『剣を選んでもらう』と言ったガレアスの言葉に、ほとんどの生徒たちが唾をごくりと飲んで喉を鳴らした。
トゥールも事前に話には聞いていた。
なんでも冒険者学園の剣士科では元々、入学時に生徒たちへ剣を無料で提供しているらしい。
ただし、入学前に自前の剣を手にしている者はそれを使用して構わない。そもそも提供される剣はあくまでも、生徒たちが正式な剣を手に入れるまでの代用品なのだ。
軍で古くなった剣が安値で払い下げられたり、持ち主がいなくなった剣を無償で譲り受けたりした物なのだ。
当然、品質は推して知るべしで、それを生涯の得物として扱う者はいないだろう。剣士科の生徒たちにとって、学園から送られた剣を卒業することこそ第一の目標と言える。
もっとも貴族の子弟などは、すでに自前の剣を所持していることの方がが多いのだが。
「私、自分の剣を持っています」
案の定、ジェラ・ウァスパルドがお行儀良く手を真っ直ぐに伸ばして申告した。たしかに彼女の腰元には、すでに立派な剣が携えられている。
ウァスパルドという姓や上品な佇まいから分かる通り、彼女は貴族なのだろう。
「どれ、貸してみろ」
そんな彼女の腰元にある鞘から刀身を引き抜くと、リンケードはじっくりと観察した。
「あー……これは駄目だな。ウァスパルド嬢、あんたも剣を選びなさい。この五本の中からな」
「なっ! 何故です? 私の剣に何の問題が? この剣は皇都でも有名な刀工に、特別に誂えてもらった一振りなのですよっ? せっかくこの学園へ入るために新調したのにっ」
自分の剣が不合格の烙印を押されたことが気に食わなかったのか、ジェラが眉根を寄せて抗議する。
そんな彼女に苦笑を送り、リンケードが剣を鞘に戻した。
「まぁ、あんたがその剣で良いと言うなら止めはせんよ。実際、普通に使う分には良い剣だ。名刀と言えるだろう」
「なら、なぜですか?」
「あんたには魔剣士の適性があるからさ。その剣には魔法を放つ媒体が使われていない。魔剣士でやっていくのであれば、それでは少々物足りない」
「……『魔法を放つ媒体』ですって?」
不思議そうな顔をするジェラを見れば、彼女が今まで魔剣士など考えたこともなかったのが分かる。
極彩色にしては珍しく、幼いころから魔法よりも剣に接してきたのだろう。そして彼女の周囲の人間も、特に何も言ってこなかったのだろう。
「――人が体外へ魔法を放出するには、それなりに負荷が掛かるんだ」
気付けばトゥールの口から、そんな言葉が零れ落ちていた。
「……えっ?」
トゥールの言葉に反応してこちらに視線を向けてくるジェラ。いや、ジェラだけではなく、生徒や教師連中までもが興味深げに見ている。
少し恥ずかしさを覚えながらも、発してしまった以上は言葉を続ける。
「あー、そうだな。例えば魔法使いの多くは杖を使う。君も魔法を使う時は、杖を使うんじゃないか?」
「ええ、もちろんよ。ほら、今も持ってる」
トゥールの問い掛けに、ジェラが懐から取り出した短い杖を掲げた。
「魔法使いが杖を使うのは、別に伊達や酔狂じゃない。杖を使わなければ、魔力を体外に放出するのが困難だからなんだ。つまり、杖は魔放具の役割を果たしている」
「そうなの? けど、私が知ってる人は杖なしでも魔法を発動させていたわよ?」
「もちろん、杖みたいな魔放具を使わなくとも、魔法自体は使える。けど、さっきも言った通り、それじゃあ身体に負荷がかかるし操作だって難しい。だからそんな人は滅多にいない。おそらく君の知り合いは、杖じゃなくて――」
そこでトゥールは自分の左掌を広げ、ドロシーに新調して貰った指輪が嵌る人差し指を示して見せた。
「――ほら、こんな風に指輪の魔放具を使っていたんじゃないか?」
「……ああっ! たしかに指輪をしていたわっ! そうか、あれが杖の代わりだったのね……」
わかりやすく納得の表情を浮かべたジェラに苦笑し、トゥールは教師陣へ視線を移した。
後の説明は任せることにしたのだ。
「――なかなか勉強熱心だな。さすがは『万能無比』のお墨付きだけある」
ガレアスは感心するように一つ頷くと、両掌を打ち鳴らして生徒たちを見渡す。
「さて、先ほどトゥールからも説明があったが、Aクラスの者たちはリンケード先生が持っている剣から選べ。『魔剣』や『魔放剣』とも呼ばれ、杖の様に魔法を使いやすくしてくれる。それ以外の者は、荷車に入っている通常の剣から選んでいいぞー」
「先生っ! 俺たち無彩色の人間がその『魔放剣』ってのを選んではいけないんですか?」
Aクラスに分けられた生徒以外の男子生徒が、少し不満そうに言った。
どうせ選ぶのなら、通常の剣ではなく希少な剣を選びたかったのだろう。
「そうだな。魔法を使えない者が『魔放剣』を持っていても無意味だ。基本的に強度や切れ味は通常の剣の方が優れていることだし、なんなら逆効果とも言える。それでもお前は『魔放剣』を選びたいか?」
「い、いえ。強度や切れ味が通常の剣よりも落ちるのであれば、自分は通常の剣で結構です……」
「なら良かった。どのみち『魔放剣』は五人分しかなかったからな。それじゃあ各自、五分以内に好きな剣を選べ。時間内に決められない奴は私が勝手に選ぶからなっ!」
「は、はいっ!」
再び手を打ち鳴らしたガレアスの言葉に、自前のものがない生徒たちが我先にと荷車へ集まり剣を取り合う。
完全に出遅れてしまったトゥールだが、慌てることなく周囲にいる生徒や教師陣を観察する。クラスは別れるとはいえ、学園内では長い付き合いになるのだ。少しでも顔や雰囲気を捉えておきたかった。
そんな風にしげしげと眺めていたトゥールは、こちらを興味深そうに見ているリンケードと視線が合ってしまう。その何とも言えない、こちらを推し量る様な視線から逃れるように会釈すると、トゥールも剣を選ぶ生徒たちの輪に加わった。
トゥールも事前に話には聞いていた。
なんでも冒険者学園の剣士科では元々、入学時に生徒たちへ剣を無料で提供しているらしい。
ただし、入学前に自前の剣を手にしている者はそれを使用して構わない。そもそも提供される剣はあくまでも、生徒たちが正式な剣を手に入れるまでの代用品なのだ。
軍で古くなった剣が安値で払い下げられたり、持ち主がいなくなった剣を無償で譲り受けたりした物なのだ。
当然、品質は推して知るべしで、それを生涯の得物として扱う者はいないだろう。剣士科の生徒たちにとって、学園から送られた剣を卒業することこそ第一の目標と言える。
もっとも貴族の子弟などは、すでに自前の剣を所持していることの方がが多いのだが。
「私、自分の剣を持っています」
案の定、ジェラ・ウァスパルドがお行儀良く手を真っ直ぐに伸ばして申告した。たしかに彼女の腰元には、すでに立派な剣が携えられている。
ウァスパルドという姓や上品な佇まいから分かる通り、彼女は貴族なのだろう。
「どれ、貸してみろ」
そんな彼女の腰元にある鞘から刀身を引き抜くと、リンケードはじっくりと観察した。
「あー……これは駄目だな。ウァスパルド嬢、あんたも剣を選びなさい。この五本の中からな」
「なっ! 何故です? 私の剣に何の問題が? この剣は皇都でも有名な刀工に、特別に誂えてもらった一振りなのですよっ? せっかくこの学園へ入るために新調したのにっ」
自分の剣が不合格の烙印を押されたことが気に食わなかったのか、ジェラが眉根を寄せて抗議する。
そんな彼女に苦笑を送り、リンケードが剣を鞘に戻した。
「まぁ、あんたがその剣で良いと言うなら止めはせんよ。実際、普通に使う分には良い剣だ。名刀と言えるだろう」
「なら、なぜですか?」
「あんたには魔剣士の適性があるからさ。その剣には魔法を放つ媒体が使われていない。魔剣士でやっていくのであれば、それでは少々物足りない」
「……『魔法を放つ媒体』ですって?」
不思議そうな顔をするジェラを見れば、彼女が今まで魔剣士など考えたこともなかったのが分かる。
極彩色にしては珍しく、幼いころから魔法よりも剣に接してきたのだろう。そして彼女の周囲の人間も、特に何も言ってこなかったのだろう。
「――人が体外へ魔法を放出するには、それなりに負荷が掛かるんだ」
気付けばトゥールの口から、そんな言葉が零れ落ちていた。
「……えっ?」
トゥールの言葉に反応してこちらに視線を向けてくるジェラ。いや、ジェラだけではなく、生徒や教師連中までもが興味深げに見ている。
少し恥ずかしさを覚えながらも、発してしまった以上は言葉を続ける。
「あー、そうだな。例えば魔法使いの多くは杖を使う。君も魔法を使う時は、杖を使うんじゃないか?」
「ええ、もちろんよ。ほら、今も持ってる」
トゥールの問い掛けに、ジェラが懐から取り出した短い杖を掲げた。
「魔法使いが杖を使うのは、別に伊達や酔狂じゃない。杖を使わなければ、魔力を体外に放出するのが困難だからなんだ。つまり、杖は魔放具の役割を果たしている」
「そうなの? けど、私が知ってる人は杖なしでも魔法を発動させていたわよ?」
「もちろん、杖みたいな魔放具を使わなくとも、魔法自体は使える。けど、さっきも言った通り、それじゃあ身体に負荷がかかるし操作だって難しい。だからそんな人は滅多にいない。おそらく君の知り合いは、杖じゃなくて――」
そこでトゥールは自分の左掌を広げ、ドロシーに新調して貰った指輪が嵌る人差し指を示して見せた。
「――ほら、こんな風に指輪の魔放具を使っていたんじゃないか?」
「……ああっ! たしかに指輪をしていたわっ! そうか、あれが杖の代わりだったのね……」
わかりやすく納得の表情を浮かべたジェラに苦笑し、トゥールは教師陣へ視線を移した。
後の説明は任せることにしたのだ。
「――なかなか勉強熱心だな。さすがは『万能無比』のお墨付きだけある」
ガレアスは感心するように一つ頷くと、両掌を打ち鳴らして生徒たちを見渡す。
「さて、先ほどトゥールからも説明があったが、Aクラスの者たちはリンケード先生が持っている剣から選べ。『魔剣』や『魔放剣』とも呼ばれ、杖の様に魔法を使いやすくしてくれる。それ以外の者は、荷車に入っている通常の剣から選んでいいぞー」
「先生っ! 俺たち無彩色の人間がその『魔放剣』ってのを選んではいけないんですか?」
Aクラスに分けられた生徒以外の男子生徒が、少し不満そうに言った。
どうせ選ぶのなら、通常の剣ではなく希少な剣を選びたかったのだろう。
「そうだな。魔法を使えない者が『魔放剣』を持っていても無意味だ。基本的に強度や切れ味は通常の剣の方が優れていることだし、なんなら逆効果とも言える。それでもお前は『魔放剣』を選びたいか?」
「い、いえ。強度や切れ味が通常の剣よりも落ちるのであれば、自分は通常の剣で結構です……」
「なら良かった。どのみち『魔放剣』は五人分しかなかったからな。それじゃあ各自、五分以内に好きな剣を選べ。時間内に決められない奴は私が勝手に選ぶからなっ!」
「は、はいっ!」
再び手を打ち鳴らしたガレアスの言葉に、自前のものがない生徒たちが我先にと荷車へ集まり剣を取り合う。
完全に出遅れてしまったトゥールだが、慌てることなく周囲にいる生徒や教師陣を観察する。クラスは別れるとはいえ、学園内では長い付き合いになるのだ。少しでも顔や雰囲気を捉えておきたかった。
そんな風にしげしげと眺めていたトゥールは、こちらを興味深そうに見ているリンケードと視線が合ってしまう。その何とも言えない、こちらを推し量る様な視線から逃れるように会釈すると、トゥールも剣を選ぶ生徒たちの輪に加わった。