「じゃあ、最後はウァスパルド嬢だな。測定器の前に立て」
「はいっ!」

 トゥールはガレアスに教えられた場所へ行くと、台座に取り付けられた水晶を遠巻きに囲んで、Aクラスの生徒たちが並んでいる。
 彼らの傍にいたリンケードの指示により、ジェラ・ウァスパルドが進み出て水晶の前に立った。

「いいか? もう一度言うが、魔力量が多ければ多いほど水晶は色鮮やかに光り輝く。大まかには上から赤、緑、青に分けられるが、その色が濃ゆければ濃ゆいほど魔力が多いと思え」
「はい。つまり赤色だったら、魔力が多いということですね?」
「そうだ」

 リンケードが頷いたのを確認し、ジェラが水晶の上に自分の掌を乗せる。するとその瞬間から、水晶の色が徐々に変わりだす。
 まるで水に絵の具を落としたかのように、ゆっくりと確実に、無色透明である水晶に変化が現れた。

「……ほう。限りなく赤に近い橙色か。ウァスパルド嬢、あんたは相当に魔力があるようだぞ」
「本当ですか?」
「もちろんだとも」

 リンケードの言葉に喜色を浮かべるジェラに、彼は大きく頷いて太鼓判を押した。

「少なくとも今回、剣士科でAクラスに選ばれた生徒たちの中では一番だな。もともと水晶を赤色に変える量の魔力を持つ者なんてほとんどいやしない。特に、魔剣士を目指すような人間には、な」
「え? どうしてですか?」
「それだけ魔法の才能があれば、魔剣士ではなく魔法使いになる方が大成できるからな。将来的な待遇面でも魔剣士よりも魔法使いの方が良いし、潰しが利く」

 リンケードの話は、言われてみれば納得できるものだった。

 現状では、魔剣士は魔法も剣も中途半端な、器用貧乏という印象が強いのだ。
 トゥールの父であるブラバース家当主の様に、魔剣士は魔法の才だけではやっていけない者が剣に手を出したのだろうと思う者も多い。
 はっきり言ってしまえば、世間的に見ればまだまだ魔法使いの方が評価は高いということなのである。
 当然、魔法の才があるのであれば、剣など取らずに魔法に専念する者も多くなるだろう。リンケードはきっとそう言いたいのだ。

(――見てろ。そんな常識は僕がこれから覆してやる)

 二人の会話を聞きながら改めて決心したトゥールに、リンケードが気付いたように顔を向けてくる。

「うん? あんたはトゥールだったか? どうしたんだ?」
「え? あ、いや……僕はEクラスに選ばれたんですけど、ガレアス先生が『リンケード先生に話を聞け』って言われて」
「――『Eクラス?』」
 
 トゥールの言葉に怪訝そうな顔になったリンケードは、少し思案するような顔になって俯いた。

「……あの?」
「……ああ、いや。そうだな、ちょっと待っていてくれ」

 顔を上げたリンケードがトゥールにそう断ると、やりとりを聞いていたAクラスの面々へ向き直った。

「あー、以上で君たちの魔力測定は終了した。後で魔力量を記した『学生カード』が発行されるから、決して失くさないように。それではAクラスまでの地図を渡すので、後は担任に説明を受けてくれ」
「えっ! 先生がAクラスの担任じゃないんですか?」

 驚いた声を上げるジェラに、リンケードが苦笑した。

「とんでもないことだ。俺は一応極彩色だが、魔力量は水晶が青にすらならない紫。つまり魔力なんてあってないようなものだ。魔剣士の育成なんてできんよ」
「じゃあ、なんで私たちの魔力の測定を?」
「誰でもできる仕事だからだ。あんまり言いたくはないが、俺は教師とは名ばかりの雑用係さ。受け持つクラスすらない。だからこそ、今も授業で忙しいクラス担任の教師陣に代わり、編入生である君たちの相手をしていたというわけだ」

(――なるほど。ガレアスもさっき生徒たちに『授業中だから静かに入れ』と言っていたな。だからこそ、剣士科学科長であるガレアスとクラスを持たないリンケードの二人で僕たちを見ていたわけか)

 内心で頷いたトゥールは、リンケードの言葉に従って去って行く生徒たちを見送った。おそらく地図に描かれた剣士科一年Aクラスの教室まで向かうのだろう。

「……さて、トゥール。あんたがEクラスに選ばれたってのは本当か?」
「あ、はい。そうですが……」

 生徒たちと完全に距離が離れたことを確認し、リンケードが近づき見下ろしてきた。彼も男にしては小柄ではあるが、さすがに今のトゥールよりはずっと背が高い。

「ふーむ。Eクラスに選ばれるほどの者は珍しいんだがな。魔法科で言えば、魔力はあってもまともに魔法を使えない者だったり、剣士科であればまともに剣が振れない者だったり」
「僕はまともに剣が振れなくて……」
「はははっ。その歳で女の子なんだ。その体格と筋力量なら、剣が振れなくても当たり前だな。見たところ、ろくに剣術修行もしてないだろう? それどころか、剣を握ったのは今日が初めてか?」
「解るんですか?」

 ずばり言い当てられて驚いたトゥールに、リンケードは肩を竦めて見せた。

「指輪だよ。一度でもまともに剣を握ったことがあれば、指輪を嵌めたまま剣を握ることに違和感を覚えないはずがない。普通は剣を貰った時か、ガレアス先生に試された時には指輪を外しているはずだ」
「なるほど……それで今も指輪をしている僕が、剣を握ったこともないような初心者だってわかったんですね?」
「まぁな。ところでなんだって指輪なんてしてるんだ? それも両手に……何か大事な物なのか?」

 リンケードが興味深そうにトゥールの右手をとると、嵌められている指輪をしげしげと眺める。
 そして何かに気付いたように顔を顰めた。

「おいおい。これは『魔放具』じゃないか。魔法を使えない無彩色が付けていても意味はないぞ? 大事な物だとしても、剣士を目指すなら外しておけ」
「いや、えっと……実は僕、魔法が使えるんです」
「ああ、なるほど。魔法が使えるなら付けていても――えっ?」

 何気なく相槌を打とうとしたリンケードはだが、その意味が分かったのか目を見開いて固まった。