したように頷いた。