コレバスがもたらしてくれたのは、むろん人手の増加だけではない。
クロレル側も、まさか自分の差し向けた仕事人が逆に諜報に利用されているとは考えもしなかったようだ。
彼の置かれている状況が、次々と伝えられる。
今日もコレバスが俺の家へと報告に訪れていた。
わざわざ身に着けていた武器の全てを外して、片膝をつく。たっぷり5秒以上、その姿勢で頭を下げるのだから律儀すぎる。
なんだかとんでもなく偉い人間になった気分にさせられた。根からお嬢様であるセレーナは気にしていないようだったが、俺には落ち着かない。
「お時間をいただき恐縮です。アルバ様、セレーナ様」
「……いや、固いって。そこまでしなくていいんだよ」
俺は柔和に笑って促すのだけど、彼はあくまで姿勢を変えない。
そのまま、状況報告を始める。
「まずは、街の状況についてです。クロレルの失政の数々に愛想を尽かした住民たちの一部が暴動に出ていましたが、ほぼ鎮静化されました。
これまでは衛兵団を維持する金もなく対処に苦労していたようですが、どこからか人を集めてきたようですね」
「どこからか……。どうやって人を集めたかが問題だな。あの街に、それだけの人数を雇えるお金はないだろうし」
俺は疑問をそのまま口にする。
「さすがはアルバ様だ。お察しが早い……!」
それだけで、目を輝かせるのだからおかしい。
ちょっと過大評価されすぎてない? と思う俺をよそに彼は恍惚とした表情で話を続ける。
「どうやら、バックに妙な連中がついたようです。その連中がクロレルを動かしているとみて、ほぼ間違いありません。
はじめに拙者が雇われたのも、その集団からの入れ知恵だったようです。調べてはみたのですが、とんと素性のしれない団体で……。
その目的まではまだ見つけられておりません」
呆れたとしか言えない転がり落ち方だ。
優秀な人材を軒並み解雇した代わりが、わけのわからない集団で、その傀儡人形になるいというのだから救いがない。
「それとアルバ様の暗殺計画についてですが、「準備を整えている段階だ」という虚偽の報告を続けていたところ、こたび正式に取りやめることになったようです」
「……やけに諦めが早いわね。執着心の強いクロレルらしくもない」
「セレーナ様もそう思われますか。どうやら状況が変わったようなのです」
その作戦内容についても、コレバスは教えてくれる。
それはまったく寝耳に水の話で、俺は椅子から崩れ落ちそうになった。
そうくるか、と思った。
クロレルのことは考慮に入れていたけれど、そちら側のことはすっかり頭から抜け落ちていた。
「親父が俺たち兄弟を近々、ハーストンシティに招集する……だって? なんだってそんなことを」
「まぁ想像できたことね。過ちを犯したとはいえ、それ以降は安定的に村を統治していて悪い噂も立たなくなったアルバ。一方で、支離滅裂な政治で街の秩序を壊したクロレル……。
強いてどちらを次の領主にしたいかと考えたら……」
セレーナがそこで言いよどんだことで、俺の背中にはぞっと寒気が走る。
その先は、もう聞きたくなかった。
てっきり完全にそのコースからは外れたと思ってまったく考えていなかっただけに、今突き付けられたら受け入れられる気がしない。
が、そこはセレーナだ。はっきりと言い切る。
「あなたを次期領主にする方向で考え直すのかも」
……あぁ、神よ。見放したもうたか。
いや、そもそもろくに信じちゃいないが、さすがにこれは呪われている気さえしてきた。
魂の抜けた俺が空笑いを続けていると、隣からセレーナが頭をよしよしと撫でてくれる。それでも、簡単には立ち直れない。
「奴らは、その場で逆転するシナリオを考えているのでしょう。そこから先は極秘情報として厳重に扱われ、触れることができませんでした」
「……あぁ、そう。いろいろありがとうね」
「いえ、お褒めにあずかるほどのことではありません。拙者の任務ゆえ。それにしても、ハーストン辺境伯は見る目があられますね。拙者の目から見ても、どちらがその器にふさわしいかは明白!」
俺が評価されていることを嬉しそうに語るコレバス。
そんな彼に対して、俺はもはや生気の抜けた返事しかできなくなる。
「ご苦労様だったわね。次は、ハーストンシティの状況調査をしてもらえる? もちろん休んでからでいいわ」
「かしこまりました」
セレーナが代わりに次の指令を出すことで、コレバスはさっそく動き出す。
一方の俺はといえば、まだうなだれていた。
活力のすべてをもっていかれた気分だ。
「もうアルバったら。私だって、あなたの方がよっぽどクロレルより次期領主にふさわしいと思っているわよ」
「それ、慰めにならないからな?」
「そのつもりはないわ。ただ感想を述べただけだもの。私は、あなたの目標を応援してるわ。でも同時にあなたが評価されるのも嬉しいの」
彼女はなおも慈しむように俺の頭を撫で続ける。
その言葉と温もりのおかげで、一応は正気を取り戻すことができたのであった。
迎えの馬車に揺られながら、俺は窓の外に目をやった。
夏も盛りに近づく季節だ。
道の脇にある雑木林では青々とした草木がまるで競争でもするかのように勢いよく生い茂っており、虫たちの鳴き声もわんさかと聞こえてくる。
上を見上げてみれば、透き通るような快晴だった。
深呼吸をするとまるで自分の中にたまった膿がすべて洗い出されるかのよう――……なんてことはなかった。
いくら自然の雄大さに思いを馳せても、逃れられない現実がそこには横たわっている。
俺は改めて手に握っていた招集通知を読み返す。
「『アルバ・ハーストン、月末にハーストンシティに来たるべし。今一度、次期ハーストン家当主に兄弟どちらがふさわしいか、総合的な判断を行うための場を設ける』……って、はぁ。これまじ? 逃げ出すなとか、もう来るなとか言ってたのに?」
「何回読み直しても内容は変わらないわよ。もう出発しているんだから」
横からセレーナに入れられた冷静な指摘は、至極もっともだ。
そんなことは分かったうえで、もしかしたら解釈間違いだったりしないかなぁ……と期待してしまっただけのことである。
「というか、セレーナは動じないんだな。呼びだされたのは、セレーナも一緒だろ?
婚約者であるクロレルの元を離れて、俺のところにいたことが情報として父に漏れてるんだ。たぶんクロレルが漏らしたんだろうな。
それを考えたら、裏切りだとか婚約違反だとか、難癖つけられる可能性もあるだろ」
「そうね。でも、大丈夫よ」
「……また根拠のない勘か?」:
「今回は違うわ。そうなったときは、潔く婚約破棄するまでよ。別に立場なんて私いらないもの。その時は拾ってくれる?」
つ、強い……! 俺なんかよりよっぽど肝が据わっている。
はっきりと言い切れるセレーナには、感嘆せざるをえない。
投げかけられた憂いを帯びた視線にどきりとしつつも、俺はこくりと頷く。
「ありがと、アルバ。好きよ、そういうところ」
「……なっ」
なんてやっていると、そこへ手が割り入ってきた。
「はいはいそこまでですよ!! なに二人きりみたいな雰囲気出してるんですか!! メリリもいますよ。それと、あたしはアルバ様のダメなところも全部受け入れられますよ!」
「あら。じゃあ、私も含めて受け入れることね。アルバの一部のようなものよ」
「な、なにを~~!? それを言うなら、10の頃からずっとアルバ様とともにあるあたしのほうがよっぽど……! というかもはや一心同体、みたいな?」
馬車の内部が一挙に騒がしくなる。
こうしていると、何気ない日常にいるのと変わらない。
だがその一歩ごとに俺は、運命の裁きが待つハーストンシティへと近づいているのだ。
俺は、懐に忍ばせていたもう一枚の便箋に手をやった。
そこに書かれているのは、コレバスからの追加報告である。
彼によると、どうやらクロレルはハーストンシティにて俺に決闘を挑む算段らしい。
「普通に公開決議だけで決めるなら、失政を繰り返したクロレルの方が不利になるかもしれない。だから決闘を有観客の中で大々的に行い、その結果をあたかも次期領主争いの結果かのように置き換える……。なかなか考えたものだな」
厄介な連中がバックについたものだ。
こんな作戦は、クロレル一人じゃまず考えつかないだろう。
だが、これは俺にとっても好機とも考えられた。
この決闘でクロレルに花を持たせて勝たせてやれば、俺が次期領主の座につかされることもない……!
俺の目標は、あくまで悠々自適なスローライフただ一つだ。
そのためにもクロレルには、領主としての教育プログラムでも受けてぜひ更生を果たしていただきたい。
「なぁ。どうやったら自然と負けられるかな」
「ふふ、相変わらずそんなことばっかり考えてるのね、あなたときたら」
「次期領主になる気満々の方が格好良く見えるか?」
「いえ。なにか変なものでも食べたのかと疑うわ」
「そうですね。アルバ様、昔からなにか考えてると思ったらサボりのことばっかりでしたし」
馬車は進む。
どんな未来へ向かってかは、今のところ分からないが、きっとうまくいく。なるようになるはずだ。
彼女たちが隣にいてくれるなら。
ハーストン領は、南北に跨る広大な土地を有している。
その大きさは、ドナート王国内でも上から数えて五本の指に入るほど。
しかもその大半を山林が占めており、かなりの起伏があるのだから厄介だ。
俺が開拓を任されたトルビス村から、領内の中心都市・ハーストンシティまでは馬車で4日近くは要する。
もっともブリリオに乗れば所要時間はぐっと短くなるが……迎えの馬車が来た以上はしょうがない。
途中俺たちは、中腹にあった街で宿を借りて一泊する。
そして翌日の昼下がり、俺たちはとある目的でアイテムショップを訪れていた。
冒険者用の武器や防具を主に扱うお店である。
「かなり品ぞろえがいいな。目移りしそうなくらいだ」
「そんな時間はないけれどね。あなたがよく寝ていたから。なにかを買うなら、早めにしたほうがいいわよ」
セレーナは陳列棚に置かれていた小刀を手にしながら、じとっとした視線をこちらへと流す。
……美しい顔立ちをしているばかりに、武器を手にしてそう言われると少し怖い。
だが彼女の言う通り、許された時間はそう多くなかった。
宿に追い出されるぎりぎりまで惰眠をむさぼり、朝食を食べ損ねるくらいには俺は爆睡を決めていた。そのため今、メリリが朝食の買い出しに向かってくれている。
ここまでの旅程では、少し余裕を持たせていたのだが……。
今日一日で掻き消えたね、うん。
「分かってるから、それ置いてくれって。どうせ、そこまで悩むことでもないよ」
そのわけは、俺がここを訪れた理由にある。
俺は相変わらず、どうやったらクロレルの奴にうまい具合に負けられるかを考えていた。
そこで思いついたのが、武器をなまくらレベルのナイフへと変えることである。
つまり、もっとも安いナイフを一本だけ持って、その決闘とやらに臨めばいいのだ。
最安値のナイフは、店の端にあった『処分間近』と書かれた箱の中に、刀や弓にまじって一本だけ突っ込まれていた。
俺はそれを奥底から掘り起こす。目に留まったのは、『いわくつき。抜けません』という謎の説明書きだ。
「……なんで抜けないナイフが売ってるんだ?」
俺が疑問に思いながらそれをまじまじと見る。
たしかに、こうして持つだけでも異様な感覚があった。なにか魔力が吸われて言っているような……。
不思議に思いながらも、俺はとりあえずそれを抜こうと試みる。
「あっさり抜けたな」
意外や意外。なんのつっかかりもなく抜けてしまった。
握り心地は悪くないが、刃の一部は錆びている。
同時に拍子抜けしていた俺に、脇からセレーナが首をのぞかせる。
「呪われたナイフね、それ。しかもかなり強い呪いがかかってる。常人なら触れただけで怪我をするくらい濃いわ。魔力と言うより、魔物の類の持つ瘴気に近いものを感じるわ」
「……え。それはえっと、勘?」
「鑑定の結果よ」
「ってことはまじもんかよ。いや、でも俺全然なんともないけど?」
「それは、そうね。でもあなた、常人じゃないわよ? 少なくとも、その辺の冒険者や魔術師よりはよっぽど強い。次元が違う域にいるもの。試しに私が触れてみようかしら」
そう言うなりセレーナは、こちらに手を伸ばそうとするから俺はとっさにそのナイフを鞘の中へとしまう。
危険をかえりみずに好奇心で動くところもあるから、彼女は危うい。
俺はそのナイフを見つめ、しばらく悩む。
「お二方、そろそろ出発の時間になります。もう、お連れのメリリ様は戻られていますよ」
ちょうどその時、外から声がかかった。
さてはて、どうしたものか。
今俺の手にあるのは、抜けないと書かれていたのに、抜けてしまったナイフ。そしてこの店にある他のナイフは、これのどれよりも高い。
そして吟味する時間はない。
「よし、もう仕方ない。これにしよう。呪いって言ったって、別に使えそうだしな。わざと負けるんだ。ちょっと錆びてたり、魔力を吸われてるくらいがちょうどいいだろ、うん」
俺はそれを店のカウンターへと持っていく。
老人店主が、「まだこいつがうちにあったのか……」「てっきりもっと奥底にしまわれていたものだと」などと意味深に呟くから俺は一応尋ねてみる。
「これ、本当に抜けないんですか。さっき抜いちゃったんですけど」
「ぬ、抜いた!?」
「えぇ、まぁ」
「とんでもない逸材らしいな、あなたは。何者だ? それは先々代の店主が店をやっていた頃からこの店に置かれていた代物。この百年、抜いたものなど――」
とかなんとか。
気にはなれど、今の俺にはその長いうんちくを聞いている時間はなかった。
本当にそんなやばいものなら、あんなところには置かれていないだろうしね。
俺は小銭で決済を済ませて、ナイフをひっつかむと、あわただしくセレーナとともに店を後にする。
「お客さん、そいつは魔力を食う代わりにかなりの威力を発揮するよ。なんせ、そいつは国崩しをしたとも謂われる武器の一つ。それを使っていた、革命児・カーロの怨霊が……」
とかなんとか言っていたけれど、誰それ。知らない人だ。
「カーロってたしか天下取り目前までいったっていう覇王……」
「覇王? このうえなくうさんくさいな。話が大きすぎる」
そんなもの、嘘に決まっている。
とにもかくにも新たな武器を格安で手に入れた俺は、再びハーストンシティを目指すのであった。
数か月ぶりに、ハーストンシティの門をくぐる。
そもそも、もう訪れることなどないと思っていた場所だ。
ここでセレーナがここで俺を待ち受けていたことから今の日々がはじまったと思えば、少しばかり感慨深い。
そういう意味で言えばここは、人生の分岐点となった場所ともいえる。
門番による身分確認を受けながら、俺は大きすぎる門を見上げた。
「ここには二度と足を踏み入れられないと思っていたわ」
「踏み入れたくもなかったけどな」
「同感よ。今更だけどね」
セレーナとそうこう話しているうち、確認が済んで門が開かれる。
昼下がりだ。
次第に見えてくる賑やかしい大通りの光景を見ながら、いよいよだと俺は意気込む。
まだ俺は、セレーナとともに歩き始め、メリリも加わってくれたこの新しい道を終わらせたくはない。
かならずトルビス村に帰り、ブリリオやフスカ、村人たちの元へと帰る――。そして理想のスローライフを再び目指すのだ。
そう考えて俺は拳を握った。
「絶対、次期領主の座。どうにかして回避してやる……!」
「まぁ、アルバ様! いつにも増して格好いいですよ! メリリ、きゅんとしました!」
「……そうかしら。なんかとんでもなく後ろ向きなやる気な気がするのだけれど?」
意気込み新たに、俺たちは街の中へと入る。
目指すのは、公開決議の行われる中央公会堂だ。
文字通り街の中心にあるその施設は、こうした公に実施される行事ごとの際に利用される施設で、趣向を凝らした緋色の門の奥には闘技場や集会所などがある。
ただし馬車に乗ったまま、窓も締め切りだ。
なぜならクロレルが俺と入れ替わってあらゆる犯罪をおかしたのは、この街でのことである。
その噂は今やハーストン領内の都市全域に知れ渡っている。
実際に蛮行を働いた街で顔など見せようものなら、石礫をあびせられるかもしれない。
そのためひっそり息をひそめていたら、街ゆく人々の会話がいやおうなしに耳に入ってくる。
「おいおい、今日の決闘どっちに賭けるよ?」
「そりゃあ、アルバ様は魔法も使えないんだろ? 普通に考えればクロレル様だろ」
「だよな。まぁでも、どっちが次期領主になろうと、お先真っ暗って感じだけど」
うん、まあこの反応も無理はない。
俺だって選ぶ側の立場になれば、同じことを考える。
俺はまったくどうとも思っていなかったのだが、収まりのつかない人もいた。ごくごく身近なところに。
「なにを~!! クロレルはともかくアルバ様なら――むぐっ」
「メリリ、静かになさい」
セレーナがメリリの口を手でふさぎ、その両手を取り押さえる。
そんなやり取りをしていたら、突如として馬車が止まった。
嫌な予感が背中を走る。もしかすると漏れ出すメリリの声で感づかれて、誰かが俺に攻撃を仕掛けに来たんじゃ…………
そんなふうに考えたのだが、違った。
律儀に扉がノックされるから、着ていた羽織を頭にかぶり顔だけ覗かせる。
そこにいたのは、見慣れた顔だ。
びくっと、メリリも身体を跳ねさせる。
「……セバス」
「アルバ様、それにセレーナ様。そして、メリリも。お久しゅうございますな」
親父に長年ついている執事のセバスだ。厳格な事で有名で、真逆といっていい性格である俺にとっては結構厄介な存在だ。
「お迎えに上がりました。主人から話があるようです。公会堂より先に、お屋敷の方へ来てくださいますかな」
「……それ、絶対ってこと?」
「随分と察しがよくなられましたな。そのとおりでございます」
うわぁ、もう面倒くさい。
この状況で、久しぶりだね、なんて挨拶だけに終わることは考えにくい。というか、ありえない。
「気持ちが顔にですぎよ、アルバ」
「……そんなつもりはなかったんだけどな」
うん、でも唇がぴくぴく引きつるくらいは許してほしい。
「ここはおとなしく従うしかないわ。どうせ、義父上とは後で顔を合わせることになる。それに、私は先に話をできるのは悪いことではないと思うわ」
それくらいは俺だって分かっている。
ここへ来た以上、色々と厄介な話になることは、どうせ避けられない。
俺は彼女としばし目を合わせた末に、セバスに案内をするよう指示する。
と、彼はひげに手をやり柔和に笑う。
「ほほ、これはこれは。お二人はよほど親密なようだ。かしこまりました。お連れいたします」
「どういう風の吹き回しだよ、親父」
「まぁまぁ。まずは、落ち着いて紅茶でも飲むといいよアルバ。セレーナ嬢も」
屋敷へと連れていかれた俺たちが通されたのは、思いがけず接待用の一室だった。
そこには、席がぴったり3つ用意してあり、テーブルを挟んで俺とセレーナは親父に向かい合う。
ちなみにメリリはといえば、セバスに別室へと連れていかれた。
たぶん今頃は、突然やめたことへの事情聴取をされて、こってり絞られているのだろう。
だから俺たちにも、拷問じみた聴取がされると踏んでいたのだが、どういうわけか歓待を受けていた。
「さぁ。接待用の紅茶は、産地にも時期にもこだわった一品だ。茶葉が開いた時の香りといい、一口含んだ時の茶葉の香ばしさは、他でめったに飲めるものでもない。この機会に、味わってくれたまえ」
親父は綺麗にひげの剃られたあごを触って、にこにこと笑う。
俺を追放したときはさすがに厳しい面をしていたが、普段は温厚な性格で知られる父だ。だがそれを考慮に入れても、怪しさはぬぐえない。
なにか裏がある
そう伝えるため俺がセレーナへと目をやると、彼女はこくり首を縦に振った。
……本当に伝わったかは知らないが。
とりあえずは勧められたとおりに紅茶をいただく。そうしないと、話が前に進まないからだ。
その感想を述べあって、少しだけ空気がほぐれたあと。
「いやぁ今回は突然呼び出して悪かったねえ」
親父はこう切り出してきた。
身構える俺を見て、父はくすくす笑う。一通り笑い終えてなお、口角が吊り上がっているのだから間違いなく作った笑顔だ。
「はは、なにも咎めやしないさ。長子・クロレルの婚約者であるところのセレーナ嬢が、どういうわけかアルバの元にいることは、そりゃあ気になるけどね」
まずはセレーナの方へ、上目に質問が投げかけられる。
「それについては、いずれご説明をするつもりでした」
が、さすがはセレーナだ。
いっさいの動揺も淀みもなく静かにはっきりと言い切り、片耳に髪をかきあげると事情の説明をはじめる。
クロレルの行動に対する辛辣な批評も交えつつ、端的に事情を伝えた。
「……とまぁそういうわけで、クロレルの悪行には愛想が尽きました。そこで、アルバの元へ転がり込むこととしたのです」
「ふむ、クロレルの元から去ることを決断した理由についてはよく分かった。で、なぜアルバの元へ?」
本来の理由は、彼女の『勘』だ。
俺に会いたいと思ったから来た、と彼女には聞かされている。
とはいえ、今度の相手は婚約者の父親だ。
そんなあいまいな答えをして許されるとも思えない。だが、俺にはどうしてやることもできないから、落ち着かないまま彼女が口を開くのを待つ。
「昔からアルバのことをお慕いしていたからです」
それは、斜め上からの回答だった。
実際には俺とセレーナが出会ったのは、クロレルとの婚約を祝して開かれた祝賀会でのこと。
昔、というほどの話ではない。
だが俺と彼女は同い年だ。
貴族学校に通っていた頃に知り合っていたという設定は、ありうる話だし、父もそこまで把握はしていない。この状況でそこまで機転が利くあたり、さすがだ。
父はその切り返しに目を丸くすると、やがて吹きだすように笑った。
「はは、そうきたか。我が息子は案外にもてるらしい。あのクロレルをさしおいて心をつかんでいるとは」
いや……親父、余計な事言うなよ。
「えぇ、もうぞっこんです」
セレーナも、それ真顔でいう事じゃないからね?
呆れる俺をよそに、彼女は続ける。
「それに、私はクロレルの婚約者としてこのハーストン領にやってきましたが、それは政略結婚。同じくハーストン家の出身であるアルバの元にいたならば、問題なく成立しますでしょう?」
その主張は、強引そのものだった。
普通の人間が口にしていたら、体のいい言い訳にしか聞こえまい。
だが、そこは『高潔な薔薇』なんて評される彼女だ。
芯の通った声ではきはきと言われると、なんとなく筋が通っている気もしてくる。
と言って、親父は俺とは違い、嘘と真実の入り混じる貴族社会で何年も生き抜いてきた人間だ。
こんな暴論は間違いなく追及される――。
「たしかに一理ある。まぁ我が家としても、大事にはしたくない話さ。二人がそれでいいなら、構わないよ。むしろ都合がいいまであるくらいだ」
が、結果は違った。
親父はまたしても先ほどと同じような、怖いくらい優しげに繕われた笑顔を見せて、その主張を吞んでしまう。
……こうなってくると、いよいよ怪しい。
生まれてこの方、この親父の息子をやってきたのだ。
もう彼の真意は、だいたい掴めている。
こうやってやたらと物分かりがいいときは、言いにくい話をする時だ。
「で、親父。なんの話をするために呼んだんだ? 事情を聴くためだけじゃないだろ?」
遠回りなのがわずらわしくなって、単刀直入に聞いてしまう。
親父は一瞬とぼけたように目をまたたくが、顎に手をやり、うんうんと頷いた。
「やっぱり、アルバは察しがいいね」
「もういいよ、おだててくれなくても」
「そう急かすな。悪い話をしにきてもらったわけじゃないさ。もうこうなったら端的に言うが、クロレルが失政を繰り返して街の秩序を乱したことは耳に入っているだろう? 私の元にも事が大きくなってからその情報がもたらされた。あいつは失政を報告せず隠ぺいしていたんだよ」
やっぱりそれか、と思った。
前にセレーナが話していたとおり、これは最悪のシナリオへと向かっている。
「そこでだ、アルバ。お前の方はうまくやっているか心配になり、実はトルビス村の様子をこっそりと視察にいかせた」
「……もしかして、移住希望者の中に紛れさせてたな?」
「ほう、そこも見抜くか。いやはや、面白い施策をするものだと思ってね。物は試しと派遣してみたんだ。そうしたら、これが大絶賛だよ。
トルビス村はただ綺麗になるだけではなく、生活水準も文化レベルも大幅に引き上げられた。しかもアルバは希望者たちの心を一度に掴むほどのカリスマ性も見せたというじゃない?
これは、アルバとクロレルへの扱いを再考する大きなきっかけとなったよ」
俺はその先を聞きたくなくて、欲しくもなかった茶菓子を口に入れて、もさもさとかじった。
しかし、その宣告は待ってくれなかった。
「簡単な話、次期領主候補にはアルバを推す方向で進めたいのさ。分かるね?」
決定的な一言が飛び出して俺は盛大にむせかえる。
もっとも恐れていたことを、ついぞ言われてしまった。
親父は物腰柔らかな風だが、一度決めたら梃子でも動かぬ頑固さも持ち合わせている。
ただ断っても、受け入れてくれるわけもない。
俺はとりあえず反論を試みる。
「けど、それじゃあクロレルが納得しないよ。それに、さっき民衆の声も聞いたけど、みんなが今日の模擬決闘で決まると思い込んでいるようだし」
「……あぁ、その件か。あれはクロレルの奴が勝手に画策したものだ。本来なら効果はないし、中止にしたいところだけれど、それは無理そうなんだよね?」
俺もセレーナも、それには首を縦に振る。
さっきの街の雰囲気を見れば、いくら親父の一存だからと言って、納得してくれるかは怪しい。
「それにこの街の人は、ここで犯罪を繰り返した俺をかなり嫌ってるうえ、クロレルの悪政による被害を直接受けたわけじゃない。この街の人が、俺を次期領主に……なんて話、ただで受け入れてくれるとは思えないな」
俺は一気に攻めへと転じようとしたのだが……、親父はここで一つ咳払いを入れる。
「ふむ、それについてだが……。今日の模擬決闘に、なんとかして勝ってほしいのだ。そうすれば、アルバ。お前を嫌う民は当然まだまだ多かろうが、次期領主の座につく理由にはなるからね」
「いや、兄上の能力はかなり戦闘向きで強いですよ?」
「はは、魔法を使えないお前には荷が重いか。だが、どうにかお前には勝ってもらわねばならぬ、アルバ。そこでだ。大量の攻撃用魔導具を用意した」
親父が指を鳴らすと、奥からは使用人らがいくつもの武器の乗ったキャスターをこちらへと運んできた。
中には実際、魔物退治に利用されているような代物まである。
「これらを使ってでも、どうにか勝つんだ。お前は昔から物の扱いには秀でたものがあった。できるね? できない場合のことは考えていないよ。できた場合は君たちの仲も公的に認めるし、できる限りのはからいはしよう」
そして、これだ。潮目が完全に変わってしまっていた。
やはり親父は、一筋縄ではいかない。
セレーナのことを引き合いに出されれば、俺が「できない」とは言えないことを読んだうえで、そう持ち掛けてくるのだからこれ以上の反論はできなかった。
「別にいいわよ。私のことは」
と。
セレーナが言ったのは、応接室を後にして、二人きりとなってすぐのことであった。
「は、なんのこと?」
「なんのことって顔に出てるわよ。悩んでるでしょ、本気で戦うかどうか。それも、私との関係を公的に認めてくれるって話のせいで」
……一応しらばっくれてみたのだが、やはりセレーナにこの手は通じないらしい。
いきなり本題に切り込まれる。
「たった数か月かもしれないけど、もう何日も私はあなたばかりを見て生きてる。それくらい、声に出さなくたって分かるもの」
考えてみれば、そうだ。
彼女は単に洞察力が高いだけでなく、俺のことをよく知っている。いろんな顔を見てきた彼女には、最初から丸わかりだったのかもしれない。
こうして見抜かれてしまった以上は、続けても猿芝居にしかならない。
ならば、さっきの発言の真意を尋ねるほうがよっぽどいいだろう。
「……それで? 気にしなくていいって言うのは、どういうこと?」
「そのままよ。私のことは気にしなくていい。義父上がどう言っても、たとえば私とあなたの関係を認めないと言っても関係ない。
そもそも今だって、許可をとってあなたのもとにいたわけじゃないわ。無視すればいいだけの話よ」
「そう言われてみれば、そうだけど、認めてもらったほうがやりやすいんじゃないの? 実家との関係もあるだろ」
「いいのよ、それも気にしないの。あなたの元に行った時点ですべて覚悟してたこと」
セレーナは決然とした顔でそう言ったあと、俺の前へと回り込み手をすくいあげて首を少しあげて俺の瞳をじっと捕える。
実に綺麗な顔をしていた。
こうして改まって正面から見れば、その雪のように白い肌や薄水色の瞳、まるで高級な織物みたいな紫色の髪、どれも一級品に美しくて、目を奪われる。
思えばはじめて会った時から、彼女は大層綺麗だった。
そしてその完成された美しさは、いっさい損なわれずにここにある。
だがその時には彼女が纏っていた儚げな雰囲気が、今は少し違って感じられた。
今の彼女には、心の中をまっすぐに通る芯がある。
そんな気がした。
たぶんなにを言おうと、彼女は自分を曲げない。
「……わかった」
ならば、俺が無理に変えさせる話ではない。
彼女が望むように、俺がしたいように振る舞うべきだろう。
「よし、適当に上手い具合に負けてくる。親父にわざとと見抜かれないくらいほどよくな、。やっぱり次期領主候補なんて勘弁だし」
「ふふ、そうでなくちゃあなたじゃないわ」
「だろ? これが俺流ってやつだ。
まぁあれだけ用意して負ければ、親父だって俺の評価をまた下げるだろ。クロレルが再評価されるようにうまく、立ち回るよ」
「ふふ、そうね。頑張って」
「負けるを頑張るって意味わからんけどな」
方向性が決まって、俺たちはたわいのない会話をしながら、屋敷の廊下を外を目指して歩く。
そこへ途中でメリリが合流したのだが……
「アルバ様…………、あの人、怖い」
俺より先に、彼女の方が戦いに負けてきたみたいな意気消沈具合になっていた。
どんよりとした負のオーラを全身に纏わせていて、まるで亡霊のようだ。
「そんなにこってりセバスにいかれたのか?」
「はい……。勝手に仕事を飛んだことを散々叱られました。クロレルのところから戻りたかったなら、先に辞表をちゃんと出せとかなんとか!」
メリリが涙でぬれて鼻水まで垂れた顔を俺の背中にこすりつけてくるから、俺はどうにかそれを逃れる。
まぁ一般的に考えれば、それはたしかに必要な手続きだ。
セバスが怒るのも、道理は分かる。
……が、そういう意味で言えば俺もセレーナも、形こそ違えど逃げてきた身だ。
「ある意味、似たもの同士ね。私たち」
セレーナがぼそりと言うのに、俺は苦笑する。
メリリは、一緒にしないでください! と言っていたが、結局は耐えきれなくなったのか、くすくすと笑っていた。
和気あいあいとした雰囲気のなか、俺たちは屋敷を出て再び馬車へと乗り込む。
そうして決戦の地、運命の分水嶺(ある意味)となる公会堂内にある闘技場へと向かったのだが……
その通路でもまた、待ち受けて居る人がいた。
そいつは取り巻きを後ろに控えさせて、尊大な態度で俺たちの方へと近づいてくる。
「はは、逃げずに来たんだな。馬鹿な弟を持ってラッキーだぜ」
その耳障りな声の主は、できることなら、もう二度と顔をみたくなかった男であり、俺たち三人それぞれに因縁のある人間。
クロレル・ハーストンだった。
相変わらず、むかつくくらい容姿だけは整っていた。
さらさらな金髪も、鼻の高い顔も、たぶんなにも知らない女性が見れば、まず惹きつけられるだろう。
全身真っ黒で統一された戦闘用の衣装や防具、さらにはなんのためにそこまで長いのか理解に苦しむクロマントまで。
ふつうの人が着れば痛々しく見えよう格好だが、それすらも様にはなっている。
……とはいえ、いかに外側が綺麗に取り繕われていようが、中身がズタボロに腐敗しているのだからそうしようもないのだけど。
唇をゆがませて笑みを浮かべた彼は、大股で俺たちの元へと歩み寄ると、そのむだにたかい上背で俺を見下ろしてくる。
「よぉ。なんで来たんだ、アルバ。魔法も使えないお前が俺様とまともにやって、万が一に勝てるとでも?」
そう、クロレルも俺が魔法を使えることは知らない。
いや正確に言えば一度は俺の暗殺を企んでいた際に、コレバスから彼はその情報をもたらされている。
だが、いっさい信じることなく「見間違いだ、ありえねえ」と笑い飛ばしたらしい。
……なんというか。
俺に対する評価が低すぎて、というか、こいつが馬鹿すぎて助かったというところか。
そんな俺の心中は彼に伝わるわけもなく。クロレルは、ぺっと俺の方へ向けてつばを飛ばす。
「はは、父上はこんな自分の力量すら正確に測れないやつを次期領主にしようってのか? 笑えるなぁ、まったく。
そもそも俺が評価されなかったのは、俺の政策の偉大さに誰も付いてこれなかったからだ。はじめから底辺にいるお前とは、ものが違うんだよ」
俺は、ただひたすらにそれらを聞き流していた。
そもそもこれは、会話ではない。一方的に悪口を垂れ流されているだけだ。
言い返したところで無駄な口論を生むだけで、なにか新しい結論が見つかるわけでもない。
ここで、こちらから八百長を申し入れてもクロレルはまず信じないだろう。
「セレーナ・アポロン、メリリ・メラート。てめえらも見る目がねぇなぁ、まったく。俺のそばについていたら、今頃いい夢が見れただろうに。そんな奴のなにがいいのか俺にはさっぱりだ」
セレーナも、それは理解してくれていたようだ。
ことクロレルのこととなると熱くなることも、これまでにはあったが……
今は状況が状況である。
横顔を見れば、苛烈な言葉を浴びせるクロレルとは対照的に、まるで凪だ。
だがそれが逆に、押し殺された怒りを如実に伝えてくる。
とはいえ堪えてはくれていたのだけど、
「……あんたなんかに」
ただ一人、感情制御の極端に苦手な人がうちにはいた。
感情が豊かすぎるのだ、メリリは。
収まりがつかなかったようで声を震わせ下を俯いていたかと思うと、
「あんたなんかに誰がついていくもんですかぁ!!! あたしはたとえどんなアルバ様でも一生を捧げるって決めてるんですぅ!!!」
これだ。
天井の低い通路の真ん中、その絶叫は何度も耳に響き、きーんという余韻とともにいつまでも耳の奥に残る。
あちゃぁ……、と。
頭を抱えたくなったのはその発言が、クロレルの怒りを買うことは分かり切っていたからだ。
「てめぇ……!!!」
ほら、やっぱり。
こうなると、見境がないのがクロレルだ。握りこぶしを固めながら、メリリの方を血走った目で見やる。
俺はとっさにメリリとの間に入って、鞘に納めたままのナイフを彼の首元に突き付けた。
「なっ、速いじゃねぇか……。まさか本当に魔法が使えるように……?」
クロレルは目を丸くしながらこう呟く。
半分あっていて、半分不正解だ。
たしかに魔法は使えるが、この程度の動きにいちいち魔力を使ってはいない。
「褒められてもまったく光栄じゃないな。引けよ、クロレル」
俺は強く目を見開き、そこに力を込める。
すると、どうだ。彼は一歩後ろへと下がり、また一歩と後退していく。
「く、くそが。言わせておけば、たかがアルバの分際で俺様に命令してんじゃねえ! ここで燃やし尽くしてやろうか!? あぁん!?」
……なんというかまぁ。
腰を引けさせながら言われても、まったく怖くない。むしろ堪えて居なければ笑ってしまいそうだ。
クロレルはいよいよ剣に手をかける。
「クロレル様、そのあたりで」
が、そこで背後から取り巻きの一人が歯止めをかけた。
その男と数秒、視線をかわす。実力のほどはともかくとして、クロレルよりはよっぽどできる人間らしい。
クロレルはそれにより、息の荒さはまだ残っていたものの一応は剣にかけちた手を下ろす。
「そうだな。お前らをぶちのめすのは、ステージの上まで取って置いてやるよ。せいぜい震えていろ、カス!! そんな魔導具ごときじゃ俺は倒せない。確実に叩き潰してやるよ、完膚なきまでにな!!! はははは!!!」
……我を忘れると、本当に汚い言葉遣いだなぁこいつ。
そんなふうなことを考えながら、俺は、高々と笑い声をあげマントをひるがえして去っていくクロレルの後ろ姿を見送ったのであった。
模擬決闘の開始時間が近づくにつれ、会場はかなりの盛り上がりを見せていた。
外の様子を見てきたメリリによれば、
「なんか大波って感じです。荒れた海で海獣たちが暴れまわってるみたいな!」
とのこと。
表現自体はよく分からないが、ともかくスタンドは満員で、今か今かと対決の幕が切って落とされるのを待っているらしい。
模擬決闘は決して多くない娯楽のなかで、かなり刺激的なイベントの一つだ。
大多数はそれを楽しみにしているようで、その後に予定されている公開決議の方はついでとでも思われているようだ。
となれば、やはりこの戦いの結果は次期領主の選考に大きく影響すると見て間違いなさそうだった。
「なぁセレーナ。あいつの魔法、鑑定したことがあるか?」
「あるわよ。特徴でいえば――」
なんて、セレーナから話を聞いているうち、開始時間がいよいよ目前にまで迫る。
が、俺はぎりぎりまで控室にとどまった。
クロレルとは違って俺は、わざわざ人目にさらされるのは好きではない。
注目されるのは大の苦手、基本的に陰の者なのだ。
しかし控室を訪れた運営委員に舞台へ上がるよう促されたら、これ以上は粘れなさそうだった。
「やりたいようにやってきて。私たちは上で見てるから」
「そうです、アルバ様! 今だけはセレーナ嬢に全面同意です!」
控室を出たところで、二人と別れる。
最後にもらった言葉は俺に勇気を与えてくれた。おかげで、心置きなく負けられるというものだ。
俺は意気揚々と(ある意味)、フィールドを目指す。
「…………あ」
ちなみに親父から貰った魔導武器たちをすべて控室に置いて来たことに気付いたのは、闘技場内へと出てからのことであった。
そもそも勝つ気がなかったため、完全に失念していたのだ。
まぁ仕方ないね。