「『魔法が使える』だって? だが、あんたはどう見ても黒髪だ。それとも染めてるのか?」
「いえ、染めてません。黒髪なんですけど、なぜだか魔法が使えるんです」
「ほぉ……ま、染めてるってのは冗談だ。極彩色の髪は、染めたところですぐに色が落ちるからな。だから黒髪があんたの地毛だってのは分かるが……本当に魔法が使えるのか? そもそも魔力を持っているのか?」
「はい、持っています」
自信を持って言い切ったトゥールに対し、それでもリンケードは半信半疑な眼差しを向けてくる。
だが、それも無理のないことだ。
本来であれば、無彩色と呼ばれる黒や白、灰色などの髪色を持つ者は魔力を持たないとされている。あらゆる魔法関連の本を読破してきたトゥールにしても、無彩色が魔力を持っていたなどと言う記載を見た覚えはない。
むろん、トゥールが現在黒髪なのは、この身体が無彩色であったウェルナから創り出されたものだからだろう。そしてその身体に元々魔力を持っていたトゥールの魂魄を移したことで、世にも奇妙な黒髪の魔法使いが誕生したのだ。
だがそれを、馬鹿正直にリンケードへ伝えるつもりはない。
「じゃあ、ちょうどいいや。試しに『魔力測定器』で測ってみよう。その水晶に手を乗せてくれ」
「えっ? いいんですか? ありがとうございます」
「うん? なぜ礼を言うんだ?」
ちょうど自分の魔力量を測ってみたかったトゥールとしては願ったり叶ったりだ。思わず頭を下げたトゥールに、リンケードは当然ながら不思議そうな顔をする。
「いえ、なんでもないんです。それより測ってみますね」
トゥールは誤魔化してから水晶に近づくと、緊張しながら右手を乗せた。
すると、変化はすぐに――それも分かりやすく現れた。
「……なんだこりゃ」
様子を見ていたリンケードの口から、唖然がポロリと転がった。
トゥールの小さな掌が乗せられた水晶の中心部から、赤い渦のような物が発生し、瞬く間に水晶全体へと広がっていく。
水晶が赤く眩く発光し、台座に固定されているにも拘らず、ガタガタとまるで生き物のように暴れ出した。
「せ、先生?」
驚いて助けを求めるトゥールだが、リンケードの見開かれた眼はトゥールを見ていない。揺れ動く水晶に釘付けだ。
そしていよいよ水晶を染め上げていた赤が熱を帯び始めたところで、トゥールの耳に『ピシっ』とガラスにヒビが入るような音が聞こえた。
「――っ! 手を離せっ!」
「は、はいっ!」
その音で我に返ったようなリンケードに怒鳴られ、トゥールは慌てて水晶から掌を退かす。
その後もしばらく水晶は眩い赤色に染まっていたのだが、徐々に輝きが薄れて元の無色透明へと戻った。
見れば先ほどまではなかった一筋のヒビ割れが、水晶の上から下にかけて残っている。
「……驚いたな。あんた、なんなんだ?」
「――それは……」
水晶をヒビを確認したリンケードに、まるで推し量る様な視線を向けられて口ごもる。
なんと言っていいのか答えようがなかったのだ。
「これほどの魔力があることを、ガレアス先生には伝えたか?」
「いえ、まだです、けど?」
「……だろうな。あんたに魔力があるってわかっていたら、間違ったってEクラスには入れやしない」
「それはつまり、Aクラスになるってことですか?」
極彩色ではないが、魔法が使えることは間違いないのだ。ならば魔剣士専用クラスとも言うべきAクラスに入ることになるだろう。
そう思って問いかけたトゥールに、リンケードは思案気な顔をしてから首を横に振る。
「いや、これだけの魔力があるんだ。剣士科のAクラスにも入れられない。あんたはきっと、魔法科に転科することになるだろう」
「えっ? なぜっ?」
「学園の測定器を赤く染めるだけじゃなく、破損させるほどの魔力を持っている奴なんて数百年に一人だろう。もちろん、この国だけじゃなくて大陸中で、だ。それだけ魔法の才能ある奴を剣士にさせるのは、学園の――ひいては皇国における損失だ。お偉方はそう考えるだろうからな」
「そ、そんな……」
「それに剣士科の教師連中だって、誰もあんたを引き受けないだろう。育てられる自信がないからな。あんたのためにも魔法科へ転科した方が良い。あるいは魔法学園に編入した方が良いかもしれない」
ショックを受けるトゥールに、優し気な顔で魔法科を勧めてくるリンケード。
だが、彼は分かっていないのだ。
トゥールがなぜ、冒険者学園を選んだのか。なぜ、剣士科を選んだのか。
どんな想いで剣を手に取ることを選んだのか知らないから、そんな風に簡単に言えるのだ。
「いや、です」
「……なに?」
絞り出したトゥールの声が良く聞こえなかったのか――あるいは理解できなかったのか――リンケードが眉根を寄せて耳をこちらへ近づけてくる。
「いやです。僕は、魔剣士になりたいんです」
「そうは言ってもなぁ……言っておくが、魔剣士よりも魔法使いの方が生きていく上では簡単だぞ? 女子であればならなおさらな。戦うしか道がない魔剣士とは違い、魔法使いは日常的な仕事も可能だ。戦う道を選ぶにしても、将来有望な魔法使いであれば、学生の内に軍からスカウトが来ることもある」
「そんなことは分かってますよっ! けど、それじゃ駄目なんです。それじゃああいつらを見返すことなんてできない。僕は魔剣士にならないと……魔剣士であらねばならないんだっ!」
「……っ!」
まるで癇癪を起した子どもの様に吠えたトゥールに、リンケードが気圧されたように一歩下がった。
そしてそんな自分自身に驚いたような顔をして足元を見る。その様子を見るに、全く意図せぬ行動だったのだろう。
「……なるほど、気概は十分だな。どちらかと言えば、それはたしかに剣士に相応しい特性だ――トゥール、あんたは本当に魔剣士を目指すつもりか?」
「ええ、もちろんですっ」
「なぜ、お前がそこまで魔剣士にこだわるかは知らん。理由も気になるが、『今は』聞かないでおこう。だが、改めて言っておくぞ? あんたのその行為は、自分の掛け替えのない才能をドブに捨てるような真似になるかもしれん。それでもいいんだな?」
「はい。覚悟はもう、決まっていますから。剣に生き、剣に死ぬ――それだけが、僕の生き様で死に様です」
あの時から。
ウェルナを殺され、ブラバースの名を捨てると決めたあの日から、トゥールは剣に生きると決めたのだ。
今さらそんな確認は無意味なのである。
「――そうか、お前も鈍色の夢を見るんだな」
トゥールの返答を受け、リンケードは意味深長に呟いて俯いた。
そして思案するように額を掌で覆った後、覚悟を決めたようにさっぱりとした顔で頭を上げる。
「これも何かの縁だろう。わかった、トゥール。俺が今日からお前の担任だ。俺がお前に、魔剣士のイロハを教えてやるよ」