(これは、拡声魔法か?)

 空気を震わせる大きな声は、到底人が出せるものではない。
 おそらく声を大きくする魔法を使い、学園中に届くようにしているのだ。

『――西の方角より『A級来訪者(・・・・・)』ありっ! 西の方角より『A級来訪者』ありっ! 職員は生徒の安全に留意し、速やかに東の門へ誘導せよっ! 生徒諸君は落ち着いて東の門へ集合せよっ! これは訓練ではないっ! 繰り返す――』

「……どうなっている?」

 拡声魔法による放送が続く最中、リンケードは険しい顔で西の方角へ視線を向けた。

「せ、先生?」
「――A級来訪者だと? なんだってそんなモノがこんなところに……あぁ、トゥールっ、逃げるぞっ! すぐに東の門へ急げ。俺はこの周囲に残っている生徒がいないか確認していく」
「ま、待ってくださいっ! いったい何が起こっているんです? 『A級来訪者』ってなんですか?」
「今はそれどころじゃ……いやわかった。どうせ言わないと納得せんだろう? 生徒を不安がらせないよう、職員のみが分かるよう設定された隠語だ。いくつかあるが、その中でも『A級来訪者』は――『王純魔』相当の危険が迫っているって意味だ」
「……えっ?」

 トゥールは絶句し、西の方へと顔ごと身体を向けた。
 純魔はともかくとして、王純魔が人里に現れることなどそうそうない。逆に一度でも現れてしまえば、複数の村や町、あるいは大きな街、それどころか場合によっては一国さえも地図から消えてしまいかねない。
 それほどの脅威なのだ。

「この学園の教師陣は元冒険者ばかりだ。もちろんある程度なら戦えるが、王純魔を相手にして確実に倒せる保証はない。早く逃げろっ!」
「わ、わかりましたっ!」

 リンケードに有無を言わさない力で背中を押され、トゥールは頷き東の門へと駆ける。

「おい、そんなに慌てるなってっ」
「危ないだろっ! 前を見て走れっ!」
「おまえ、やめろよ。ふざけてる場合じゃなさそうだぞ」

 走りながら東の門を目指していると、同じように移動している生徒たちを見つけた。どうやら教えてもらえたトゥールと違い、迫っている脅威を正しく理解していないようだ。いくらもお気楽そうに見える。
 だが教師たちが意図した通り、恐慌状態に陥っている生徒も見受けられない。「素早く」とは言い難いが、それでも確実に避難場所へと向かっている。正直に王純魔が迫っていると聞かされていれば、混乱が起きて収集がつかなかったことだろう。

「あ、トゥールっ!」
「……キィキ」

 大きな声で名前を呼ばれて振り向くと、そこには最近知り合った魔法科の二年生の姿があった。
 キィキは腕を振ってトゥールの傍まで駆け寄って来る。

「驚いたよなっ! 大規模な拡声魔法まで使ってただ事じゃないぞ。こんなこと、この学園に入学して初めてだ」

 幾分か興奮したように話すキィキに苦笑しながら、トゥールも大きく頷いた。

「こんな事が頻繁にあっても困るけどな。とにかく非常事態が起きているのは間違いない。はやく指示通りに東の門へと向かおう」
「ああ。途中でマイカを見つけられるといいんだけどな」

 再び門へと向かいだしたトゥールに並びながら、何気なく呟いたキィキの言葉に、何故か妙に嫌な予感がした。

「……うん? どうしたんだ?」

 思わず立ち止まったトゥールへ、キィキが不思議そうな顔で首を傾げる。

「いや……あの、キィキ。この非常事態を告げる放送は、ダンジョン内にも届いていると思うか?」
「えっ? うーん、おそらく無理なんじゃないか? 屋外にあるダンジョンならまだしも、大抵は洞窟や建造物の内部にあるものだ。外界と隔絶されたダンジョンに声を伝達させるなんて、きっと不可能だろうとボク様は思う」
「そう、だろうな……」

 トゥールもキィキと同意見だ。
 ダンジョン内に特殊な魔具でもあって、拡声された声をそのままその魔具から発せられる仕組みでもあれば別だろう。だが、そんな魔具の存在は聞いたこともないし、初級ダンジョンにはそれらしい物もなかった。
 
「――つまりダンジョン内にいる生徒たちには、非常事態が伝わっていない可能性もあるのか……」
「その可能性は高いが、ダンジョンの中にいれば大丈夫じゃないか? 西からどんな脅威が迫っているのかは知らないが、ダンジョンはとても頑丈なんだ。ちょっとやそっとじゃ壊れない。たとえ隕石が降ってきて学園が消し飛んだとしても、ダンジョンは残るって言われてるくらいだからな」

 眉根を寄せるトゥールを気遣うように、キィキがそんな気休めを口にする。しかしトゥールが怖いのは、ダンジョン攻略を終えて外に出たマイカの学パと王純魔が鉢合わせすることだ。
 それにいくら頑丈だと言っても、王純魔の力ならダンジョンさえも壊せるかもしれない。

「……マイカは学パとダンジョンの攻略に出かけるって言っていたんだ。キィキ、教えてくれ。三等級ダンジョンってどこにある?」
『「三等級ダンジョン』? たしか――不味いぞ、西だっ! 三等級ダンジョンは学園の西側にあるんだっ!」

 目を見開いて動揺するキィキ。その様子を見れば、今にも西の方へと駆けて行ってしまいそうだ。

「いったん落ち着けよ、キィキ。何をそんなに焦っているんだ?」

 たしかに非常事態を告げる声は「西の方角より『来訪者(おうじゅんま)』あり」と告げていたが、「ダンジョン内であればある程度は安全だ」と言ったのはキィキだ。いくら何でも取り乱し過ぎではないだろうか?

「三等級ダンジョンはヤバいんだっ! 構造が森林になっているっ!」
「『森林』? おい、それって――」
「そうさっ! 三等級ダンジョンは屋外なんだよっ!」

 その言葉を聞くや否や、トゥールは東へと向かう人々の流れに逆らい一気に駆け出した。