リンケードによって絞りに絞られたトゥールは、日が暮れる頃に身体中の痛みを覚えながら寮の部屋へと戻った。
 昼食に一度戻ったはずだが、なんだか寮に帰って来たのが久しぶりのような気がする。体感的には、初級ダンジョンに挑んだ時間よりも午後の訓練は長く感じられた証拠だ。

「あ、おかえりトゥールちゃん。こんな時間まで授業だったの?」

 先に部屋へ戻っていたらしいマイカが、少し驚いたように首を傾げた。
 しかしどんな表情をしていても、微かに笑っているような雰囲気を出せる物腰の柔らかさは、彼女の才能と言えるだろう。
 なんだか接するだけで疲れが和らぎ癒されるような気がするのだ。

「……ただいま。ちょっと先生の指導が長引いてね」
「へぇー。『Eクラスにはまともに教師もつかない』って聞いたんだけど、やっぱり噂って当てにならないね。こんな時間まで授業してくれるなんて、言ってた通りとっても熱心で良い先生だね」
「ふふっ。そうかも」

 トゥールとしてはもう少しお手柔らかにお願いしたいところだが、たしかに総合的に見ればリンケードは良い先生と言えるだろう。
 本来であれば剣士科にはいられない――それどころかこの学園にすらいられないであろうトゥールの秘密を守ってくれ、おまけにトゥールの荒唐無稽な夢を笑わず剣を教えてくれているのだ。
 あいにくトゥールが他の教師陣と拘わる機会はないのだが、それでもリンケードが得難い存在であることは察せられる。

「それで? そっちはどうだったんだ? キィキは今日も『初級ダンジョン踏破』を喧伝していたのか?」
「うん、すごかったよ。トゥールちゃんの希望通りに、ほとんど一人で踏破したような口ぶりで得意気だった。昨日も話を聞いた子たちはうんざりしてたけどね」
「ははっ。眼に浮かぶよ」

 キィキが腰に手を当て、踏ん反り返った姿で鼻高々にしている姿なんて簡単に想像できる。何とも彼女らしい。

「それでね。今、キィキちゃんすっごくモテモテなんだよ。パーティーの勧誘がひっきりなしっ! 元々魔法の実力があることは知られていて、問題は実戦で上手く使えないことだけだったから」
「……なるほど。ダンジョンを踏破したという実績ができたからな。ちゃんと魔物と戦えることが証明された以上、キィキは有能な魔法使いとして求められることになったのか」

 たしかにダンジョン内でのキィキの詠唱速度や熟練度は悪いものではなかった。『魔物恐怖症』による緊張から少しぎこちないところもあったが、それを抜きにすれば一端の魔法使いと言えるだろう。
 正直、今まで彼女を馬鹿にしていた者たちの掌返しには思うところもあるが、キィキが素直に喜んでいるのであればトゥールが気にすることではない。
 ただ、『彼女がどんな学パを選ぶのか?』ということだけは興味があった。

「っで? キィキはどこかのパーティーにもう加入したのか? それこそ元々声を掛けられていたマイカの学パ――『闇夜の篝火』とか」
「まさかっ! トゥールちゃんだってキィキちゃんのこと少しは分かるでしょ? 絶対に私たちのパーティーには戻ってこないよ。自分でパーティーを辞退した以上、あの娘はどんなことがあっても戻らない」
「……たしかに、な」

 本当は、キィキが自分で辞退したわけではなく追い出されたらしいのだが、彼女がマイカに伝えていない以上はトゥールが言うべきことではない。
 どちらにせよマイカの言うとおり、キィキはたとえ再び誘われたとしても、『闇夜の篝火』へ加入することは無さそうだった。

「キィキちゃんね? たしかに魔物と戦えるようになったけど、完全に克服したわけじゃないみたい。だからボロが出ないように、しばらく学パは組まないみたい。『もう少し魔物と戦うことに慣れたい』って」
「そうか。うん、それがいいかもな」
「それでね? トゥールちゃんに『また一緒にダンジョンに挑もう』って言ってたよ。魔物と戦う特訓に付き合って欲しいみたいだね」
「えっ? あ……ああ。それくらいは別にいいけど」

 トゥールもダンジョンに挑戦したい気持ちがある。一人で挑んで踏破してしまえば話題になってしまうが、キィキと挑めば全部あちらの手柄になるだろう。トゥールが何も言わずとも、勝手に手柄を持っていってくれるはずだ。

(キィキには悪いけど、いい隠れ蓑になるな)
 内心でそんな企てをするトゥールに対し、何も知らないマイカが思いついたように両の掌を打ち鳴らす。

「あっ、ほら。明日は休業日でしょ? せっかくだから一緒に二等級ダンジョンやもう一度初級ダンジョンに挑んでもいいんじゃない?」

 それは何とも魅力的な提案だが、残念ながらトゥールは首を横に振った。

「それはできないんだ。明日はありがたいことに(・・・・・・・・)特別授業が入ってる。僕に休みはないよ」

 そうなのである。
 翌日が休業日であることを理由にさんざんトゥールを鍛え抜いたにも拘わらず、なんとリンケードはその休業日さえも特訓しようというのだ。
 いくらトゥールといえども、はっきり言ってそこまでは望んでいない。
 だが、担任が決めてしまった以上は、生徒として出席しないわけにはいかなかった。

「それは大変だね。私は明日、学パのみんなと三等級ダンジョンに挑むんだよ。トゥールちゃんやキィキちゃんに追い越されないように頑張らないと」

 トゥールに少しだけ同情するような視線を向けた後、自分の予定を話して気合を入れるマイカ。
 拳をぐっと握りしめて鼻を膨らませるその姿は、何とも可愛らし――いや、勇ましい。

「ふふっ。僕も頑張らないとな……はぁー」

 そんな彼女に少しだけ癒されつつ、トゥールは明日に向けて糞不味い滋養強壮薬を飲む決意を固めた。