――アルバたちがクロレルシティを極秘で訪問してから数日。

クロレルの悪政により崩壊への一途をたどっていたクロレルシティでは、ついに暴動が起きていた。

そのわけは、『特別警ら隊』の崩壊にある。
アルバが氷漬けにした隊員らが見つかると、そのやられように恐れをなした隊員の一部が去っていったのだ。
そのうえ、情けない姿をさらしたこともあり、一部の住民はついにクロレルに対して反旗をひるがえしたのだ。

『圧政反対、理不尽な税金反対』。

そんなことを謳った旗が街中の各所で揺れる。

状況確認のため、街へと降りてきていたクロレルは間近で見たそれを、苛立ちから焼き払う。

しかし、きりがない。
すぐ近くに立っていた魔導灯を見ると、

『能無し領主を追い出せ! 署名を集めて、ハーストン辺境伯へ提出しよう!』

だなんて紙が貼られてあり、クロレルの怒りを助長する。

歯ぎしりをしながらそれを引きちぎって裏を見ると、

『次期領主は弟アルバ様の方がいいのかもしれないぞ、もはや』
『でも犯罪者なんだろ?』
『犯罪者の方がましってことだよ』

今度見つけたのはこんな書き込みだ。

冷静さを失い収まりのつかない感情に襲われた彼は、怒りの咆哮をあげて、その魔導灯に拳をたたきつけた。

「ふ、ふざけるなよ……!!! あのカスが、あそこまで落としてやったあのカスのどこがいいんだ!!!!」

それは、もっとも恐れていたことであった。
認めたくはなかったが、端的に言えばクロレルはアルバの存在が怖かったのだ。

もちろん無能と見下し続けてこそきたが、アルバもハーストン家の血を引く者で、家督を継ぐ資格はある。

そのため、絶対に万が一がないよう、わざわざ悪行を着せて追放までさせた。
ようやっと自分の地位が安泰になったところで、足元が揺らぎ始めたわけだ。

「なんで、こうも思い通りにいかない……!」

このまま街にいては、怒りが収まりそうにもなかった。
クロレルは、憤慨しながら屋敷の執務室へと引き返す。

そこに肩をすぼめて待っていたのは、一人の役人だ。

「クロレル様、再雇用のお声がけをしたバーズ様ですが……」

どうやら人事の報告のようだった。

さしものクロレルとて、この状況が相当にまずいことは肌で感じていた。

ならば、一時的にでも他人に頼って巻き返しをはかればいい。
そうすれば人望も戻り、権力もこの手に落ちてくる。

そう考えて、前にアルバが雇い、クロレルが追放した財務担当の役人・バーズを探してもらっていたのだ。

アルバの時とは比べ物にならない給料を提示したうえ、経済に関しては完全に任せるという特約もつけた。

これならば、間違いなく帰ってくる。

クロレルはそう確信していた。

「バーズ様はどうしても、戻りたくないと」

その見立てはしかし、甘すぎたらしい。

「なんだと? これだけの好条件を与えてやったのにもかかわらずか。お前、ちゃんと条件を伝えたんだろうな」
「は、はい……! しかし、もうクロレル様にお仕えすることはない、と断言されてしまいました」


それは当然の報いであった。

一度自分の私利私欲のため斬り捨てた人間だ。ちょっといい餌を垂らしたところで、戻ってきやしない。

考えればわかるような話だったが、頭に血ののぼったクロレルにはそれができなかった。

まったく思い通りにはならない展開に、クロレルは再び苛立つ。
その矛先が向いたのは、窓の外だ。

「だいたい、てめえらがろくに税金を収めないのが悪いんだろうが。だから税金上げてんだぞ、この愚民どもが!!」

お門違いも甚だしい。

圧政により経済が回らなくなれば、税収も減る。
その中で税収を維持しようと思えば、さらに搾り取るしかなくなり、それでも足りなければ街として借金をするほかない。
そして、今度はその返済にお金がかかる。

その悪循環の内側で経済はどんどんと委縮し、金銭的に余裕のある人々はとっくに街を出て行ってしまった。

そうして入ってくるお金が少なくなれば、まともな施作も打てなくなる。


そんな中、クロレルの肝煎りで再開した賭場の工事も、業者による中抜きや不正などにより資金が足りなくなって、中止に追い込まれかかっていた。

この最悪の状況を生んだのは、民ではない。間違いなく、クロレルのめちゃくちゃな政策のせいである。


もう、どうにもならないところまで来ていた。今のクロレルシティは、沈むのを待つだけの泥船状態だ。

剣を抜いて窓を割るなど、荒れ狂うクロレル。
そこへ、扉の外から新たな訪問者があった。

「クロレル様、そう苛立たなくてもよいですよぉ」

にこにこと笑う背丈の低いその男は、クロレルにそう投げかける。

彼は、人手不足から新たに雇った役人の一人だった。
常に笑みをたたえているのが、不気味な男だ。彼はゆっくりと唇を弾いて喋る。

「あなた様が不安になるのは分かります」
「お前ごときになにがわかるのだ、下っ端」

「あなたは、弟のアルバに家督が与えられることを心配しているのでしょう? この街がどうなるかより、それを危惧している」
「……それがどうした」
「だったら、僕らにいい策がありますよ。伸るか反るかはあなた次第ですが」

訳の分からない連中による、都合のいい話だ。
普通は疑ってかかるべきで、その場で断るべきだろう。

そんなことは権力者ならば誰でもわかることだ。

「…………話を聞こうじゃないか」

だがクロレルは、その甘い響きに耳を傾けてしまった。
それくらいまで、彼は追い込まれていたのだ。

沈みゆく泥船にわざわざ乗り込むような連中に、ろくな奴がいないことも知らずに。
かくしてクロレルはさらに沈みゆくのだった。