「おとーさーん、喉乾いた。」
俺の気持など意にも介さず恭也君が駆け寄ってくる。
「おう。」
勇也が水筒を渡すと恭也君は勢いよく飲み干した。
その姿は何度も見た懐かしささえ感じるものだった。
ああ、そうか。
僕の夢は今もこうして生きているんだ。
ただ俺はもうその物語の登場人物じゃなくなった。
それだけのことなんだ。

「いいもんだな。」
思わず口をついた言葉。それは新たに芽吹いた美しい世界を想ってのことだった。
でも、本当はこんなこと言いたくはなかった。
だって俺が言うその言葉は、もう意味が変わってしまうから。
「ヨウちゃんは結婚とかしないのか?」
「今のところそのつもりはないかな。そもそも、相手がいないし。」
「そうなのか?俺はヨウちゃんは結婚早いと思ってたんだよな。学生の時もモテてたじゃないか。今だってそれなりにモテてるんだろ?」
「俺なんて全然だよ。」
この歳になるとよく言われる話だ。
家庭はいいぞとか、そういう話。聞き飽きた。
しかもそれを勇也にされるなんて。
そんなのつらい。
つらすぎる。
俺の気持ちも、知らないで・・・。
夢を絶たれた俺に、新しい夢を見せつけるみたいに。



「・・・俺、そろそろ帰るよ。」
また逃げるんだ。俺は。
勇也からも、現実からも、理想からも、過去からも、そして未来からも目をそらして。
「そうか、しばらくはこっちにいるのか?よかったら夜にでも飲まないか?ヨウジとかヤスとかも呼んでさ。」
「・・・ごめん、明日の朝早くに、帰らなきゃいけないから。」
「・・・そっか。残念だけど、また今度だな。」
言って気づく。勇也の少し寂しそうな笑顔。
そうか・・・、気づかないうちに俺自身も変わっていたんだな。
もう俺は、俺自身が、あの頃には戻れないんだ。
いつも二人一緒だったあの輝かしい日々には。
そんな当たり前のことに気づいた時、夢を失い一縷の望みが絶たれたと実感した時、俺の心は確かに救われてしまった。
きっとこういうことなのだと理解してしまった時に、これからも勇也とずっと一緒にいられると信じていた僕は、死んだ。


「じゃ・・・。」
勇也と恭也君に背を向けて歩き出す。
俺はもう振り返ることなく神社を抜けた。
深い木々を抜け、急に強い日の光を浴びたせいか目の前が一気に白くなった。
少し立ち眩みをしたようだ。だがそれもすぐに治まる。
世界をまぶしく照らす日の光に、なぜだか心をも照らされた気分になった。
そしてそのまま階段を下り、山を下る。
来るときは随分息を切らしたが、帰りは拍子抜けするほど楽なものだ。


そして俺は、昔遊んだ思い出の場所を後にする。

明日の朝には生まれ故郷を後にして、
俺は・・・帰るんだ。