「よし、これで完成だ」
鍋で炒め赤茎が形が無くなるほどドロドロになったところで、トゥールはそれを器に移す。
そうして保存が利くように密封できる容器に小分けすると、厨房を片付けてから部屋へと戻った。
いよいよ滋養強壮薬を試すときが来たのだ。
まずは今まで使用していた身体強化を解除して素の状態に戻る。
と、その瞬間。
「あががぁ?」
全身の筋肉がブルブルと震え、トゥールは思わず床に倒れ込む。とてもではないが、すぐには起き上がれそうにない。
「う、ぐ……身体強化を連続使用しすぎたか」
身体強化は魔力により肉体を強化し活性化させる魔法だ。本来ある自分の筋力や能力以上の力を無理やり発揮させる魔法のため、身体に負荷がかかる。
当然、長時間の使用を行えば、身体に強い疲労が来ても不思議ではない。
「ふぅ、ふぅ……滋養強壮薬を用意しておいたのはつくづく正解だった」
身体強化を解除した後に薬を作るのはさすがに無謀だっただろう。偶然ではあるが、薬を作り終えるまで魔法を掛け続けたのは正解だったのだ。
「よし、飲んでみよう」
何とか床に胡坐を搔いて座ると、トゥールは薬の入った容器を痙攣する手で口元へ運ぶ。そしてそれを勢いよく煽った。
「ぶっ! ふぐっ!」
含んですぐさま吐き出しそうになり、何とか堪えて口を掌で塞ぐ。
「ぶぐ、ぶぐぐぅ……」
(な、なんだこの不味さは……! 想像を絶するぞ、おい……)
喉が嚥下するのを拒むほどの激烈な味だが、かといって部屋に吐き出すわけにもいかない。
「うく……っくん――はぁ、はぁぁ。げほ、げほげほっ」
決死の思いで眼を瞑って呑み込み、喉を焼くようなヒリヒリとした痛みに反射的に咳き込む。
嚥下した薬が、身体のどの部分にあるのか分かるような気分だ。
「まぢゅい、まぢゅい……くそまぢゅいぞ、こにょやろっ!」
あまりの不味さに怒りがふつふつと込み上げてくる。しかし、残る不快感から口をすぼめているため、出てくる言葉はまるで子どものように舌足らずだ。まぁ、見た目は子どもなので問題はないのかもしれない。
水を用意してそれを一気に飲み、口に残る薬の味を流し落とす。しばらくは完全に消えないだろうが、それでもいくらかマシになった。
「ふぅ……驚いたな。この薬、本当に効くのか?」
そもそも飲んで大丈夫な物なのだろうか?
毒薬の作り方と間違って覚えていたということはないだろうが……あの味を考えるにありえなくもない話だ。
「……でも、あれ?」
不吉なことを考えていると、腕を震わせていた筋肉の痙攣が治まっていることに気付く。腕だけではない。
さっきまで痛みを覚えるほどの疲労を感じていた足などの筋肉が、心なしか軽い気がする。痛みもずっと薄らいでいる。
立ち上がってみれば、すんなりと身体が動いた。
薬を飲む前はどうやって立ち上がろうと真剣に悩んでいたのだが、それが嘘のようだった。
「すごいな……これで明日の特訓もなんとかなりそうだ」
身体強化も無しで、先ほどの筋肉痛を残したまま今日のような特訓は不可能だっただろう。滋養強壮薬のおかげで助かったと言える。
ただ……。
「――効果はたしかにすごい。だけどできれば、もう二度と飲みたくないなぁ」
トゥールは薬の味を思い出しながら、しみじみと呟いた。効能がどれだけすごくとも、飲む度に不味さで意識が飛びかけるなど冗談ではない。
残っている薬も破棄しようと思ったが、しかし勿体ないという思いも頭をもたげる。結局悩んだものの、とりあえず仕舞っておくことにした。もしかしたら、本当にもしかしたら必要に迫られて飲む時が来るかもしれない。
無論そんな時が来るのは御免被りたいが、トゥールは残しておくことにした。
「マイカが飲まなきゃいいけど」
何となく、食い意地が張ってそうな彼女が間違って飲まないようにベッドの下へ隠す。
それからトゥールは、寮に生徒がいない今のうちに入浴を済ませ、その後はなるべく安静にして過ごすのだった。