「よーし、時間だ。剣士科への編入生は全員集まったな?」

 トゥールがマイカに案内された剣士科の列に並んで待っていると、列の一番先に体格の良い金髪の男が現れた。おそらく学園の職員だろう。

「それではこれより剣士科は、学園の屋外鍛錬場へと移動する。全員駆け足で私について来いっ!」
「えぇっ?」

 突然走り出した男に、生徒たちは驚きの声を上げつつ走り出す。
 並んでいた剣士科の生徒五十名ほどが一斉に走り出したのだ。なかなか壮観な光景だった。

「ふぅ、ふぅ、ふぅ……」

 走り出してしばらく、体力のないトゥールは集団から遅れ始める。成人男性ながら虚弱だった以前の身体よりも、現在の童女然りとした姿の方が体力があるのはたしかだ。それでもやはり、体力の充実している学生たちと肩を並べて走るのは無理がある。

「おい、遅いぞ」
「はぁ、はぁ……す、すみません」

 結局、集団からやや遅れて鍛錬場へと辿り着いたトゥールは、金髪の教師に指摘されてしまう。
 しかし指摘した教師は、すぐに不思議そうな顔をして首を傾げた。

「……あれ? お前は本当に剣士科であっているのか? 名前は?」
「はぁ、はい、トゥールといいます」
「トゥール? ――ああ、あの『万能無比』が推薦した最年少入学者か。どんな化け物かと思えば……」

 教師は頭の先からつま先までトゥールを舐めるように見た後、肩を竦めて苦笑した。

「安心したよ。どうやらまとも(・・・)そうだな」
「はぁ……」

 なんだか態度や雰囲気と一致しないその言葉に違和感を覚えながら、無難に頷いておく。

「よし、それでは全員よく聞け。俺は剣士科学科長のガレアスだ。まず、剣士科には基本的にAからDまでのクラスがある。さっそくこれからお前たちの技量を確認し、各々を適したクラスに分けていく――質問はあるか?」
「はいっ!」

 ガレアスと名乗った教師の言葉に、集団の中から天へとスッと真っ直ぐに手が挙がった。
 見れば銀色の髪をした十三くらいの少女が、好奇心旺盛そうな眼で教師を見ている。

「あー……たしかジェラ・ウァスパルドだったな? なんだ?」
「Aから順に、優れた技量の者が振り分けられると考えてよろしいのですか? つまり一番腕のある者たちがA、それより劣る者たちがB、さらに劣る者たちがCで最後にDクラス……そういうことでしょうか?」
「いや、ちょっと違うな」

 ジェラと呼ばれた少女の言葉に、ガレアスは首を横に振った。

「Aクラスになる者はすでに決まっている。ジェラ、お前もAクラスだ」
「私もですか? それは編入試験の結果に基づく選定ですか?」
「いや、違う。今から私が呼ぶ者は、試験結果や現在の技量に拘わらずAクラスだ。それ以外の者は剣の技量を確認し、適したクラスに振り分ける。では、Aクラスになる者の名前を呼んでいく。呼ばれた者は右横に移動しろ――」

 そうしてガレアスは幾人かの生徒の名を呼び、その生徒たちは呼ばれなかった者たちの右横に並んだ。

(――四、五……Aクラスは五人だけか)

 右横に並んだ生徒たちを数え、トゥールは小さく頷いた。
 トゥールの名前は呼ばれなかったが、そんなことは最初から分かっていた。もしトゥールの名前が呼ばれるのであれば、鍛錬場に着いてすぐガレアスに名前を聞かれることはなかっただろう。
 ガレアスは少なくとも、Aクラスに所属する生徒の名前と容姿だけは憶えているようだった。

「……おい。見ろよ、ジェイド。Aクラスの奴ら、みんな極彩色だ」
「あん? ああ、なるほどな。Aクラスは色付き専用――つまり魔剣士候補生を集めたエリートクラスってわけだ。けっ、端からあからさまな差別をしやがる」

 先ほどトゥールに絡んできた二人組が、ひそひそとそんなやり取りをしている。
 そんな彼らの言葉に改めてAクラスの生徒たちを見れば、たしかに皆一様に極彩色の髪色をしていた。
 そして取り残されたのはトゥールを含め、黒髪や灰色の髪――無色と呼ばれる魔法の才がないとされる者たちのみだ。彼らが言うように、分かりやすく髪の色で選別されたのだろう。

「よーし、それじゃあリンケード先生っ! 例の物を頼む」

 Aクラスが分けられると、ガレアスが後ろへ大きな声で呼びかける。その呼びかけに反応し、離れたところにいた背の低い青髪の男が手を上げた。そして大きな荷車を押して運んでくる。

「……うん?」

 近づいてくるその男を見やり、トゥールは首を傾げた。
 何やらどこかで見た覚えのある男だったのである。

 髪色はマイカと同じ青色だが、彼女よりもずっと濃ゆい色をしている。人相を見るに三十代から四十辺りだろう。
 背丈こそ低いが、鍛えられていると分かる広い肩幅と太い二の腕から、小柄だと言う印象は受けない。
 もちろん、この学園へ訪れるのが初めてであるトゥールが、教師である彼を知っている道理はない。
 だがやはり、その姿はどこかで見覚えがあった。

(……ああ、そうか。七歳の頃に見た剣闘士に似ているんだ)

 父親に連れられ訪れた闘技場。そこで見た青髪の魔剣士に彼は非常によく似ていた。
 あの時は距離が離れていたため顔までははっきりとわからなかったが、背丈といい鍛えられた身体つきと言い、実にそっくりである。
 ただし、決定的に雰囲気がまるで違う。記憶力が良いトゥールがすぐに思い出せなかったのはそのためだろう。

 闘技場で見た魔剣士は、小さな身体で場を威圧するような凄みを放っていた。しかし穏やかな顔で荷車を押す教師からは、そんな殺伐とした印象は受けない。
 出会った場所と言い醸し出される雰囲気と言い、やはり他人の空似だろうと思われた。

「よーし、紹介しよう。剣士科の教師の一人でリンケード先生だ。先生は普段は優しいが怒らせると怖いから注意しろよ」
「こらこら学科長。生徒が真に受けたら話がやりづらくなるだろう。やめてくれ」
「はっはっは。すまん、すまん」

 リンケードと紹介された教師は苦笑を浮かべながら生徒たちに向き合い、軽い会釈をしてみせた。

「どうも、リンケードだ。今年もたくさんの生徒たちが剣士科に編入してくれて嬉しいよ。できるだけ多くの者が、無事に卒業して欲しいと思う。そんなわけで、これから君たちにプレゼントをしよう」
「プレゼント?」

 不思議そうな顔をした生徒たちへ、ガレアスがリンケードの押してきた荷車の荷のところに手を入れた。

「そう。これからお前たちには――」

 そうして腕を掲げたガレアスの手の中には、鞘に納まった剣が握られていた。

「――一人ずつ剣を選んでもらう」