初級ダンジョンの最奥にあった転移陣は床に描かれた円形で、それほど大きなものではなかった。

「ふーん、これが転移陣か。なるほど……座標識別術式と時空干渉術式を上手く複合して転移を可能にしてるんだな……うん? これは――」

 トゥールは自分の学生カードを取り出し、転移陣と見比べ大きく頷いた。

「そうかっ! カードに刻印されるのは元々狙ったわけじゃないんだな? 転移の際に生じる固有の魔力反応を利用して、カードに組み込まれた微量の魔石に着色しているのか……驚いたな」
「――いや、驚いたのはこっちなんだが……」

 熱心に陣を調べて納得していると、キィキが呆れた顔を向けてくる。
 彼女の目元はまだ少し赤いが、それよりも探るように細められているのが気になった。

「うん? 何がだ?」
「トゥールは剣士科なんだろ?」
「もちろん。ほら、剣も携えている」

 改めて確認され、自分の腰元にぶら下がっている剣の柄を軽く叩いた。
 そもそもこの剣で魔物を何体も倒してここまで来たのだ。キィキだって確認をとるまでもなく分かっているはずだ。

「いや……剣士科の割には魔法に詳しくないか? ここまでの道中、ずっと奇異に思っていたんだ。ボク様(・・・)が使う魔法に対して、やけに的確な評価や助言をしてきただろう?」
「え? あ、そ、そうだったかな?」

(ま、不味い。ここで魔法を使えることがバレるわけにはいかないっ!)

 自分の身を守るために魔法を使い、その結果バレるのはまだ良い。
 だが、自分の意図せぬ形で知られて調べられ、その挙句に魔法学園へ転校させられるなんて冗談ではない。

 鋭いキィキの視線から逃れ、トゥールは惚けることを選択した。
 
「そ、そんなことよりっ! キィキ、どうしたんだ? また口調が元に戻ってるぞ」
「……まぁいいか」

 あからさまな話題の変え方に、一瞬だけさらに物言いたげな顔つきとなったキィキ。しかし一拍の間をおいて、肩を竦めて苦笑する。

「やっぱり、ボク様は『ボク様』で過ごそうと思ってね。急に口調を変えるのも恥ずかしいし、もう、いつ如何なる時も自信を失わないために……変かな?」
「……いや、変じゃないよ」

 本音を言えば変だと思ったが、ここは精神的には大人な気遣いを発揮して黙っておいた。それに、喋り方などトゥールは特段気にしない。本人がそれで通すというのであれば、好きにするべきなのである。

「ボク様がここまで来れたのは、トゥール。あなた(・・・)のおかげだ」
「それ、もう何度も聞いたって。それより、ほら。早く転移陣に乗って戻ろう」
「そうだな」

 促すトゥールに従い、キィキが感慨深そうに転移陣へと足を乗せる。
 トゥールもそれに続き――そして世界が一瞬で暗転する。

「うおっ?」

 まるで貧血を起こしたかのような意識のブレを体感すること一瞬。
 すぐさま正常に戻った視界は、満面な笑みを浮かべるマイカを捉えていた。

「……へっ? マイカ?」
「おかえり、トゥールちゃん。キィキちゃんの付き添い、どうもありがとう」
「え? ……あ、いや」

 混乱する脳を何とか整理しつつ、周囲を見渡してここがダンジョンの入口であることとキィキが近くにいることを確認する。
 どうやら無事に転移陣が発動し、外に出ることができたようだ。
 しかし、疑問がある。

(なんでマイカがここにいるんだ?)

 マイカはダンジョン内で、こっそりトゥールとキィキの後をつけてきたはずだ。なぜ、後からついてきたマイカの方が、トゥールたちよりも先に外で待っていたのだろう。

「私、途中で引き返して外で待ってたんだ。トゥールちゃんやマイカちゃんの戦いぶりを見ていたら、大丈夫そうだって思って」

 不思議そうな顔をしていたのか、マイカが耳を寄せて小声で説明してくれた。
 なるほど。たしかに外へ出た時にマイカがいなければ、キィキも不審がっただろう。
 待っている間にどこかへ行ったことにしてもよかったが、仮に転移陣から遅れて戻ってきたマイカと鉢合わせたら最悪である。
 結果的にマイカの判断は正しかった。

「マイカ、ほら。ボク様はやり遂げたぞ」

 一人でトゥールが納得していると、マイカに向けてキィキが学生カードを見せつけた。
 そのカードの右端に星が一つ刻まれており、これが初級ダンジョンをクリアした証となるのだろう。
 マイカとキィキがそれを見て、嬉しそうに会話をしている。

(僕のカードにも刻印されているのかな?)

 トゥールも確認しようと学生カードを取り出せば、マイカが気付いたように覗き込んできた。

「どれどれ? トゥールちゃんのにも星が出てる?」
「えーと……あった、これだな。うん、僕のも印が付いてるよ」
「あ、本当だ。良かったね――っ?」

 トゥールを祝福するように微笑んでいたマイカだったが、なぜか学生カードを見たまま眉を跳ね上げた。
 まるでとんでもないことに気付いたようだ。

「うん? マイカどうしたんだ?」
「え……トゥールちゃん――Eクラスなの?」

 その信じられないと言わんばかりの声音を聞けば、どうやら彼女もEクラスが落ちこぼれクラスであることを知っているようだ。
 
「『Eクラス』っ? そんなわけないだろっ!」
 
 マイカの声を聞きつけたキィキが、トゥールの手から学生カードを取り上げてじっくりと検分する。そしてその顔を驚愕に染め、次いで怒りの色を滲ませる。

「だ、誰だっ! 誰がこんないい加減なクラス分けをっ――! どこの冒険者学園のEクラスにっ! 入学した翌日に初級ダンジョンをっ! クリアできる人間がいるというんだっ!?」

 憤慨したようにカードを握りながら吠えると、キィキが鋭い眼差しをトゥールへと向けてくる。

「抗議しようっ! 抗議すべきだっ! あなたの剣の腕はボク様が保証する。こんな不当な評価は許されないっ!」
「い、いやっ……ちょっと待ってくれ」
「どうせあなたの見た目が、幼く可憐(・・・・)だから侮って決めたに違いない。ロクに実力すら測っていないんじゃないか?」
「えっと……」

(――いや、ちゃんと測ってもらったんだけどな)

 実戦形式で剣士科学科長であるガレアスに斬り掛かり、見事に劣等生の烙印を押されてしまった。
 もっとも、今回のように身体強化を施していなかっただけで、本来の剣の実力で言えば間違いなくEクラスなのである。

「あー、キィキ? よく聞いて欲しいんだが、僕はEクラスでいいんだよ。別に実力をひけらかしたいわけでもないし、Eクラスだからこそ融通が利くところもある」
「しかしっ!」
「それに、担任の先生が良い先生なんだ。できればこのままEクラスで師事したい」
「む……まぁ、教師は重要だが――」

 トゥールのその一言に、キィキの勢いが一気にしぼむ。
 自分が教えを受けた教師に、心無い言葉を言われたのが原因だろう。きっとそれを思い出したに違いない。

「……でも、本当に良いの? トゥールちゃん。多分、それは何かの間違いだから、もう一度クラス分けをしたらCクラス以上にはなると思うけど」
「ああ。もちろん大丈夫だよ。僕はこのままEクラスで良い」

 場を取りなすように、最後の確認をしてきたマイカへ大きく頷いた。
 するとマイカとキィキは顔を見合わせ、どちらともなく仕方なさそうに苦笑する。

「――まぁ、トゥールちゃんがそれでいいならいいんだけど、ね?」
「はぁーもったいない……トゥール、あなたは実に変わった奴だな」

 そして呆れたような顔をして、トゥールの顔を見てくるのであった。

(ははは……ほっとけ)