リンケードは、トゥールの魔力測定の結果を誰にも言わないことにしたらしい。幸いにも、測定時は二人以外に誰もいなかったため、リンケードが内緒にしてくれるなら他人にバレる心配もない。
 水晶についたヒビ割れも目立たず、測定機能にも問題は見られなかった。他者にはいつ、どのようについたものかも判然としないだろう。

 そんなわけで、トゥールは落ちこぼれとも言うべきEクラスの生徒として、余っていた剣士科教師であるリンケードに師事することとなった。

「編入初日で疲れただろう? 今日は寮でゆっくりとすればいい。明日は朝の七時前に、さっきの鍛錬場へ来てくれ」

 夕方となり、口裏合わせが終わったところでリンケードにそう言われた。そのため、トゥールは彼に教えられた寮へ向かうことにした。
 荷物は元々送っていたが、寮に行くのは初めてだ。そもそもまだ部屋すらも決まっていない。

「あ、トゥールちゃんっ!」

 女子と男子に分けられた寮のうちの女子寮へ行けば、こちらへ気付いたマイカが走り寄って来る。
 その際の表情といい走り方といい、やはり彼女の姉であるウェルナにそっくりだ。不意打ちでウェルナのことを思い出してしまい、トゥールは少し寂寥感に浸ってしまう。

「どうしたの? 早かったけど、もう終わったの?」
「ああ。マイカも授業は終わったのか?」
「へへ、言ったでしょ? 今日は編入生たちの補佐だったからね。授業は免除してもらったの。そして補佐の仕事も終わったから、こうして皆より早く帰ってこられたってわけ」

 得意気な顔で胸を張って見せるマイカに苦笑しながら、トゥールは彼女を伴って寮へと入った。

「そういえば、寮の部屋割りがどうなってるか知っているか?」
「知ってるよ。貴族も平民も、基本的に寮は二人部屋なんだ。編入生たちは、現在一人で部屋を使っている在校生たちと相部屋になるよう振り分けられるんだよ」
「そうか、二人部屋か……」

 トゥールはその言葉に、落ち着かない気持ちを抱いた。

 外見はれっきとした女児ではあるが、中身は二十歳の男なのだ。
 年頃の女の子たちと相部屋になって、まったく意識しないというわけにはいくまい。色事には疎いが、まだまだトゥールとてそこまで枯れてはいなかった。

「うんうん、見ず知らずの人と相部屋なんて落ち着かないよね。わかるよ、トゥールちゃん」
「え? あ、うん……」

 トゥールの表情から緊張していると勘違いしたのか、マイカが訳知り顔で何度も頷いた。そしてこちらを見ると、なぜか親指を立てて自慢気な顔になる。

「けど大丈夫。編入生たちの部屋を振り分けるのも私の仕事だったんだけど、私も一人部屋でね? どうせならお話したことがある娘が良いと思って、トゥールちゃんを同室にしておいたから」
「あ、そうなのか?」
「ふふん。これで寂しくないし、緊張もしないでしょ?」
「う、うん。ありがとう」
「へへ、どういたしまして。編入生の荷物は寮の食堂にまとめて置かれてるみたいだよ。一緒に取りに行こう」

 マイカの案内で食道まで行けば、たしかにいくつもある机の上に編入生たちの荷物が並べられていた。
 トゥールはそこから自分の荷物を選び取り、マイカと同室になる部屋まで持って行く。

「……けど、不用心だな。生徒たちの荷物をまとめて置いておくなんて。簡単に盗めるじゃないか」
「ははは、そうだね。けど食堂には職員が何人かいるし、荷物が届いた時には部屋も決まっていなかったから仕方ないんじゃない?」
「そうかな?」
「それに、この学園は何が起きても(・・・・・・)自己責任。たとえ荷物が取られたところで、学園は責任を取らないし、生徒たちだって気にしないんじゃないかな?」
「ふーん?」

 楽観的なマイカのようには思えないが、とにかく荷物は無事だったので良しとする。
 
「ついたついた。ここが私の部屋だよ」

 マイカが嬉しそうな顔で、辿り着いた部屋の鍵を開ける。そして開くと――。
「な、なんだこれ? すでに泥棒がっ?」

 部屋には明らかに荒らされ、物色されたような跡があった。
 周囲に衣服が散らばり、食べ物のカスまで散乱している。どう考えても尋常ではない。

「うん? どうかした?」
「……えっ?」

 こんな部屋の惨状にも拘らず、マイカは顔色一つ変えることなく首を傾げた。まるで動じていない。

「おい。まさか泥棒に入られるのも自己責任だからって、部屋で物が盗まれても気にしないのか?」
「泥棒? あ……ああ、これね? ごめん、ごめん。私の部屋は元からこうだよ。片付けってどうにも苦手で」
「……はぁっ?」

 マイカの言葉に、トゥールは改めてこれから自分の部屋となる室内を見渡す。

 天井には蜘蛛が巣を張り、壁には大きな染みもある。二つあるベッドの片方は物置と化していて、床に至っては足の踏み場もないほどの散らかり様だ。ゴミと衣服が共存して雑多に積み上げられていて、床の色すらもわからない。臭いを嗅げば異臭すらする。
 とにかく酷い――これは酷すぎる。

「……掃除だ」
「え? なに?」
「今すぐ掃除しようっ! これは人間の生活できる環境じゃないっ!」

 マイカを見上げて毅然として言ったトゥールに、彼女は戸惑うような顔をして頬を掻いた。

「そ、掃除って言われても……いや、でもねトゥールちゃん。トゥールちゃんの寝る場所なら私の荷物を退かせばいいし、他の娘の部屋も似たようなものだよ? 別に掃除なんて――」
「いいからっ! 箒っ! ゴミ袋っ! 早く持ってきてくれっ。僕はこんな部屋で寝る気はないぞっ!」
「は、はいっ!」

 強い剣幕で怒鳴り散らしたトゥールに背筋を正すと、マイカが慌てたように駆け出していく。

(――ウェルナにそっくりだって? 冗談じゃないぞ……)

 トゥールの世話をしてくれていたウェルナは奇麗好きだった。彼女がこの部屋の惨状を見れば、おそらくはマイカをただでは置かなかったに違いない。
『箒っ! ゴミ袋っ! 駆け足っ!』
 そんな風に怖い顔で指示を出す彼女の顔と声が簡単に想像できる。

「やれやれ……まったく退屈しそうにないな」

 トゥールは深々と溜息を吐き出して苦笑し、夕飯も取らずに消灯までマイカと部屋の掃除に精を出したのだった。