「キィキっ! そこで魔法だっ」

 トゥールが再び現れた三体のコボルトを相手取りながら声を掛ける。
 この程度の相手であれば一人でも十分だが、それではキィキの恐怖症を克服できない。

 彼女には実際に魔物と戦って勝つことで、魔物への恐怖心を薄れさせてもらいたいのだ。

「よ、よし……『光り、轟き、脅威を(つんざ)け――第十三等級魔法:瞬雷(ゾル・ラムン)』っ!」
『グァァッ?』

 キィキの杖から放たれた光が、トゥールに向けて石斧を構えていたコボルトに直撃する。
 直撃を受けたコボルトはひどく痙攣し、全身から煙を漂わせて倒れ伏した。

「いいぞっ! だけどそこで気を抜いちゃ駄目だっ」
「う、うんっ……」

 魔法によって仲間が倒されたことを知ったコボルトは、キィキへと目標を変える。
 その内の一体はトゥールが倒したが、もう一体はキィキへ石斧を振りかざし駆けていく。
 奇しくも最初の戦闘と同じ展開となった。

「キィキっ! はやく魔法をっ!」
「う、う……ひ、ひか、とどぅ――」
『グウゥッ!」

 恐怖心からか詠唱がつっかえて上手く紡げないキィキ。その間にコボルトは、すっかり間合いに入ってしまい――。

「はっ!」
『ガ、ァ』

 追い着いたトゥールに背後から斬り倒される。

「おい、大丈夫か?」
「あ、ああ。けど、また駄目だった……」

 自分の不甲斐なさに落ち込むキィキの肩に手を置き、トゥールは彼女を真っ直ぐに見上げた。

「だけどこれではっきりしただろ? 君の魔法は、少なくともコボルトが相手なら十分通用するんだ。確実に当てさえすれば、間違いなく倒せる」
「う、うん。そうだな」

 力強く言い切ったトゥールに、キィキもぎこちなく笑い頷く。
 落ち込んでいる暇なんてないことを、きっと彼女が誰よりも分かっているはずだ。

 それからダンジョンの奥に進むにつれ、現れる数を増やすコボルトを二人で倒していく。
 最初こそ強い怯えの色を見せていたキィキだったが、徐々に詠唱もつっかえることなく紡げるようになってきた。
 先ほどと同じように、眼の前に迫ったコボルトも自分の力で倒すことができた。最初に比べれば大きな進歩だろう。

「……ありがとう、トゥール。私一人じゃここまで来れなかった。こんな風に、魔物と戦える日なんて諦めていた」

 歩いていると、キィキがポツリとそんなことを呟いた。
 とても小さな声だったが、聴力が強化されているトゥールには聞こえてしまい思わず振り向いた。
 驚いたキィキの顔を見れば、聞こえなかったふりをするのが良かったのだろう。しかし、ばっちりと眼が合ってしまった以上、今さらそんなことはできない

「あぁ……どうしたんだ、急に?」
「……いや、ここまで年下で後輩な君に助けてもらうばかりだったと思って」

 恥ずかしそうに自分の緑髪を弄びながら、キィキが眼を逸らして言った。
 軽い感じを装っているが、おそらくそれが彼女の本音なのだろう。

「大袈裟だな。ちょっと初級ダンジョンの攻略に付き合っただけじゃないか」
「大袈裟なもんかっ! 君は……君は一人だった私を救ってくれたんだ」

 眼を逸らしたまま、しかしはっきりとキィキは力強く言い切った。
 だが彼女を救ったつもりのないトゥールとしては、やはりその言葉は大袈裟に思えるのだ。

「……さっき、『マイカをメンバーに加えたから私は学パを外された』と言っただろう? でも、本当は私が魔物恐怖症になったからなんだ。あいつらは恐怖症を克服するために協力すらしてくれなかった……そのままあっさり私を見限った」

 その当時のことを思い出したのか、キィキは悔しそうな表情を作った。
 悔しかったのは、きっと見限られたことじゃない。そのパーティーにとって、自分がその程度の価値しかなかったと思い知らされたからなのだろう。
 彼らは今のトゥールのように、キィキのために初級のダンジョンへ挑むことすら惜しんだのだ。そしてあっさりと見捨ててマイカを選んだ。
 それは屈辱的なことだっただろう。

「……そのことをマイカは知っているのか?」
「いや、知らないはずだ。私が魔物恐怖症になったことは気付いているだろうけど、迷惑にならないように自分からパーティーを離れたと思っているはずだ。私もマイカに説明する気はない」
「なんで?」
「……あいつらがそれなりに有望なパーティーだからさ」

 忌々しそうに吐き捨て、キィキが逸らしていた眼を再びトゥールに向けてくる。

「『闇夜の篝火』――それがマイカの所属する学パだ。剣士四名、魔法使い五名からなるパーティーで、実力的には学園でも五本の指に入る。学生のうちに有望なパーティーに所属しておくことは、将来においてプラスに働くんだ」
「……まぁ、そうだろうな」
「マイカに私のことを言えば、きっとマイカはパーティーを外れようとする。それはあの娘にとって良いことじゃない」
「けど、マイカは君を見捨てたようなろくでなしと仲間でいることになる。それでいいのか?」
「良くはないが、あいつらも馬鹿じゃない。表立って問題を起こすようなことはないだろうし、実力あるマイカが邪険にされることもない。マイカの将来を考えるなら、それがベストだ」
「……キィキ」

 言い切ったキィキに複雑な思いを抱きながらも、本人が納得している以上は何も言えない。
 本音を言えばトゥールの方こそ、マイカにはそんな奴らとパーティーを組んで欲しくない。そう、組んで欲しくないのだが、関係がない以上はやはり何も言えない。
 
「……とにかく、僕へのお礼なら後にしてくれ。まだダンジョンは続いてるんだから気を抜くなよ」

 ここは初級とはいえダンジョン内だ。無暗に長話すべきではないだろうと意識を切り替え前を向く。

 そんなトゥールの肩を、キィキが軽く叩いて前方を指さした。

「だけど終着は近そうだぞ。ほら」
「うん? なんだ?」

 キィキが指差す先には、赤色の塗料が付けられた岩があった。何かの目印のようだ。

「聞いた話だと、あの赤く塗られた岩まで来たら『転移陣』は近いらしい」
「『転移陣』? なんだそれ?」
「……知らないのか? ああそうか。トゥールは昨日入学したんだもんな。頼りになるんでつい忘れてしまう」

 首を傾げたトゥールに苦笑し、キィキが丁寧に説明してくれる。

 なんでも、学園内にある全てのダンジョンの最奥には転移陣があり、その陣を踏めば入口に戻れるらしい。
 そしてその転移陣を踏んだ者が学生カードを持っていると、カードに自動的にダンジョンクリアの印が刻まれるとのことだ。

「へぇー、便利だな」
「仕組みは便利だけど、実際に刻印を集めるのは大変さ。二級ダンジョン以上は最奥にボスがいて倒さないと転移陣は使えないし」
「それって、ボスに勝てなければ元来た道を引き返さないと戻れないってことか?」

 うんざりとして問いかけたトゥールに、キィキが真剣な顔で頷いた。

「ああ。ボスと戦った後、運よく命が残っていれば引き返せるだろうね」
「……『何が起きても自己責任』――か」

 昨日、マイカに食堂で言われたことを思い出す。
 たとえダンジョンでボスや魔物に殺され息絶えようと、学園側は責任を取らないのだろう。死ねば最後、魔物の餌となって終わりだ。

「と、とにかく、一度このダンジョンをクリアしよう」

 深く考えてもロクなことになるまい。
 トゥールは思考を打ち切ると、マイカを促し前へ進む。

 キィキもそれなりに魔物と戦えるようになった。あと何回か初級ダンジョンで魔物と戦えば、魔物恐怖症を完全に克服できるかもしれない。
 その時、
「――うん?」

 微かな物音が聞こえ、気配を感じて踏み出した足をすぐに引っ込めた。
 そんなトゥールの行動から察したように、キィキも直ぐに杖を構える。

 すると赤く塗られた岩の陰から、コボルトともゴブリンとも違う種類の魔物が姿を見せたのだった。