「残念だが、アルバ。お前をここに置いておくわけにはいかなくなったよ」

父からそう告げられるのを、俺はずっと心待ちにしていた。

残念だなんて思いはみじんもない。

やっと、やっと念願が叶った。
ここ数ヶ月、祈るような思いで待ち続けて、ついにこの日がきたのだ。

許されるならありったけの力で大跳躍を決めて、握り拳を掲げたかったが……それは少し先に取っておく。

まずは空気を読まなければなるまい。

「理由は分かるね、アルバ」

普段は温厚に振る舞う父の言葉にも、さすがにとげがある。諌めるように声を低くして言う。

それに対して俺はいかにも悲しそうな、今に泣きそうな面を作った。

粛々と、この通告を受け取るために。

「……はい、分かっております」
「城下での恐喝、酒乱による器物破損、盗み――。挙句には、自分の進路に立っていたからという理由だけで婦女に暴行も加えたそうじゃないか。
 ここ最近は反省が見られるようだが、この数々の蛮行はいかに私とて庇いきれなかった。お前には期待していたんだけどね……。これ以上、お前を貴族の表舞台に置いていたら、我がハーストン家の品位が地に落ちる」

うん、そりゃねぇ。
こうして改めて列挙されれば、さすがに酷すぎる。

俺が辺境伯家の人間でなかったら、即お縄になって、しばらくは暗く寒い牢獄生活を強いられるに違いない。


なぜこう他人事みたいに言うかと言えば、本当に他人事だからだ。

今挙げられた罪はすべて、俺が犯したものではない。
だがそれでも、俺は神妙な顔で父の話を聞く。

「アルバ、お前にはこのハーストン城下の地を出てもらう。代わりにお前には、領内の辺境地の開拓努めてもらう。トルビス村だ。ここがどんな地か知っているな?」
「トルビス……北方の山間地域にあるとは存じておりますが」
「そうとも。トルビスは都市ではなく、完全なる未開拓地だ。最近では、荒れ地になってもいる。アルバには、この地の開拓と整備に努めてもらう。サポートもつけず、一人でやってもらうよ。いいね?」
「……はい、かしこまりました」

俺は沈痛そうに装って顔をうつむけるが、その下では思わずにやけてしまった。

願ってもない展開だ。
未開拓地であるならば、他にうるさく言う役人などはいないに違いない。

となれば、なにに縛られることもなく、自由気ままに暮らせるかもしれない。
日がな野原に寝そべって過ごす最高の一日――、そんな青写真を頭に思い浮かべる。

「これは罰だ、アルバ。逃げ帰ってくることは断じて許さないよ。死んでしまったのなら、それはそれだ。理解をしてくれ。そうしなければ、我が家の面子が立たないの。すまないね」

辺境伯として、貴族社会の中で生き抜いてきただけのことはある。
父の言いようは、かなり厳しい。

だが、理想郷を思い浮かべて心が浮ついている俺にはいっさい響かない。

追放先がどこだろうと、どちらにしても辛気くさい貴族社会とおさらばできることには清々する。
なにより次期領主候補を外れることほど嬉しいことはない。

父の様にこれから何年も働き続けるつもりもなければ、権力を保つための人付き合いも、俺の性に合わないのだ。

「はい、かしこまりました」

訓示を受けた俺は、深々と頭を下げる。

そうしつつ、あと少しで全てから解放されるのだと密かに心の高まりを感じていた時だ。
ちょうど背後の扉が開いた。