食堂の職員に教えられた初級ダンジョンの場所に辿り着く。
 ぽっかりと口を開けたような洞窟の周囲に、たしかに赤茎の花が生えていた。
 時期が異なるため花はついていないが、目的は根であるため問題ない。トゥールは根っこから抜いた赤茎の花を、持ってきた頭陀袋へと次々に入れていく。
 
「こんなもんかな?」

 ある程度採取し、トゥールは満足して寮へ戻ろうと踵を返す。
 するとトゥールが戻ろうとした方角から、外套を纏った一人の生徒が歩いてきた。

「おや? 先客か?」

 歳はマイカと同じくらいだろう。歩いてきた緑髪の少女は面白そうに眼を瞬かせた。
 しかしトゥールの姿を頭のてっぺんから足先までじっくりと確認し、拍子抜けしたように肩を竦める。

「なーんだ。単なる見物か……なんで子どもがこんなところにいるんだ?」
「ここの生徒だからだよ。まぁ、昨日入学したばかりだけど」

 こちらの外見が幼く無彩色の黒髪だからこその疑問なのだろうが、トゥールとしては侮られたようでいい気持ちはしない。
 苦笑しながら腰に差している剣の柄を叩き、生徒であることを強調する。

「ふーん? それじゃあ剣士科の編入生か。これからダンジョンに挑むのか? それとも踏破した後か?」
「いや、僕はここで赤茎の花を採取していただけ。もう寮に戻るよ」
「『赤茎の花の採取』? 何に使うんだ?」
「ああ。以前読んだ魔法薬の書に、赤茎を使用した『滋養強壮薬』のレシピが載っていてね。それを作ろうと思っているんだ」
「その歳で滋養強壮薬なんて物に頼るのか……」

 何気なく答えたトゥールに対し、緑髪の少女は少したじろいだように一歩退いた。たしかにこの見た目では、その反応も頷ける。
 トゥールとて、客観的に考えれば滋養強壮薬を愛飲する十くらいの少女など嫌だ。

「……こほんっ。それで? 君はこのダンジョンに挑むのか?」

 空気を変えるために一度咳払いをし、緑髪の少女へ問いかける。トゥールと同じように赤茎の花の採取が目的でなければ、初級ダンジョンに用があるとしか思えない。
 案の定、少女は簡単に首肯した。

「ああ、そうさ。お前のように編入生も入ってきたことだし、二年生にもなって未だ初級のダンジョンすらクリアできていないのは恥ずべきことだ。だから今日こそ、ボク様はこのダンジョンを踏破してみせるっ!」

 重々しく言い切って見せた少女は、外套の中から杖を引き抜くように取り出した。決意に満ちた表情である。

「うーん? 僕は昨日編入してきたから知らないけど、普通、二年生ともなれば初級ダンジョンはクリアしていて当然なのか?」
「ああ。非戦闘科は別として、剣士科や魔法科の生徒なら余程のことがなければクリアしてるだろう。純魔(・・)もいなければ罠もない。出現する魔物もコボルトやゴブリンばかりだからな」

 腕を組んで何度も頷く少女に、トゥールは目を細める。

「つまり……君は、余程のことがあったのか?」
「ぐっ……まぁ、そうだ」

 指摘に悔し気に顔を歪ませながらも、緑髪の少女は潔く認めた。

「――いや、あれだ。今までボク様は本気を出していなかっただけだ。今日こそは本気を出して踏破してやるとも。なーに、こんなダンジョンなど、ボク様が本気を出せば簡単さ。過去にまだ二十三回しか挑んでいないが、今まではそう……ちょっと調子が良くなかった。あと天気も心なしか悪かった」
「…………」

 ちっとも潔くなかった。

(ふぅ……これ以上は、付き合いきれないな)

 彼女とここでかかわっていても、得るものは特に無さそうだ。
 滋養強壮薬に必要な素材――硬葉草、火蜜、赤茎の三種類――が手に入ったため、さっそく作る必要もある。

「まぁ、頑張ってくれ。僕はもう、寮に戻るから」

 頭陀袋を肩から担ぎ、少しよろめきながらトゥールは少女とすれ違った。
 少女も初級ダンジョンへと歩を進めながら、チラリと顔だけを少しこちらへ向ける。

「お前も早いところ初級ダンジョンくらいはクリアしておくことだな。頼りになる学パでも組んで一年時にクリアしていないと、周囲の奴らに馬鹿にされる」
「――忠告、ありがとう。機会があれば挑戦するよ」
 
 前を向いたまま頭を下げ、トゥールは足早に寮へと向かう。
 そしてしばらく歩いていれば、前の方から見知った顔の少女が慌てたように走ってきた。

「マイカ……」

 走ってくるのはマイカだ。おっとりした印象の彼女だが、以外にもその足は早い。

「とぅ、トゥールちゃんっ!」

 マイカもこちらに気付いたように右手をブンブンと振り回し、そして速度を緩めてトゥールの前で立ち止まる。

「はぁ、はぁ。なんでここに? いや、それはいいやっ。あの、キィキ――緑髪の女の子見なかった?」
「えっ? ああ、さっき見たよ。『初級ダンジョンに挑戦する』って言ってた」
「や、やっぱり……はぁ、はぁ。ありがとうっ! じゃあ、またっ!」
「おいっ! 授業は――」

 乱れた息のまま再び駆け出したマイカに取り残され、トゥールは一人で首を傾げる。
 昼まであと少しということもあり、今は休み時間なのかもしれない。しかし、マイカの様子を見ればただ事ではなさそうだ。

(……あの緑髪の娘はどうでもいいけど、マイカが心配だな)

 逡巡は一瞬だった。
 トゥールは担いでいた頭陀袋を道の脇に置くと、マイカの後を追って元来た道を引き返した。