「おーい! 編入する者はここへ並べ! 編入する学科ごとに並ぶんだぞっ!」
 
 姉であるレンアに殺されかけ、新たな肉体を手に入れて一月後。
 彼――いや、彼女となったトゥールは、冒険者学園と呼ばれる施設の敷地内に立っていた。

「うわぁ、人がいっぱいだな……」

 トゥールが周囲を見渡せば、数十人からなる人の群れがあった。
 ドロシーに聞いた話や試験官の『編入する者』という言葉から、今回の入学が正規なものでないことは明らかである。それにも拘わらず人がこれだけいるのだから、冒険者学園はなかなか人気があるのだろう。

(冒険者育成機関を卒業しないと冒険者になるための資格が発行されないみたいだし、当然なのか?)

「おいおい、なんでここに餓鬼がいるんだ?」

 そんな風に考えていたトゥールの頭上から、小馬鹿にするような声が降ってきた。

「うん?」
「しかも女かよ。こういう冷やかしは嫌いだぜ」

 振り返ったトゥールを見下ろし、背後に立っていた長髪の男がこれ見よがしに溜息を吐く。どうやらこちらを煽っているらしい。

「おい、やめろよジェイド。子どもだからって馬鹿にしてたら、実は腕利きの魔法使いで半殺しにされたって奴がいるんだぞ? 実力は見た目じゃ分からん」

 トゥールを馬鹿にした男の傍に立っていた短髪の男が、窘めるような声を出す。しかしその男すらも、長髪の男は嘲笑した。

「バーカ。そいつは色付きと俺たち無色の区別も着かない馬鹿だったんだろうが。魔法を使える奴が色付きだなんてことは、今どき餓鬼でも知ってるのによ。それで見てみろよ、この餓鬼の髪。お前はこいつが色付きに見えるか? どう見ても黒髪だろうが」
「む……たしかにな」
「おい餓鬼。お前は誰かの付き添いか? それとも、お前みたいな餓鬼が入学試験をクリアしたなんて言わねぇーぶがっ?」

 短髪の男を納得させた長髪の男が、脅すように顔を近づけてくるので思わずぶん殴ってしまった。

「て、テメェっ!」
「おい、待てってっ! 今、騒ぎを起こすのは不味いってっ!」
「い、いたっい!」

 即座に怒り狂った長髪の男が拳を振り上げ、そして短髪の男が抑えつけているが、トゥールとしてはそれどころではない。
 男を殴りつけた腕の拳や手首が、尋常ではなく痛いのだ。やはりこの幼女の身体になって弱くなっているのだと思う反面、元の貧弱な身体でも同じようになっていただろうと諦める。

「なんだコイツ……」
「もう行こうぜ。ほら、剣士科はあっちだってよ」
「ちっ! 次に顔見せたら承知しねぇーぞっ!」
「おぉ、痛かった……」

 トゥールは手首を擦りながら、捨て台詞を吐いて去って行く男たちを見送った。

「なんだったんだ、あれ? 世の中には面白い人間がいるな」
「――あはっ。随分と大人みたいな感想を言うんだねっ!」

 腕を組んで首を傾げたトゥールへ、鈴を鳴らすような笑い声がかけられた。
「今度は誰だ?」と思い振り返ったトゥールは、その人物を見て固まる。

「ウェル、ナ……」

 トゥールが思わずそう呟いてしまったのは無理もなかった。
 声を掛けてきた小柄な少女は髪色こそ薄い青色だが、顔や表情がトゥールのよく知るウェルナそっくりだったのだ。
 他人の空似だろうが、突然の不意打ちに心臓が止まりかけてしまった。

「――『ウェルナ』?」

 トゥールの呟きが聞こえたのか、目の前の少女は不思議そうに首を傾げる。

「うん? 気のせいかな、『ウェルナ』って言った? ウェルナは私の姉だけど、君、知っているの?」
「姉だって?」

(――そういえば妹がいるってよく話してたな。平民にしては珍しく、魔法の才能を持ってるって……)

 少女の言葉に、トゥールはウェルナと以前した会話を思い出していた。レラの娘であるウェルナには年の離れた妹がいて、なんでも魔法の才能を伸ばすために勉強ができる場所に通っていると言っていた。
 それがこの冒険者学園のことだったのだろう。

「……すまない。僕の知り合いに君と似た人がいて驚いてね。『ウェルナ』とは言ってないよ」

 もちろん、この少女に自分が少女の姉(ウェルナ)の知り合いだと伝えるつもりのないトゥールは、驚きから立ち直ると微笑を浮かべて首を横に振った。

「ふーん、そう?」

 そんなトゥールに少しだけ不思議そうな顔をした後、少女は納得したように頷く。

「それで、君は編入生かな? お名前は? あぁ、私はマイカって名前なんだ。魔法科の二年生。ちなみに十五歳だよ」
「『マイカ』――うん、覚えた。僕はトゥール。この学園の剣士科に編入する一年生だ。十二歳さ」

 ドロシーと相談したことだが、結局トゥールは家名は捨てても名前は変えなかった。
 トゥールと言う名が男女ともに付けられる名前であったことと、この国ではそれほど珍しくなかったこと。さらに言えばトゥールもそれなりに自分の名前に愛着を持っていたからだ。
 どのみちブラバース家がトゥールが生きていることに気付いたとしても、姿形はおろか性別すら違うのだ。名前だけでは辿り着けまい。
 それらを考え、トゥールは名前の変更は行わなかった。

「剣士科? 女の子が君くらいの歳で剣士科に入学なんて珍しいね?」

 案の定、マイカはトゥールの名前よりも編入する科が気になったらしかった。

「まぁいいや。私は今回学園から編入生の補佐係を任されてるからね。剣士科の学生が集まるのはこっちだよ」
「ありがとう」

 どうやら案内をしてくれるらしいマイカに礼を言い、トゥールもその後をついて行くことにした。