「ええいっ! 止めてくれるな、マイカっ! ボク様は何としてでもこのダンジョンをクリアしてみせるんだっ!」

 トゥールが初級ダンジョンの入口まで戻ると、洞窟状のダンジョンの傍で二人の女生徒が言い合いをしていた。
 当然だが、先ほど出会った緑髪の少女とマイカである。

(あの娘、まだダンジョンに入っていなかったのか)

 トゥールが彼女とダンジョンの前で別れてしばらく経過したが、どうやら未だに入口にいたらしい。中に入っていたところをマイカに引っ張り出されたわけでもなさそうだ。

「駄目だよ、キィキちゃん。一人じゃ危ないよ」
「うるさいっ! あの愚かな教師に好き放題言われて黙っていられるものかっ! 何としてでもこのダンジョンを踏破し、あいつの鼻を明かしてやるっ!」
「そんなこと言ったって、さっきもダンジョンの前でブルブル震えてたじゃないっ。やっぱりまだ無理なんだよ」
「あぅ、あ……あれはっ! あれは単なる武者震いだっ! ボク様が初級ダンジョンごときを怖がるものかっ!」

 マイカの指摘に顔を真っ赤にして否定する緑髪の少女。どうやらキィキという名前らしい。
 しかしダンジョンの前で震えていたとは……威勢に似合わず怖がりなのだろうか?

「おい、何を騒いでいるんだ?」
「あ、トゥールちゃん」
「――お前はさっきのチビっ娘剣士……」

 気になって声を掛けたトゥールに、マイカとキィキがそれぞれ反応する。

「誰が『チビっ娘剣士』だっ! ……まぁいい。揉めているようだけどどうしたんだ? 君は初級ダンジョンに挑むんじゃなかったのか?」
「うっ。そ、それは……」

 不躾な呼び方をしてきたキィキに鋭い眼を向けて問えば、彼女は気まずそうに眼を逸らした。

「今日はやめようよ、キィキちゃん。まだ午後の授業もあるし、一人じゃ危ないよ。明後日なら休業日だし、私も付き合うから」
「それは駄目だっ! お前はもう別の奴らと学パを組んでいるっ! 他人の仲間となんかダンジョンに挑むもんかっ!」
「キィキちゃん……」
「それにあの教師、ボク様に向かって『本当に必要な時に魔法を使えない魔法使いなど、もはや魔法使い(・・)ではない』なんて言ったんだ……許せるもんか」

 悔しそうに拳を握りしめて唇を噛み締めるキィキ。たしかにそれは、指導してくれる教師に言われたら相当ショックな言葉だろう。キィキの苛立ちも頷ける。

(……魔法使い失格、か)

 そしてトゥールだってそう言われ続けた過去がある。自分の全てを否定されたような気持になり、劣等感に苛まれて過ごした日々があった。
 だからこそ、キィキの心情が痛いほど解るのだ。

「ボク様が真の魔法使いだと証明してやる。そのためには、マイカが付いてきたら意味ないんだ。『マイカのおかげで攻略できた』だなんて、絶対に言わせない」
「でも、一人じゃ――」
「一人じゃなければいいんだろう?」

 なおも言い争う二人に対し、トゥールは抑揚のない声で割り込んだ。

「キィキだったか? 僕が君に付き合うよ」
「えっ? トゥールちゃんがっ?」
「なんだとっ?」

 トゥールの提案に、マイカとキィキが心底驚いたと言わんばかりの表情になる。だが、それは発言したトゥールも同じだ。
 自分でも、妙なことを言ってしまった自覚があった。

(――やれやれ、僕も随分とお人好しだな)

 得にはならないことなど分かっている。
 初級とはいえダンジョンが例外なく危険な場所で、本来であれば十二分な対策と準備をして挑むべきなのは想像に難くない。トゥールにだってそれくらいは分かる。分かるのだが――このまま放っておいても事態は解決しないだろう。

 接したのはわずかな時間だが、キィキという少女が頑なな性格であることは容易に察せられた。最終的にはマイカを押し切ってダンジョンに乗り込んでしまうはずだ。
 キィキの実力は分からないが、マイカの案じる様子を見れば一人で挑戦させるのはやはり不味い。

 それにトゥールだって、ダンジョンにまったく興味がないわけでもないのだ。
 出現する魔物がゴブリンやコボルト程度で罠もないのなら、魔法が使えるようになったトゥールが遅れをとるとは考えにくい。この機会に初級のダンジョンで経験を積んでおくのも悪くないだろう。
 
 そんな打算や思惑を抜きにしても、やはり同行したところでトゥールに利はほとんどない。
 単純に自覚するほどお人好しなだけ……あるいは物好きなだけなのかもしれない。

「――いや、やめとこうよトゥールちゃん。ねぇ?」
「……えっ?」
「断る。足手纏いはごめんだ」
「……はっ?」

 しかし、同行を申し出たトゥールに対し、マイカは慈悲深い眼差しで翻意を促してきた。キィキにいたっては、面倒臭そうな顔で素っ気なく断ってくる。
 
「な、なんでだ? 僕が同行するって――」
「駄目だよ。トゥールちゃん、昨日編入してきたばかりでしょ? もっと勉強して戦い方を身につけてからが良いよ」
「マイカにボク様も同意する。はっきり言ってボク様もダンジョン内では自分のことで精一杯だ。お前を庇っている余裕もない」
「……お、おう」
(こいつら……間抜けそうなのに言っていることは正論だ)

 ぐうの音も出ない程に真面な言葉で認めてくれず、トゥールは思わずたじろいだ。まさかここまで強く反発されるとは思わなかったのだ。

「……マイカ、ちょっと」
「えっ? なに?」

 仕方なく、トゥールはマイカを呼んで屈ませ耳打ちをする。

「マイカは初級ダンジョンは一人で問題なく踏破できるのか?」
「うーん……そうだね。一人で挑んだことはないけど、間違いなく最後まで行けると思うよ」

 トゥールの質問に不思議そうな表情を浮かべたが、すぐに笑みを浮かべて頷いた。

「よし。僕とキィキがダンジョンに入ったら、一定の間隔を開けてついてきてくれ。バレそうになっても僕がキィキの気を逸らすから。そして危なくなった時は助けてもらってもいいか?」
「で、でも……」
「マイカも分かっていると思うけど、キィキはここで無理やり止めても押し切るぞ。あるいは日にちを変えて今度こそ一人で挑もうとするはずだ。それよりは、僕とマイカの援護があった方が良い」
「……うーん」

 マイカは腕を組んでトゥールの言葉を反芻しているようだったが、やがて眉根を寄せた渋い顔つきで首肯する。
 彼女もキィキが一人でダンジョン攻略に乗り出すことを怖れたのだろう。

「キィキちゃん、トゥールちゃんも連れて行って。それなら私も納得するから」
「はぁ? なんだってボク様がこの剣士っ娘のお守なんて。マイカだってさっきまで反対していたくせに」

 マイカの変わり身にキィキが面食らったような顔をする。今度はそんな彼女へとトゥールは向き直った。

「キィキ。たしかにマイカを連れて行かなければ『マイカに頼った』とは他人に言われないかもしれない。ただし一人で行って踏破したところで、君の評価はそれほど変わらないんじゃないか?」
「……なに? どういう意味だ?」
「なにせ初級のダンジョンだ。マイカだって一人で踏破できる程度の代物なんだろ?」
「ああ……さっきも言ったけれど、マイカに限らず大抵の戦闘科の生徒は踏破できるはずだ。危険の少ないダンジョンだから」
「ならやはり、君は僕を連れていくべきだ」

 トゥールはニヤリと笑みを浮かべて自分の胸元へ掌を当てる。

「僕は昨日編入してきたばかりで、なおかつ剣士科の十二歳だ。君が考えたようにどうやったって足手纏いにしかならないだろう。そんな僕を守り切り、初級とはいえ見事ダンジョンを踏破してみろ。きっと周囲も評価を改めるはずだ」
「――っ。それは……」
「さぁ、どうする?」
「うーむ……わかったよ」

 問いかけるトゥールへ観念するように両手を挙げて、キィキが小さく首肯した。

「どのみちお前を連れて行かないとマイカの許可が下りないんだ。連れていくしかない」
「ありがとう。まぁ、自分の身くらいは自分で守れるから、あんまり気にしなくていい」
「……本当か?」

 疑わし気な視線で探るように見下ろしてくるキィキに苦笑する。この姿では残念ながらほとんど説得力はないのだろう。

(まぁ、サクっと踏破して、寮に戻って滋養強壮薬作りをしないと)

 マイカに声を掛けてさっそくダンジョンに挑むキィキ。そんな彼女を追いかけて、トゥールもダンジョンの入口を潜り――そして思い出した。

(――あっ! 僕の指輪、リンケード先生が持ってるんだった……!)